平成12年11月5日掲載

 北 信 逍 遥

 

時雨旅くだり気配の上天気

霧迅し樹間淙々たる川音

降り立ちて滅法ぬかる秋の泥

たどる昔 時雨の冷えを肩に載せ

先ずしとる荒彫り仁王初時雨

時雨傘人として曳く影も無し

村時雨久米路を濡らし逸る無し

鳥も染む雨の久米路の紅葉山

山中に崩れ鶏頭 美術館

日曜の人語冬めく美術館

口紅の香を図らずも美術館

美女といる如若き如 美術展

秋深したぎちて声のなき油彩

霜月の頬を油彩に灼かしむる

赤すぎる風景落ち葉おちつかず

しぐれ寒裸像がかずくうす埃

ある狂気林檎街道昼も灯し

雪近き雨匂い立つアプルライン

姫りんご籠逃げ出して雨に遭う

栗飯の栗をつまんでおさなめく

昼寒し北斎の書を解きあぐね

北斎に髭の千本しぐれかな

ゆれて北斎この幾冬を立ち通し

北斎の自画像痩せる時雨寒

どうだんが真っ赤で少女ふざけとおす

珈琲の湯気の卍や幻北斎

恋の毒呑んで椿の固莟

千々に濡れて未開の椿 君の名は

常凡な涅槃図晒し時雨寺

寺裏に大工その裏時雨山

まだ雪はあるめぇ紙巻タバコの香

恋蛙過ぎたる事に泣いて秋

墓山の墓のあたたか落ち葉積み

即是空墓山時雨流人廟

秋のくらみきわめてこやる流人廟

叫べとて楓のひと葉放たれし

栗紅葉さあれ遊子のこころざし

乙女子を皆恋人に時雨の辻

飛び散って居座るネオン冬の雨

時雨路ただに夜に入る灯を並べ

 

昭和58年2月「坩堝」所載

戻る