平成12年4月23日

ひょうきんな古文書

 

 私の家に伝わる愉快な古文書、ご紹介しましょう。古文書、と言ってもさほど古いものでは有りません。幕末、今から140年程前のものです。

私が見つけたのは30年程前の事、土蔵の崩れた壁土に半分埋もれた形になっており、ほとんど屑の状態でしたから全く偶然の発見でした。勿論父からも聴いた事も見せられた事もない代物でした。

10枚の和紙、丁寧に袋とじされていますが、勿論壁土色に染まっています。しかし墨色は実に鮮やか、薄れもぼやけもしていません。こうしてみると、洋紙、インクなんてものは本当にだらしない。ま、どうでもいいこと。

表紙には 妙方薬 と3文字。裏表紙に 安政六年巳正月吉日 主 当村 又右衛門 と、これは所有者と言う事でなく、筆記者としての署名と思いたいところです。当村といっても、何処の国の何村かは解りません。恐らく地方の町の知恵者が書き残したものでしょう。実に達筆、名筆と言って良い程の筆の運びです。が、中身はというとこれがまた面白い。面白いといっても書き残したご本人は至って真面目に、叡智を振り絞ってのものですから笑ってはいけないのでしょうね。

要は、救急箱みたいな、民間療法覚え書き、 なのです。

 

流麗な筆致で48方が記述されています。

三十一文字、とはいきませんが、すべて七五調でつづられている所、語呂よく、憶えやすいようにとの配慮がなされています。内容は、当時にすれば庶民のお宝的な、ありがたく、重宝な知恵袋、といいたいもの。今の私どもからすれば、つい、エヘッ、としたり、そんなバカな、と呆れる人も、いるかも。しかし、頷ける部分も多々有る訳でして。

 暇つぶしにこれを皆さんに紹介しようと思います。

暇つぶしにお読み下さい。なお、変体仮名はひら仮名に、旧仮名遣いは新仮名遣いに改めて有ります。

其の前に、この小冊子の表題となっている 妙方 についてひとこと。

一口に漢方薬と言いますが、これは中国の医術に基づいて処方されたものを指し、それ以外のものは和方、民間方というべきものです。この民間方の中に、妙方・奇方或いは鬼方などと言う範疇が有ります。現代の科学は殆どの草根木皮の成分を調べあげていますが、まだまだ解らぬところがいっぱい。この冊子の中身は現代の科学を粉砕するかのような、理不尽な記述だらけですが、あながち出鱈目とも言えないのです。恐らく多年の経験に基づいてのものでしょうし、何よりも、有り余る程の自然の中で生きた自然人達は、自然の恵みを素直に享けて、至極自然な生き方をしたのだろうと思うのです。様々な毒に囲まれて不自然な生き方をする現代人にはもうこの妙方も恵みを与えてくれないのかも知れません。羨ましい気さえしてくるのです。でもまあ、気楽に読んで見て下さい。

       妙  方  薬

   いそぐみち あるいていきがきれるなら はこべのしるに しお入れてのめ

 はこべ塩といって歯槽膿漏や歯茎からの出血に用いる口中薬がかつて多用されたと言いますが、動悸息切れにはこべが効くというのは聞きません。

   ろうがいや きいろのしょうの病には はこべとかやのみを せんじのめ

 労咳は肺結核、黄色の証は黄疸。当時大変な難病だった筈です。これもはこべに有効性を見る事が有りません。カヤの実は美味しいし、脂肪も豊富ですから体力を補う目的として適切でしょうね。

    はらいたみ あるいはくだりしぶるなら しゃくやくのねを せんじのめ

 芍薬は鎮痙鎮痛作用があるので渋り腹のような症状には当時著効を発揮したかも。

   にゅうがんや ちちのはれたに水仙の ねをすりきわだを まぜて付くべし

 乳癌の名には驚きます。当時既に癌という病名が小さな村辺りで認知されていたのか。

水仙も黄檗(きわだ)も腫れ物に外用して効果が有ります。特に水仙は肩凝りに良い。

   ほうそうや はしかのねつとみるならば やなぎのしんを せんじのめ

知りませんよこりゃあ。こうなればもうマジナイマジナイ。疱瘡は麻疹と同じ感覚で、流行りもしたし、対処もしたようです。ただ、疱瘡の場合、治っても痕が残ります。あばた顔になるので忌み嫌われたものでした。

   へいぜいに こころづかいのある人は はすとよもぎを せんじのむべし

こころづかいの意味が取れないが、体力が落ちて鼓動に異常を感じる、となれば蓮の強壮作用、蓬の貧血への効能が期待されます。蓮の薬効部分は実です。

   とけつにも またちのくだるにも いちぢくを なまにてくえばとまるもの

 吐血、下血ときたら穏やかでない。まず胃潰瘍が疑われます。

いちぢくには血圧降下作用のある事は知られて居ますが、胃の修復力が有るとは聞きません。

   かんびょうや せんき すんばく しょうかちに ふなの黒やき さゆにてのめ

寒病 でしょうね。今で言う冷えのたぐいか。疝気は下腹部内臓の痛みの症を言い、寸白はスバクといって寄生虫症、或いは痛みを伴う婦人病を意味したりします。しょうかちは女性の淋病の事。すべて冷え込むと余計辛い痛みがます事でしょう。

鮒の黒焼きの効能は知りませんが、私の家向かいの老人は金魚の黒焼きが高熱に効くといっていつもそれを絶やした事が有りませんでした。。私は飲んだ事が有りませんが、実際に飲んだ人が居て、とっても効いた、と言ったのを聞きました。だから鮒もいいかも知れないな。

   ぬりものや うるしにまけてかぶれなば かにをせんじて あらえ二・三ど

どうでしょうか。まさに妙方です。

   ないちうふ かっけしゅまんのみょうやくは するめとかんぞう せんじのめ

ないちうふ が解りませんが、多分、萎え 中風、つまり中気のことかと思います。脚気腫満は脚気で脛に腫れが来ている状態。この当時では恐らく脚疾、或いは乱脚病などと言ったかも知れません。いずれにせよ、歩行が思うようにいかない際の妙方です。

   おこりには 薬 まじない おおけれど わさびをせんじ のみてみょうなり

瘧は間歇熱の事で、今のマラリヤ。ワサビを煎じて飲むのは辛いでしょうね。ワサビの効能は生食で健胃、外用して鎮痛です。

   わきがには すもものかわをみょうばんと せんじてあらえみょうになおるぞ

これ、いいかも知れません。すもものかわ、実の皮か樹皮なのか解らないが、明礬は汗腺を収斂させてジトジトを取ってくれるでしょう。

   かぜひかば ちんぴとしおを かんぞうに しょうがを入れて せんじのめ

 これも理に叶っています。チンピ、甘草、生姜、何れも漢方の風薬に配合されているものです。

    ようそうで なやむ人には ちょうちょうを ごまとあぶりて ねりて付くべし

瘍、瘡はおでき、吹き出物の事です。蝶々、いい災難です。

   たんせきと ねきり薬は せきしょうと くるみとききょう せんじのむべし

石菖も桔梗も鎮咳去痰作用があります。根を用います。クルミの効用としては水虫に未成熟な厚い青皮を金属以外のおろし器で摩り下ろし、汁を患部に擦り込む、というのが有ります。

   れんげそうには にわとこのめのむしやきを あぶらで付けよ 五ちみょう

れんげそう、これはどんな病なのか全く解りません。蓮華の花時に多発した皮膚病、を言ったのではないかと思います。にわとこの実は接骨子といって薬種です。内服したらしいがよく解りません。外用していますが、何に用いて御智、妙だったんでしょう。

   そうどくで ひさしくなんぎするならば むぎとよもぎを せんじのむべし

前出の瘡ですが、相当慢性化したものでしょう。蓬には様々有効成分が有りますが、この際は利尿解毒が期待出来るかな、といった所です。昔は性病をひっくるめて瘡毒と言っていたふしが有ります。

   づつうして のぼせてはなの つまるには なつめにかんぞう せんじのむべし

なつめは漢方で汎用されますが鼻詰まりに直接効くとは考えられません。しかし、風邪や肥厚性鼻炎に使われる漢方薬にはなつめはは欠かせない 薬品 です。

   ねあせかき ゆめにおどろき おそわれば ながいもばかり にてくうがよし

 長芋は消化が良く、体に精気を付けると言います。寝汗や悪夢は体調の衰えから来ますのでうなずけます。ただし、長芋にもよるでしょうね。本当の山芋がいいでしょう。漢方では山薬といいます。滋養強壮の効有り、とされています。

   ながちにも またしらちにも べにばなに にっけい入れて せんじのむべし

ながち、しらち、婦人科の症状です。まだサフランが登場しない頃の事。

   らんのはなに かやのみをいれせんじのめ けしょうあしきをなおるものなり

けしょうは多分気色、つまり気分が悪い、という程の意味か。蘭の類は根に毒成分を持っているものですが、どんなものでしょうか。

   むしばには まつのみどりをよくやいて いたむところへ 付けてみょうなり

これは聞いた事が有ります。聞いた事は有るがやった事は有りません。

   ういざんは べしてだいじぞ きくのはな すこしせんじて のませおくべし

菊花は食用にもなりますが薬として古くから用いられました。確かに産後の肥立ちを期待しての漢方に配合されています。

   のどのうち はれてしきりにいたむには みかんのたねの 黒やきがよし

柑橘類は喉にいいとは言いますね。

   おくびでて しょくするたびにつかえなば へちまの水で そばのこをのめ

正岡子規は 痰一斗へちまの水も間に合わず と嘆きつつ世を去りました。肺結核でした。この句を読む限り、痰が引きも切らず出てへちまの水の効用も及ばなかった、と言っているようですが、実はへちまの水の効能は痰を抑えるのではなく容易に喀出させるものなので全然逆なのです。しかし、だからと言って不条理とあげつらう気は有りません。文学的な詠嘆として立派なものです。さて、ゲップや胸痞えにへちまの水、果たしてどんなものでしょうか。妙方の妙方たる所以、先ずは使って見なければ解りません。

   くじきにも またうちみにも さっそくに うどんこをば すにて付くべし

私の子供の頃にはみんなこうでした。酢の匂いをプンプンさせて走り回っていたものです。饂飩粉を酢で練って湿布、という事です。

   やみめにも ただれるめにもみょうばんと きわだをせんじてあらえみょうなり

これは妙に宜しいでしょう。明礬の代わりに硼酸を使ってください。

   まむしでも 外のむしでも さされなば ゆおう にんにく すりて付くべし

硫黄とニンニク。硫黄は燃すとはなはだ臭い。ニンニクもはなはだ臭い。その臭さが毒を消す、かも知れない、といった発想が見えてきます。これをやってたら間に合わなくなりそうです。

   けいすいの とどこおるには ぼたんのね せんじのむがよしとしるべし

婦人科の薬として牡丹皮はなくてならぬものです。婦人科ばかりでなく、下腹部痛に用いられるようです。この妙方は月経の滞り、つまり月経困難症を目指しており、頷けます。

   ふねや また うまにもよわば よういして ゆおうをへそに あてておくべし

梅干しを臍に貼り付けるというのは聞きました。

   こしいたみ すじがつるなら だいだいの かわにかんぞう 入れせんじのめ

解熱鎮痛の効果があるかも知れません。

   えづきでて むねがわるく はかぬには くりをこにして さゆにてのめ

吐きっぽくて吐けないというのは辛いものです。多分これは生の栗であろうと思うので催吐剤的効果を狙ったものでしょう。

   てんかんのやまいは きじの黒やきに しろきさとうを まぜてのむべし

現代でも難病。この妙方は奇方の範疇にはいります。吃りに狐の舌を、神経衰弱に猿の頭の黒焼きを、なんてのがそうです。雉の黒焼き、切ない希求が見えて来ます。

   あせもやら にきびそばかす できるなら たまごのしろみ 付けてみょうなり

禿頭の艶だしに付けて妙なりとは聞きました。見事に光っていましたから若しかしたらいいかも。

   さけすぎて あさのきやいがわるいなら ちょうじをせんじ あついのをのめ

きやいは気分。二日酔いですね。丁子は芳香薬種です。清々すると思います。

   きつけには うめをおろして よくすりて 日にほしかため よういあるべし

これはいいかもしれない。汁を煮詰めれば梅肉エキスになります。

   ゆびはれて うみちがいでて いたむには はっかを黒くやいて付くべし

いわゆるヒョウソです。痛む事で有名ですが、薄荷の清涼感は時に痛みを忘れさせたでしょう。

   みょうがこそ やいてたねんにしょくすれば しっけをうけぬものとしれ

諸病は湿気によって起こると言う説が有ります。茗荷にそんな薬効があったとは。茗荷を食べると物忘れする、とよく言いますが、これは落語 茗荷宿 から始まった作り話で全くの迷信です。本来の薬効としては消化の促進。また凍傷のかゆみ止めとして外用されます。

   みみだれは せみのぬけがら せんじだし こよりに付けて さしこむがよし

これは奇方の類です。

   しゃくならば かきがらやいて こになして せんじてさとう 入れてのめ

癪というのは胃痙攣。多く胃酸過多から起きますので蠣殻の炭酸カルシウムは確かに制酸剤として働いて痛みを止めてくれます。

   えきれいや はやり病のたぐいには しそとむぎとを せんじのむべし

疫痢・赤痢など流行性の腸病は多く命取りになったでしょう。紫蘇は確かに健胃駆風薬ですが、果たしてどれほど人を助けたのでしょう。

   ひぜんには かざりのえびを からしおき 水を入れせんじ あたためてよし

飾りの海老というのは正月の供え餅を飾る伊勢海老のこと。よく乾燥させた伊勢海老の出し汁に漬かれば皮膚病が治ります、と。これを読む限り、又右衛門さんの位置関係がちょっと分かる気がします。少なくとも当時の一般庶民は飾り海老など無縁の生き方をしていた事でしょう。又右衛門さん、相当裕福な人であったのでしょう。

   ものくうて あたりしときは さっそくに ひるがおせんじ のみてみょう

ひるがお。繁殖力旺盛な植物ですが、なのに実が着かないと言うのが不思議です。利尿効果が有ります。糖尿病にも使われた時期が有りました。むしさされに汁を塗り付けた事、私はあります。食中毒に効くとは。

   せんきにて きんのはれたに なんてんの葉を入れせんじ あたためてみょう

下腹部内臓の痛む病気をひっくるめて疝気と言ったのですが、疝気でキンが腫れる事は有りません。間違いなく腸のヘルニアを指したもの。温めて静かに押し込む、順当な手段です。

   すじほねの いたみに ふじのねをせんじ 日に五六たび のみてみょうなり

藤の薬効は下剤。実を使います。また、藤の瘤を制癌剤(胃がん)として用いると有ります。

   京ふうや 五かんや むしに やくもそう れんせんそう を せんじのむべし

京ふうは驚風。脳膜炎や似た症状の病気の事ですが、ここでは小児の癇症のことを言っているようです。夜泣きなどもそうでしょう。

   いんきにも また しんのきこる病にも くりのみ さけで につめのませよ

陰気。心の病。躁鬱症などでは。わずかなアルコール分は気を引き立てたり或いは気を静めたりと言うことも有ったのでは。これはきっと美味しいかも知れない。旨いもの食ってりゃ人間幸せなんです。

 以上です。一念岩をも通す、いわしの頭も信心。なぁに病は気から、信じておこなえば病気も引っ込む。試しておかしくなったら病院へ駆け込む、といったところで終わります。


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