***Men's matter, Boys' matter.***



 この時間になって外出したいと言い出したジョーに、シンは何も聞かず、「気をつけて行ってらっしゃい」と笑顔で言ってくれた。
 ウィルの姿が見えなかったことは気になったが、とりあえずラビの言葉を信じて新宿を目指す。今日こそ大澤と話すことができるのかもしれないと思うと、自然と胸が高鳴った。
 あの顔で、あの声で、どんな風に語りかけてくれるのだろうか?幾度も想像したけれど、答えなんか出やしない。そもそも、話し相手になってくれるのかも分からない。そこまで考えると、少しだけラビの言っていた作戦が気になってきた。
 夜になって一層輝く新宿の街に飛び出すと、ジョーは小走りで人の波を抜けていった。




***Men's matter, Boys' matter.***



 「ご〜めぇ〜ん〜ねぇ〜〜〜」
 目の前で両手を合わせるラビを見下ろしながら、ジョーはなんと答えていいものか分からずに、ただキョトンと目を丸くしていた。
「イチローちゃんじゃなくて、シンジョーくんだったとは・・・」
 大きなため息と共に、肩を落とすラビ。話を総合してみると、イチローを探せと友人達に言ってくれたラビだったが、それがどこかでシンジョーに変わり、シンジョーに良く似た人を探されてしまったらしい。
「フォローにならないけど、でも似てるの。見て見て」
 物陰から、ラビが指差す方向にジョーも視線を投げる。するとそこには、スーツを着た男の姿。
 確かに似ている。シンジョーと言われれば、半分くらいは信じそうな勢いだ。
「女ってトコがなかなか渋いけどね」
「えっ!?」
 ラビの言葉に、ジョーが瞬時にして反応する。あれが男じゃないとは、新宿も捨てたもんじゃない。下手な男よりも男らしそうなのに。
「今度は必ずイチローちゃんを探すからさ。任せといて!」
 ポンポンっと背中を叩いてくるラビに、ジョーはただ微笑みで返す。拍子抜けしたトコロもあったけれど、正直ホッともしていた。昨日もラビに言ったけれど、やはり自分が大澤となにをしたいのか、まだ分からない部分が多い。それに、ラビが自分達になにを求めているのかも、ちょっと分からなかったし。
「あ、そうだ」
「なに?」
 ジョーの呟きに、ラビがすばやく反応する。ジョーはラビを見下ろすと、ごく素直に言った。
「あのさ、さっき言ってた『作戦』ってなに?それと、強力な助っ人って・・・」
「あぁ、それね」
 ラビは嬉しそうに目を細めると、人差し指を立ててちょっと待っててというサインを出す。そして、携帯を取り出すと短い会話をしてすぐにジョーに向き直った。
「今来るから」
「来るって?」
 さっぱりとした答えに、ジョーが目を丸くする。ラビはジョーの背後に視線を投げると、誰を見つけたのか小さく手を振った。
「やっほ〜」
「やっほ〜」
 ラビの呼びかけに、ジョーの背後から声がする。驚いてジョーが振り返ると、そこにはラビと同じく小柄な少年が立っていた。髪が黒いので、すぐにラビじゃないと分かるけれど、華奢なトコロも、背の低いトコロもラビによく似ている。
「やっほ〜」
 その少年は、くったくなく笑ってジョーにも手を振る。ジョーはぎこちなく手をあげ、でも振ることはためらいながら引きつった笑いを見せた。
「こちらがジョーくん」
 ラビはジョーとその少年の脇に立ってジョーを相手に紹介する。ジョーはちょこっと頭を下げて相手を見下ろした。
「んで、こっちがプー。強力な助っ人」
「ヨロシクね。ロマンスの神様」
 ロマンスの神様?それって自分のことなのだろうかとジョーは思いながらラビを見る。ラビはラビでジョーのその反応が面白いのか、その場でピョンピョンと跳ねながら言った。
「っとにねぇ〜〜〜、俺もあやかりてぇ〜〜!」
「ラビちゃん、超盛り上がってない?って、俺も盛り上がってるけどぉ〜〜!」
 と、テンションの上がっているラビと一緒に、プーもその場で跳ね始める。ジョーはどうしていいか分からずに二人を交互に目で追った。
「よし!作戦会議開こ!ジョーもまだ平気だよね!」
「う・・・うん」
 跳ね終わった二人が、同時にジョーの背中をポンポンっと叩く。ジョーは半ば連行されるような気分で、二人に引っ張られていった。




***Men's matter, Boys' matter.***



 「いらっしゃ・・・あぁ」
 店のドアが開くと反射的にとる行動。しかし、太郎は入ってきた相手を見た瞬間に、普段の表情に戻った。
「やっほ〜。マスターは?」
 にこやかに入ってきたラビをチラリと見て、太郎は洗いものにとりかかる。バーテン姿の太郎の横を、ラビとプーが軽やかに抜けていった。
「買い物。なんだ、プーも一緒か・・・っと」
 最後に続いたジョーを見て、太郎が顔をあげる。ジョーは、バーテン姿も様になっている太郎を見て立ち止まると、少し気恥ずかしそうに言った。
「や・・・やぁ」
 ラビと違って、太郎と話すときにはちょっと緊張する。太郎が元々無口で無愛想なせいであることは、よく分かっていた。
「あ・・・あぁ」
 太郎にもその緊張が伝わり、なんともぎこちない返事。すると、すでに店のスタッフルームに入りかけていたラビが引き返して、ジョーの腕を取った。
「下にいるから、マスターに言っといてね〜」
 プーはさっさと奥に消えている。ジョーはラビに腕を引かれるままに、奥の部屋へと連れて行かれた。
「ね、ここって・・・いいの?」
 明らかに部外者の自分が、店の奥に連れて行かれることに少なからず気が引けるジョー。簡単なオフィスとロッカーの間を抜けると、さらに地下へと伸びる階段がある。ラビは、その階段を下りながら、振り返らずに返した。
「大丈夫大丈夫。だって、タロちゃん以外、俺もプーもみ〜んな部外者だもん。タロちゃんは、ここでバイトしてるんだけどね。マスターが来てもいいって言うから、なんとなく秘密基地みたいになってんの」
「秘密基地・・・」
 確かに、小さな窓が上の方についているだけの地下室は、秘密基地という言葉がピッタリくる。しかも、倉庫として使われているらしく、中にはガラクタが散らかり、天井からは裸電球がぶら下がっているだけだ。しかし、基地として使っている期間が長いのか、それなりの設備は整っていた。
「はい、テキトーに座って」
「あ、うん」
 ジョーは床に敷かれたラグの上にあぐらをかく。ラビとプーはおそらくワインが入っていたであろう木箱を挟んで、ジョーの向かいに座った。
「さて・・・」
 ニコニコと微笑み続けるラビが切り出し、ジョーが思わず肯く。ラビの隣で、プーもニコニコと微笑んでいた。
「ちょっと聞きたいんだけど、ジョーさ、もしもイチローちゃんを見つけることが出来て、ご対面ってことになったら、どうするつもり?」
 ラビが真正面からジョーを見つめて小首をかしげる。
「え・・・?」
 どうするといわれても、その場になってみないと分からない。ジョーはラビとプーを交互に見ると、真剣な顔で言った。
「それは、その・・・『こんにちは』って・・・」
「いきなり?」
 短い質問を返し、さらにニコニコと微笑む二人。まるで、ジョーが困るのを楽しんでいるようだ。
「いきなりって・・・でも、他になんて・・・」
 初めて話す相手に、こんにちは以外の何を言えというのだろうか。日本だと、他になにか言い方があるのかな?とジョーが思った瞬間、ラビがプーの脇で手の平を上に向けた。
「そんな時に、プーの出番で〜す!」
「で〜す!」
 プーもラビの語尾をとって繰り返す。ジョーがポカンと口を半開きにしていると、ラビが続けて言った。
「全くなんの接点もない人が、いきなり『こんにちは』なんて言ったら、日本じゃ先ず宗教の勧誘と思われちゃうからね。それかキャッチセールス!怪しさ満点だから」
 そうなのか・・・と、ジョーは少しショックを受ける。日本のことはそれなりに知ってるつもりだったけど、そんなルールのことはどの本でも読んだことがなかった。
「だから、ジョーはプーと一緒にイチローちゃんをナンパするの」
 ラビの話を肯きながら聞いていたジョーの首の動きが止まる。ナンパって・・・ナンパ?
「・・・えっ?」
 話の中身がよく飲み込めずに、ジョーが目を丸くする。ラビは、そんなジョーに小さく何度も肯き返すと、さらに続けて言った。
「狙うのは、やっぱバーなんかに入ったときだよね。イチローちゃんが一人なら、プーが上手い具合に声をかけるし、もしもイチローちゃんに連れがいるなら、プーが上手く引き離すからさ」
 引き離すって・・・そんなに上手く行くもんなんだろうか?と、ジョーは胸の中で考える。しかも、今日初めて会ったばかりのプーに、そんなことを頼めるのだろうか?とも。
「まかせてちょんだい」
 プーは自信ありげに自分の腕を叩いてみせる。
「いい働きするよ〜」
 その隣で、ラビもしみじみ・・・といった感じで目を閉じ首を横に振る。
「んで、プーが引き離したらジョーの出番でしょ。二人で話せばその気になるから、そのまま二人で消えちゃって」
「え?」
 消えちゃってって、それはまさか・・・。
「消えるって、どういう・・・?」
 ジョーが疑いの眼差しで二人を見る。と、ラビとプーの二人は意味深な視線を交わして微笑んだ。
「そりゃ・・・ねぇ〜・・・」
 二人の目がひっくり返した三日月みたいになっている。も、もしかして、想像・・・されてる?
「そりゃって・・・でも、俺、電話でも言ったけど、まだよく分かんないし。そんな、いきなり・・・」
 慌ててジョーが二人の熱を下げようとする。しかし、ラビとプーは全く気にしない様子で言った。
「ジョーには分かんなくても、俺らには分かるかもよぉ〜」
「え、どういう・・・?」
「アメリカは知らないけど、日本には『試食』ってシステムがあってね」
 そう言い出したのはプー。ラビは横で、ひたすらに頷いていた。
「お、美味そう!と思ったものを買わせるために、デパ地下とかスーパーの食料品売り場には、先にちょこっと食べられるようになってるわけよ。それを食べて美味しければ買ってもはずれないっしょ」
「車だって、買う前に試乗できるしさ。普通、気になったモノをただで体験できるんなら断らないよねぇ?だって、気になってるんだから」
 絶妙なタイミングでラビが横から援護射撃。この二人に宗教に勧誘されたら、断れないかもしれないと思うジョーであった。
「ジョーの方はわからなくても、イチローちゃんの方は、ほぼ間違いなくジョーが誘ったら落ちるって」
「えぇ!?」
 咄嗟に声が出る。そんなバカな。
「そんなこと、分からないよ」
「分かるよ〜。だって、こんなに若くてピチピチの可愛い子が誘って落ちないわけ無いじゃん。普通だったらお金とられそうな感じなのに、ただで試せるんだったら向こうだって試すに決まってるじゃん。あ、そうか。それ疑われるかな・・・?」
 ラビは自分で言いながら、なにを思ったのかプーに視線を投げる。するとプーも、それがあったかというような顔で、渋い表情に変わった。
「ウリを疑われたら、困るね」
 プーの真剣な顔。ラビはジョーをチラっと見て返した。
「ダイジョブだよね。ジョーはニチョっぽくないし」
「だよね」
 ジョーをそっちのけで二人の会話は進む。ジョーはついていけなくなって、当惑顔のまま二人を交互に見た。
「でも、ニチョに来るのは初めてだって言った方がいいかも〜」
「そだね。よく来るとかっていうと、しょっちゅう試食してるみたいに思われちゃうし。ま、俺はそうだけど」
 サラリとそう言って悪びれずに笑ったのはプーの方。そして、ジョーはそれを聞き逃さなかった。
「しょっちゅうって・・・なに、しょっちゅうそういうことしてるの?」
「うん。だって、趣味だもん」
 趣味と言われて、ジョーも返事に困る。じゃあウィルに相手が途切れなかったのも趣味なのだろうか?いや、そんなバカな。
「俺ね、最高の技術を身に着けたいんだもん。だからとりあえず経験を積んでる最中」
 プーは全く悪びれることもなく、言ってのける。これは、研究熱心と言ってもいいのか?すると、ラビが再び横で、目を閉じ首を振りながら言った。
「いい働きするよ〜〜」
「するよ〜〜」
 ラビの語尾を取って、繰り返すプー。これは・・・感心するところか、呆れるところか?
「あ、でも安心して。イチローちゃんの連れには、テク炸裂しないから。ウブいフリしとくし。あんまりやりすぎると、ジョーも一緒と思われちゃうもんね」
 これもプーなりの気遣いなのだろうか。ジョーはどう答えていいのか分からずに、口を半開きのままに二人を眺めた。
「というわけで、イチローちゃんを見つけたら、作戦ゴーってことで」
「ひょ〜!ドキドキする〜〜!」
 この二人に任せてもいいのだろうかと、ジョーは徐々に不安になってくる。しかし、今更断るのも気まずいような・・・。するとその時、地下室のドアが開いた。
「おい、あんまり勝手に盛り上がんなよ」
 現れたのは太郎。手のトレイには紅茶を三つ乗せていた。
「あ・・・ありがとう」
 紅茶を目の前に置かれて、ジョーが太郎を見上げる。太郎はラビとプーの前にも紅茶を置くと、改めてジョーを見下ろして言った。
「ほっとくとこいつら暴走するから。遠慮しないで、イヤなもんはイヤってハッキリ言った方がいいぞ」
「あ・・・うん」
 無愛想ながら、太郎の言っていることはありがたくも正しい。ちょっと怖いけど、いい人だなと改めて思った。
「ところでさ、それなに?」
 そんな太郎の言葉には慣れっこなのか、一向に答えた様子の無いラビとプー。紅茶を飲んで一息ついたところで、ラビがジョーの持っていた紙袋に目を落とし呟く。ジョーはその声に、改めて自分が手にしているものを見て、言った。
「あぁ、これ。今日、父親が急にくれて・・・。慌てて出てきたから一緒に持ってきちゃったんだ」
「ふぅん。中、なんなの?」
 そう言われてみれば、まだ中を確認していない。ジョーは紙袋の中に手を伸ばすと、中に入っているものをゴソっと出した。
「・・・手帳?」
 そこにあったのは、コンパクトなシステム手帳とシステム手帳に入るリフィル用のモノ。よく見ると、それは電車の路線図や緊急連絡先などの電話帳だった。
「お、パパちゃん、結構ちゃんとお父さんなんだね〜」
「え?」
 ラビの発言にジョーが思わずラビを見る。するとラビは、口の両端をキュッとあげて目を細めた。
「だってさー、これってパパちゃんなりの気遣いでしょ?日本に来て間もないジョーが、困った時になんとか出来るようにってさ〜」
 そうなのだろうか。あの父親を見ている限り、にわかには信じがたい。さらに袋の中を探ると、駅で取ってきたであろう電車の時刻表も入っていた。
「うわ〜、やっさしぃ〜!」
 その時刻表を見て、プーが声をあげる。ジョーも、これにはちょっと驚いた。
 “結構ちゃんとお父さん”というラビの言葉が、頭の中をめぐる。そうなのかな、そうなのかな?と疑いながら・・・。




***Men's matter, Boys' matter.***



Xデーは間近?
狙われてるとは知らない大澤は果たして?