ドワーフクエスト
第六章 それぞれの道行き
「帰郷」
●故郷の家、母のスープ
*夜遅くに到着したため、ウッズタイガー家に泊まったフンディン。翌日、目が覚めるとエルはすでに起きていた。
フンディン: ん…
エル: おはよう
フンディン: ああ、おはようございます、エルドリックさん
エル: よく寝れたかい
フンディン: はい
フンディン: それじゃ家に戻ろうと思います
エル: うん
フンディン: エルドリックさんも一緒にいらしてください
エル: ああ
フンディン: たぶんもう母上も起きられていると思いますし
フンディン: 朝ご飯くらいは一緒に
エル: そうだね、挨拶しないと
*というわけで二人はウッズタイガー家を出て、アイアンビアード家に向った。
フンディン: *深呼吸*
エル: じぶんちだろ
フンディン: そ、それはそうですが…
*言われてフンディンは扉を叩く。だが誰かが出てくる様子はない。
エル: はいっちゃえよ
フンディン: まだ起きられていないのでしょうか?
*扉に手をかけると開いているようだ。フンディン達は中に入る。
エル: こんちはー
ジェミリ: あら
フンディン: は、母上
ジェミリ: フンディン!
フンディン: フンディン、ただいま戻りました
ジェミリ: どうしたの、突然に
フンディン: 母上も、…
フンディン: おかわりなくお元気のようで…
フンディン: *グスッ*
エル: 泣くなよな
ジェミリ: あなたも
ジェミリ: 元気そうで良かったわ
フンディン: は、はい…
フンディン: *ちーん*
ジェミリ: 二人だけなの?
ジェミリ: スキールニルたちは?
エル: フンディンの獅子奮迅の活躍と来たら
エル: ゆっくり教えて差し上げますよ
フンディン: 訳あって今は行動を別にしています
フンディン: 父上はいらっしゃるでしょうか?
ジェミリ: あなたの探索は…いえ、いいわ
フンディン: はっ…
ジェミリ: お父様は今、お城のほうに行ってます
フンディン: お城に?
ジェミリ: 午後には、戻られると思うわ
フンディン: そ、そうでしたか…
ジェミリ: 珍しいことでもないでしょう。お役目ですから
フンディン: それもそうですね…
ジェミリ: 突然だから、何も準備してないけど
ジェミリ: すぐに何か作るわね
フンディン: すみません、母上
フンディン: エルドリックさん、どうぞ
エル: ありがとう
*というわけでテーブルにつく二人。ジェミリは台所へと向かい、何か料理を始めた。
エル: そういえば出発前もここで
エル: すわって話を聞いたなぁ
フンディン: そうでしたね…
エル: ヘヘ、兄者じゃないけど、朝から手料理とは楽しみだね
フンディン: わたしも久しぶりで
エル: ずっと保存食だったからね
フンディン: はい
*しばらく待っていると、ジェミリが暖かいパンとスープを持ってやってきた。
ジェミリ: さ、これを
エル: ふぁあ
エル: ありがとうございます、おばさん
ジェミリ: それしか出来ないけど
ジェミリ: 二人で食べてね
フンディン: いただきます
*二人はテーブルに置かれた朝食に早速手を伸ばしてがっつき始める。
フンディン: それで母上、*もぐもぐ*
ジェミリ: はい
フンディン: 先の襲撃は…*もぐもぐ*…
フンディン: どの程度のものだったのですか?
エル: *もぐもぐ
エル: 美味しいなぁ
エル: 兄者、うらやましがるな
ジェミリ: 街までは来なかったから
ジェミリ: 良くは知りませんけど
ジェミリ: いつもの規模でそれほど問題ではなかったようだわ
フンディン: そ、そうでしたか
フンディン: *もぐもぐ*
ジェミリ: ただ…弟君にはご不幸なことに…
フンディン: はい…
*ちなみに、フンディンたち"雷の祝福"世代と違い、一世代前では子供の数が少ないため、その世代の人達にとってはよりショックは大きいはずだ。
ジェミリ: お父様は戦場には出られないけど
ジェミリ: 先の襲撃に関して最近はよくお城に往っているようね
フンディン: そうでしたか…
フンディン: 叔父上もやはりお忙しいのですか?
ジェミリ: 事後処理はミョルニル叔父さんがやっているのよ
フンディン: それは…
ジェミリ: スキールニルも一緒だったら、喜んだでしょうに…
フンディン: そうですね…
フンディン: *ごくごく*
ジェミリ: ケンカでもしたの?
*フンディンの反応が気になったらしい。
フンディン: い、いや、
フンディン: そんなことはありませんよ、母上
ジェミリ: 旅の話を聞きたいけど、何か用事があって戻ってきたのでしょう?
フンディン: は、はい…
フンディン: そうだ、食事が済んだら
フンディン: ガーリン様のところへ伺おうと思っています
ジェミリ: 話はまた今度聞かせてもらうわね。アルドリック
エル: ?
ジェミリ: あら…エルドリック…だったのかしら
ジェミリ: ごめんね
エル: そうですよ
エル: 間違えないでよ
ジェミリ: (ゆったりしたローブを着ていると、わからないわね…
フンディン: ふー
フンディン: ごちそうさまでした
ジェミリ: はい
フンディン: それでは母上
フンディン: お昼頃にまた戻ります
ジェミリ: はい
フンディン: それでは
フンディン: いきましょう、エルドリックさん
ジェミリ: いってらっしゃい
フンディン: いってまいります
エル: はーい
エル: ごちそうさま
*ジェミリが食器を片付け始め、二人は家を後にした。
●ガーリンと"王殺し"
*二人は工房に向う前に詰め所に立ち寄った。詰め所前にはすでにエギルとノーラが待っている。
ノーラ: あっ
フンディン: あ
フンディン: ノーラさん
ノーラ: フンディンさん、エルドリックさん
フンディン: エギルどの
ノーラ: おはようございます
フンディン: おはようございます
エギル: これはこれは
エギル: 旅の疲れはいえたかな
ノーラ: 昨日は本当に有り難うございました
フンディン: はい
フンディン: これから工房へ行こうと思います
フンディン: お二方はよろしいでしょうか?
ノーラ: 是非お供させてください
ノーラ: あの斧…なんだか気になります
エギル: ふむ
エギル: ともに参ろうかな
ノーラ: はい、隊長
フンディン: では
ノーラ: 行きましょう
*4人はガーリンの工房もある、工房区へと歩き出した。途中、フンディンを見かけた兵士が手を振って来たりする。
フンディン: エギルどのは
エギル: うむ?
フンディン: ずっと以前よりフェルバールの部隊におられたのですか?
エギル: そうでもないな
エギル: せいぜい40年・・・
エギル: いやもうそんなになるか
フンディン: で、では
フンディン: あの戦いの折にも…?
エギル: うむ
*あの戦い=フェルバール奪還戦。父ムンディンが負傷した戦いであり、フンディンにとっても特別な戦いである。
フンディン: そうでしたか…
フンディン: …
エギル: もっともわしは斥候ゆえ
エギル: あまり前線で戦うことはなかったが
エギル: 元は狩人であった
*と、話をしている間にガーリンの工房に着いてしまった。人がいるようなので扉を開けると…
フンディン: あれ?
エギル: む?
*フンディンの見慣れない、若いドワーフ(フンディン達よりもずっと年下でまだ子供っぽさが残っている)がつまらなさそうに掃除をしている。
フンディン: おはようございます
アエル: あれ、どちらさん?
ノーラ: お邪魔いたします
フンディン: 私ムンディン・アイアンビアードの息子フンディンと申します
アエル: えっ
フンディン: ガーリン・アイアンフォージ様はいらっしゃいますでしょうか?
アエル: フンディンさんって、あの?
フンディン: あの?
アエル: 師匠のお弟子さんですよね
フンディン: は、はい
ノーラ: まぁ有名なんですね
アエル: へー…
アエル: *じろじろ
フンディン: *頭をかく*
エギル: 兄弟弟子ということかな
フンディン: お師匠様はいらっしゃっていないのですか?
アエル: 僕はアエル
アエル: 師匠は、いるよ
フンディン: はっ、
フンディン: 失礼しました
フンディン: はじめまして、アエルどの
アエル: へへっ
エギル: アエルとやら
エギル: 兄弟子にその口の聞き方はあるまい
アエル: なんだい、おじーさん
エル: はは
エギル: 無礼なヤツだ・・・
ノーラ: 隊長はおじいさんではありません
エギル: 近頃の若いやつは・・・
アエル: …だって、僕、まだ正式には弟子にしてもらってないんだ…
エギル: ほう
フンディン: そ、それで
フンディン: アエルさん、お師匠さまはいずこに?
アエル: いつもどおりに鍛冶場にいますよ
フンディン: ああ
アエル: どうぞ
フンディン: 失礼します
*というわけで奥の鍜治場に。ガーリンは炉の前で鉄を打っては時々それを睨んでいる。まるで機械のように同じ動作を繰り返す間、フンディンはただ待っていた。しばらくして…
ガーリン ファイアフォージ: む
ガーリン ファイアフォージ: フンディンか…
ノーラ: おはようございます
フンディン: ご無沙汰しております、お師匠様
ガーリン ファイアフォージ: 戻っておったのか
フンディン: はっ、昨晩戻りました
*ガーリンは道具を下ろし、炉の蓋も下ろした。
ガーリン ファイアフォージ: ふー
フンディン: そのう…
フンディン: 探索行が果たされたわけではないのですが…
ガーリン ファイアフォージ: なるほど…
ガーリン ファイアフォージ: わしに会いに戻ってきたわけではあるまい
ガーリン ファイアフォージ: 何の用だね
フンディン: 旅先にてフェルバールがオークに襲われたとの噂を聞き
フンディン: …それに…
フンディン: その、なんとも不吉な夢をみたもので
エル: 心配性でね、この大将は
ガーリン ファイアフォージ: ほう?
フンディン: 胸騒ぎを禁じ得ずにこうして戻ってきた次第であります
ガーリン ファイアフォージ: ふむ…オヤジさんには会ったのか?
フンディン: いえ、めぐり合わせが悪く
フンディン: 未だお会いしておりません
ガーリン ファイアフォージ: そうか
フンディン: それで…
ガーリン ファイアフォージ: うむ
フンディン: その、お師匠様
フンディン: この斧を見て頂きたいのですが
*フンディンは荷物から、先日の斧を取り出して包みを開く。
ガーリン ファイアフォージ: …
ガーリン ファイアフォージ: これは…
エル: なんだいなんだい
*一目見て、ガーリンはワナワナと震えた。
ガーリン ファイアフォージ: これは…
フンディン: …?
ガーリン ファイアフォージ: なんという
*驚愕の表情を浮かべたガーリン。炉の前にいるからではない汗を、両手でぬぐった。
ガーリン ファイアフォージ: まさか本当にまだ存在していたとはな…
ノーラ: ?
エギル: それは先ほどの戦いでネズミがもっておったものだが・・・
フンディン: ご存知なのですか?
ガーリン ファイアフォージ: これはおそらく
ガーリン ファイアフォージ: 王殺し、という名で知られるものであろう…
フンディン: えっ?!!
エル: ???
エル: 何か聞いたことあるな
エギル: 王殺し?
*”王殺し”とは大フンディン・アイアンビアード晩年の武器の中では最高のものであり、恐るべき切れ味を持つ。またこの武器はそれ自らが敵を選び、敵の急所へと使い手を導くが、斧が選ぶ敵が使い手自身でない保証はない…。言うなれば、武器そのものが殺意を持っているのである。
エル: おっと
ノーラ: なんだか物騒な名前ですねぇ
ガーリン ファイアフォージ: なるほど、たかがワーラットに弟君が倒されたのも
ガーリン ファイアフォージ: これならば仕方あるまい
フンディン: そ、そんな…!!
ガーリン ファイアフォージ: 良く見てみろ。お前にもわかるはずだ
エル: なんだっけ、フンディン
フンディン: 王殺しは…
フンディン: 祖父上・・
フンディン: 大フンディンが…
フンディン: 先代のアドバール王のために作った斧です…
エル: ああ、あれか!!
エギル: しかしこんな斧がなぜネズミのてに渡ったのか・・・
ガーリン ファイアフォージ: 話によれば、王殺しは谷底に落ちて行方知れずになったと聞く
ガーリン ファイアフォージ: どこかで誰かか見つけて、それがワーラットの手に渡った…のだろう
フンディン: 何かが…
フンディン: 何か違うと思っていました
フンディン: 初めてこの斧を手に取った時から引っかかるものが…
フンディン: まさかそんなことだったなんて…
*フンディンは"王殺し"を手にとってまじまじと眺めてみる。
フンディン: これが… “王殺し”…
フンディン: *ごくり*
エギル: 物騒な名前の武器だ・・・
ノーラ: えぇ本当に
ガーリン ファイアフォージ: フンディン、そいつは手に持つな
フンディン: ……
*しかしフンディンはじっと"王殺し"を凝視している。ガーリンの言葉も聞こえていないようだ。ガーリンはフンディンの頬を張った。
フンディン: あっ
ノーラ: あっ大丈夫ですか?
フンディン: お、お師匠様…
ガーリン ファイアフォージ: 武器に魅入られてはならん
フンディン: しかしこの斧は…
ガーリン ファイアフォージ: 教えたはずだ。武器が意思を持つものもあると
フンディン: ・・
フンディン: …
ノーラ: 武器が…意思を…
エル: 楽器も意志を持つさ
ノーラ: そういうものなのですか…
ガーリン ファイアフォージ: こいつには…言葉は発しないがなにか
ガーリン ファイアフォージ: そのようなものがあると思える
フンディン: こんなに… 美しい武器は… 見たことがありません…
ガーリン ファイアフォージ: お前にはこれが美しく見えるのか…
フンディン: 純粋な美しさに思えます
エギル: フンディン・・・その斧の美しさは
エギル: すべてを滅ぼす美しさよ
ガーリン ファイアフォージ: 荷物にしまってくれ
*とガーリンが顔を背けた時…
エル: わからないなぁ
フンディン: あっ
*エルが拾ってしまった。
エル: バランスはいいね
エル: 確かによく出来た斧だけど
*エルは"王殺し"を持ち上げたり軽く振ってみたりする。エルは何の影響も受けておらず、フンディンやガーリンが過剰に反応しているようにしか思えない。
エギル: その斧は厳重に保管すべきかもしれん
エギル: あるいは破壊するか・・・
ガーリン ファイアフォージ: その斧は、あまり見ていたくない
ガーリン ファイアフォージ: さっさとしまってくれ
*まるで眩しく輝く太陽を見るかのように、ガーリンは目を細めて顔を手で覆う。
フンディン: は、はい
*慌ててフンディンは、エルから"王殺し"をひったくると布に包んでしまった。
フンディン: 以前お師匠様がお話ししてくださった
フンディン: お師匠様が鎧しか作られない…という話のことでしょうか…
ガーリン ファイアフォージ: …
ガーリン ファイアフォージ: おそらく
ガーリン ファイアフォージ: あの時
ガーリン ファイアフォージ: わしが剣を作り続けていたら
ガーリン ファイアフォージ: 手を止めなければ、そういうものが出来ていたかもしれんな
フンディン: …
ガーリン ファイアフォージ: 自分にも、作れたかもしれないという可能性が
ガーリン ファイアフォージ: かつての後悔を呼び起こす
ガーリン ファイアフォージ: だがわしは、それとは違う道を選んだ
ガーリン ファイアフォージ: それを悔いに思いたくないんだよ
フンディン: お師匠様…
ガーリン ファイアフォージ: わかるかね?
フンディン: お師匠様は、その先へ進みたかったとお考えなのですか?
フンディン: なにがお師匠様の手を止めたのかということは… まだ今の私には…わかりません
ガーリン ファイアフォージ: わしはオッドアイを作り上げることが出来て満足しておるよ
フンディン: は、はい
フンディン: おかげさまで
フンディン: オッドアイには本当にお世話になっています
フンディン: 何度も命を救ってもらいました
ガーリン ファイアフォージ: …ふむ
フンディン: そういえばお師匠様
フンディン: アドバールで…
ガーリン ファイアフォージ: うむ
フンディン: その、イランディルどのにお会いしました
*フンディンはイランディルを思い出してしまって、ちょっと言いにくそうだ(笑)
ガーリン ファイアフォージ: うむ
フンディン: なかなか…
フンディン: こう言っては何ですが、変わったお方で
ガーリン ファイアフォージ: イランディルは変わり者だ。やつとわしは反りが合わんかったが
ガーリン ファイアフォージ: だがやつの才能は本物だよ
フンディン: はい
フンディン: それに… お師匠様の下で学ばれた方であったと最後には私にもわかった気がしました
ガーリン ファイアフォージ: 旅で、どれくらい腕を上げたか見たいものだな。フンディン
ガーリン ファイアフォージ: オッドアイを持たせ、イランディルに会わせたことが無駄でないと思いたい
フンディン: は、はっ
エル: ん
エル: 何かこう・・・少し見えてきたような
*と、エルが何か思い当たって言おうとしたが…
フンディン: すみません、エルドリックさん
フンディン: それにエギルどの、ノーラさん
フンディン: 私は少しここに残りますので
フンディン: 皆さんはどうぞ
フンディン: 町へ
*フンディンにさえぎられてしまった。
エル: はいよー
ノーラ: はい
エル: エール飲みにいこう
エル: ここだけの話、フンディンは酒に弱くてね
ノーラ: いいですね
エギル: 酒に弱いと?
エル: 一緒にいてもあまり飲めないんだ
ガーリン ファイアフォージ: いや、フンディン
フンディン: ?
ガーリン ファイアフォージ: まずはオヤジさんに会うべきだろう
ガーリン ファイアフォージ: 明日、来なさい
フンディン: はっ…
ノーラ: でも
ノーラ: 私達…報告があるのです
エル: えー
エギル: 斧のことも報告せねばな
エギル: 話を聞くと危険な代物らしいから
フンディン: それでは…
エル: んじゃ一緒に行くよ
エル: 俺の歌も聞かせるよ
ノーラ: まぁ楽しみ!
エギル: 指揮官のミョルニルに報告せねば
ノーラ: はい、隊長
ガーリン ファイアフォージ: それと、アエルのやつは来ているのかね
フンディン: あ、はい
フンディン: 先ほど掃除をされていたようです
フンディン: どのような若者なのですか?
ガーリン ファイアフォージ: わしはやつを弟子にするつもりはないんだが…
ガーリン ファイアフォージ: あいつは農家の息子でね
ガーリン ファイアフォージ: フェルバールは、北方のドワーフ都市では
ガーリン ファイアフォージ: 一番の穀倉地帯を持っている
ガーリン ファイアフォージ: 立派な仕事なんだが、鍛冶師に憧れていてな
フンディン: それで、お師匠様の下へ転がり込んできたというわけですか
ガーリン ファイアフォージ: だが、残念ながらイランディルやお前のような才能はない
ガーリン ファイアフォージ: やる気だけはあるようだが…
フンディン: …
ガーリン ファイアフォージ: それだけで、一から育てるほどわしも若くないんだ
フンディン: そんな… お師匠様はまだまだ壮健でいらっしゃいます
ガーリン ファイアフォージ: あやつには、わしの技は身に付かんだろう
ガーリン ファイアフォージ: アエルに、諦めて帰るように言っておいてくれ
フンディン: は、はい…
ノーラ: …
フンディン: ではお師匠様
フンディン: また明日うかがいます
ガーリン ファイアフォージ: うむ
フンディン: いきましょう
エル: ああ
ノーラ: はい
ノーラ: 失礼いたします
フンディン: お師匠様
フンディン: お師匠様もお変わりないようで、なによりでした
ガーリン ファイアフォージ: …
フンディン: それでは
●アエルとフンディン
*一行は鍜治場から出てきた。外ではアエルがほうきを杖にしてボケーっとしていたが…
ノーラ: …
フンディン: アエルさん…
アエル: あっ、どうでした、フンディンさん
フンディン: はい
フンディン: お話し出来ました
アエル: ここは兄弟子と見込んで頼みがあるんですが
フンディン: ?
アエル: 師匠に、僕を弟子にしてくれるように頼んでください!
フンディン: …
エル: まだ弟子じゃないのに兄弟子とはね
*ホントにね(笑)
アエル: やっぱりドワーフなら、鍛冶の道は花形ですよね!
フンディン: アエルさんは…なぜ鍛冶の道を志そうと思ったのですか?
アエル: カッコイイし、それに…
アエル: 僕の両親は子供の頃の戦いでオークに殺されてしまったんです…
フンディン: !
ノーラ: まぁ…
アエル: すごい武器とか鎧があったら、絶対負けなかったはずなんだ
アエル: だから、僕が作るんですよ!
フンディン: ……
エル: なるほどなぁ
アエル: すごいもの作ったら、名前も売れるし有名人になれるし
アエル: こんな立派な仕事場ももらえるんですよ
エル: いいね
エギル: (若いな・・・
アエル: 僕の子供達だって、あのアエルの子孫だって
アエル: もてはやされるはずなんだ
フンディン: つまりあなたは… 富と名声のために鍛冶の技を身につけようと?
エル: 愛しいものを守るためさ
エル: 最高だね!
アエル: きっかけはどうあれ、それも理由の一つですよ
アエル: あなたもそうでしょ?
フンディン: わたしは…
*フンディンは考えてしまって即答できなかった。
エル: アエル君
エル: これを見てみなよ
エル: この鎧はそこのフンディンが装飾したんだよ
*と、エルは自分の鎧を指差す。
アエル: えっ
ノーラ: 素晴らしいわ
アエル: すごいなあ、さすが兄者だ
フンディン: そんなもの、ただの手習いの技に過ぎません
アエル: そんなことないよ!
フンディン: 本当の…
フンディン: 本当に純粋な産物というのは…
エル: さっきの斧かい??
エル: やめようやめよう!
フンディン: と、ともかく
エギル: (やはりわしの思ったとおり・・・危ういわ
アエル: ねえねえ、どうなのフンディンさん。頼んでくれるんですか?
フンディン: だめです
アエル: ええっ
アエル: なんで
フンディン: 鍛冶の道はあなたが考えているほど楽なものでもないし
フンディン: 安直なものでもありません
アエル: やる気ならあるんだ。一生かけてもいいって思ってるんだ!
フンディン: あなたはまだ若いのですから
フンディン: 他に道を探したほうが…
ノーラ: …
エギル: 正直にいってやったらよいではないか
エギル: 本人は本気なのだぞ
エギル: そんなあしらい方で納得すると思えぬが
アエル: あなただって、おじいさんのおかけで丁重に扱われたことだってあるでしょう?!
フンディン: そ、それは…
フンディン: ありません
フンディン: 少なくとも、お師匠様には…
アエル: あの大フンディンの孫はさすがだなあって言われたいんじゃないですか?
アエル: それで鍛冶をやっているんじゃないんですか?
フンディン: それは…ちがいます
アエル: じゃあ、なんで?
フンディン: それは……
フンディン: ……
アエル: 金と名誉が手に入るからでしょう?
エル: これだけは言わせてくれ
エル: フンディンは素晴らしい鍛冶の腕を持っているけど
エル: 彼はもっと素晴らしいものを持っているぞ
エル: 富と名誉なんて・・・
アエル: …
アエル: わかんないよ、そんなの
エル: まあ君は若いからね
エル: 俺も若いけど
アエル: あなたは才能を見込まれて弟子にしてもらった、そのあなたにはわかんないんだ
アエル: 僕の気持ちなんて
フンディン: ……
アエル: もう、いいです。頼みません
フンディン: アエルさん…
フンディン: (わたしは…
フンディン: (なぜ鍛冶を・・
ノーラ: フンディンさん…
フンディン: (……
ノーラ: どうしたんんですか?
*フンディンは答えない。
エギル: アエルとやら
エギル: ガーリンは弟子を取る気がないのだよ
アエル: …そんなことない
エギル: 本人が言うておったぞ
アエル: でも、僕は!やるなら一番がいいんだ!
エギル: 年のこともあるし・・・もう1から弟子に教えることはしないと
エギル: だったらなぜ
エギル: フェルバールにこだわるのだ
アエル: だっだって
エギル: 世界は広くおぬしは若く
エギル: そして意欲にあふれておる
アエル: 外にはいけない…父さんを殺したオークがいるんだ…
エギル: オークごとき怖がってどうする
アエル: 僕はすごい武器と鎧を作って…それで…そうすればオークなんか…
エギル: 戦の優劣を決めるのは武器ではないぞ
アエル: …そんなお説教聴きたくもない
エギル: そうか
エギル: だがガーリンの弟子になるのは難しいぞ
*エギルが説得を続ける中、黙ってしまったフンディンだったが、やっとノーラに返事をした。
フンディン: ノーラさん
ノーラ: はい
フンディン: …
ノーラ: どうしたんです?
フンディン: いや…
フンディン: なんでも、なんでもありません
ノーラ: 昨日のフンディンさんとは別人みたい
フンディン: そうですか?
ノーラ: えぇ昨日は迷いなんて感じられませんでした
フンディン: 迷い…
ノーラ: 精一杯戦ってたフンディンさんは素敵でしたよ
フンディン: そう、迷いなんて感じずに
ノーラ: えぇ
フンディン: ただ純粋に目的のためだけのものになれれば
フンディン: どんなに…
ノーラ: 目的…
ノーラ: フンディンさんの求めるものは…
ノーラ: それに…迷っているのですか?
フンディン: わたしは…
フンディン: この斧のようにただ純粋なものを
フンディン: 素晴らしいと感じられます
フンディン: けれどお師匠様の言葉と、
フンディン: それに… なぜかはわからないのですが
フンディン: どこかで何かが引っかかっているような…
フンディン: わたしの体に流れる血が、何かをわたしに言おうとしているような気すらするのです
フンディン: けれどこの斧には… 迷いはありません
ノーラ: 私…鍛冶のことは分からないけど
ノーラ: あの斧は怖いです
フンディン: 怖い?
ノーラ: あの斧に取り込まれそう
*フンディンたちがそんな話をしている間に…
エル: じゃ、あんた、俺の弟子にでもなるか
エル: 吟遊詩人だ
アエル: やだよ、歌うたいなんて
エル: !!
*瞬殺。
エギル: あの男は言っておったぞ
エギル: おぬしにはフンディンほどの才能はないと
エギル: わしはそうは思わんがね
エル: そんなことよりじいさん、こいつ俺の事馬鹿にしたぞ
エル: がつんと怒ってくれよ
エギル: すこしだまっててくれ
*瞬殺。
エル: ・・・
エル: こんな屈辱初めてだ
アエル: やってみなきゃわかんない…才能なんて目に見えないもの…
エギル: うむ
エギル: わしもそう思う
エギル: しかしガーリンにはその気がない
エギル: フンディンもあのとおり
エギル: おぬしにかまう余裕はないのだよ
エギル: とすればおぬしが自力でどうにかする他ないぞ
アエル: じゃ、じゃあどうすれば
エギル: 他に師を求めるもよし
エギル: あくまで床掃除を続けるもよし
エギル: おぬしは若い
エギル: いくらでもやり直しは効くのだ
アエル: …
エギル: 好きな様に生きよ
アエル: …
エギル: だがひとつ言っておく
エギル: ガーリンはおそらく本気だ
エギル: もう弟子は取らぬだろうよ
アエル: …
*アエルは完全に黙ってしまった。
エル: それじゃな
エル: 俺のとこならいつでも
エギル: おぬしの意欲を削ぐつもりではなかったが
エギル: 真実を伝えたほうがよかろうと思ってナ
エギル: さらば
フンディン: いきましょう
*一行は工房を後にした…
エギル: やれやれ
エギル: 子供の相手は疲れるワイ
ノーラ: …
フンディン: すみません、エギルどの…
エギル: かまわんよ
エギル: こういうときこそ年寄りを利用せねばな
エギル: さてそろそろ隊長が
エギル: 来ておるとよいが
ノーラ: そうですね…
エル: ミョルニルさんかい?
ノーラ: えぇそうです
*一行は工房区を後にして詰め所に向う。
エギル: 斧を貸してくれぬか
エギル: ミョルニルの判断を仰いだほうがいいかもしれん
*フンディンは包んだままの"王殺し"を渡した。
ノーラ: 何だか悲しい斧ですね
ノーラ: 王殺しなんて呼ばれて
エギル: アレは災いを呼ぶぞ
エギル: そういう意思を持たされておるのだ
エギル: 斧など所詮は道具に過ぎぬが
ノーラ: それが純粋だって言うフンディンさんの気持ち…分からない
エギル: ある意味では当たっておるのだよ
エギル: 今言ったように斧はあくまで斧
エギル: 道具に過ぎぬ
ノーラ: はい…
エギル: しかし鍛え手、使い手が
エギル: なんといったらよいか・・・
エギル: ある種のまじないのようなもの・・・暗示のようなもので
エギル: 斧をからめとるのだ
エギル: それが斧が意思を持つということ
エギル: 本来は斧は斧に過ぎぬ
ノーラ: そんな道具なら…私は使いたくないです
エギル: 使い手がそうした意思とは違った確固たる意志をもてれば
エギル: よいのだが
ノーラ: 自分の腕を磨くことの方が大事ですわ
エギル: なかなかそうはいかぬのだよ
フンディン: それを言っては
フンディン: 世の鍛冶師など存在する意味はありませんよ、ノーラさん
ノーラ: そんな事ありません
●ミョルニルの頼みごと
*一行は詰め所に再びやってきた。
エギル: 指揮官殿はもういらしたかね
*と、近くにいた兵が答えるより先にミョルニルが奥から現れた。
エギル: おおこれはこれは
エギル: お早いおつきですな
フンディン: 叔父上…!
ミョルニル: フンディンか…
ミョルニル: スキールニルはどうした
フンディン: ごぶさたしております
エル: エルもいるよ!
*エルのほうをちらっと見るが、特に反応はない。
エル: !!
フンディン: 叔父上におかれましてはご健勝のようでなによりです
ミョルニル: お前もな
エギル: (嫌なやつだろう
エル: なんか戻ってから扱いが悪いな
*確かに(笑)
フンディン: スキーニーは… 故あって今は行動を別にしています
ミョルニル: エギル、仕事の話ではないのか
エギル: 左様です
ミョルニル: 報告を聞こうじゃないか
エギル: オークとともにネズミも始末しました
ミョルニル: ほう、それはそれは
ミョルニル: いい働きをしたものだ
エギル: 念のため此処しばらくは警戒を解かんほうがよいでしょうが
エギル: まず大丈夫でしょうな
ノーラ: フンディンさん達がお力を貸してくださったのです
ミョルニル: なるほど、それで一緒にいるのか
ノーラ: はい
フンディン: 偶然行きがかり
フンディン: 微力ながらお力添えさて頂いた次第です
エギル: それともうひとつ
エギル: 例のネズミの持っていた斧を持ち帰りましたが
ミョルニル: !
エギル: なにやらいわくありげな品の様子
ミョルニル: …
ミョルニル: ちょっと待て
ミョルニル: その話はこっちでしよう
フンディン: ?
エギル: (また始まったワイ・・・全くあの男
*と、ミョルニルは奥に向かった。付いて行く一行。ミョルニルは奥の通路にある指揮官の部屋のドアを開ける。
ミョルニル: 中に
エギル: 聞かれて困る話のようですな
フンディン: 失礼致します
*一行が全員中に入ると、ミョルニルはしっかりとドアを閉めた。
ミョルニル: さて斧の話を聞こうか
エギル: ネズミが持っておった斧について調べてみたところ
エギル: 王殺し と呼ばれる斧だそうで
フンディン: …
ミョルニル: …!
ミョルニル: まさか、とは思ったがな
*さすがのミョルニルも腕を組んで唸った。
フンディン: 叔父上は… ご存知でしたか
ミョルニル: フンディン、おれはお前の親父の弟だぞ
ミョルニル: 知らんわけがあるか
フンディン: …
ノーラ: それについては鍛冶工房長のガーリン様の鑑定です
ミョルニル: 一見して普通のものではないと思っていた
ミョルニル: が
ミョルニル: まさか王殺しとはな
エギル: 王殺しについては指揮官殿に任せるとしますぞ
エギル: しかし個人的な意見を言わせて貰えば
エギル: そんな物騒な代物は処分すべきかと
ノーラ: ガーリン様もそう仰ってました
ミョルニル: いま、ここにあるのか?
フンディン: いまは…ありません
エル: 何かきな臭くなってきた
エギル: フンディン
エギル: 何を言っておる・・・?!
フンディン: 置いてきました
ミョルニル: どこに?
ミョルニル: ?
フンディン: …
フンディン: いや、すみません…
ミョルニル: エギル、報告は正確にしろ。いま斧はどこにある
フンディン: ここに
エギル: (危ういのう・・・
*嘘をついたフンディンであったが、すぐに思い返して正直に斧を出した。
ミョルニル: これは…
ミョルニル: なるほど、これが
フンディン: …
ミョルニル: まさしく、こいつはすさまじいものだな
*ミョルニルは"王殺し"を手にとって眺めている。
フンディン: (あれは夢… ただの夢… だと思いたいが…
エギル: 災いをもたらす斧です
ノーラ: 何だか凄い殺気が…
ノーラ: *ぶる*
ミョルニル: しかしこいつは…禍々しくも思えるな
エル: へぇ
エギル: 王に悪意を抱くものの手に渡ってはたまらぬところですな
ミョルニル: 試し切りの一つもしてみたいもんだが…
フンディン: …
エギル: やめたほうがいい
エギル: その斧は恐ろしいもの・・・
エル: はは
*エルも似たような感想を持っていたが、ミョルニルの物騒な発言に他の3人は過剰に反応している。フンディンに至ってはミョルニルを睨みつけるほどだ。
ミョルニル: いいか、斧の話は黙っていろ
フンディン: …
ノーラ: …
ミョルニル: エギル、ノーラこれは命令だ
ノーラ: は、はい…
エギル: はあ、命令ね
ミョルニル: ワーラットは倒した。斧も持ち帰った、だが
ミョルニル: 持ち帰ったのはこいつということにしよう
*ミョルニルは自室の武具箱に保管していた魔法の斧(と思われるもの)を取り出した。
ノーラ: …
フンディン: なぜです、叔父上?
ミョルニル: わかったな?
ノーラ: は、はい…
ミョルニル: 命令だ。復唱しろ
ミョルニル: 持ち帰った斧はこれです、と
ノーラ: 持ち帰った斧はこれです、司令官殿…
エギル: 王殺しで何をする気か知らぬが
エギル: 身を滅ぼすぞ
ミョルニル: それはお前が心配することではない
エギル: 確かに
ミョルニル: 以上だ。エギルとノーラは退出
ミョルニル: 午後は休暇にする
ノーラ: はい…
フンディン: …
エギル: では失礼
ノーラ: (ごめんなさい、フンディンさん…
ミョルニル: フンディンとエルは残ってくれ
エル: ふぁあ
フンディン: …
*エギルとノーラは出て行き、フンディンとエル、それにミョルニルの3人が部屋に残った。
ミョルニル: いいか、これは俺からの頼みだが
フンディン: ?
ミョルニル: その王殺しはお前が持っていけ、フンディン
フンディン: えっ?
ミョルニル: スキールニルとはまた会う約束はしているのだろう?
フンディン: は、はい
ミョルニル: その斧を、スキールニルに渡してくれ
フンディン: 何故です…?
ミョルニル: 俺からとは言うなよ。素直に受け取られん
ミョルニル: 俺も、兄貴と一緒で
ミョルニル: 試したくなったのさ
フンディン: 試す?
エル: 何を
ミョルニル: スキールニルが真に俺が見込んだ男かどうか
ミョルニル: 知りたくなった
ミョルニル: そいつは役に立つはずだ
エル: 兄貴と一緒って事は、フンディンのことか
フンディン: …
フンディン: しかし叔父上もご存知のとおり
フンディン: スキーニーは斧は使いませんよ
ミョルニル: その斧は特別だ
ミョルニル: 果たしてどうかな
ミョルニル: スキールニルは斧の訓練もつませてある
ミョルニル: 使えるはずだ
フンディン: …
ミョルニル: もしスキールニルが
ミョルニル: その斧を使ったときは
ミョルニル: それを俺に知らせて欲しい
フンディン: …
エル: じゃ、俺が使おうか?スキールニルには武術全般じゃ当然負けるけど、斧のお扱いは俺のが上手いかも
ミョルニル: いや、スキールニルに渡すんだ
エル: フン
ミョルニル: エルドリック、お前にも頼む
エル: ふーむ
エル: そういわれちゃしょうがないね
ミョルニル: どうだ、頼めるか?もしお前達にその気がないなら
ミョルニル: 俺から渡すが
エル: フンディンはどう?
フンディン: …
フンディン: 少し考えさせてください
ミョルニル: 構わんが
ミョルニル: そのまま無くされても困る
ミョルニル: ここで考えてもらうぞ
フンディン: …フェルバールにはまだ滞在する予定です
フンディン: 出立の日までではいけませんか
ミョルニル: ここで、だ
*さっきからのフンディンの態度にミョルニルは多少の警戒心を持ったようだ。
フンディン: ……
フンディン: ではわたしが仮にそのお申し出を承諾したとお答えしたとして
フンディン: どうしてその言葉が真に成されるであろうと叔父上にはおわかりになりますか
*が、しかしフンディンのその問いにミョルニルは声を上げて笑った。
ミョルニル: そんな事を言うお前は、約束を反故にはしないだろうよ。
フンディン: …そうお考えならば、この決断、フェルバールを発つ日まで保留しておくことはかないませんか
ミョルニル: …そこまでいうなら、いいだろう
*ミョルニルはフンディンが本質的に変わっていない事に安心した。
フンディン: …では
フンディン: 今日のところはこれにて、失礼致します
*フンディンは憮然とした表情で部屋を後にした。
ミョルニル: そうだ、エルドリック
エル: うん?
ミョルニル: アルドリックにいつも手紙ありがとうと礼を言っといてくれ
エル: ??
エル: 手紙
ミョルニル: 知らんのか
エル: ああ、兄者、いつも手紙出してた
エル: あなたにだったのですね
ミョルニル: 双子のお前に言ってないのか
エル: うん
エル: ちょっと不思議だな
ミョルニル: …そうか、すまんな言うべきではなかった
エル: ミョルニルさんに出してたのか・・・
エル: 何書いてるんです?兄者の奴
エル: てっきり親父達に出してるのかと
ミョルニル: まあ、いまの話は忘れてくれていい
エル: えー
ミョルニル: さあ、フンディンはもう行ってしまったぞ
エル: うーん
エル: ま、兄者に聞くよ
エル: それじゃ、また
*一方、先に退出したノーラとエギルは…
ノーラ: 私…悔しいです
エギル: 前からそう思っておったが・・・奴はああいう男よ
ノーラ: *うる*
エギル: 軍隊とはそういうところだ
ノーラ: そんな…
エギル: 実に下らんところだよ
エギル: だがそれでも
エギル: オークを追うことは無駄ではなかった
ノーラ: はい
ノーラ: *くすん*
エギル: (しかし気になる・・・
エギル: (ヤツは何をたくらんでいる?
エギル: ムンディンどのが五体満足であったならば・・・
ノーラ: 嘘の報告をしろだなんて…
エギル: いや
エギル: 黙っていろと言われただけよ
エギル: その気になれば筆談・・・コレは冗談だがな
ノーラ: 私…どうしたらいいんでしょう…
エギル: わしはあんな下らん命令は無視してもかまわんと思うが
エギル: ミョルニルは・・・そう怖い男よ
ノーラ: はい…
エギル: だがそれを言うならフンディンにも
エギル: 怖いところがあるがね・・・
ノーラ: そう…ですね
エギル: 誠実な彼が嘘をついたのに気付いたろう
エギル: アレはな
ノーラ: はい…
エギル: 斧の所為といえば斧所為だが
エギル: ああいう心を持っているということでもあるのだ
ノーラ: 魅せられていたのですね…
エギル: 誰しもがああした醜い面を心の中に持っているわけだから
エギル: 彼だけが特別危険というわけではないのだが・・・
ノーラ: はい…
エギル: そういえば午後は自由にしてよかったのだったな
ノーラ: そうですね…
エギル: ノーラよ、年寄りの相手はもうよいぞ
ノーラ: えっ?
エギル: なんならエルドリックと飲みに行けばよい
ノーラ: あっ…はい
エギル: フンディンのほうがよかったか?
ノーラ: 出来ればもう少しエルドリックさん達とお話ししたいです
エギル: そうか
ノーラ: はい
エギル: わしはカイルのヤツを見舞うことにするか
ノーラ: 宜しくお伝えください
ノーラ: あの…では…失礼します
ノーラ: お疲れさまでした
ノーラ: あっ
*と、そこへちょうどフンディンがやってきた。
フンディン: ノーラさん
ノーラ: お話は終わりましたか?
フンディン: はい…
ノーラ: すみませんでした
フンディン: ?
フンディン: なにがです?
ノーラ: 貴方は司令官に渡したくなかったのでしょう?
フンディン: …
エギル: 話は終わったようだな
フンディン: はい
エギル: おぬしの叔父上であったなミョルニルは
エギル: ずいぶんと失礼な口を利いてしまったが
フンディン: いえ…
エギル: もともとわしはヤツが嫌いなのだ
エギル: 許してくれ
*と、続いてエルが頭を捻りながらやってきた。
エル: (なんかひっかかるな・・・
ノーラ: あっエルドリックさん
エル: お待たせ
エル: 待っててくれたの?それならはやいとこ酒場に
ノーラ: はい
ノーラ: お供します
エル: っとその前にフンディン、
フンディン: ?
エル: ミラバールに発つのはいつにする?
フンディン: あと五日ほどはここにいようと思っています
エル: そっか
ノーラ: まぁ素敵
エル: じゃあ、フンディンも飲めるな
ノーラ: 呑みましょう
エル: 我らが英雄は酒だけが弱点でさ
ノーラ: うふふ
フンディン: わたしは一度家に帰ります
フンディン: 父上が戻られているかも知れませんし
ノーラ: あら…残念
エル: わかった
エル: 親父殿に挨拶したらこっち来てくれよ
フンディン: わかりました
ノーラ: ではまた
*フンディンは暗い気持ちで詰め所を後にした…
ノーラ: じゃあ行きましょうか
*というわけでエルとノーラも詰め所を後にした。
●それぞれの夜
*詰め所を後にしたフンディンは家に向かって歩いている。
フンディン: …
フンディン: (叔父上…いったいどのようなおつもりで…
*と、考えながら歩いていると家についた。
フンディン: ただいま帰りました、母上
ジェミリ: おかえり、フンディン
フンディン: 父上はお戻りですか、母上?
ジェミリ: ええ、戻ってますよ
フンディン: !
ジェミリ: お部屋にいます
フンディン: わかりました
*ムンディンの部屋は脚が不自由なため1階にある。フンディンは緊張して父の部屋を訪ねた。
フンディン: *のっくのっく*
ムンディン: 入りなさい
フンディン: 父上…
フンディン: フンディン…ただいま、*ぐすっ*
フンディン: …もどりました
ムンディン: 探索は終えたのか、フンディン
フンディン: ……
ムンディン: 戻っていることは母さんに聞いた
フンディン: はい…
ムンディン: 探索の途中で、なにゆえ戻ってきたのだ?
フンディン: それは…
フンディン: 旅の途中で、風の噂でオークの襲撃があったことを聞きました
ムンディン: それで?
フンディン: それで… 父上やお師匠様、他の皆のことが気にかかり…
ムンディン: …それは、わしを心配して戻ってきたということか?
フンディン: も、申し訳ございません、父上!
ムンディン: …
ムンディン: そうか…
*ムンディンは少し寂しそうな表情を見せたが、フンディンはそれに気がついていない。
フンディン: フンディンは… 心の弱い子です…
フンディン: しかし… しかし夢に見たのです
フンディン: オークが… オークがこのフェルバールに襲い来て
フンディン: 本陣には父上と叔父上の姿が…
フンディン: それで… 叔父上の手には“王殺し”が光っていたのです
フンディン: それを見て以来胸騒ぎが抑えきれなくなって…
ムンディン: ミョルニルはわしの代わりをよくやってくれている
ムンディン: あいつがそんな事をすると思うのか?
フンディン: それは…
フンディン: しかし父上
フンディン: 現にここに王殺しはあるのです
*フンディンは"王殺し"を取り出して見せた。
ムンディン: …
ムンディン: ほう、これが…
*しげしげと眺めていたムンディンだったが…
ムンディン: !
ムンディン: うう…
フンディン: 父上…?
*ムンディンは突然、痛みに顔を歪めると頭を抑えた。
フンディン: 父上!
フンディン: どうなされたのですか!
ムンディン: なんでもない…少し頭痛が
ムンディン: それを…しまいなさい…
フンディン: お具合でも悪いのですか?
フンディン: は、はい
*慌ててフンディンは"王殺し"をしまった。
ムンディン: …なにか思い出しそうな…いや、なんでもない
ムンディン: 大丈夫だ。
フンディン: 父上は… 以前にもこの斧をご覧になったことがあるのでしょうか?
ムンディン: いや、そんなことは…ない
ムンディン: フンディン、戻ってきた理由はわかった
フンディン: はっ…
ムンディン: ひとつだけ聞きたい
フンディン: はい
ムンディン: 正直に答えていい
フンディン: 父上に隠すことなどこのフンディンにはなにひとつありませぬ
ムンディン: どうして、お前は探索の旅に出たのだね?
フンディン: それは…
フンディン: 祖父上の…
フンディン: 旅に出た時には、父上のお言いつけでありますから、必ず意味があると思っていました
フンディン: 旅を続けるうちに… 祖父上について少しずつではありますが
フンディン: わかってきたことがあります
フンディン: 祖父上が作られたという武器について… そして祖父上が武器しか作られなかったということについて…
ムンディン: 旅に出たのは、わしの言いつけであったから…ということか
フンディン: それは…
フンディン: わたしは、鍛冶の修行をしたいと思っていました
フンディン: それで… 父上からそのお許しを得るためには
フンディン: どんなお言いつけでも守る心積もりでしたので…
ムンディン: …よい、しばらくお前は居住区から出てはならん。家でゆっくりしていなさい。
フンディン: えっ…
ムンディン: わしの許可があるまでだ
フンディン: 父上… 明日工房へ行くことは…
ムンディン: ならん。
フンディン: は、はい…
フンディン: *しょぼーん*
ムンディン: 部屋に戻りなさい
フンディン: わかりました
フンディン: ともあれ父上もお変りないご様子で
フンディン: このフンディン、一安心致しました
ムンディン: うむ
フンディン: それでは失礼致します
*有無を言わせぬ雰囲気であったので、フンディンは黙って父の部屋を後にした。ちょうど2階から母が降りてきた。
ジェミリ: どうしたの、お部屋、掃除しておきましたよ
フンディン: は、はい
フンディン: では…
*一方、先に酒場に向かったエルとノーラ。フンディンがそんな事になっているとは露とも知らずに飲み始めていた。
ノーラ: はぁ…
エル: ノーラ、エール
ノーラ: は〜い
エル: あれ?じいさんは?
ノーラ: 仲間のお見舞いです
エル: そっか
エル: 部下が傷ついたんだったな
ノーラ: そうなんです
エル: めでたいとはいえないけど
エル: 乾杯だ
ノーラ: えぇ
ノーラ: かんぱい
ノーラ: う〜ん、おいしい
エル: うまいな
エル: オレはさ
ノーラ: えぇ*にっこり*
エル: 兄者と、スキールニルっていうミョルニルの息子と旅してたんだ
エル: あ、言ったっけ
ノーラ: ええっと…
ノーラ: 司令官の息子さんって言うのは初めてだと思います
エル: あ、そか
エル: 自分の背より長い剣を使う奴でさ
エル: 頼りになるんだよ
ノーラ: でも司令官の息子さんなんでしょ?
ノーラ: あの
エル: うん
ノーラ: なんかいい人には思えないですよ
エル: ははは
エル: 全然違うよ
ノーラ: そうなんですか?
エル: うん、さっぱりしたいい奴さ
エル: 朝はチョっトるさいけどね
ノーラ: ちょっと想像できないですねぇ
エル: 訓練とか言って、剣を振り回すんだ
ノーラ: あら、私も朝は弓を手入れしますよ
ノーラ: 大事なことです
エル: でも朝の5時から大剣を振り回すんだぜ、迷惑だろ
ノーラ: それは…早いですね
エル: たまに机とか壊したりするし
ノーラ: うふふ
ノーラ: それじゃお金がいくらあっても足りないでしょうね
エル: 話がそれたよ
エル: そう、兄者とそのスキールニルは普通に飲めるんだけどね
エル: フンディンがさ・・・
ノーラ: 弱いんでしたね
エル: 最近はあまり見ないけど、旅を始めた頃はひどかったんだ
エル: 記憶は無くすし
ノーラ: 酒癖が悪いんですか?
エル: って訳じゃないんだけどね
ノーラ: う〜ん
ノーラ: でも少しは強くなってもらわないと
ノーラ: 将来部下になったときが心配です
エル: ?
エル: フンディンの?
ノーラ: えぇ
エル: あいつは鍛冶師になりたいんだ
ノーラ: えぇ
ノーラ: 趣味でやってらっしゃるのかと思ってました
ノーラ: だって一人息子なんでしょ?
ノーラ: エルドリックさんはお仕事はどうされるんです?
エル: 俺はさ
エル: 兄者と一緒にレルム中を回るんだ
ノーラ: まぁ素敵
ノーラ: ちょっと羨ましいな
エル: へへへ
エル: 兄者は食ってばかりいるけど、詩の才能があるんだ
ノーラ: あら、エルドリックさんもでしょ
エル: 俺はどうかな・・・、歌うだけなら自身あるけど
ノーラ: さっきも素敵でしたよ
ノーラ: 何て言うか心が満たされるって言うか
エル: 迷ってるんだ、戦士になるべきか
エル: フンディンやスキールニルに比べたら俺の腕は数段落ちるけれど
ノーラ: う〜ん
エル: でも好きなのは歌だ
ノーラ: それなら歌い手でいいじゃありませんか
ノーラ: 無理に戦う必要はないですよ
エル: へへ、そう言って欲しかっただけさ
ノーラ: うふふ
ノーラ: エルドリックさんって面白いですね
エル: 君は俺の術中にはまってるね
エル: いや、こっちが踊らされてるのか
ノーラ: うふ
エル: 乾杯だ!
ノーラ: 乾杯!
ノーラ: あ〜! 美味しい!
エル: うまい
ノーラ: …
ノーラ: やっぱり…気になりますね
ノーラ: 司令官…あの斧どうするつもりなんだろう?
エル: さあね
ノーラ: *ふわぁぁぁ*
エル: 眠くなった?
ノーラ: えぇ少し酔いが回ったのかしら?
ノーラ: 色々有って気が張ってたから
ノーラ: 何だか久しぶり男の人とこんなに気楽に喋って呑んで
エル: あれほどの戦いの後だしね
エル: 今日は寝た方がいいよ
ノーラ: でも…
ノーラ: フンディンさんがこないのかしら?
エル: あいつ、今朝お母さんと会って泣いてたからな
ノーラ: あぁ久しぶりの里帰りで
ノーラ: きっと忘れちゃってるんですね
ノーラ: それじゃまた明日にしましょうか?
エル: だね
エル: 明日でいいさ
エル: 俺はもう少し飲んでくから
エル: もう休みなよ
ノーラ: はい
ノーラ: ご免なさい
エル: 俺って顔がいいだけじゃなくて紳士だろ
ノーラ: あはは
ノーラ: それじゃ酔いつぶれないうちに帰りますね
エル: ああ
ノーラ: また明日
エル: 明日な
エル: おやすみ
ノーラ: おやすみなさ〜い!
*ノーラを後ろ姿を見送ってからエルは小1時間ほどフンディンを待った。しかしいつまでもフンディンは現れないので酒場を出た。良く晴れて星空の綺麗な夜だった。その頃、当のフンディンも自室の窓から同じ空を見ていたが、すでに酒場の約束についてはどこかに行ってしまっていた。叔父の真意、父の考え、アエルの言っていた事…そして何より自分自身の事…考えるべき事ばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。