本日の御題:IT不況と社会構造
◆フリーという概念
 ITは現代社会にとって福音なのだろうか、それとも混乱を招くだけの厄介モノなのだろうか。
 ひとついえることは、ITがこれほど発展する前の社会では「フリー」という言葉の使用頻度は決して今ほど高くなかったということだ。
 事実、日本でその言葉が広く使われだしたとき、多くの人は「自由?」と訳して困惑したものだ。僅か数年前のことであるにも関わらず、 もはやその記憶すらおぼろげであることからして、如何に「フリー」という言葉が市民権を得たかお分かりだろう。

 しかし、これこそIT不況の元凶ともいえる。例えばインターネット上では、それまで高額な支払いを求められたものに近い性能をもったソフトウェアが、 無料で掲載されていることがしばしばある。
 いいや、もっと生活に密接に関わったサービスまでネットでは無料なのだ。
 これまで朝食を取りながら読んでいた新聞はお金を払って購入していたが、ネット上では ニュースやテレビ記事が無料で配信されている。あるいは、これまでは毎月時刻表を購入して調べていた電車のダイヤが、ネットでは無料で即座に検索できる。 受験生は和英・英和辞典を購入しなくとも、翻訳サイトを訪ねることで無料で英単語を調べたり、翻訳することが可能になった。
 デジカメの登場でフィルムは売れなくなったし、現像の仕事も激減している。カメラに液晶がついたことで、その場で撮影内容を確認できるポラロイドは 不要になった。

 この手の話には暇(いとま)がない。インターネット上でのファイル共有プログラムは、音質の劣化を招かない形で不特定多数の人々に無料で音楽データを 配信することを可能にした。プロには及ばないものの、小説や漫画もネット上では無料で公開されている。
 オリジナルのCD−ROM、Tシャツ、マウスパット、うちわ、名刺、チラシに至るまで趣味のレベルで作成できるようにもなった。 これまで高額だった人気アニメのイラストの書かれたTシャツも、イラストをスキャナ等で手に入れそれを プリンタで出力すれば、安価に作ることができる。
 プロしかできなかったビデオ編集も、動画の作成も、もはやその敷居は限りなく低くなった。センスは別にして、入門書とその続編程度の書物を読めば、 大方の事はできてしまうのである。

 つまり、IT革新に晒された瞬間、これまでの価値観によれば明らかに「商品」であったものが「無料プレセント」になってしまうのである。 少なくともソフト/サービス分野のものについては。

 なぜこのようなことが起こったのか? 答えは明白だ。IT前の社会にとって、これらのサービスはごく一部のプロが行うものだった。しかし、IT後の社会では 誰もが提供する側に回れるようになった。供給者過剰の状況が作られれば、それは競争の激化に直結する。さらに、元々プロとして活動している訳ではない彼らは、 自分が上げた成果によって収入が得られることをそれほど強く望んでいないのである。
 営利目的ではない人々が市場に参入しているというのは、業界にとっては決してよい事ではない。
 IT不況の第一の要因は、誰でも参加できることにより価格の崩壊であると考えていいだろう。

◆強いデフレ圧力
 さて、ソフト/サービス分野においてIT革命がデフレ圧力として働いていることは先に述べたが、これはハードウェアを提供するメーカーにとっても 同じである。

 Microsoft社のWindowsのひとり勝ちは業界に多大な影響を与えた。業界スタンダードという地位を手に入れることがどれほど重要であるか強く認識したのである。
 その影響はハードメーカーにまでおよび、各社はこれまで以上に自分の規格を広げる事に努めるようになった。 古くはメモリーカード(スマートメディアやコンパクトフラッシュ、メモリースティック等)、 最近ではDVD(DVD−RAMやDVD−R/RW、DVD+R等)がそれに該当する。勿論パソコンのパーツレベルでの規格をあげれば 他にも例は幾らでもあるが、あまり一般的ではないので割愛する。
 こういった規格の乱立は市場を混乱させるだけでなく、シェアがものを言うため結果として価格競争に陥りやすい。それは消費者にとっては 決して悪い事ではないが、商品の寿命を短くしている事は間違いない。一気に広まって一気に冷めるという具合だ。

 さらに消費者が自分で製品を増設、組み替えしようとするようになったため、業界標準の規格というものにメーカーは対応しなければならなくなった。 例えば無線LANではIEEE803.11a/b/gという規格がある。これに反する規格の商品は、たとえどんなに性能がよくともメインストリームでは 成功しない。すると各メーカーは独自性を出す事が難しくなるから、どうしても価格競争に走るわけだ。

 これらは強力なデフレ圧力となる。日本にとって不運だったのは、中国の経済開放とバブル崩壊、そしてIT革命が重なって起こったことだ。これに少子化が 加われば、デフレは起こるべくして起こったといえよう。
 まして無駄な公共事業やそれを食い物にする天下り役人のために、増税(酒税やタバコ税はもちろん、社会保険料の値上げ、年金支給額の減少なども心理的には 実質増税と言えるだろう)が敢行されるのだから、さらに消費マインドが冷えるのは当然である。

◆ITの先には何がある!?
 ITは多くの雇用を生んだが、同時に多くの雇用を縮小させた。今後、さらにその傾向は強まっていくだろう。では我々の将来像とはどんなものになるのだろうか?
 残念ながら、今の私にはそれを断定する事はできない。しかし一つ、間違いなく言えることは、「パワーの収攬と分散」が同時に平衡して起こっているということだ。
 ソフトにしろハードにしろサービスにしろ、勝ち組は確かに存在しているし、そこに求められるスキルはより専門性を増す傾向にある。競争の激化によって、 企業はさらなる事業の効率化、有能な社員の収集/指導/育成に力を注ぐ事になるだろう。

 しかしその一方で、小売や問屋といった業界、あるいはデザイナーと呼ばれる人々は確実に規模が小さくなっていくはずだ。最終到達点はまさに個人だろう。 ネット上では誰もが僅かな資本金で開店できる。大量生産では大手にかなわないものの、オーダーメイドへの対応という点では圧倒的に個人経営が勝っている。 人を雇わない、家内工業的という業務形態は、手間のかかる仕事ではコスト的メリットが出てくるのである。
 こういった業界では、業界最大手数社のみが生き残り、他は潰れていく運命にあるだろう。そして大手がやらない仕事を個人が請け負うということになる。
 当然、その過程では労働人口の移動という事が起こるし、混乱もあるだろう。一時的に失業率も増えるはずだ。しかし失業率の上昇は、言葉を返せば労働人口の再編であり、 決して悪い事ばかりではない。
 そう考えると、我々が今イメージしなければならない事は、PostIT革命であり、労働人口が再編されたあとの社会である。その時、借金だけが残らないように するためには、無駄な公共事業等を考え直す必要があるのである。

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