◆崩れゆく理想と期待
史上最高とまで謳われた小泉内閣は、どうやら獅子のお面をかぶったできそこないであったようだ。
田中外相から「抵抗勢力」呼ばわりされて不貞腐れた小泉総理だが、その笑顔にもやは組閣当時の精悍さは微塵もなかった。
あの自信に満ちた笑顔はいったいどこへ行ってしまったのだろうか? 今では幻だったとしか答えようがない。
確かに、小泉内閣に自浄能力はないようだ。武部農水相の進退にしても小泉総理はあえて更迭というカードを切らずに済ましている。
いや、それは加藤氏や鈴木氏に至っても同様である。小泉氏は自分が矢面に立たされることを恐れるあまり、常に曖昧な発言をしている。
「進退については、政治家としてご自身が考えればよいこと」
マスコミから流されるこのコメントに落胆した国民は多いだろう。自分の意見すら述べられない総理に、抵抗勢力と戦うことが
できるのか疑問だ。
はっきり言えることは、彼が下した唯一の判断が、抵抗勢力の仇敵である「田中外相」の更迭であるということ。彼の本質をよく反映した行動ではないだろうか。
◆人気落ちて任期延びる!?
さらにご自分の絡んだ10年前の賄賂疑惑については、さらに醜態を見せている。
「10年前のことだよ。覚えているわけないでしょ」
とカメラの前で薄ら笑いを浮かべる姿は、ライオン丸というよりはぬらりひょんというほうが適当な形容である。
元社民党議員の辻元氏ではないが、度忘れ禁止法なるものを制定したほうがよいのではないか、と思った瞬間である。
もし小泉氏がホンネで政治ができる人だというのなら、是非ともこう言って欲しかったものだ。
「疑惑の金額なんて50万、100万程度でしょ。僕たち政治家にとっては菓子袋をもらう程度なのだから覚えているはずないだろう」
と。
かくして抵抗勢力と結びついた、というよりもそのものとなった小泉内閣は自民党から温かく迎えられ、長期内閣として存続していくのである。
◆同じ轍を踏む日本国民
私は今からおよそ10年前、自民党一党独裁打破が必ずしも夢ではないことを証明した内閣があったことを覚えている。細川内閣である。現在でも民主党の中には同内閣を高く
評価する空気がある。
細川内閣は当初、「新しい政治」「クリーンな政治」「変革」を掲げていた。非自民の総理大臣というモノ珍しさも手伝って、
組閣当時の支持率は異様に高く、アメリカでも共和党大統領から民主党大統領に代わったこともあり、日米ともに新しい時代が幕開けるものだと誰もが信じていた。
しかし結果はどうであっただろうか? 私の記憶の中に残っている変革といえば、マスコミからの取材を受ける細川氏のスタイルぐらいである。
ホワイトハウスの報道室を髣髴させるテーブルの後ろに立ち、マスコミを指差して質問させるあの光景だ。
悲しいことに、細川氏は選挙には勝ったが政治では勝てなかった。そもそも彼には自分の理想を実現化するためのプロセスがなく、
総理大臣になってからは「それはこれから...」だの「まだ分からない...」だのといった言葉を連発させることになる。
ついたあだ名が「ファジー(曖昧)」である。
賢明な読者ならもうお分かりだろう。そう、今回の小泉内閣と10年前の細川内閣は、まさに同じ穴の狢(むじな)なのだ。
細川氏は、結局過去のダークな点をマスコミに指摘され支持率が急勾配で低下した。
「私だけがクリーンだとはいえない」という名文句を残して政界を去ることにもなった。
これを現内閣の小泉内閣に当てはめるとどうなるだろう? 彼はイメージ先行で総理大臣に上り詰めた。しかし、中身は伴わなかった。重要な件では
コメントを控え(ファジー)、政策では不良債権と失業率の増加を前にすっかり自信を失っている。
さらに、マスコミの過去を暴きだす標的にもなっている。国民的アイドルよりも高かった支持率は今や当初の半分程度まで落ち、さらに下落の様相を呈している。
状況はあまりにも酷似している。筆者は予測しよう。小泉内閣の支持率は今後1〜2ヶ月の間に現在より2〜3割急落するだろうと。
ただしだからといって小泉内閣が細川内閣のように短命に終わるとは考えていない。小泉氏の抵抗勢力への回帰は自民党内部だけでなく、建設業界や農業従事者からも
温かく迎えられるはずだからだ。
そこが野党だった細川氏と与党の小泉氏の決定的違いである。
細川内閣時に抱いた希望と失望を、日本国民はもう忘れてしまっているようだ。まだまだお人よしなのかもしれない。
どうやらもうしばらく、日本の政治は冬の時代が続くだろうと筆者は予測する。