世界○大料理について考える

日本では「中華料理、フランス料理、トルコ料理が世界三大料理」なんていわれますが、文化人類学の視点で料理の系譜をみていくと、この3つが「極」ってわけでもないんですよね。そこで、自分の実体験と30年以上にわたる研究の成果をもとにマッピングしてみたのが下のチャートです。あくまで試作なので、反論する前に少し話を聞いてください。

ここでは、東の中華料理と西のトルコ料理を二大料理としています。早い時代に高度な体系を完成させていた中華料理が選ばれるのは当然としても、トルコ料理についてはおそらく日本人のほとんどがよく知らないと思うので、まずはその説明からしましょう。

トルコ料理として分類されているのは、正確にはオスマン帝国時代の料理をベースにしたものです。特に現在、イスタンブールあたりで今でも食べられている料理はその傾向が強いと思います。

いうまでもなく、オスマン帝国は14世紀から20世紀初頭にかけて長きにわたり繁栄した超大国です。最大領土は東欧、中東、北アフリカに広がっており、このエリアの文化に深い影響を与えてきました。それどころか、その周囲、たとえばヨーロッパのほとんどの国の料理も、深いところではトルコ料理とつながっているのです。

ちなみに、昔の教科書では「オスマントルコ」といった国名が使われていましたが、オスマン帝国は広大な地域を支配した多民族連合国家であるとの歴史認識が一般的になってきたことから、今ではトルコと限定しなくなりました。それでもオスマン帝国を継承したのが1924年に樹立されたトルコ共和国であることから、オスマン帝国料理≒トルコ料理ということになっています。

イスタンブールに滞在し、そこで食べられているさまざまな料理をみていくと、その「広さ」に驚きます。トマト、オリーブ、チーズ、ヨーグルトなどはオスマン帝国時代から多用していたので、極論を許されるとすれば現代のイタリア料理やスペイン料理あたりも「トルコ料理の一部」といってあながちまちがいではないのです(ブルガリア料理やギリシャ料理は、ほぼトルコ料理です)。こういうことを書くと、「世界的においしいと評判のイタリア料理がトルコ料理の亜流であるわけはない!」と反発を喰らうかもしれません。しかし、ここでいいたいのは「どっちの料理がおいしいか?」といった個人の好みではなく、料理文化の伝わり方の話なのです。

テレビの旅番組などでは、オスマン帝国伝承の料理のうち、「視聴者の考えるトルコ風のメニュー」が優先して紹介されるので(要するに中東寄りに振ってしまう)、ヨーロッパ料理との共通点についてはあまり気づきません。しかし実際には、トルコ料理の中には「これはヨーロッパの○○で見た」といったものがたくさんあり、関係の深さを感じるのです。

これについて、「それは今のトルコが近代化されたヨーロッパから影響を受けたせいではないか?」と指摘する人がいるかもしれません。たしかにトルコ共和国の法体系などはフランスのものを参考にしていますし、最近ではイタリア風のパスタ料理が、まるでトルコ料理の一部のように出されることもあります。しかしこれらはあくまで特例でしょう。だいたい、肥沃な土地をもつ農業国であるトルコが、わざわざ寒いヨーロッパの食文化を輸入する必要などないのであって、伝播のベクトルとしては「西欧→オスマン」ではなく「オスマン→西欧」と考えるほうが妥当なのですから。

さて、そこでひとつ問題になってくるのがフランス料理です。フランス料理に関してはけっこう勉強してきたので、その独自性やレベルの高さはよくわかります。バレエが西洋諸国の舞踊を広く取り入れながら高度化して総合芸術に昇華していったように、フランス料理はヨーロッパの広い地域の料理のいいとこどりをし、発達してきました。
たとえば、イタリアあたりでは素材をただトマト味で煮込んでいたのに対し、フランス料理では煮汁をいったん別に分け、濾したり、煮詰めたり、別の素材を加えたりして独立したソースに仕上げます。このような面倒な手法は今でもヨーロッパの多くの国ではやっていません。つまり、それだけ先に進んでいるのです。
このため、現代のフランス料理はトルコ料理とかなりかけ離れたものになっていますが、それでも系統としてはやはりつながっていると思いますね。パリではわかりにくくても、南部のプロヴァンスあたりまで行くと、そんな印象のある料理にたくさん出会えるからです。
以上の理由から、フランス料理は西洋料理の輝かしいゴールのひとつなのかもしれませんが、スタートを重視する文化人類学の分類では「世界○大料理」には入れにくいのです。

同じ考え方で、日本料理も、比較的、独立した料理文化を築いていると思います。広い意味では中華料理の影響を受けているものの(発酵調味料「醤」の多用とか)、それでも今は中国の料理とかなりかけ離れているので、東洋料理におけるゴールのひとつだと考えました。

中華やトルコ料理に並ぶ極(料理文化の源流)としてもうひとつ挙げるとすればインド料理でしょう。あの、スパイスをめちゃくちゃ使うレシピは他に類似例がありません。ただし、それに頼りすぎるところがあって料理文化としては広がりに欠けることから(宗教的に材料が限られてしまうのも発展を阻害したと思います)、「二大料理」とは別扱いにしました。

このチャート図はかなり意欲的につくったものなのですが、ただ、僕自身、世界中のすべてを回って地元の料理を食べつくしたわけではなく、自分自身の少ない経験とメディアから得た知識だけに基づくものですから、これが絶対だとはいい切れません。それでも、これ以上に世界の料理文化の構図を大胆に分析した資料に出会ったことはないので、もっと広い見識をもつ人に完成させていただければ幸いです。



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