「真島くん。変な噂を耳にしたんがね」
18になった俺は、俺の父親と同じ道を歩み、薬品の研究をしていた。玲は家の屋根裏で暮らしている。家政婦にばれやしないかと、肝を冷やす日々が続いていた。
「2年前に火事で死んだ筈の君の友人、高倉玲くんが、生きている・・・・というのだよ」
軍服を着込んだ初老の男は、俺の顔色を伺いながら言い続ける。俺は相手に言われて、改めて2年という時を実感した。
「君・・・・・知らないかね?」
「・・・・本当ですか?」
俺はあくまで静かに聞き返した。心臓の音が、相手に聞こえるのではないかと思うほどに高鳴る。
「・・・・うむ。知らないのならそれでいいが、もし知ってるようなことでもあれば・・・これは問題だ。君は将来、父上と共に偉大なる研究をしてくれるだろうと、私は期待してるのだからね。その君が、あんな者と関わりあっていたとなると・・・・問題だよ」
『偉大なる殺人薬品をか?』と聞き返しそうになって、なんとかこらえる。あんな者とはどんな者なのか、聞いてみたいと思った。少なくとも、あいつは机に向かったまま大量殺人を命令するようなことはしない。最高の椅子に座り、最高の酒を楽しみながら最低のことを行う。それがあんたの言う偉大な使命かと、聞き返したくなった。
「まぁ、薬品研究というものに、事故は付き物だからな、気を付けたまえ。・・・・君なら自身の守り方くらい知ってると思うがね。父上の方は・・・どうだろうねぇ?」
警告だった。玲を引き渡さなければ、俺の父親を殺す・・・・と。父の命が惜しければ、玲を引き渡せ・・・・と。俺の父親は、もう一年も家に帰ってきていない。研究の詰めにきていると言っていた。礼のことは知っている。ただ、肩を叩いて『お前の信じる通りにしろ』と微笑んで言った。そして『俺は、あいつを救えなかったから・・・・』とも。あの時から親父は予感していたのだろう。こういう日が来ることを。
「えぇ。せいぜい気を付けますよ」
俺は相手の顔を見ずに言った。
「玲」
天窓から月の光が差し込む。俺は、ベッドの中で寝返りをうちながら言った。
「・・・・・ん・・・・?」
半分眠りかけていたあいつは、白い指で目をこすると、小さく返す。触れ合う肌の感触が、心地よかった。
「今度の休みに、どこか遊びに行こうか」
「えっ!?本当ですか!?」
眠そうな瞳が、瞬時にして輝く。
「あぁ。ここ一ヶ月ほどどこにも行けなかったからな・・・。息抜きに、ちょうどいいだろう。それに、家政婦たちにも暇を取らせるよ。そうすれば、家の中なら自由に歩くことが出来るだろ?」
あいつの表情が、段々と困惑の色に染まっていく。俺が言い終えるのを待って、あいつは静かに言った。
「・・・・何か、あったんですか?」
「何かって?」
俺はさらりと返した。
「そういえば、おじさまが全然こちらに見えませんね?そうちょくちょくいらっしゃる方じゃなかったけど、三ヶ月に一度くらいはいらしてたのに・・・・。それに関係があるんじゃないですか?」
世俗と離れて俺とだけの生活が長くなるにつれて、こいつは妙に勘が良くなった。なまじ嘘を付こうものなら、たちどころに見破られてしまう。しかし、真実をありのままに言うには、あまりにも状況が悪すぎた。
「いや、親父からは連絡をもらってるし、研究所で顔を合わせることもある。お前が心配するほどのことじゃないよ」
「そう・・・ですか?それならいいんですけど。朔太郎さん、俺に変な気を使うのはやめてくださいね。自然のままにいてくれていいんです。あんたなら・・・・俺もそうできます。一人が、精いっぱいだけど」
半身を起こしてあいつが言う。月の光に照らされて、あいつの肌は青真珠の色に見えた。
「玲っ!!あったか!?」
森に囲まれた湖。久しぶりの外の空気に喜んだ玲は、今までにない程はしゃいでいた。着ていた服はあっという間に濡れそぼり、俺たちは脱いだ服を木にかけて乾かしていた。傍らに停めておいた車からガウンが見つかり、それを玲に着せた。
誰もいない。ここには俺たち二人だけだ。誰もとがめない、誰も邪魔しない。
・・・・・どうしてこのままでいられないのだろう。どうして人は、しがらみから逃れられないのだろう。
強い風が吹き、干していた服が飛ばされる。俺たちは慌ててそれを拾いに走った。
「大体は集まりましたけど、まだちょっと足りないみたい」
生乾きの服を両手に抱えて、あいつが言う。
「何が足りない?」
「え・・・・っと、そうですね。あぁ、あなたのシャツですよ」
「それなら、もういいよ。そろそろ帰ろう。随分遠くまで来たから、帰りも時間がかかる」
するとあいつはちょっと怒ったような、困ったような顔をして、俺に言った。
「どうしてあんたって人は・・・。物に執着の無い人ですねぇ。駄目ですよ、あの白いシャツ似合うんだから」
そして、集めた服を俺に押し付けると、再び緑の中へ行ってしまった。
「確か、こっちの方へ飛んだと思ったんですよね。・・・・・わっ!!」
「どうしたっ!?」
「・・・・・・ちょっと転んだだけ。平気平気。それより・・・・っと、あった!!」
あいつの声が響く。瞳をこらすと、緑の中からあいつが手を振って帰ってきた。
「朔太郎さぁ〜んっ!!」
光の中で、彼が手を振る。
「ね!!あったでしょう!!」
俺の白いシャツをその手に握りながら。
「さ、帰りましょう」
微笑んで、あいつは俺の手にシャツを渡した。ふと見ると、裸足の足首から血が出ている。
「おい、どうした?」
俺は、血を差して言う。するとあいつは、少しも動ぜずに返した。
「あぁ、落ちた枝かなんかで切ったのかな?気が付かなかった」
「ちょっと待ってろ」
俺は、近くの木の切り株にあいつを座らせ、湖の澄んだ水を汲んで、足の傷を洗った。
「痛かったら言えよ」
「はい」
傷はそんなに深くなかったが、なかなか血が止まらない。
「薬もってくりゃあ良かったな」
「あ・・・俺、平気ですから。全然痛くないし」
「ちょっと足貸せ」
あいつの声を無視するように俺は言うと、あいつの足首を取って傷口にくちづけた。
「ちょっ・・・・朔太郎さんっ」
驚いたあいつが、俺の肩を掴む。傷を舐めると、苦い血の味がした。
風の音しか聞こえない。それと、あいつの静かな息遣い、俺の心臓の音。静かな、時の流れ。
「・・・・・・・・帰ろうか」
口唇を離すと、俺は微笑んで言った。あいつも素直に肯く。
「ほら」
あいつの前にかがんで背を向ける。あいつはおぶさりながら、くすくすと笑い出した。
「何がおかしい?」
「いえ・・・こういうのも良いなぁ・・・と思って。それにね・・・」
そう言うと、あいつは湖を指差した。水の上に、俺の白いシャツが浮かんでいる。さっきのどさくさに紛れて、また飛んで行ったのだろう。
「さ、行きましょ。俺が拾いますから、ね」
「拾うのはお前でも、水に浸かるのは俺だろうが」
「誰かさんの管理不行き届きです。・・・ほら、早くしないと深い方に流れちゃう」
あいつが俺の肩を叩いて、言う。
「へいへい」
俺は適当に答えて、あいつをおぶさったまま水に入っていく。あいつはひたすら可笑しそうに、くすくすと笑い続けていた。
「あ・・・・わっ、ちょっと朔太郎さん!!」
「なんだよ」
「しっかり歩いてくれないと、怖いじゃないですか」
俺の背にしがみついて、あいつが怖々と言う。俺はつい面白くなって、意地悪く返した。
「へぇぇ」
そして、わざと大股でずんずんと歩く。
「や・・・・やめて下さいよ!!あんた・・・ここで転んだら・・・元の・・・」
「わっ!!」
ビッシャーンッ!!
焦ったあいつが言い終わる前に、案の定俺はすっ転んだ。しかも、後ろ向きに・・・。
ヤバイ、と反射的に思った。あいつも俺も、頭からずぶ濡れ。しかし、すまないと思いつつも、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
水の中に座り込んだまま、俺たちは向き合った。あいつは濡れて顔に張り付いた髪を指先で払い、俺を恨みがましそうな瞳でじっと見る。
「ぷっ」
まずいことに、最初に吹き出してのは俺だった。
「・・・・っ・・・くくっ・・・ははははっ」
こらえきれずに笑い出してしまう。すると、あいつが後を追うように笑い出した。
「っくくっ・・・はははっ・・・・・ったく、あんたって人は・・・・ふふっ・・・」
目の前の全てが愛おしい。俺はこの瞬間に、親父と別れなければならないと思った。笑いながらあいつを抱きしめると、ゆるく抱き返される。優しい腕の感触。俺は、親父を犠牲にする。謝っても悔やんでも、それはしきれないこと。でも決めたのだから、こいつを守るのだと。こいつを一人にしない・・・と。
最後の、太陽だった。
†††††The Castle of Memory†††††
彼が怪我をしてから数日後、俺は、俺の部屋のソファでうたた寝をしている彼を見つけた。
ソファの前に椅子をひいて座る。椅子の背を抱いた格好で、しばらく彼の寝顔を眺めていると、彼がふと目を覚ました。
「・・・・・・え・・・・・・?」
「・・・・お目覚めですか?」
半開きの目で俺を見る彼に向かって、明るく言う。
「いつからそこに・・・・?」
「ついさっきから。起こしちまったのかな?」
「何か用があるなら、起こして下さればよかったのに」
彼はソファの上に座り直して言った。
「寝顔を見ていたかったんだ」
「そんなことをする人は嫌いです」
「・・・・・ごめん」
俺は両手をひろげ、笑顔で言った。
「・・・・・・・何も用事はないんですか?」
「いや、無い訳じゃないんだ。ひとつ聞いてもいいか?」
「何でしょう」
彼は無表情で答えた。
「この城に・・・・部屋はいくつある?」
瞬間、彼の白い無表情が凍りつく。やはり、そうであったかと俺は確信した。
「答えられないのか?」
「い・・・いえ、そんなことは・・・・・」
彼の人形のような顔に、焦りととまどいの色が見え隠れする。
「じゃあ説明してもらおうか。こんなことが、どうして起こるのか」
「説明といわれても・・・・・・一体何のことについて説明したらいいのか」
彼は俯いたままに言う。俺は、きっぱりとひとこと言い放った。
「この城は成長している」
「・・・・・・・・・・・」
「部屋がどんどん増えてるんだ。信じられない話だが・・・」
「何かのまち・・・・」
「・・・・・・・がいじゃないってことは、あんたが一番よく分かってるだろ?」
彼の言葉を遮って続ける。
「なぁ、どういうことなんだ?・・・・気持ち悪いじゃないか、建物が成長するなんて」
すると、彼は俺の方へ整った顔を向け、口を開いた。
「この城は・・・・・・」
「あぁ」
「この・・・・・広い城は・・・」
言いかけながら視線を落とす。俺は彼の肩を掴むと、軽く揺すって顔を起こさせた。
「言えない理由があるのか?」
そう言うと、彼がゆっくりと、でもしっかりと肯く。俺はため息をひとつつき、椅子から立ち上がって部屋を出た。
さっき数えた部屋の数は23。
すべてを、思い出しかけていた。
†††††The Castle of Memory†††††
「何ですって!?もう一度言って下さい!!あぁ・・・そんな・・・・・」
震えながら、あいつが言った。綺麗な月が見える夜だった。
「親父が死んだ。・・・・・・俺が、殺した」
親父は自殺だった。俺はあいつのことが軍にばれかかっていること、俺が上官に呼び出されたことなどを手紙に書き、気を付けるようにと付け足した。親父が死んだのは、その手紙が親父の手に渡った次の晩だった。
俺が殺したようなものだった。親父は、どうせ死ぬなら・・・と自ら命を絶ったのだ。軍の手にかかり、俺が重荷に感じることのないように。俺が、そうさせたのだ。俺が、そう仕向けたのだ。
こいつには決してしゃべってはいけないと思っていた。でも、誰かに己の犯した罪の深さを聞いて欲しかった。しゃべらなければ、耐えられなかった。
「あぁ・・・・親父。俺が・・・俺が・・・・」
もう、意味のある言葉が出てこない。屋根裏部屋の扉によりかかり、そのままずりずりと背を滑らせて座り込む。
「ごめん・・・ごめん・・・・・・ごめ・・・っ・・・・」
涙が溢れて止まらなかった。こいつの前では絶対に泣くまいと想っていたのに、他のところでは泣けなかった。こいつの顔を見た瞬間に、つかえていた涙が、すべて溢れてきた。
「ごめ・・・ん、親父・・・・」
顔を両手で覆い隠し、泣きながら俺は言い続けた。
柔らかい手が、俺の顔を撫で、ゆっくりと抱き寄せる。何も言わなかった。ただ、俺が顔を覆っていた両手を離してあいつを見ると、悲しい笑顔を見せた。
「・・・・れ・・・い・・・・・」
「俺の分も・・・・お願いしますね。俺・・・勝つ日が来るまで・・・・泣けないから。泣きたくても・・・泣いちゃ、いけないから・・・・」
そう言って、うっすら浮かんだ涙をこぼさないように、上を向く。俺は、あいつの胸の中に顔をうずめ、寄りかかりながら目を閉じた。
「なぁ、玲。死ぬって、どういうことだ?」
あいつの膝を枕にして、天を仰ぐ。俺が聞くと、あいつは少し首を傾げて返した。
「さぁ。・・・・俺が思うに、忘れることじゃないでしょうか?」
「忘れる?」
長く伸びたあいつの黒い髪を、指で弄びながら、俺は聞き返す。
「そう。今、この世の幸せと罪を、忘れる・・・・ということ」
あいつが俺の髪を撫でる。優しく、ゆっくりと。
「・・・・・・どうして?」
「人が、あまりにも罪深く、脆い生き物だから。・・・・・一生分以上の罪を背負いきることが出来ないから・・・・・・」
「お前も忘れるのか?」
あいつの手の動きがふと止まる。あいつは、俺の顔を見て微笑むと、静かに返した。
「忘れたくありませんね」
「・・・・・どうして?」
「嫌なことを聞く人だ」
「・・・・・だけど・・・・・」
「そうですね。でも、俺が覚えていることによって一番大切な人を苦しめるようであれば、俺は忘れようと思います」
俺の髪を撫でながら、あいつは笑った。
「思ってできるもんなのか?忘れようとか、忘れまいとかってのは・・・」
「出来るって、信じてます」
あいつは明るく言うと、髪を撫でる手を止め、天窓から覗く月をぼんやりと見ていた。
「月が綺麗ですね」
あいつは、嬉しそうに呟いた。
†††††The Castle of Memory†††††
紺色の夜だった。
月がやけに明るく、廊下や部屋の中を照らしていた。
俺はすべてを思い出していた。
考えてみればおかしな話だ。これだけ長い時間ここにいながら、彼の部屋に入ったことがなかったなんて。
長い廊下を渡ったところに、彼の部屋はあった。静かな空気に包まれている。俺は、部屋の前に立つと、ひとつ息をついてから・・・・しっかりと、ノックをした。
コンコン
「俺だけど・・・・・入ってもいいか?」
胸が高鳴る。もしかしたら俺は、してはいけないことをしようとしているのかもしれない。けれど、はっきりさせなければいけない。俺の考えが、もし当たっているのならば、彼は・・・あいつは、このままずっと・・・・。
「朔太郎さん?」
「あぁ、俺だ」
「いけません」
彼は細い声で、はっきりと言った。
「入ってはいけません。何でまた、今になって・・・・・」
「言ってる意味がよくわからない。どうして入っちゃいけないんだ?話がある。ここを開けてくれ」
重々しい扉に顔を寄せる。
「いけません。あなたは・・・あんたはすべてを思い出した」
もはや、彼の声は『彼』のものではなかった。あの声は。そう、あの声は・・・・。
「そうだ、俺は思い出したんだ。・・・・お前のことばかりだ。思い出したんだよ・・・・・玲!!」
†††††The Castle of Memory†††††
彼の部屋の扉が開かれたのは、それから十分程してからだった。
「入ってもいいですよ。ただ、あんたに耐えられるかどうか・・・・・」
意味深なことを言って、あいつはゆっくりと扉を開けた。
「・・・・・うっ・・・・・」
部屋に入った瞬間、何ともいえない感情がこみ上げる。悲しみ、怒り、とまどい、あらゆる『負』の感情。それはそのまま、あいつが抱き続けていた感情。あいつの、心。
「これは・・・・!?」
「だから言ったじゃないですか。・・・あんたには、きつすぎるはずだ」
眉を寄せて、あいつが言った。俺は、部屋のソファに座ると、大きく深呼吸をする。あいつは扉を閉めると、俺の真向かいに座った。
「話って、なんですか?」
部屋の空気に押しつぶされそうになる。それでも、なんとか息を整え、俺は返した。
「ここは・・・・一体どこだ?」
「城の中」
「玲っ!!」
頭に血が上って叫ぶ。
「私は、そんな名前ではありません」
「じゃあなんだ」
「私は・・・・私です」
青冷めて、彼は言った。つい今さっき、あいつだったのに、今はその影すらない。あいつは、彼に戻ってしまった。
「処刑?」
玲が家から消えた。書き置きも何もない。数日後、俺は軍から呼び出しを受けた。
「あぁ、そうだよ。昨日、軍法会議にかけた。街を歩いているところを捕まえたんだ。彼は軍の機密を的に売ろうとしていた。ここ数年、死んだと見せかけて姿をくらましていたのもその所為なんだ。いやぁ、すまなかったねぇ・・・君を疑ったりして・・・」
明らかに、その初老の男の瞳はすべてを知っている瞳だった。
どうして?・・・どうしてこんなことになったんだ?何故、玲は捕まった?なんで?どうして?
「彼に会わせて下さい。俺には、会う権利があるはずです」
身体が震えた。気を取り戻さなくちゃいけない。どうしたらいい?どうすればいい?
「・・・う〜ん。じゃあ、一日だけなら・・・な」
あざけるような瞳で、男は言った。
†††††The Castle of Memory†††††
「俺はどうすればいい・・・・・?お前が、こんな所にいるなんて・・・」
「高倉玲は、あの時に・・・・死にました」
城の中で、『彼』は静かに言った。
「どうして、今更思い出したりしたんですか?・・・忘れるなら、ずっと忘れていて欲しかった」
「約束したからだ。覚えていると・・・・・決して忘れないと・・・」
頭を抱えて俺は言う。いたたまれない。たまらない。誰か、助けて。
「でも、あなたは忘れた。忘れて、私との時を過ごした。・・・・その時は、もう取り返せない」
誰か、誰か助けて。
誰か、彼を助けて!!!
†††††The Castle of Memory†††††
「どうしてこんなことに・・・・・」
金網越しに、俺たちは再会した。やつれた顔に、それでも笑みをたたえて彼は言った。
「自分から・・・・・捕まりました。もう、これ以上はいけません。あんたは、あんた自身を守らなくちゃいけない。もう、俺にかまってちゃいけない」
「何言ってんだよ。お前がいなくなって、俺に何が残る?・・・何も残らない。みんな捨てちまったじゃないか」
「俺ね、がらにもなく、あんたと出会った時、あんたを守りたい・・・・って思った。あんたのしたいこと、邪魔するような奴がいたら、許せないと思ってた。・・・・・・でも結局、守られてたのは俺の方だった。それから、気付いたんだ。・・・・あんたの邪魔を一番してるのは、俺だ・・・って」
微笑みを絶やさずに、あいつが言う。俺は、思わず叫んだ。
「違うっ!!」
「俺知ってる!!・・・あんたがどれだけ研究に心血注いでるか。どれほど研究に命かけてるか。・・・・あんたはきっと、成功する。俺には分かる。だって・・・・俺が見込んだあんただもの」
明日の朝、一番に処刑されると分かっていながら、どうしてこいつは、こんな笑みを見せることが出来るのか。
「駄目だ玲・・・。お前を殺させるなんて・・・そんなこと・・・・・」
「あんた、前に言いましたよね。『これが始まりだ』・・・って。『ここで死んだら負けなんだ』・・・って。でもね、俺から見れば、ここで死ぬ方が勝ちなんですよ。余計なことしないでくださいね。もう、こうなった以上、どう考えても俺は生きられない。あんたは生きるんだ。俺がいなきゃ、誰もあんたに手を出せない。恩を着せますよ。あんたは生きるんだ。だって、生きなきゃ俺の命を、無駄にすることになるんだから・・・・」
「どうしてだ、玲。俺が守るのに・・・俺が守ると決めたのに」
涙すらでない。それだけ、時は迫っていた。
「そんな人だから。あんたがどこまでも、俺を守ってくれる人だから、俺は決めたんです。・・・・共倒れ、するつもりだったでしょ?もし、俺の身に何かあったら、あんた、命すれるつもりだってでしょ?・・・・・・・そんなこと、絶対させない。だから、恩を着せるんです」
「そんな恩なんか着ないぞ!!」
俺は力いっぱいに叫んだ。
「いいえ。・・・・あんたは死ねません」
あいつは涼しい顔で言いきった。
「辛い思い・・・・・させちゃいましたね」
微かに首を傾げる癖。
「俺・・・・・・すごく幸せでした」
この上なく愛おしい、白い笑顔。
「忘れます。・・・・・さようなら。・・・・・・愛してましたよ」
†††††The Castle of Memory†††††
「あなたがここに来たとき、何かあるだろうな、とは思っていました。でもまさか、城が大きくなるなんて」
彼の青い月のような面は変わらない。
「どうしてこんな?」
「いま、部屋は23・・・・・あります」
「あぁ」
「もう、増えないでしょう」
彼は言いきった。
「何でそんな事が分かるんだ?」
彼が、グラスにブランデーを出してくれた。手に持ってまわすと、褐色の液体が蜜のような線を描いて揺れる。
「最初、この城には18の部屋がありました。どういうことだか、わかりますか?」
「・・・・・まさか・・・・・」
「えぇ。高倉玲が死んだ時の、あなたの年齢です。そして、あなたが来て・・・部屋は増えた」
信じられない。そんなことが起こり得るのか?
「俺の・・・歳の分だけ、部屋がある?」
俺が戸惑いながら言うと、彼は白い面をわずかに傾けて言った。
「そう。だからここは・・・・・記憶の城」
「記憶の城?」
「罪と罰の城。来てはいけない城。あなたの5年分の苦しみも、この城の糧になってしまった」
静かに言い続ける。しかし、部屋の空気の具合で、彼の心の深さが分かった。
「でも、何で俺の歳なんだ?何で、君の歳じゃないんだ」
「私は歳をとらない。私の時は、あの人と別れたあの時に、止まってしまった」
「そうじゃない。お前が高倉玲だからだ。その黒い髪も、白い肌も、全部俺が知ってる。お前は高倉玲なんだ」
彼が突然立ち上がり、窓辺でカーテンを握り締める。月に照らされた彼の顔は、微かに震えていた。
「違う。高倉玲は死んだんだ。彼はもう何も覚えてはいない。覚えていちゃいけないんだ」
俺は立ち上がり、窓辺に立った彼を後ろから抱きしめた。この感触、微かな髪の匂い。
「玲・・・・。玲・・・・どうして、こんな所に・・・・・」
「あの人の言葉を信じながらも、彼は戸惑いを捨てきれなかった。そして、そんな孤独な心が、こんな城をつくりあげてしまった」
「あぁ。だからもう、お前は忘れていいんだ。忘れないでいることが、そこまでお前を追いつめるのなら、お前は何もかも忘れてしまえ。でも今度こそ、俺は忘れまい。これは、俺の罪だ。お前を独りにし、忘れてしまった俺の罪。忘れてはいけない罪」
俺は、あいつの身体をきつく抱きしめながら、呪文を唱えるように言葉を紡いだ。
「・・・・朔太郎・・・・さん・・・・」
口唇が重なり、瞳を閉じる。昔、幾度となく繰り返した、懐かしいくちづけだった。
「・・・・・っ・・・」
耳に首に、昔のままの愛撫を繰り返す。うなじの黒子を軽く吸うと、白い身体が、微かに跳ねた。
「朔太郎・・・・さ・・ん・・・・・」
見つめ返す瞳はまさしく、高倉玲、あいつだった。
†††††The Castle of Memory†††††
その日は朝から、どんよりとした雲が空を覆っていた。
あいつは、泣くこともわめくこともせず、係の者の指示に従っていた。俺は軍のものに連れられて、それを見ていた。見せしめだった。立会人の中の何人かが、哀れみの視線を俺に投げる。軍の奴等は、俺を殺すつもりなのだ。俺の中の自分を、二度と刃向かうことが出来ないように。軍の奴隷となるように・・・。
銃殺刑だった。・・・何もしてやることができなかった。何も・・・なにひとつ・・・・・。
目の前のすべてが、信じられなかった。
「やれ」
あの、初老の男が、横目で俺を見ながらに言った。言葉は、電流のように、俺の身体を駆け抜けた。あいつは、一度も俺の方を見ようとしない。軍の奴等がいるからだ。あいつは、最後まで、俺を守り続けた。
銃が構えられる。
・・・・・・・・・・・あぁ、神様!!
パンパンパンッッ
乾いた音が空に響き渡る。
それだけで、充分だった。
「や・・・・・やめろぉぉぉぉっっ!!」
俺は叫びながら、制止する人たちの手を振り切って、あいつの元へ駆け寄った。俺の声に驚いたのか、銃の音が止む。それは、永遠のように長く、一瞬のように短い間の出来事だった。
「あぁ、だから・・・こんな・・・・」
俺はうめきながら、あいつの横たわった身体を抱き寄せた。あいつが微かに身じろぐ。
「・・・・いけない・・・・朔太郎・・さん・・・」
「もういいっ!!あんな奴等、くそくらえだっ!!・・・・何をされたって、俺は生きてやる。それが・・・お前の望みなら・・・」
「泣かないで・・・・下さいよぉ」
震える手が、そっと俺の頬に触れる。あいつの細い指を伝って、熱い雫があいつの頬の上に落ちる。あいつの手についた土が、それを茶色く濁らせた。
「あぁそうだ・・・俺ね・・・・あんたに、頼みたいことが・・・・・あったんです・・・」
「・・・・なんだ?」
あいつの顔から、笑みが消える。揺れる瞳が、俺を見返した。
言わせては、いけないような気がした。
「最後の・・・・願いです。どうか、俺のことを嫌いだって言って下さい。お前の顔なんか、二度と見たくない・・・・・って」
†††††The Castle of Memory†††††
ベッドが、小さな悲鳴をあげる。
月は、どこまでも青い。
「・・・・っ・・・・んっ・・・」
触れるすべてが、懐かしい。腕に脚に、背に瞼に、余す所なく触れる口唇。揺れる髪が、シーツの上に流れを作る。長い指に指をからませると、関節が白くなるほどに握り返された。
「・・・・はっ・・・・・あ・・・・・っ・・・」
苦しげに眉を寄せる。俺は、怪我の残るあいつの足首を手に取ると、傷口を舌でなぞった。
「・・・・忘れるんだ・・・。すべて、すべてを・・・・」
「でき・・ない・・・・・っ。・・・そんな・・・・。忘・・・・・るな・・・・って・・・・」
両手で顔を覆いながら、あいつは首を振る。
あぁ、聞こえてくるあの音は、なんだろう。短調の曲?・・・・あぁ、そうだ。
「いつまでも・・・・こんな所にいちゃいけない。俺は、お前の白い肌にくちづけをするよ。そうこれは、別れのくちづけだ。俺がお前を忘れない為のくちづけだ。もういいから、お前はおやすみ。俺は、お前の神になるよ。お前の永遠になるよ。・・・・お前は、ずっとそれを欲しがっていたんだろう?」
「・・・あっ・・・あぁ、永遠なん・・・て・・・・・・」
泣くような切れ切れの声で、あいつは言った。
「もう・・・待たなくても、いいんだ」
両手で頬を包み込み、舌を絡ませる。俺の背で遊ぶ指先。ピアノを鳴らすように。果てる前の、あいつの癖。
一体いくつの夜をこうして過ごしただろうか。肌を重ね、汗を混じらせ、熱い吐息がお互いのうなじをなぶり。それはなんて甘く悲しいひととき。つむぐ声さえ遮られる、濁流の中の時。
「待たなくても・・・いい?・・・・なら、何・・・を?」
「何も・・・・・。何も、だ。あぁ、でもひとつだけ・・・・」
お互いの香りが、お互いを包む。いつもこうして包まれていた。守られていたんだ。俺は・・・・・こいつに。
「もう・・・・、俺より先には・・・・・逝くな。一日でも、一分でも一秒でもいい。お前の腕の中で、俺はこの頬とお前の頬を重ね・・・・・『幸せだった』と呟くよ」
青い月。青い月。
歪んでいく空は、君に遠い。
溶けていく海は、君を隠す。
深い森。深い緑。
見つめる瞳は、遠くの叫び。
焦げ付く記憶は、狂いの甘味を混ぜ合わせ、繰り返しを待っている。
微笑みを、まばたきを。
あぁ、私はここで待っている。
あぁ、いつまでも待っている。
待っている。待っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・待っていた。
目覚めると、玲の姿はなかった。頭の中にこだまする声。俺は誘われるように外へ出た。茶色い床を、階段を踏みしめて、白い玄関を抜けた。
月の光が、曲がった闇をつくる。その中に、あいつの瞳が俺を見ていた。
会いたい。会いたい
−−−私は・・・・。私は・・・・。
ふらふらと、暗い森の中へ入り込む。
−−−ここにいる・・・・。
草をかき分けて。
−−−ずっと・・・。ずっと・・・。
「玲・・・。玲・・・・」
−−−太陽の陰・・・。月の傍・・・。
緑は暗く、黒い。黒い緑が、俺を取り込もうと、その手を伸ばす。忘れない。忘れるものか。探すんだ。あいつを探して・・・・。
−−−絶対・・・。絶対・・・・?
遠い声。あいつの声・
−−−忘れて・・・・・いい・・・・?
意識が、ゆっくりと遠のいていった。
†††††The Castle of Memory†††††
「・・・・・・・言え・・・ない」
俺は、瞳を閉じて言った。
「お前のこと嫌いだなんて・・・・。言える訳が無い。忘れられないなら、忘れるな。覚えていろ。俺はお前を見つける。そしてその時、お前も分かるんだ。この時を思い出すんだ」
もう、誰かに見られていることなど、関係なかった。・・・・なんて、静かなんだろう。
「このまま、終わらせるもんか。続きをするんだ。・・・・俺を巻き込め。俺を探せ。俺を・・・・待て。・・・何も恐れることなんてない。俺たちは、勝つんだから」
あいつは、しばらく何も言わずに、俺を見た。とまどいと喜び、そして不安。それらすべてが、あいつの澄んだ瞳を覆った。
「あぁ、でも・・・・そんな」
「玲・・・・。帰ろう、俺の家へ。あの屋根裏部屋で、また、二人で月を見よう。・・・・こんな傷、たいしたことないさ」
涙で汚れた頬に、頬を重ねる。あいつは、震える・・・それでも嬉しそうな声で言った。
「ね・・・・朔太郎さん。・・・・・泣いても・・・・いいかなぁ・・・?」
殆ど息のような声。遠くなる。遠くなってしまう。
「なんか・・・すごく、泣きたいよ・・・・。ね・・・・いいでしょ?」
優しく優しく抱きしめる。
「あぁ、いいよ。・・・・でも、もう少し待ってから」
「なん・・・で?」
いつか風の中で、お前のことを抱きしめよう。そうだ、また二人だけで、あの湖に遊びに行くんだ。いつか・・・・。遠いいつかに・・・・。
「いつか、俺は勝つ。お前と一緒に、勝つ日が来るんだ。その日まで、その時まで・・・」
「約・・・・束?」
「そう、約束だ」
あいつが、苦しそうに息をする。あいつの背にまわした手は、ぬめりを帯びた紅い血に染まっていた。
「忘れな・・・・で、下・・・さ・・い・・ね。覚・・・ていて・・・下・・・」
「忘れないよ。覚えているよ。覚えていて、俺は・・・・お前に帰るよ」
何も言わずに、軍の奴等は俺たちを見ていた。
「覚え・・・・」
俺の服を握っていた手から、ふっ・・・・・と力が抜ける。そんな筈はない。あいつが・・・あぁ、そんな!!
「あ・・・あぁ・・・・・あ・・・・・・・・っ・・・・あぁ・・・・・」
言葉にならない鳴咽が、俺の口から吐き出される。
あいつを抱きしめる腕に、すべての力を込めて。
遠い、遠い。これはなんだ。どういうことだ。
こんなことって。こんなこと・・・・って・・・・。
−−−いえ・・・・こういうのも良いなぁ・・・・と思って。
−−−はははっ・・・・ったく、あんたって人は・・・・。
−−−忘れたく、ありませんね。
−−−出来るって、信じてます。
高倉玲。それは、5年前に死んだ、俺の『永遠』の名前だった。
それは、深い森の中でした。
そよぐ風と、揺れる樹々と、一点の曇りも無い日の光が包んでいました。
そこにいた彼は、白い肌と細い肩、そして深い闇をたたえた瞳を持っていました。緑に埋もれながら、緑を待ち続けていました。
あぁ・・・・あなたが望むのなら、私は神にも永遠にもなろう。
ただ一度きりの永遠になろう。
ただ・・・・・・・・一度きりの永遠に・・・・・・。
「おい、意識が戻ったぞ」
聞きなれない、男の声がする。ゆっくりと瞳をあけると、灰色の薄汚れた天井があった。
「お前さん。俺の言ってることが分かるかい?」
「・・・・・・ここ・・・は・・・・?」
絞り出すようにして、なんとかしゃべる。俺を覗き込む頭が三つ。皆、四十前後の男だった。
「病院だよ。まったく運がいいとしか言いようが無い。あんた、列車事故にあったんだよ。覚えてるかい?」
医者らしい男が言う。
「いえ・・・・・」
事故。だからあんな怪我をしていたのか。そういえば、怪我は・・・?
「事故現場が山ん中だったせいか、あんたも発見が遅れてね。死者もたくさん出たんだよ。まぁ、意識の戻るのが遅いからちょっと心配したけど、怪我らしい怪我もしてないし・・・。本当に奇跡だよ」
「怪我・・・・ないんですか?」
驚いて俺は言った。
「あぁ。・・・・ん、そういえば・・・あんた元から怪我してただろう。怪我の痕があったけど、あんなのしばらくすれば痕もなくなるよ」
「そうですか・・・・」
夢ではない。俺が過ごした時は、夢ではないのだ。
「お、先生よ。そろそろ始まりますぜ」
別の男が、医者に言う。
「そうだな」
医者は少し渋い顔をして返した。
「何が始まるんですか?」
「玉音放送だよ。今日の正午から・・・・・君も聴くといい、天皇自身の声で、決着がつけられるんだ」
医者の顔に、なんとも言えない想いが浮かぶ。俺はゆっくりと半身を起こすと、部屋を出て行こうとする医者に声をかけた。
「あのっ」
「何だね?」
「今日は・・・・一体、いつですか?」
すると、医者は俺が寝ているベッドの横にかけてある日めくりを指差し、言った。
「1945年8月15日だ。忘れられない・・・・日になるな」
その日、玲が生きていた頃から続いていた第二次世界大戦は、数々の悲劇を飲み込んで、終わりを告げた。
†††††The Castle of Memory†††††
時は流れ・・・・・・。
「ねっ、ねっ。あんたっ!キャプテン!朔太郎さんっ!!」
どたばたという音で目が覚める。高校の寮の一室。目をこすって伸びをすると、そこへまた声がかかる。
「遅れちゃうよー。知らないよー」
白い木綿の毛布を身体にまとわりつかせたまま、玲が部屋の中を右往左往している。俺は固いベッドの上で身体を起こすと、頭をかきむしって言った。
「何だ・・・・もう朝か・・・」
「朝かじゃないでしょ。授業遅れますよっ。もう、俺一時間め当たるのに、予習してな〜い!!」
右手にブラシを持って髪をとかし、左手で教科書を揃える。あぁ、昨晩は久しぶりに、ゆっくりこいつと、いられることができたんだっけ。
「なにぼーっとしてんですかっ!?ほらほら起きてっ!!」
俺の手を掴んでぶんぶんを振る。俺は、あいつの腕を掴み返すと、強く抱き寄せた。
「ち、ちょっと!!遊んでる場合じゃないでしょ!!」
この世で再び巡り会った玲は、何も覚えてはいなかった。それでいいんだ。
「休む」
俺は、あいつを抱きしめたまま言った。
「なに言ってんですか・・・もうすぐ大会だって近いんですよっ。めざせ日本一でしょ!?」
記憶は幻に似ている。半透明で、向こうが透けて見える。
「俺は勝つよ」
さっぱりと当然のように言って、身体を離す。あいつは、一瞬きょとんとして、そして笑った。
「なんで笑うんだよ」
「だって、あんた。突然かしこまって言うんだもの」
「でも本当だからな。俺は、勝つんだから・・・・お前と一緒に」
ちょっとむくれて言い切る。するとあいつは、俺の真向いに正座して、真剣な顔で言った。
「当然でしょ。俺が見込んだあんたなんだから」
−−−・・・・俺が見込んだあんただもの。
何も覚えてなくても、玲はやはり玲だった。白い肌に細い肩。黒い瞳に黒い髪。お人好しで、脆くて感受性が強くて、どこか懐かしい。
夏が来れば、森にはむせ返るような緑の匂いがたちこめる。水は澄み、俺たちもあの日に戻ることが出来るかもしれない。
あの城、あの記憶の城は、どうなってしまったのだろう。今もどこかで、緑に囲まれたまま、主を待ち続けているのだろうか。それとも、朽ち果てて風にあおられているのかもしれない。
記憶の城。記憶の城。白い壁と茶色い床と、それは何て、記憶をくすぐる色。風の中で、君を探す色。
いつか・・・・俺たちの勝つ日が、きっと来る。その時、あいつは泣くだろうか。あの日の約束通り、勝つ日が来たら・・・・・。
たまらなく愛おしいあいつを目の前に、20世紀はもうすぐ終わる。さまよう記憶を、あいつは受け止め、これから・・・・どうなるのだろう。足跡を残さない砂の上を歩いていくのなら、こんな思いはしない筈。道はあるのだ、緑の樹々に囲まれて・・・・。
明日が今になる限り、いつかまた、お前は忘れるのだろう。それでも俺は覚え続ける。そう約束したのだから、それが俺に与えられた罰なのだから。いつまでもいつまでも。まばたく瞳の奥に。
私はここにいる。
太陽の陰に、月の傍に。
あなたは約束した。
いつまでも覚えていると、いつかまた、ここへ来ると。
私は、あなたを待ち続ける。
記憶の城の中に・・・。
記憶の城の中で・・・。
記憶の城の・・・中で・・・・。
それは、深い森の中でした。
The Endless End
乙姫十代の作品を打ち直して掲載しました。ひどい間違い以外は目をつむっております。
設定などの部分は突っ込まんといて下さい(^^;)
この作品の続きが書きたいだけなので、載せないことには話が通じないなぁ・・・と。あはははは(^^;)
もとパロディなので、分かる方には元ネタが分かるかもしれませんね。
分かっちゃった方、ぷ!っと笑っときましょう!