◆Noと言えない諸国
ブッシュ大統領は最近、イラク攻撃をけん制しているフランス・ドイツに強い不満を口にしている。
その一方で、他の同盟諸国はイラク攻撃に賛同しているとも付け加えている。
もしそれが彼のパフォーマンスではなく、心の底からそう信じているとしたら鈍感としか言いようがない。
なぜか? イラク攻撃に慎重な態度を示している諸国は、イスラム教国家の一部を除けばドイツ、フランス、ロシア、中国といった、
国力が十分にある国々である。ドイツとフランスは単独ではとても太刀打ちできないため、協調してアメリカに臨んでいる。
逆を言えば、ドイツ・フランスに比べて経済的・軍事的に規模の小さいその他の欧州各国が、どうして面と向かって今のアメリカに「No」
といえるだろう。
国の規模からすればはるかに大きい日本でさえ、東アジアにEUのような枠組みがないため単独で「No」と言えず、
結局圧力に負けてイージス艦を派遣してしまったのだから。
アメリカ人には「世界の秩序を守る警察」という自負が少なからずある。民主主義国家で強大な力をもった我々は公正であり、
軍事的にも暴走しない。選挙によって国民に選ばれた指導者は、国民の監視の下、正義を実行するものだと疑わない。
しかし、我々が忘れてはならないのは、かつて世界の1/3を支配した大英帝国も、フランスも、いやはやナチスにドイツでさえも、
民主国家であったことだ。民主主義だからといって自国への利益誘導のための戦争をしないということにはならない。
民主国家が機能するのはその国家の中、つまり選挙権を持った人だけであり、決して蚊帳の外にいる人の正義まで
保障されるわけではないのだ。
今のブッシュ大統領が気にしているのは国内世論だけであり、アメリカの選挙に投票権を持たない同盟諸国の首脳の言葉には
全く耳を貸そうとしていないのが実情だ。
アメリカにとっての正義が同盟国の正義でなかった場合、あるいは全世界にとっての正義でなかった場合、
唯一の超大国は国際的に孤立することになる。
その結果、アメリカ至上主義的な政治手法が取られたならば、世界にとって大きな脅威になるだろう。
◆世界の警察の暴走
もしこのまま、同盟諸国の懸念を無視して戦争に突入したならば、ブッシュ大統領は北朝鮮の金正日をまもなく笑えなくなるだろう。
なぜなら自らが、裸の王様になろうとしているのだから。
アメリカに最も近い国イギリスでさえ、最近ブレア首相は早期のイラク攻撃に対しては慎重な発言をはじめていることの真意を
読み取れずに、どうして一国を裁くことができるだろう。
そもそも、国連安保理がたとえ認めなくともアメリカは戦うだとか、国連の査察調査団は無能なためにイラクの大量破壊兵器を
発見できないだけであり、証拠がなくとも爆撃するだとか言う強硬姿勢は、「世界の警察」の「警察権」を逸脱している。
警察は法の下に動かねばならないからだ。国際法も何も関係なしに、アメリカが決めたから実行すると言うのならば、何のための国連であり、
20世紀の2大世界大戦から学んだものは何だったのか? と問いたてる必要があるだろう。
今のブッシュ大統領がやろうとしている事は「近代警察」ではなく西部の「保安官」に近く、
もし近代思想的に表現するならば、<我こそが法>という「立法」、<我こそが唯一の正義であり裁く権利がある>という「司法」、
そして<誰が動かなくともアメリカは動く>という「行政」を手に入れた太刀の悪い、独善的かつ高圧的な警察長官と言えるだろう。
◆アメリカ経済のための戦争
さらに私は非常に危惧している事がある。アメリカの株価だ。戦争をするかもしれないという憶測が出ただけでハイテク株が上昇するのは、
ニューヨーク、ナスダック共に値を下げている現在では、市場にとっては蜜の味がするのだろう。
冷戦以降、軍縮によって苦しんでいる軍需産業にとっては受注に直結するためさらに好感の持てるニュースになる。
つまり、自国の経済浮揚のために戦争を仕掛けることが政権の大きな目的にはなっていないだろうかという疑惑である。
これでは、19世紀から20世紀に世界を席巻した帝国主義と何ら変わらない。
さらに、戦争はナショナリズムを高揚する。それはそのまま政権の支持率にも影響を与える。ボタンひとつで支持率を高める事が
できるなら、これほど楽な事はない。テロとの戦いがひと段落つき、一時は90%あった支持率は今や50%前後にまで落ち込んでいる。
打開策を考えて窓の外を見れば、イラクは世界第二位の石油埋蔵量を誇っておりしかも湾岸戦争以来の悪役である。
同盟国韓国との関係でミサイルを打ち込めない北朝鮮に比べれば戦争を仕掛けるには願ってもいない相手、ということになるわけだ。
イラクが国連の査察を過去にも妨害していた事実は覆しようのない事実である。しかし去年の年末からの急激なイラク攻撃への傾倒は、
何か他に理由があるはずだと思わせるには十分であった。
「アメリカの選挙が近づいてきた・・・。そろそろやばいぞ・・・」
という言葉が、もしかしたら世界の共通認識になるかもしれない。