「月夜の呟き」――ver.晴明――






 月が、出ている。
 満月だ。
 真っ暗なハズのこの世界を、月の光が照らし出している。
 美しい、月夜―――
 今頃、博雅は、何をしているだろう。
 いや、きっと博雅も、この月を眺めているにちがいない。
 濡れ縁に座し、うっとりと眺めているのだろう。
 あるいは、葉二を奏でながら、落涙しているのかもしれない。
 その様を想像し、晴明の紅い唇が、微かに笑みを形づくる。
「ふふ」
 杯に入った酒を、ぐっと一息に飲み干し、また月を見あげる。
 今宵の月は、笑んでいる―――
 そんな気がするのは、博雅のことを想っているからだろうか。
 博雅のことを想い(考え)ながら飲む酒は、たとえ一人で飲んで
いようとも、なぜか旨(うま)いのだ。
 その『なぜ』を、もちろん晴明は、知っている。
 しかし、それは言えぬのだ。
 何があっても、言えぬのだ。
 それでも晴明は、微笑んでいた。
 心の中で呟きながら、微笑み続けていた。


「何よりも、誰よりも、この世の中で、博雅だけが、愛しい―――」









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