平成18年11月12日掲載

  「特別投稿作品」

   越前の風

        木津かずのり (鯖江市)

余生とは未知なる未来初茜

就中代筆とある一賀状

御降や風に寂びゆく千木鰹木

恋知らぬ子の諳んじる歌加留多

何某の飾り手鞠や今日晴るる

喰積や箸は柾目の秋田杉

白という色の初めの雪野原

越路なる怒涛明りに鰤の糶

雪山の襞の深さを畏れけり

名刹の床の軋みも寒の内

雪吊の雪に疲れておりにけり

幸せを吐き出す如く咳き込める

偽りのなき荒き息白き息

奥飛騨は今せつせつと雪解川

改札を出て風花の人となる

窓口のマニュアル言葉室の花

橋の名も川の名もなし蕗の薹

残雪や乗換えて聞く福井弁

節分や太巻寿司の話など

料峭や空也聖のあばら骨

母という一途ありけり梅真白

啓蟄や心許なきメモの地図

みどり児を湯気ごと渡す春灯

三従に生きし母なり花すみれ

太陽は一人に一つ青き踏む

草萌や子は何故なぜを繰り返し

春雷や妻とは別の灯をともし

婚の荷の遠眼差しの古雛

花菜漬父系にしるき京訛り

おくびにも首尾は語らず恋の猫

校門へ道は真っすぐ入学す

手つかずのホテルの聖書花の冷

永き日やこんなところに母の文字

船名は暗号に似て夕おぼろ

田蛙に囃されている婚の家

たかんなの雨後の気負いの只ならず

考えていしこと同じ四月馬鹿

囀の中に哀語はなかりけり

帰りには売り切れており山笑う

見えそうで見えない明日半仙戯

更衣いる筈のなき母をふと

薬師寺の塔は二つや夏燕

春愁や返しそびれし砂時計

翁句碑なぞりて加賀の春惜しむ

若葉風もう狭すぎる乳母車

七色の洗濯ばさみ風光る

ときめくも躊躇うも恋傘雨の忌

白日の閑けさありぬ未草

庭を向く葬りの後の籐寝椅子

喪の帯を結び合うどち梅雨畳

明易の炊飯器より電子音

金亀子みな過労死と思いおり

万緑の奈落に木曾の生活あり

サングラスかけて己がもう一人

心太男の会話すぐ途切れ

大花火空襲の修羅よみがえる

香水やマネキン嬢の福井弁

泰山木花の大きを詠みきれず

鴎外忌輪切の脳の白と黒

何もかもこの山霧の晴れてから

三伏の大事も些事もなかりけり

ゴキブリの悠々と行く妻の留守

色鳥や靴の溢るる児童館

人間のつもりの犬の行く花野

少年の反骨の黙いぼむしり

山門は八の字開き曼珠紗華

野分過ぐあらぬ処にあらぬもの

名園の順路幾折れ菊薫る

声明の色なき風となる御寺

桔梗やいつも本音の杣育ち

鏡花忌や風のあえかに細格子

再会を約せぬ別れ草の花

穂芒や少し傾ぎて兵の墓

水澄むや全き富士と向い合う

柿熟れて里の淋しさ始まりし

下校児の余儀なく濡れし村時雨

邯鄲や闇に捨てたる夢の数

そぞろ寒凡夫に難き歎異抄

白露きょう幾久しくという言葉

秋澄むや尺貫法の指物師

露けしや世に産小屋という史蹟

行く秋や路地に来ている入浴車

降りきらぬ空の重たし石蕗の花

三日とは続かぬ日和大根引く

企みのすぐにまとまる神の留守

紅葉かつ散る喪ごころの一しきり

水尾なべて末広がりや鴨の群

侘助や古き備前の男肌

山茶花や北陸日和昨日まで

寄鍋や噂に聡き耳ばかり

白障子灯れば母のあるごとく

北陸の雪吊という美しき枷

漬物は相伝と言う冬支度

一病を縁と言わん根深汁

短日や東京の人振り向かず

寄る辺なき綿虫の魂城哀史

原発の岬に届かぬ冬の虹

ときめきを少し残して古暦

空白も一つの記録日記果つ

寒灯の呼び合うごとく点りけり

 

 

自己紹介
木津 和典
福井県鯖江市在住
家族構成は現在妻と二人で生活中
外に、一人息子の一家(嫁と一男一女)は小田原市に在住

略歴
昭和3年(1928年)生
昭和23年 3月(1948年)  旧制 福井師範学校卒
同年     4月より中学校の英語教師として就職
平成元年  3月(1989年)  定年退職
平成3年頃より俳句を始め現在に至る。主としてNHK学園の俳句講座を中心に勉強中。
その間俳句結社3社ほど出入りし、現在は「砂山」(豊田晃主宰)に所属中。

 最近とみに、日本語って本当に素晴らしい言葉だと感じております。 四季おりおりの表情豊かな日本の自然の移ろいを、非力ながら俳句という形式に従って、この美しい日本語で思いの丈を表現したい、と常々考えております。

 

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