本日の御題:靖国神社参拝はやめるべきである

◆規模は違っても性格は同じ
 昨年のコラムの頁、および2006年2月9日のblogにも書いたことで恐縮ですが、私は靖国神社への首相の参拝には反対です。別にそれ自体が どうこうという訳ではないですが、小泉氏の意地にこれ以上日本の外交を振り回されたくない、というのが正直なところ。
 彼はことあることに「靖国神社参拝に抵抗しているのは中国と韓国のみ」と言って強気な姿勢に出ているが、中国・韓国ともに日本にとって重要な 近隣諸国であることを忘れてはならない。中国との関係悪化は、東シナ海のガス田開発において、中国政府をより強硬な姿勢に駆り立てるであろうし、 2002年の日韓共同開催のワールドカップや、その後の日本での韓流ブーム、日本映画・文学の韓国内での規制緩和、解禁などで、せっかく雪解け ムードだった両国の友好にひびが入るのは、正直見ていられない。

 もちろん、国益がかかっている問題については、安易な妥協は控えるべきだ。政治的カードとして使えるものはすべて使わねばならない。貪欲な駆け引きも 政治の世界には必要だ。しかし、首相による靖国神社の参拝が、何をもたらすだろうか? せいぜい、自民党の一部の議員の票を下支えする程度に過ぎない。 その結果、首脳会談の無期限延期ということになれば、中国・韓国と今後建設的な対話などできるはずがない。彼らのアレルギー的とも取れる反応に嫌気を 指す気持ちはおそらく私も小泉氏も同じだろうが、得るものと失うものをかける天秤は、正確でなければならない。

 また、靖国神社参拝を批判する国が、今後も2国だけであるという補償はない。最近になって東南アジアのある国の政府から、日本のODAによって同国は 借金漬けにされたと批判された。その背景には、中国の同国への影響力増加があるだろう。日本の支援なくしてもよくなれば、政府の言葉使いも変わるもの。 今後、東南アジアでも中国の顔色を伺う国が増えれば、靖国神社参拝について黙っていない恐れは十分にある。

 ただし、日本にとって幸運なことは中国だけではなく韓国もまた靖国神社参拝に反対していることだ。今、首相の参拝を中止すると言えば、中国の高圧的な外交に 屈したという印象を与えかねないし、中国政府は少なくともそう見るだろう。しかし、韓国との交渉によって、A級戦犯を靖国神社から外し、今後は首相の参拝を 行うとしたならば、外交的な成果になる。少なくとも、韓国との間には数年前にそういった約束が交わされていたのだから。

 また、中国や韓国の対応はある意味もっともなのだ。彼らにとって首相の靖国参拝は間違いなく外交問題なのである。北朝鮮による日本人の拉致問題に 置き換えると日本人にも分かりやすい。北朝鮮で拉致に中心的役割を果たした人が英雄扱いされていることに対して、日本人はどう感じたか? 僕は怒っている。 なぜそんな人を称えるのか? 反省の色がないのではないか! 北朝鮮に募る不信感。
 太平洋戦争のA級戦犯である人を国の神社に祀り上げて、首相がそれを参拝するということは、北朝鮮の最高責任者が拉致首謀者に「お前はわが国の英雄だ」と 言っているのと同じである。少なくとも中国人や韓国人にとっては。いや、実際はそれ以上のはず。時間的隔たりはあるものの、その被害の規模は拉致の比ではない。 つまり、見る角度を変えれば、これはれっきとした外交問題なのだ(拉致被害が外交問題であると同じように)。

 それが理解できず、ツッパリを決め込んでいる小泉氏に、私は落胆せずにはいられない。
 これで日本と中国・韓国との関係回復は、10年は遅れるだろう……。

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