平成18年12月10日掲載

  「特別投稿作品」

   一人を惜しむ

        小山 なつ (奈良)

台風の予報いちにち何も為さず

冬の夜紅茶の中に笑い声

赤々とポインセチアの心意気

枯芙蓉愛の残滓も景のうち

古塚の荒れそそのかす冬落葉

大豆の香満ちて始る味噌作り

冬の夜楽の茶碗のほの温し

始まりは遠くに見える花ミモザ

如月や帰朝せし子の眉太く

床臥しに届く春陽と久闊と

花ゆすら幼子は頬柔きかな

夜のしじま乱すこと無く白木蓮

飛鳥川万朶の花の散り所

枝先を川面に延べて桜咲く

声も無く散って桜の盛りかな

靴音を聞き分けて待つ春の夜

妻の嘘気付かぬ振りの五月雨

二上の雄岳消え行く五月雨

更衣通院の沓ややかろし

水明かり色明かりして菖蒲園

かりがねの新茶こぼれる良い話

紫陽花や忘れ上手に生きる宵

蜘蛛の囲に水滴一瞬朝の風

紅に雨滴らすゆすら梅

額紫陽花紅さして雨意至るらし

青蔦をくぐれば古き茶房かな

短夜や話し上手に聞き上手

立入禁止引込み線に姫女苑

夕焼けと薄暮の間に月見草

さるすべり紅森閑と尼僧寺

稲妻も嬉しと思う夜なりき

立ちかけて又話し込む夜の秋

はや閉じて薄紅の白芙蓉

夕立や飛礫は土の匂いして

手花火を宙に差し上ぐ子の真顔

おしろいや迷子心地に路地の夕

灯火親し手ずれし本にマーカー跡

無住寺はくの字への字に風の萩

声もなき秋海棠の身丈かな

坂の街半ばを染めて秋入日

山畑に光集めし木守り柿

住み慣れし庭の松影秋の声

鳥鳴くへ一人を惜しむ冬日向

岩肌に残菊もたれ立ちており

日向ぼこ昔の旅の匂いして

去り行きし雨が冬芽に色を置く

庭師来て景の広がる師走かな

あけぼのや松の根方に初雀

夜半に聞くおはようの声初電話

ためらいの蕾のままの冬薔薇

風花や揺れる思いも紛れおり

春を待つ脚ひたむきに土踏みぬ

春の雪受けて手のひら温かき

昃ればくれない昏し狭山の梅

ま青なる空っぽの空凍てゆるむ

春時雨汽笛に濡れる奈良盆地

入り込んで主顔なり犬ふぐり

落ち着かぬ陽気戸惑う木の芽かな

走り行暗闇たたくお水取り

移り行く季節の気配椿咲く

窓越しに四月の狭庭華やげり

春昼やまぶたの裏まで陽の光

戸袋に巣を引く雀何とせむ

一人より二人が寂し夜半の春

新緑や話せば話す事の増え

そこかしこ光るもの見せ散り松葉

朝の雨若葉の先に留まれり

五月雨の音色集める寝床かな

名の有りて友丹精の薔薇便り

蚊の声や幼馴染の愚痴話

窓越しに梅雨入り前の月赤き

忘れ居し十薬白き群れとなる

茜さす枝間の空に蜘蛛の網

今は街森なき空に時鳥

隣りから便りの如く竹落葉

網戸から昨日と違う風の音

鄙の湯に人待ちいたる合歓の花

灯を消して旅宿気分の宵涼み

気が付けば伊吹花畑霧の中

寄り添えば路肩明るき月見草

寂しさを二人で分けて麦茶注ぐ

哀しみに和するが如く蝉時雨

暗き夜の音をたがえて遠花火

来し方や手花火をして貰いつつ

様々な昭和を偲び鱧の皮

朝顔のほどけて青き空仰ぐ

喉越しに海の香かすか心太

鳥語ありき目覚めて気付く今朝の秋

台風のそれても遠き子を思う

真夜中の湯音を消せば虫の声

秋蝶の数珠繋ぎして庭巡る

西日射す憲吉館に柘榴の実

遠目にも嶺から始む薄紅葉

柿日和子規句は辛き懐かしき

秋霖や秀眉曇れる阿修羅像

うそ寒し待つ身ばかりの日数かな

草紅葉踏む靴音の乾きたる

 

 

自己紹介
小山 郁代
奈良県在住。俳号は「なつ」。

 好きな小説家夏目漱石、その俳句も好き。「なつ」は漱石さんから採りました。

 私が俳句を詠んでいると知ったら、亡くなった母が驚くことでしょう。 私は、須賀敦子さんの著書を題材にして非公開でHPを作っていましたが、罹患した病気が特定疾患に属するもので、身体の動きが序々に不自由になってしまいました。
 そんな中、俳句を嗜んでいた母が83歳で逝きました。母を偲び、、遠くにいる二人の息子や親戚を対象に、HPに母の句を整理して載せているうちに、自分でも作ってみたいと思うようになりました。 恐れも知らず、なんの勉強もせず、電脳坩堝に投句をしました。
 先生は、想うがまま詠まれればいいのですと受け入れて下さいました。そして添削が返ってくるのが楽しみになりました。 初めのうちは、よく、「この句は観念に過ぎません」とご注意を受けたものでした。
 落ち込んでいる気分のままに詠んで送った句には、穏やかで暖かな心でものを見るようにと、俳句を通して、生きて行く姿勢をご指導、いえ、応援を頂いていることに 感謝しています。


 

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