「被団協」新聞272号 2001.9月

主な内容
1面 長崎のつどい  国際市民法廷構想に関して
2面  原爆症認定審査  在外被爆者に関する検討会   韓国で追悼式  核かくしかじか
3面 アメリカで証言活動 2001年夏−各地のとりくみ
4面 相談のまど


若者たちの熱意高く 「つたえよう ヒロシマ・ナガサキ2001」のつどい

 日本被団協と「つたえよう ヒロシマ ナガサキ」事務局共催による「今こそつたえよう ヒロシマ・ナガサキ―ヒバクシャの声を 長崎から世界へ―」の集会が8月8日午後、長崎市内の「メルカつきまち」で開かれ、被爆者、日本生協連、日青協、世界大会参加者など260人が参加しました。
 集会は山口仙二日本被団協代表委員の主催者あいさつにつづき、元国際司法裁判所副所長のウィラマントリー氏が、核兵器廃絶のために被爆国日本の運動への期待を込めてあいさつしました。
 「つたえよう」の活動報告がスライドで映し出されたあと、ニューヨークでのミレニアムフォーラムを山本英典さんが、南アフリカでの女性法廷を横山照子さんが、アテネ国際会議を松谷英子さんがそれぞれ報告。長崎県地婦連の上田喜志子会長をはじめ、日本被団協、生協連、青年団から各々発言がありました。
 埼玉コープが「被爆体験の聞き書き・語り残し運動」のなかでまとめた被爆体験の朗読は感動をよび、兵庫県高校生平和ゼミや長崎青年団の活動報告は被爆者を励ましました。また、長崎被災協の葉山利行会長、韓国被爆者協会の成性柱会長、米ハンフォード風下地区住民のトム・ベイリーさんが、ヒバクシャの実情を訴えました。
 最後に、岐阜県の小学生が集会アピールを読みあげ、拍手のうちにつどいを終えました。

参加者の感想から

▼実際の取り組みや被爆者のみなさんの話には感じることが多い。時間の経過とともに、体験者の話が聞ける機会が少なくなるだけに、現在の青年の役割は大きい。これからも平和に対する思いを不変にして、がんばらなければならないと思う。(大阪・38歳・男)
▼長崎に来てたくさんの声を聞きました。土地が遠いだけでなく、心が遠かったことを反省し、これからは心が近くなった分、身近な人にも伝えなければならないと思います。(岐阜・40歳・女)
▼「もう話したくない」という被爆者の気持ちを考えると、つらく、悲しくなった。ぼくたちは簡単に「語り部」を求める傾向がある。「語り部」から聞き、ぼくらが「語り部」にならなくちゃ、と思いました。(東京・24歳・男)
▼若い人がたくさん参加され、また外国にも核被害者がたくさん居られることを知り、参加してよかったと思います。(福岡・76歳・女・被爆者)



元国際司法裁判所判事ウィラマントリー氏と会見

 7月31日、来日中の国際司法裁判所の元副所長で核兵器の「絶対違法説」を唱えたウィラマントリーさんと日本被団協役員との会談がもたれました。
 日本被団協からは「核兵器の犯罪性を裁く国際市民法廷」についての賛同と助言をお願いしました。その場での返答は得られませんでしたが、ウィラマントリーさんは核兵器廃絶のために被爆者が果たしてきた役割を高く評価しつつ、原爆の被害の真実を、文章、写真、絵などで広く世界―とくに若い世代―に訴えかけることの重要性を強調しました。

IALANA理事会で「国際市民法廷」構想を訴え

 8月4日、国際反核法律家協会(IALANA)の理事会が広島で開かれ、ピーター・ワイス会長ら9カ国14人の海外代表、日本反核法協の榊会長をふくむ70人が参加。日本被団協は、「核兵器による犯罪を裁く国際市民法廷」構想への協力を訴えました。この提案については質疑討論のあと、「全面支持」が決定されました。



原爆症認定審査いぜん厳しく

 原爆症認定審査の「新基準」が公表さたあとの6月と7月の審査では、180件の諮問に対し認定は17件で認定率は9%。条件付認定10件を含めても15%と、極めて厳しい結果です。
 厚生労働省総務課では「一回だけを見て判断されては困る。一年を通して見て欲しい」と言っていますが、「新基準」は従来と体裁を変えたものの相変わらず松谷裁判や京都訴訟判決で批判されたDS86を使っています。今年5月に申請して8月に認定されるケースがある反面、5年以上放置されているケースがあるなど、問題はまだまだ残されています。

原爆裁判交流会ひらく

 8月28日、東京で「第四回原爆裁判交流会」が開かれました。

第1回在外被爆者に関する検討会行なわれる

 在外被爆者にも、健康管理手当の継続支給を命じた大阪地裁・郭貴勲裁判の判決を受けて、厚生労働省は判決に控訴する一方、専門家七人による「在外被爆者問題検討会」を発足させました。
 その第1回検討会が8月1日、厚生労働大臣も出席して同省省議室で行なわれました。
 大臣は、現行法には在外被爆者の規定がないため、どうしたらよいかを検討して年内に結論を出してほしいと要望。検討会では、次回を9月4日、次次回を10月4日と決め、在外被爆者などからの意見を聞くことにしました。

東原爆裁判 第11回口頭弁論で証人採用決定

 東数男原爆裁判の第11回口頭弁論が8月24日、東京地裁で行なわれました。
 この日は、原告弁護団が要請していた肥田舜太郎医師ら四人についての証人採否を裁判所が決めることになっていて38人が傍聴。弁護団は、あらためて証人採用を強く求めました。結果、裁判長は4人全員の証人尋問を決定。弁護団では、8月17日に提出した3万の署名が大きな力になったと分析しています。
 次回は10月30日午後2時から4時まで、肥田医師が証人として立ちます。法廷は100人が傍聴できる東京地裁で一番大きな法廷を使うことに決定。原爆裁判の勝利をめざす東京の会では、この法廷を満席にする傍聴を呼びかけています。(東京・山本英典)



米国民の良識に感動 アメリカ遊説団

 この夏もアメリカの平和団体の招きで8月1日から13日間、4人の被団協遊説団が核兵器廃絶を訴える旅に出ました。
 1日夕刻、山重幸、戸瀬英男、天野文子、原桂子の4氏は、ヒロシマ・ナガサキ平和委員会のジョンさん、ルイーズさん夫妻と学生たちの出迎えを受けてワシントン入り。翌2日、核兵器に反対してホワイトハウス前で20年間座り込みを続けている女性と会って励まし合い、3日からは2コースに分かれて活動をスタートしました。

ニュージャージーで
 山さんと戸瀬さんは通訳の学生とともにニュージャージー州に移動。十数カ所での集会があり毎日のように車で移動しながらの活動でした。会場はおもに教会や大学。集会では二人の証言に続いて被曝兵士も発言し、「日本政府の核政策は」「平和運動への若い人の参加は」など活発な質疑がありました。
 米政府が進めているミサイル防衛構想の危険性を指摘し反対する米国民の声の多さに「核兵器廃絶と平和への願いを共有する者同士の熱い連帯を覚えました」(戸瀬)。
 エリザベス市では市長と会見。懇親会では山さんが日本舞踊を披露して文化交流も深めました。「多くの人たちとの交流でエネルギーをもらい、草の根運動の力強さを感じました」(山)。

ワシントンで
 天野さんと原さんは首都ワシントンを中心に活動。アーリントンの教会では、仙台の平和七夕から寄せられた千羽鶴を贈呈し、子どもたちにサダコの話を通して平和を語りました。各集会のほか、新聞のインタビューやラジオの生番組でも証言。遊説活動のなかで「原爆を正当化する人が多いこの国にも、核兵器に反対して草の根運動をしている人がいることを感じ、胸の熱くなる思いでした」(原)。
 また、天野さんはコネチカット州ニューヘーブン市立図書館の「原爆と人間展」の開会行事でも証言。「世界に広がるヒバクシャのためにも、被爆者一人一人の役割が重要だと心新たにした旅でした」(天野)。

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