サヴェッジ・フロンティアDR1235
第二章 カヴァードホームの戦い
「フェルク・バレドの王子」
●ドワーフの王子
カヴァードホームの北に広がるネザー山脈は、サヴェッジ・フロンティアの北の境界である。
高い山々には万年雪が一年中頭を飾っていて、冬ともなれば雪の壁と化し人々の往来を許さない。
そこから流れ出る三本の川を、獣の爪痕に喩えてネイル川と呼んでおり、三本のネイル川が一つになってデリンピーア河となる。
しかし厳しい自然ではあるものの、ネザー山脈は人の住まない土地ではない。
北側は比較的緩やかでいくつかの集落や村も点在する。
そして南側、すなわちサヴェッジ・フロンティア側(カヴァードホーム側と言ってもよい)にはドワーフの鉱山都市があった。
ネザー山脈より北の北方地域にはドワーフの要塞や都市が多く、他の種族との取引も盛んである。
しかしこのドワーフ鉱山都市は、カヴァードホームや北のサンダバールと取引はするものの、その所在については秘密にしている。
その理由を、フェルク=バレドに住む三つの氏族「グリムボルト」「ロックカッター」「アイアンハイド」以外の者は知らない。
元々これら三つの氏族はそれぞれに自分たちの国を持っていた。
しかしオークとの戦いによって、国は滅び流浪の氏族となってしまったのだ。
同じドワーフの国に身を置いた彼らではあったが、いつか再び自分たちの国をという気持ちは残り続けた。
ある時、グリムボルト氏族の王の血筋にあったスノーリ・グリムボルトが失われたドワーフ鉱山を発見し、自らの氏族と、同盟関係にあったロックカッター氏族を率いてその鉱山に入植し、そこをフェルク=バレドと名付けたのだ。
彼らは再び手に入れたこの都市を、再び失うようなことがあってはならないとその所在を秘密にすることを固く誓った。
その後、同じく流浪の民となっていたアイアンハイド氏族を迎え入れて現在に到る。
名も無き村がオークの手に落ちて、住民がカヴァードホームに避難してから二ヶ月ほど経ったある日のこと。
フェルク=バレドの中にある王族の住まいの一部屋に二人のドワーフがいた。
一人は若いドワーフ。もう一人は壮齢のドワーフである。
デリナール: ウルテン、今は駄目だ。王子がお前さんを部屋で待たせて置くように言っていた。退屈だろうが待っていてくれ。
ウルテン: 一体どんな用事があるんでしょうか。
デリナール: これは、俺の予想だけどな。たぶんお前さんに人間の街に行ってもらいたいんだと思うよ。お前さんは王子にとって唯一と言ってもいい、同世代の友達……仲間だからな。
デリナール: 自分の代わりに耳と目になって欲しいんだと思うよ。
ウルテン: …
若きドワーフ、ウルテン・ロックカッターは王子アルテン・グリムボルトの部屋で、叔父のデリナールに呼び出されて待たされている。
王子アルテンと名前が似ているのは偶然であるが、年齢も近く気が合うため二人は良き友である。
ウルテン: アルテン
アルテン グリムボルト: やあ待たせてしまったな
ウルテンが退屈していると、アルテンが部屋に入ってきた。
ウルテン: 会議は終わったのかい?
アルテン グリムボルト: うん……
ウルテン: ?
アルテン グリムボルト: デリナール、ありがとう
アルテン グリムボルト: 二人にしてくれないか
デリナール: うむむ…
デリナール: わかりました、王子
デリナール: では。外にいます
王子の世話役でもあるデリナールは、しぶしぶ部屋を出た。
ウルテン: で、
ウルテン: アールテン!
ウルテン: どうしたんだよ
ウルテン: 妙に暗いじゃあないか!
アルテン グリムボルト: いや、そんなことないよ
ウルテン: そうかい?
アルテン グリムボルト: 会議のことなんだけど
ウルテン: うん
アルテン グリムボルト: 内容は皆噂しているとおりのことだ
今日は大事な会議があった。
王と王子、それに各氏族を代表する者や、鉱山の各区の長などが一同に会したものだ。
その内容については容易に想像が出来るため人々の噂になっていた。
外界を騒がせているオークの大群のことだろう、と。
ウルテン: それって…
アルテン グリムボルト: 僕たちはここに篭りすぎて
アルテン グリムボルト: 外の様子がわからなくなってしまっている
アルテン グリムボルト: 君も先日ここに戻ってきてから
アルテン グリムボルト: 出してもらえなくなってるだろう
ウルテン: ん……
ウルテン: ああ、確かに言われてみればそうかも!
ウルテン: ひさしぶりだからあんまり気にしてなかったよ
実はオークの大群がネザー山脈を越えたという事実を最初に確認したのはドワーフ達であった。
二度と故郷を失うまいと、フェルク=バレドのドワーフたちは周囲を非常に警戒している。
その警戒網を担うのが「ハンター」と呼ばれている役職の者たちである。
このハンター達がオークの侵入に気が付かないはずはなかった。
この知らせに対してドワーフが取った最初の対策は、「気付かれないように身を潜めてやり過ごす」というものだった。
ちなみにウルテンもこの「ハンター」の一員である。
アルテン グリムボルト: それで、会議の議題はこれからどうするかという話
アルテン グリムボルト: オークの勢力はどれほどなのか、人間たちはどう対応しているのか
ウルテン: ふむふむ
アルテン グリムボルト: 僕らだけで対処可能なのか、無理なのか
アルテン グリムボルト: それを調べるために、カヴァードホームに調査隊を出す事になった
ウルテン: 確かに、あれは結構な数がいたような気がするなぁ
ウルテン: すぐ師匠に引っ張って連れ戻されたからよくは覚えていないけれど!
アルテン グリムボルト: それで…
アルテン グリムボルト: その調査隊にさ
ウルテン: うん?
アルテン グリムボルト: 君をねじ込んでおいた
ウルテン: へっ!?
ウルテン: おれが、かい?!
驚くウルテンに、アルテンは真剣な表情で詰め寄り声を潜めた。
アルテン グリムボルト: ウルテン、これは本当に重要なことなんだ
ウルテン: う、うん…
アルテン グリムボルト: 今からする話は
アルテン グリムボルト: この街の中でも
アルテン グリムボルト: 僕と君、そしてあと3人しかしらない
アルテン グリムボルト: まず君も知っているように
アルテン グリムボルト: 僕は去年、あの人間の町にいった
アルテン グリムボルト: そして色々と経験してきたんだ
アルテン グリムボルト: 人間は……確かに難しいところがある
アルテン グリムボルト: しかし人間との交渉術を学べば
アルテン グリムボルト: 信頼にたる隣人だと思うんだ
ウルテン: 面白い人たちだと思うけどね
アルテン グリムボルト: 僕らドワーフは……特に父のような人は
アルテン グリムボルト: 自分たちを守ろうとするあまり保守的になりすぎている
ウルテン: うーん…
アルテン グリムボルト: このままではドワーフはどんどん少なくなっていってしまう
アルテン グリムボルト: 僕らが、外に出て行かなければいけない時期が来ているんだよ
ウルテン: そう悲観的になることもないと思うんだけどなあ
ウルテン: でもきみがそう言うのなら、きっとそうなのだろうね!
アルテン グリムボルト: それで今回の調査隊のメンバーは
アルテン グリムボルト: 君を含めて、僕のごく親しい人物だけにしている
アルテン グリムボルト: それでお願いというのは
ウルテン: うん
アルテン グリムボルト: 僕を連れ出してほしいって事なんだ
ウルテン: へっ??
ウルテン: どういうことだい??
アルテン グリムボルト: もう調査隊とかやってる場合ではないと思う
アルテン グリムボルト: 父は無理だから、僕が行って同盟の交渉なりなんなりを
アルテン グリムボルト: 進めなくては駄目だ
ウルテン: でもアルテン
ウルテン: きみはそれでいいかも知れないけれど
ウルテン: お父上の… 陛下のご意志はどうなるんだい
アルテン グリムボルト: もちろん、勝手に同盟を結んでしまうような事はしないさ
ウルテン: あ、そう
ウルテン: ならいいんだ
ウルテン: いざ同盟を結んでしまって、あとから「聞いてなかった!」なんてことになったら
ウルテン: 余計にこじれてしまいそうな気がしたからね
アルテン グリムボルト: ただ、ドワーフの王子が人間に味方しているという事実は
アルテン グリムボルト: のちのちのために絶対必要なんだ
アルテン グリムボルト: ……そう。それは間違いない
ウルテン: きみがそういうのなら、きっとそうなんだろうね
ウルテン: けどきみ、それこそ大丈夫なのかい?
ウルテン: あとで陛下に知られたら
ウルテン: あまり良い顔はされないんじゃあ?
アルテン グリムボルト: 覚悟はしなくちゃならない
アルテン グリムボルト: 君にも迷惑をかけると思う
アルテン グリムボルト: でも今こそ、動くときなんだ
アルテン グリムボルト: わかってほしい
ウルテン: おれはずっと父さんがいなかったから、よくはわからないけど
ウルテン: きみはちゃんと父さんがいるんだから、大切にしてやらなくちゃ
アルテン グリムボルト: ……
アルテン グリムボルト: でも父は、僕の父であるまえに王であり、僕も子であるまえに王子なんだ……
ウルテン: うーん…
ウルテン: でもさ、
ウルテン: つまりこういうことだろう?
ウルテン: おれは調査隊と一緒にカヴァードホームへ行く
ウルテン: それなら、きみも調査隊の一員として来るというのは?
アルテン グリムボルト: 僕が調査隊を率いるという提案は予想どおり却下されたんだ
ウルテン: おや…
ウルテン: それはどうして?
アルテン グリムボルト: 父は反対はしなかったけれど
アルテン グリムボルト: 長老たちがね……危険だからと
ウルテン: うーん…
ウルテン: おなじお年寄りでもいろいろあるものだね
ウルテン: おれの師匠だったらぜったいそんなことは言ってくれないだろうなぁ
アルテン グリムボルト: 仕込みは済んでいるんだ。あとは協力してくれさえすれば
アルテン グリムボルト: きっと上手く行く
ウルテン: うーん…
ウルテン: 正直、陛下には
ウルテン: 身寄りのなかったおれと母上をかくまっていただいた大恩があるから
ウルテン: 陛下を裏切るようなことはしたくはないと思っていたのだけれど
ウルテン: でも陛下が
ウルテン: きみが行くことに反対していなかったというのなら
ウルテン: 話は別だね
アルテン グリムボルト: それに……僕と君の二人で旅に出るのはすごく久しぶりじゃないか。ワクワクしないかい
ウルテン: わかったよ、アルテン
ウルテン: でも
ウルテン: 条件があるんだ
アルテン グリムボルト: うん
ウルテン: 陛下はきみが黙って姿を消したら、きっとすごく心配される
ウルテン: だからちゃんと、書き置きは残しておくんだぜ?
アルテン グリムボルト: ……わかったよ
アルテン グリムボルト: そうする
ウルテン: それじゃきまりだ!
アルテン グリムボルト: よかった
アルテン グリムボルト: じゃあ手順はこうだ
ウルテン: うん
アルテン グリムボルト: 僕らは準備して出口で待ち合わせることになっている
アルテン グリムボルト: 門番には、僕が父の筆跡をまねた命令書を見せて
アルテン グリムボルト: 調査隊が急きょ一人増えたことにする
アルテン グリムボルト: あとは堂々と出て行けばいいさ
アルテン グリムボルト: 問題は僕の顔を見られないことだけだ
ウルテン: うーん… それ、ほんとうにうまくいくかな?
ウルテン: たるにでも入っていったほうがよっぽどうまくいきそうな気もするけれど…
アルテン グリムボルト: たるは駄目だよ!
アルテン グリムボルト: その手はもう3回使っただろう
二人は笑い合い、準備を始めた。
しかしこのアルテンの行動を知っている者は、調査隊のメンバーだけではなかった。
●旅の始まり
ウルテン: あれ?
ウルテン: それにしてもアルテン、きみ
アルテン グリムボルト: うん
ウルテン: せめてかぶとは調達できなかったのかい?
ウルテン: それじゃあ誰が見たってアルテン王子そのままじゃあないか
ウルテンは、アルテンが荷物のところに置いてある兜を指差す。
それはグリムボルト氏族に代々伝わる魔法の品物で、被っている限り魔法やそれに類するもので精神を冒されることがない。
アルテンがカヴァードホームに滞在する間、それを被っているようにと父から譲り受けたものだ。だからある意味、その兜がアルテン王子の証でもある。
アルテン グリムボルト: いや、ちゃんとあるよ
アルテンは調査隊のメンバーと同様の、どこにでもあるフルフェイスヘルムを取り出した。
アルテン グリムボルト: これならわからないだろう
ウルテン: ああ…ならいいんだ
ウルテン: それじゃあ、こっちは準備オッケーさ
二人は準備を整えた。
アルテン グリムボルト: それじゃあまずここから出ないといけないんだけど
アルテン グリムボルト: 外にデリナールがいるはずだ
ウルテン: うん
アルテン グリムボルト: まずはデリナールをどこかに行かせてくれ
ウルテン: おじさんには
ウルテン: 今回の話は伝えていないのかい?
アルテン グリムボルト: 心配するじゃないか
ウルテン: そ、それはそうだけど
ウルテン: でもきみがいなくなったほうがよほど…
アルテン グリムボルト: 絶対、黙ってないから駄目だ
ウルテン: うーん…
ウルテン: 確かにそれもそうかも知れないなあ
ウルテン: 仕方ないね
アルテン グリムボルト: 頼むよ
ウルテン: それよりきみ、書き置きはもう残したのかい?
アルテン グリムボルト: さっき君が鎧を選んでいる間に
アルテン グリムボルト: 済ませたよ
ウルテン: ああ、なるほど
ウルテン: わかった、それじゃ
ウルテンは部屋から出る。
部屋の外にはデリナールが待っていた。立ち聞きしていた様子はない。
ウルテン: おじさん
デリナール: どうだった
ウルテン: やっぱりおじさんの思っていた通りだったよ
デリナール: やっぱりそうか
ウルテン: 調査隊としてカヴァードホームまで行くことになった!
デリナール: お前のこと、頼りにしてるんだなあ
デリナール: うんうん
ウルテン: まあずっと一緒に育った仲だからね
デリナール: 俺もうれしいよ
ウルテン: そういうわけで、
ウルテン: さっそく出発間近なんだけど
デリナール: 早いんだな。まあ緊急の用件だしな
ウルテン: あ、
デリナール: どうしたんだ
ウルテン: (そうか、あんまり発ってからすぐおじさんに手紙が見つかるようなことがあると、いろいろまずいよなぁ…
ウルテン: あのさ、
デリナール: うん
ウルテン: おじさん、今日はこのあと任務にはついているのかい?
デリナール: いや? もう帰るだけだが
ウルテン: そうか…それじゃ、
ウルテン: *いかにも何か頼み事がありそうな感じでくちごもる*
ウルテン: いや、でもやっぱりまずいよなぁ
デリナール: なんだ……どうしたんだ、さっきから
ウルテン: デリナールおじさんも忙しいだろうし…
デリナール: 王子に何か変な事頼まれたんじゃないだろうな?
デリナール: 俺なら、時間はあるぞ
ウルテン: ほんとう?
デリナール: うむ
ウルテン: でもやっぱり悪いよ。いや、いい。忘れて!
デリナール: なんだよ、らしくないな
デリナール: 王子に面倒なことを頼まれたのなら
デリナール: かわりにやってやるぞ
デリナール: お前は出かけるんだからな
ウルテン: いや、ちがうよ!
ウルテン: アルテンは関係ないんだ
デリナール: じゃあ、なんだ?
ウルテン: たださ、
ウルテン: 今回、こっちに戻ってきてから
ウルテン: 急にカヴァードホームへいくことが決まったろ?
デリナール: うん
ウルテン: だからしばらく留守にするって、師匠に伝えておいたほうが良かったかなって
デリナール: ああ、そんなことか
ウルテン: それに実はこっちまで戻ったついでに
ウルテン: 師匠に調達するように言われてたものもあるんだ
ウルテン: いろいろね
デリナール: ふむ?
ウルテン: そういうものも届けないとって
デリナール: それならその荷物と一緒に
デリナール: 今回の話もしておいてやろうか
ウルテン: ほんとう?
デリナール: うん
デリナール: いいさ、そのくらい
ウルテン: それじゃ… お願いしていいかな!
デリナール: お前こそ、長旅になるんだからしっかり準備していけよ
ウルテン: えーと、
ウルテンは小さな石版を取り出し、メモを書く。
ウルテン: はい、ここに書いたものを頼むよ
デリナール: ……なんか、微妙なものばかりだな
ウルテン: まあ外にいるといろいろあるんだよ
デリナール: 花柄のシルクとか……必要なのか?
ウルテン: こうして中にいるデリナールおじさんには想像もつかないだろうけど
ウルテン: 野伏やるのもいろいろ大変なんだよ
デリナール: そうか!
デリナール: 春用の装備なんだな
デリナール: なるほど
ウルテン: それじゃ、ほんとうに助かった
デリナール: わかった。任せておけ
ウルテン: なにかカヴァードホームへいったら、お土産いるかい?
デリナール: お前と王子が元気に戻ってくれば、それでいいさ
デリナール: それじゃあさっそく探してくるか
ウルテン: あれ? おじさん聞いていないのかい?
ウルテン: アルテンは調査隊のリーダーをやりたかったんだけど
ウルテン: 結局、長老たちに却下されたんだよ
デリナール: むむ、そうだったのか
デリナール: それは…気落ちしただろうな
ウルテン: あいつ落ち込んでたからさ、
ウルテン: 師匠のところから戻ったらでいいから、顔出してみてくれないかな
ウルテン: たぶんいまはしばらく一人でいたい気分だろうし…
デリナール: うむ……今はそっとしておこう
ウルテン: それじゃ、
デリナール: それじゃあな、ウルテン
ウルテン: うん、おじさん
デリナールは石版を片手に立ち去った。
ウルテン: うまくいったよ!
アルテン グリムボルト: 上手く行った?
アルテン グリムボルト: よかった。それじゃあ行こう
二人は部屋を出て、鉱山の中を出口に向かって進む。
本来この鉱山の出入り口だったと思われる正面の門はいまだ岩に埋もれたままで、この鉱山が破棄されるときに崩されたのだと言われている。
そのため外に出るには一度洞窟を出てトンネルを抜け、地上にでるというルートを使わなければならない。
二人は他のメンバーとの待ち合わせ場所にもなっている、洞窟へと出る門の前までやってきた。
事情は聞いているはずの調査隊メンバーと、門番が二人ほどいる。
ここから演技しなければならないようだ。
ウルテン: おまたせ!
グラーリン ロックカッター: うむ、予定通りか?
ウルテン: ああ、
ウルテン: そういえば忘れていたよ
ウルテン: 陛下から特別に
ウルテン: あとから一人、追加で連れて行くようにとの仰せを
グラーリン ロックカッター: うむ?
ウルテン: こいつです
ウルテンは、顔を隠したアルテン王子をつつく。
グラーリン ロックカッター: ああ、その話は聞いている
グラーリン ロックカッター: 命令書は…と
グラーリン ロックカッター: これだな
グラーリンはウルテンと同じ氏族の年長者で、今回の調査隊のリーダーという事になっている。
グラーリンは偽の命令書を片手に門番に話を通そうとする。
ドワーフ: うーむ
ドワーフ: こちらはそんな話は聞いておりませんが…
ドワーフ: しかしこの命令書はホンモノ
ドワーフ: では、お通りください
門番は不審に思いつつも調査隊一行を通す。
実はこの門番、騙されているわけでなく、騙された演技をしている。グラーリンもウルテン達も門番の演技を見抜く事は出来なかった。
一行はそのまま振り返らずに門を抜けて、洞窟を足早に進んでいく。
やがて人気のない所まで来て、アルテンが口を開いた。
アルテン グリムボルト: 上手く行ったね
ウルテン: うん
アルテン グリムボルト: ありがとうグラーリン
グラーリン ロックカッター: いえ……ですが
グラーリン ロックカッター: 本当によかったのですか
アルテン グリムボルト: いいんだ……いまは説得している時間もないのだから
アルテン グリムボルト: 道中、僕らは君の指示に従うよ
グラーリン ロックカッター: わかりました
グラーリン ロックカッター: ではウルテン、まずは練習だ
ウルテン: 練習?
グラーリン ロックカッター: この付近は我々の領域だから
グラーリン ロックカッター: 大した敵はいないだろうが
グラーリン ロックカッター: ハンターとして、先導してみせてくれ
ウルテン: 了解!
ゲームによくあるチュートリアル的な雰囲気で話を振っているが、単にプレイヤーが先頭に立たないと面白くないだろうという理由からだ。
NPCの集団をDM一人でコントロールするのも難しいし。
ウルテン: この音…
ウルテン: ヘビだ
慣れたプレイヤーなので、敵を発見しつつ進んでくれる。
グラーリン ロックカッター: こちらにおびき寄せてくれ
ウルテン: わかった
弓で敵を呼び寄せて、全員で片付ける。
ウルテン: ふう
ウルテン: 幸先いいね
グラーリン ロックカッター: よしよし
グラーリン ロックカッター: よくやったぞ
一行はその後も同様にして進んだ。
グラーリン ロックカッター: ここが秘密の入り口だ
グラーリン ロックカッター: ここから先は
グラーリン ロックカッター: 我々の領域から離れていくから
グラーリン ロックカッター: 何かいるかもしれない
グラーリン ロックカッター: 十分注意するんだ
ウルテン: 了解、
グラーリン ロックカッター: ではいこう
グラーリンは仕掛けを操作して秘密の扉を開き、別の洞窟に出た。
他のメンバーもそれに続く。
ウルテン: ん
ウルテン: 羽音だ
ウルテン: 気をつけて
再びウルテンが先頭に立ち、一行を導く。
ウルテン: おっと…
ウルテン: 右手の先に熊がいるから
ウルテン: 刺激しないように気をつけて
アルテン グリムボルト: やってみるけど…
ウルテン: 出口付近に陣取っているのは狼だな
ウルテン: あれはどいてくれそうにない
洞窟の入り口に狼の集団がいる。仕方なく一行はそれを退治した。
洞窟の外はネザー山脈南側の山腹である。
アルテン グリムボルト: すごい雨だな
ウルテン: よくあることさ
ウルテン: 体を冷やさないように気をつけて
アルテン グリムボルト: もう遅いから
アルテン グリムボルト: 洞窟で野営をしないか
ウルテン: うーん…
ウルテン: だから重い鎧は止めておいたほうがいいって言ったんだよ
アルテン グリムボルト: これが正式装備なんだから仕方ないよ
ウルテン: 仕方ないね
アルテン グリムボルト: うん
ウルテン: 雨が止むまで
ウルテン: ここで休もう
グラーリン ロックカッター: うん
●洞窟の一夜
ドワーフたちは洞窟の入り口に火を炊き、休むことにした。
洞窟の外は強い雨が降っていて、積もった雪に穴を穿っている。
グラーリン ロックカッター: それでは交代で見張りをしよう
ウルテン: わかった
グラーリンが見張りの割り振りを決めて、それぞれ見張りに立つ。
火を囲んで座っているのはウルテンとアルテンの二人だけになった。
一番近くにいるのはグラーリンで、洞窟の入り口から外を見ている。
アルテン グリムボルト: 懐かしいな、二人で始めて狩りに出て野営したのを覚えてるかい
ウルテン: もちろんさ
アルテン グリムボルト: あの時は楽しかった。すごくドキドキしたし
アルテン グリムボルト: 地上を自由に歩き回ったのは初めてだった
ウルテン: 夢中でしかを追っていたら
ウルテン: 気がつけば誰も回りにいなくなっていたんだったね
アルテン グリムボルト: そうそう
アルテン グリムボルト: でも二人でなんとかなった
ウルテン: きみは帰れなくなったと思ってしまいには泣きそうになるし
アルテン グリムボルト: そうだったっけ……
アルテン グリムボルト: ふん、まあ、なんていうか
アルテン グリムボルト: 君の手前、そういう事にしておくよ
ウルテン: いまさらはずかしがるようなことでもないじゃあないか
ウルテン: ともかく
ウルテン: カヴァードホームへたどりつけたら、それからどうするつもりなんだい
アルテン グリムボルト: まずは、本来の任務どおりに情報を集める
アルテン グリムボルト: それから、人間たちと共に戦うつもりだ
アルテン グリムボルト: ドワーフと人間が肩を並べて戦う
アルテン グリムボルト: そういう事が必要なんだ
ウルテン: うーん
ウルテン: 外にいるとあまりそういうことは意識しなかったなぁ
アルテン グリムボルト: 僕はカヴァードホームでいつも考えてたよ
ウルテン: 結局のところ、ドワーフでも人間でも動物でも、することをするだけさ
アルテン グリムボルト: 動物と僕らの違いは
アルテン グリムボルト: 行動の選択肢が多いってこと
アルテン グリムボルト: そして
アルテン グリムボルト: 相手がどれを選ぶか、予想しにくいことだ
アルテン グリムボルト: だから選択肢を誘導しないとならない
アルテン グリムボルト: そのためにはポーズが必要なんだ
ウルテン: そういうことは狩りの時にもやるさ
ウルテン: わざと音を出して、行かせたい方向に追いやる、みたいにね
アルテン グリムボルト: それと同じようなものさ
ウルテン: でもきみの言うようなら、ドワーフや人間は
ウルテン: 音を出しても、あえて音のほうに行こうとするかも知れない
アルテン グリムボルト: だから、すごく分かりやすくしないといけないんだ
ウルテン: ふむ?
アルテン グリムボルト: ドワーフの王子が人間の味方をしている。これ以上分かりやすい状況はない
ウルテン: …
ウルテン: *アルテンの顔をじっと見る
アルテン グリムボルト: *焚き火をつつく
ウルテン: アルテン、きみはときどき真面目に過ぎるところがあるからね
ウルテン: 無理もないのかも知れないけれど
アルテン グリムボルト: そうかな?
ウルテン: でもお父上を悲しませるような真似はしたらだめだよ
アルテン グリムボルト: ……うん
●罠
翌日、雨は止んでいた。
積もった雪が光を反射して眩しい。
一行は野営地を片付けて出発することにした。
まずは周辺の状況を調べるため、落ち合う場所を決めてグラーリンたちはそれぞれ偵察に出ている。
ウルテンはアルテン王子の護衛として残され二人は合流地点に向かって歩いていた。
アルテン グリムボルト: さて、みんなはどこにいるんだろう
ウルテン: 気をつけていこう
ウルテン: いたいた
前方の木の下に、グラーリンとジェナールが立っている。
ウルテン: おや?
アルテン グリムボルト: あれ、
ハイリンがいないので、疑問に思ったようだ。
グラーリン ロックカッター: いまハイリンには
グラーリン ロックカッター: 偵察に行ってもらっています
ウルテン: ああ、
グラーリン ロックカッター: 予定では、このまま山をおりて
グラーリン ロックカッター: デリンビーア沿いに行く予定でしたが
グラーリン ロックカッター: まっすぐ行けるかどうか見に行ってもらったのです
そのまま一行はしばしハイリンの帰りを待つが、なかなか戻ってくる気配がない。
グラーリン ロックカッター: ……
ジェナール グリムボルト: 遅いですな、しかし
ウルテン: うん
グラーリン ロックカッター: うむ……
グラーリン ロックカッター: あの木の影が
グラーリンは近くの木の影の先端を指差し、そのまま横にずらす。
グラーリン ロックカッター: そちらの木にかかるまでに戻らなかったときは、何かあったとき、こちらは危険という事だ……と
グラーリン ロックカッター: ハイリンは申しておりました
グラーリン ロックカッター: すでにその刻になっております……
ウルテン: …
アルテン グリムボルト: みんなで様子を見に行ってはどうだろうか
ウルテン: いや、それも危ないと思う
ジェナール グリムボルト: うむ。ウルテンのいうとおりである
アルテン グリムボルト: しかし……
グラーリン ロックカッター: もし何かあったとしても、ハイリンもむざむざやられますまい
グラーリン ロックカッター: 上手く逃げているかもしれません
ウルテン: けどほうっていくわけにもいかないな…
グラーリン ロックカッター: それにもし敵と遭遇していた場合
グラーリン ロックカッター: こちらに向かってきているかもしれません
グラーリン ロックカッター: ウルテンを偵察に出すも危険です。ハイリンが戻らないくらいですから
ウルテン: こう木が生い茂っていてはとてもじゃあないけど見渡せないし…
グラーリン ロックカッター: ここは……道を回って行きましょう
アルテン グリムボルト: でも……
グラーリン ロックカッター: 王子、王子はなんとしてもカヴァードホームに行くと決意された
グラーリン ロックカッター: そうですね?
アルテン グリムボルト: わかったよ……先に行く事にしよう
グラーリン ロックカッター: ウルテン
ウルテン: ん
グラーリン ロックカッター: ここからはわしらが先導する
グラーリン ロックカッター: 王子の警護は任せる
ウルテン: わかった
グラーリン ロックカッター: しっかり張り付いているんだ
グラーリン ロックカッター: 行きましょうか
ウルテン: …
グラーリンとジェナールが先行する形で、ウルテンとアルテンが付いていく。
しばらく山肌に沿って歩いていると……
ウルテン: !
ウルテン: ちょっと待った!
ウルテン: なにかいる
アルテン グリムボルト: え、どこ?
ウルテンが気配のするほう(山の下のほう)を見ると数羽の鳥が飛び立つのが見えた。
何かが移動しているのだろう。
ウルテン: なんだろう… なにかはわからないけど
ウルテン: 声が聞こえた
ウルテン: 獣なんかじゃない
ウルテン: うん、このまま南に行ったら鉢合わせることになる
グラーリン ロックカッター: やはり西に大きく迂回するとしましょう
アルテン グリムボルト: …ハイリン…
ウルテン: それにいそいだほうがいいかも知れない
一行は足を速めて西に進路を取る。
そのまま進めばネイル川に出るので、川に沿って南へ下山し、ホームに向かうという進路しかない。
だが南側にいるらしい敵の気配は離れるどころか近づいてくるようだ。
敵はすでにこちらを捕捉していて、追跡してきている事に気が付いた時にはもはや手遅れの状況であった。
グラーリン ロックカッター: しまった…
グラーリン ロックカッター: 南側を封鎖していたんだ、やつらは
グラーリン ロックカッター: 我々はそれにひっかかって
グラーリン ロックカッター: 追い込まれてしまった
ウルテン: …誘い込まれたってこと?!
グラーリン ロックカッター: …うむ
グラーリン ロックカッター: このまま進めばネイルに追い詰められてしまうかもしれない
ウルテン: くそっ!
グラーリン ロックカッター: だがいまは
グラーリン ロックカッター: とにかく急いで抜けるしかない
グラーリン ロックカッター: いこう。
ドワーフたちはほとんど走るようにして敵を振り切ろうとする。
しかし敵もそれに反応するように、声を上げて追跡してくる。その声はオークのものである。
追い込もうとしているのは明らかで、南側から迫ってくる一団と遭遇するのは避けられないように思えた。
そしてついに……
ウルテン: !
グラーリン ロックカッター: ああっ
南側から迫ってきていたオークの集団と遭遇した。
アルテン グリムボルト: 戦うんだッ
ウルテン: くそっ、
アルテンの掛け声で武器を抜く一行。
グラーリンとジェナールは声を上げて突撃した。
ウルテン: グラーリン!
グラーリン ロックカッター: にげろっ
グラーリン ロックカッター: ウルテン、王子を
グラーリン ロックカッター: 引っ張ってにげろ!
ウルテン: …っ!
敵の数からしても、勝ち目がないと判断したグラーリンの指示。
グラーリン ロックカッター: はやくーー!!
ウルテン: くっ… アルテン、くるんだ!
アルテン グリムボルト: いやだ!
アルテン グリムボルト: 勝てるよ!戦うんだッ
ウルテン: むりだ!
ウルテン: 多すぎる!
ウルテン: カヴァードホームへいくんだろ!
アルテン グリムボルト: グラーリン!
グラーリンが敵の攻撃を受けて膝をつく。
グラーリン ロックカッター: 王子いきなさい
グラーリン ロックカッター: ウルテンまで死にますぞっ
アルテン グリムボルト: !!
ウルテン: ここできみまで死んだら、みんな犬死だ!!
アルテン グリムボルト: わかった……すまない……
そうして戦いの場から、アルテンとウルテンは逃げ出した。
●アルテンとウルテン
山中を逃げる二人のドワーフ。
敵は明らかに罠を張っていて、周囲はオークに包囲された状況である。
二人は時に戦いつつ、逃げ惑う。
ウルテン: はあ…はあ…
ウルテン: こう雪がつもってちゃ、足跡も消せやしない
アルテン グリムボルト: ううっ…
アルテンが膝を付くと、赤い血がぽつぽつと雪に落ちた。
戦いの中でいつの間にか傷ついていたらしい。
ウルテン: アルテン
ウルテン: おい、アルテン、しっかりするんだ
アルテン グリムボルト: いこう、オークがせまってきている……
ウルテン: 歩けるかい
ウルテンが肩を貸して、二人のドワーフは一塊になって雪山を歩き続ける。
アルテン グリムボルト: ……
ウルテン: アルテン!
眼下にネイル川を望む崖の上まで来たところで、ウルテンの肩からアルテンが崩れ落ちた。
ウルテン: アルテン、おきるんだ!
アルテン グリムボルト: オークが…くる
ウルテン: カヴァードホームへ行くんだろう!
アルテン グリムボルト: ううっ
ウルテン: くそっ、どうしてこんな時に包帯がもうないんだ…!
その時、オークが二人を発見して声を上げた。
オークが集まりつつこちらに向かってくる。
アルテンは何かを決心したように、兜を外した。
アルテン グリムボルト: ウルテン
ウルテン: こうなったらやれるところまでやるしか…
ウルテン: ?
ウルテン: なにやっているんだ、アルテン
ウルテン: いきが苦しいのかい?
さらにアルテンはマントを外すと、それを使って兜をウルテンに縛り付けた。
ウルテン: アルテン?
アルテン グリムボルト: 君が…行くんだ。ホームに!
ウルテン: ?!
ウルテン: なにをいっているんだ、アルテン
アルテン グリムボルト: もしここで僕たちがやられれば
アルテン グリムボルト: その影響は計り知れない
ウルテン: ならきみがいけ!
アルテン グリムボルト: もしかすると人間側の不手際を
アルテン グリムボルト: ドワーフが責めるかもしれない
アルテン グリムボルト: 君の家族だって
アルテン グリムボルト: 責めを負うかもしれないんだぞ!
ウルテン: 母上ならわかってくださるさ
ウルテン: それよりきみのほうが…
アルテン グリムボルト: 僕と君はそっくりだ、ウルテン。そしてずっと一緒だった君なら
アルテン グリムボルト: 僕になれる
ウルテン: アルテン、やめてくれ
アルテン グリムボルト: 僕の変わりに行ってくれ
ウルテン: ばかなことを言っていないで、オークを
アルテンは聞き耳を持たず、迫り来るオークに背を向けたままウルテンをネイル川目掛けて突き飛ばした。
ウルテン: アルテ…
最後にウルテンは、アルテンの名を呼ぼうとしたがすぐに増水したネイル川の流れに飲み込まれ、あっという間に視界から消えた。
ウルテンが最後に見た光景は、強い意志の光を放つアルテンの目と、その彼の後ろに立つオークだった。
その光景をウルテンが忘れる事はないだろう。
だが今はただ、水の流れに翻弄されて何が起こっているのかもわからないまま、鼻と口から入ってくる水に呼吸を遮られてもがき苦しむ事しかできなかった。