なんとな〜く山日記
(2003年)
 by 「ヴァーチャル クライマー」GAMO
根が不精なので、簡単なコメントだけつけてみました。ちゃらんぽらんでスイマセン。

 
【2003年】
月 日
山 域
日 程
形 態
メンバー等
備 考
12/20
日光白根山日帰り
日帰り
単独敗退!
11/1〜2
多摩川遡行6日目1泊2日テント泊単独
10/4
大丹波川真名井沢日帰り
日帰り
単独
9/27
後山川青岩谷日帰り
日帰り
単独
7/27〜8/7
ヨーロッパアルプス11泊12日山小屋、ホテル泊ツアー モンブラン、
マッターホルン登頂
7/18〜21
富士山再び夜行2泊山小屋泊単独高所順応
7/12〜13
三ツ峠1泊2日山小屋泊講習会クライミング
6/27〜29
三たび富士山夜行1泊避難小屋単独高所順応
6/21〜22
また富士山1泊2日テント泊単独高所順応
4/27
富士山日帰り
日帰り
単独
3/22〜23
鳳凰山1泊2日冬期小屋泊単独
2/8〜11
黒沢尾根3泊4日テント・雪洞泊長野県山岳総合センター講習会
1/18〜19
安達太良山1泊2日山小屋泊単独濃霧でした

 
 
山 域
日光白根山
年 月
2003年12月20日(土) 敗退日帰り
形 態
単独行
天 候
雪のち吹雪
コメント
10:50
湯元スキー場リフト終点
クリスマス前だというのに妙に人気の少ないスキー場。誰も乗っていないリフトで終点まで行き、そぼ降る雪のなか登山道へと分け入る。幸い新しいトレースがついているが、昨夜から雪が降っているようで、新雪は歩きにくい。
11:50
3パーティほど追い越して順調に前進。4人パーティに道を譲ってもらい、その前にいた単独行者の後に付く。と、「お願いしていいですか?」と言うので見れば、そこから先はトレースがない。ここが先頭だという事実に今気づいた。ここまでのお礼を言って先頭に立つ。
浅いところでヒザ上、深いところでは腰という雪のなかをラッセル。ラッセルについてちゃんと習ったことがないので、本で読んだりTVで見たラッセルを見よう見まねでやってみる。急坂では目の前が雪。ピッケルで崩して、腹とヒザで固めながら一歩一歩進んでいく。とりあえず10分ほどラッセルして「ふぅ〜」っと大きなため息をついて後ろを振り向くと、誰も付いてきていない。お〜い、どこ行ったの〜。
仕方なくそのままラッセル継続。ラッセルのシンドさを実感。幸い赤布やリボンが多めに付けられているので、ルートを誤る心配はなさそうだ。 降雪が少しきつくなってきて、風がだいぶ出てきた。足場も悪いので、とりあえずラッセルラッセルで、稜線を目指す。後続部隊は一向にやってこない。誰か代わってくれないかなぁ。
13:30
稜線
1時間半くらいしてようやく1人追いついてきたので先頭をお願いしたら、ほどなく稜線に出た。風が一層きつくなり、吹雪に近い状態になっている。ここまで3時間弱。予定を1時間近くもオーバーしている。ここから宿泊予定の五色沼避難小屋までもともとの予定でも2時間半〜3時間。マズイ、日が暮れる。困ったことに、怠慢こいてテントを置いてきただけに、日没は致命的だ。
稜線に出てからは平地ラッセル。これも結構きつい。吹雪で視界は悪くなるし、マツゲに雪が付いてこれまた視界を邪魔する。まばたきすると上と下の雪がくっついて、時々まぶたが開かなくなる。やばいなぁ〜。稜線に出たところで一緒になった4人パーティは、あきらめてここで幕営するとのこと。
幸い(?)別の5人パーティーが来て先頭に出てくれたが、ラッセルは遅々として進まない。このままでは間に合わない!停滞を考えツェルトでビバークできそうな場所を探すが、この風ではとても無理。・・・・・やむを得ない。撤退じゃぁ〜。
14:00
下山開始
後続パーティと逆にすれ違い降りていく。ほどなくすれ違う人もいなくなると同時に、早くも雪でトレースが消えかけている。転がるようにして降りていくと、雪も一緒についてきて雪崩のようだ。吹雪も相変わらずで全身雪まみれ。とはいえ、あまりゆっくりもしていられない。
15:20
リフト終点
天候のせいで辺りは暗いものの、まだまだ大丈夫だという時間にリフト乗場に着いた。あとは麓で温泉に浸かるだけ。ムフフ。さて、リフト乗場係の親父に乗せてほしいとお願いすると、これは登り専用で下りは乗せられないとか、登山道で降りてくれという。オイオイ!スキー場のリフト係といえばふつーニィチャンだろうが!いや、そうじゃなくって、動いてんだから乗せろよ、ジジィ!! とはいえ、決まりは決まり。仕方ない。歩いて降りるか。
再び登山道を行く。が、ここからが本当の災難だった。降り続ける雪、登りに使われていない登山道、緩い傾斜・・・そう、これまで以上にきついラッセルが待っていた。リフトを右上にみながら腹まである雪を掻き分けるが、1分間に5mくらいしか進まない。もう少し進めば雪も浅くなる、楽になるはずだと信じて進むが、このペースでは目の前の景色はずっと変わらない。ここは本当に登山道か?振り返ると、吹雪の先、雪原に中に自分のラッセルの後だけが続いている。既に30分以上漕いでいるはずなのに、その距離はわずかでしかない。これってもしかしてマズイのでは。次第に焦り始める。ふと気付けばリフトも止まっている。
急遽方針を転換して、右手上方に見えるゲレンデまで登ってしまうことにした。ゲレンデなら雪も締まっていて歩き易いに違いない。右に90度進路を変更し、ゲレンデ脇のガケ?風のところを攀じ登る。が、ゲレンデまでの登りは予想以上に急だ。雪を掻いても、掻いた以上の雪が上から雪崩れてくる。どうにも登れない。おまけに辺りが暗くなってきた。朝からの疲労で足も重い。ヤバイ!マジでヤバイ!スキー場で遭難か!?
散々無駄な時間を費やした挙句、最後の手段、急がば廻れだ。今来た道を引き返し、リフト終点まで登り返すしかない。既にラッセル跡に雪が降り積もっているなか、再びリフト終点に向かって重い体を運ぶ。来た道を戻るだけなのに、今の自分にはそれでもシンドイ。ようやっとリフト乗場に辿り着いた時にはヘロヘロになっていた。さっきこの場所に立ってから、1時間以上が経過していた。
16:30
再びリフト終点
あとはゲレンデを降りるだけ。どってことない。ただ、既に辺りは暗く、相変わらずの吹雪、体力もわずか。惰性でフラフラと下山を開始した。ゲレンデ閉鎖後に降った雪で、くるぶしまでは沈んでしまう。ライトを出すのが面倒でそのまま歩いていたせいか、ホワイトアウトの中にいるような、ちょっと夢遊病者的世界。雪の沈み込み具合と、左右にぼうっと見える木々の亡霊を頼りに、ゲレンデを下る。動力は重力だけの世界。頭の中では、温泉入りてぇなぁ・・・とそれだけを念じながら歩いていく。テント持ってきゃ良かったなぁ、実はスパッツも忘れてたんだよねぇ、今日1日の失敗が去来する。
17:15
山麓 着
なんでこんなに時間がかかったんだろうと、と訝りながらも山麓到着。どこでもいいから泊めてくれ〜、ってな調子で手近な宿に突撃。チェックイン後温泉に猛ダッシュし、凍った体を融かしたのであった。ふぅ〜、極楽極楽。ちなみに家に帰ってから鏡を見たら耳の先が赤黒く変色していた。凍傷だ。
多くの失敗、これを糧に次の山へ向かうことにしよう。

 
 
山 域
多摩川大丹波川真名井沢
年 月
2003年10月4日(土) 日帰り
形 態
単独行
天 候
晴れ
コメント
7:35
川井駅
今回は電車と歩き。自家用車やバスを使わずに行けるのが、真名井沢のいいところ。だが、川井駅からの道を間違え、ふと見れば清東橋。お陰で、普通なら50分で済む距離を、倍の100分もかかってしまった。
9:30
とりがや橋
ガイドブックでは、魚止ノ滝まで足ごしらえは不要との記述も見られるが、最初の渡渉でイキナリ滑ってこけたので、早々に渓流シューズに履き替える。確かに序盤は川に近いような平凡な沢が続く。倒木が結構多く、部分的には荒れた感じ。それでも、魚止ノ滝の手前辺りから快適な小滝が現れ始め、足ごしらえは早めにした方が良い。
10:25
二俣&魚止ノ滝
二俣と魚止ノ滝は、目と鼻の先。魚止ノ滝は、真名井沢で最も大きな滝とのこと。5mだが、しばし見入ってからいざ!と思ったら、滝の右側だというルートは、どう見てもシャワークライミング。ずぶ濡れにはちと寒い季節だし、高さもそれなり。あっさり巻く。
魚止ノ滝手前から奥の二俣までは気持ちの良い小滝の連続。水飛沫ににやつきながら、小気味良く滝を遡る。
11:10
奥の二俣(11:20〜11:35昼食)
奥の二俣を過ぎた辺りから、倒木が増え始め荒れた感じがしてくる。次第に水量が減ってくると三俣に到着。
11:40
三俣&源頭
この日は左俣以外は涸れていた。そこで、左俣を選んだが、そこもほんの数分で涸れ沢に。そこから真名井沢の頭までが辛い。道なき道を、ひたすら高みを目指して登って行く。ズルッと崩れる柔らかい土を踏みしめる。あえぐこと30分。左手が登山道っぽいので登って行くと、真名井沢の頭から古里へと向かう登山道にぶつかった。5分ほど歩いて真名井沢の頭に到着。
12:20
真名井沢の頭(休憩・着替え後12:50発)
川乗山まで足を延ばそうかとも思ったが、面倒くさいので止めた。ノンビリ休憩し、下山。
14:25
古里駅
2週続けての沢で天気は上々。人気の沢とのことだが、1人も見かけず。これといった見所もないのは残念だが、難しいところもなく時間も手頃。初心者にはもってこいの沢だった。

 
 
山 域
多摩川後山川青岩谷
年 月
2003年9月27日(土) 日帰り
形 態
単独行
天 候
晴れ
コメント
8:25
青岩谷出合
今回は、初の単独での沢ということもあり、初心者向けで短めの沢。スタートしていきなり朽ち木を踏み抜き胸を打った。沢の倒木は要注意。青岩ノ大滝までは平凡な沢、直登するにはやや水量が多いが、飛沫を浴びながら流れのすぐ横の岩を辿る。
9:35
青岩ノ大滝
このコースの見所の1つ、2段25m青岩ノ大滝。たしかに立派だ。が、青岩ノ大滝の巻き道は結構大変。左岸のザレ場を登るのだが登り難いことこの上ないうえ、ルートも分かり難い。時々ずり落ちそうになって危なかった。巻き道通過に15分もかかる。
10:15
魚留滝
左岸をへつっていたら滑って滝壷にドボン!まぁ滝壷だからいいようなものの、これがちょっとした岩場だったらかなり危険である。油断?禁物。
10:55
二俣
青岩ノ大滝から二俣までは、小滝とナメの連続で暑い日ならたまらない感じ。
11:15
源頭(昼食、11:30発)
二俣からは水量が減り、その分軽めのシャワークライミングを楽しめる。源頭付近で昼食。11:30に出発。
11:55
登山道(休憩、着替え後12:15発)
源頭から登山道までは涸れ沢で藪漕ぎもないため楽チン。
13:10
三条ノ湯(13:35発)
雲取には寄らず、一気に三条ノ湯へ。登山後の温泉はたまらない
13:10
青岩谷出合
今日は、天気も上々、9月ゆえ水も冷た過ぎることもない。大滝はあるし、温泉もある。また、直登できる滝も結構多く、平凡な沢ながら面白かった。が、滝壷落ちるわ、朽ち木は踏み抜くわでミスだらけ。個人的には、多くの教訓を残した沢だった。

 
 
山 域
富士山再び
年 月
2003年7月18日(金)〜21日(月) 夜行2泊
コース
19日 7:40五合目(富士宮口)→10:10富士宮口側山頂、山口小屋泊
20日 お鉢巡り、山口小屋泊
21日 4:45山口小屋発→5:00富士宮口山頂→6:20五合目
形 態
山小屋泊、単独行
天 候
19〜21日 晴れ
コメント
ヨーロッパアルプス直前。体力の最終確認と高所順化が目的。
山開き後で人の多さが懸念されたが、所々人が詰まる場所はあったものの、さほどの混みではなかった。
初日、ヨーロッパを想定し、ノンストップのスピード登山を敢行。五合目から富士宮口山頂まで2時間半は我ながら上出来。が、富士宮口側の山小屋はどこも予約なしでは泊まれず、富士吉田側の山口小屋に宿泊。夕飯、就寝までの長時間を読書して過ごす。
2日目、高所順化のための1日。とはいえずっとボケーとしているのも何なので、とりあえずお鉢の回りを1周。それでも当然時間は余るので、また読書をして過ごす。高山病は全く出ず、快調そのもの。
3日目は帰るだけ。早々に下山。
準備は万端。後は本番を待つばかり。

 
 
山 域
三ツ峠
年 月
2003年7月12日(土)〜13日(日) 1泊2日
コース
12日 10:00登山口→12:00三ツ峠山荘→屏風岩、登攀訓練→16:00三ツ峠山荘
13日 午前中室内にてロープワークの練習→10:00練習→14:00下山
形 態
山小屋泊、講習会
天 候
12日 曇、13日小雨のち曇
コメント
ヨーロッパアルプスに向かうための岩登講習会に参加。今回は、ツアー会社であるアトラストレック社が、マッターホルンに登る人に対して参加を義務付けているもので、いわばツアー参加のためのテストのようなもの。ツアー会社としても、大げさに言えば人の命を預かるので、マッターホルンが無理だと判断すれば、ここでダメ出しをするということらしい。
初日は昼頃には三ツ峠山荘に到着し、午後一杯練習。屏風岩のリーダーコース、都岳連コースなど、初心者用コースをトップロープで何度となく登る。
翌日は朝から小雨。とりあえず室内でインクノットだのダブルフィッシャーマンズノットだのといったロープワークのお勉強。
雨が止んでからは、比較的傾斜の緩い岩場で、懸垂下降やクライムダウンの練習。2日間で基礎の基礎を復習した形となったが、初心者の自分にとってはむしろこの方が有難い。
とりあえず、マッターホルンのダメ出しはなく、これでまた1歩前進。

 
 
山 域
三たび富士山
年 月
2003年6月27日(金)〜29日(日) 夜行1泊
コース
28日8:00五合目(富士宮口)→11:00八合目、富士山衛生センターにて停滞(泊)
29日5:05発→6:10富士宮口山頂→6:30〜7:15剣ヶ峰→9:00五合目
形 態
避難小屋、単独行
天 候
27,28日 曇のち雨、29日晴れ
コメント
2週間連続での富士登山となる今回の目的は、ズバリ高所順化。ヨーロッパアルプスに向けて、少しでも多く富士山に登り、少しでも長く高い場所にいることが重要。
そのために、金曜日の夜0時頃家を出て、車で五合目まで来て車内泊。翌朝ノソノソと起きだしてきて出発とした。
朝から天気は今いち。富士山に来れるチャンスもそう多くないため、敢えて出発。ほどなく雨が降り始め、風とともに雨脚も強くなってきた。
途中すれ違った下山者が、雨と風のため、小屋の人から登山禁止を言い渡されたという(小屋開きのために上がっているだけで、当然小屋は営業してません)。そこまでするか!?と思いつつ、行ける所までと思い進む。
上に上がるにつれて雨はどんどん強く、風はびゅんびゅん激しくなっていく。真っ直ぐ歩くのも辛い。
八合目で避難小屋風の富士山衛生センターで雨を凌げることがわかり、そこで停滞。雨が弱まったら出発するつもりでいたが、強い雨は変わらず。そのままそこで1泊することに。
翌朝、雨はさっとあがり晴れ空。早々に出発し、1時間ほどで山頂に到着。
結局、山頂にいた時間はさほど長くなく、高所順化への度合いは不明であるが、一応の目的は果したと言えよう。

 
 
山 域
また富士山
年 月
2003年6月21日(土)〜22日(日) 1泊2日
コース
10:00富士吉田口2,275m→10:17六合目2,390m→11:07七合目(トモエ)2,720m→11:50八合目(太子館)3,100m→12:23元祖室3,250m→12:55御来光館3,450m→13:15鳥居3,550m→13:40久須志岳3,700m(泊)
7:40発→9:50富士吉田口
形 態
テント泊、単独行
天 候
21日 快晴、22日早朝曇のち晴れ
コメント
富士山再び、ということで、今回は山頂でノンビリ1泊が目的。
あわよくば満天の星空の下ビバークでも・・・と甘く考えていたら、気温10℃程度に強風で体感温度は零度並み。ビバークどころではない。テントを設営し、風を凌ぐ。お鉢に沿ってテントが点在。皆、観光客がどっと押し寄せる前の、かすかな静けさを楽しんでいるようだ。
せめて満天の星と御来光と思っていたが、夜から頭痛が・・・。どうやら高山病らしい。たかが富士山で情けない。トホホホ。
結局、飯も途中で残し、頭痛のために寝富士となってしまった。無念。
このシーズンの富士で驚いたのは外人の多さ。3人に1人くらいが外人さんである。ま、7,8月に登るよりは、日本に失望しなくていいだろう。

 
 
山 域
富士山
年 月
2003年4月27日(日) 日帰り
コース
富士スバルライン五合目(河口湖口)7:00→7:30六合目→9:55元祖室
→9:17本八合→11:45山頂(久須志岳)→14:40五合目
形 態
単独行
天 候
27日 早朝曇&霧 のち晴れ
コメント
朝、というより丑三つ時の深夜2時起床。2時半に出発して、一路車で富士山麓へ。4時半には富士スバルライン入口に到着。 が、富士スバルラインの営業は6時からだそうだ。ガッビ〜ン。仕方なく車内で仮眠。出足から躓く。
朝食を取り、スバルラインを通って五合目へ。わずかながら霧雨が降っている。朝っぱらから観光客もいる。物好きなものだ。
7時前出発。既に雪がある。霧も濃い。御岳、安達太良とどうも霧に見舞われることが多く、その度に失敗してきたが今回もその轍を踏んでしまった。
霧の向こうに六合目の建物がボンヤリ見えたところで、先行者の足跡に沿って右上に登る。が、これが間違いの始まりだった。
霧で周りが見えないが、だだっ広い雪また雪。登山道もなくひたすら急登が続く。これが富士山なのか!と感心したが、何のことはない私が登ったのは吉田口登山道の右側にある大雪渓だったのだ。冬富士ではないため、蒼氷はなくザラメ雪状態。よほどひどいコケ方をしない限り滑落の心配はない。真冬だったら恐いだろうなぁ、と思ったがこれも私の勘違い。その横に、ちゃんとした登山道があったのだ。
恐かったのは上からの落石。コブシ大の石が1分間に2,3個落ちてくる。時折、人の頭ほどの石がうなりをあげて通り過ぎるので、常に前方に注意を払っていなければならない。
急登は続く。ザラメ雪の中をキックステップで登っていたが、きつくなってきた。この状態ではアイゼンは効かないと思いつつも、滑ると恐いのでやむなく足場を切りアイゼンを装着。そのとき、上方から風を切るうなりが聞こえてきた。はっと頭をあげると、落石がすぐ近くまで迫っていた。ふー、危ない危ない。
六合目を過ぎてから2時間ほどで霧が晴れ始め、ようやく間違った場所を登っていたことに気付く。結局2時間半ほど苦闘した揚句、元祖室で一般登山道に合流。
そこからも急登が続くが、霧はすっかり晴れ、他の登山者もちらほら見える。あとはひたすら登るだけだ。もともと日帰りの予定で荷が軽いせいか、シンドイとはいえなんとかなる。自分の体をだましだまし登り続ける。
11:45ようやく久須志岳に到着。4時間ほどでの到着を目指したが、50分もオーバー。まだだま体力不足を痛感。
帰路は雪渓をシリセードで一気。これは楽チンだ。
今回の春富士は、雪山テクの確認と体力チェックが目的。冬富士をイメージして登っただけに、技術の確認にまでは至らなかった。風もたいして強くなかったせいもあろう。富士山にはいずれまた違う形で登ることとしよう。

 
 
山 域
鳳凰山
年 月
2003年3月22日(土)〜23日(日) 1泊2日
コース
夜叉神峠登山口9:00→10:00夜叉神峠→14:00苺平→14:50南御室小屋(泊)
南御室小屋7:10→8:40薬師岳→9:40観音岳10:00→12:00南御室小屋12:30 →16:00夜叉神峠登山口
形 態
山小屋冬期開放小屋泊、単独行
天 候
22日 曇りのち雪、23日快晴
コメント
木曜日に芦安村にtel。南アルプス林道は山の神から先は通行止めだと言う。これを聞いて、21日から行く予定をつい中止してしまった(軟弱!)。21日に再度電話すると、今日から解除されたという。言うことがすぐに変わるのはなんでだろう?
車で現地に向う。が、山の神〜夜叉神峠登山口間に雪はほとんどない。これで通行止めにしていたのはなんでだろう?
登山開始。すると、驚くほどハッキリしたトレースがついている。これでは夏道と変わらない。振り返ってみれば、3連休にも係らず2日間で4パーティしか出会わなかったのに(夜叉神峠往復組を除く)、こんなにトレースがしっかりしているのはなんでだろう?
昼前から雪がちらつき始めるが、視界は悪くない。苺平手前でバテたが、3時前にはなんとか南御室小屋に到着。折角テントを担いできたが、疲労と寒さで安易に冬期開放小屋へ(軟弱!)。この冬期小屋というのが3畳しかない。こんなに狭いのはなんでだろう?
翌朝は、前日の雪で消えかけたトレースを辿って薬師岳へ。疲れが残っているのか体が重いが、白鳳三山の眺めが元気を与えてくれる。どうでもいいことだけれど、「白鳳」というのはなんでだろう?(無理やり疑問形にする必要はないと思うゾ!)
奇岩の連なる薬師岳、さらに薬師岳から観音岳へ。ここでもう完全にバテバテ。山頂からは、白鳳三山だけではく、甲斐駒や八ツまでよく見える。甲斐駒の手前右には地蔵岳のオベリスク。でも、そこまで行く元気もない(軟弱!)。
結局、山頂で30分ほどノンビリ過ごし、逡巡した揚句、下山に決定。夜叉神峠登山口まで一気に降りた。
今回は雪山にしてはかなり快適。にも係らず、体力不足で軟弱な山行となってしまった。持っていったテント、アイゼン、ワカン、ピッケルは全て使わず(これでも雪山か!)。山域、天候も睨んだ装備携行が必要かもしれない。これまた次への課題である。

 
 
山 域
黒沢尾根
年 月
2003年2月8日(土)〜11日(火) 3泊4日
山 域
長野県山岳総合センター→サンアルピナ鹿島槍スキー場→1599m地点→1665m地点→スキー場
形 態
長野県山岳総合センター・テント・雪洞泊、講習会
コメント
今回は長野県山岳総合センターの講習会「雪山の歩行と雪洞の作り方」に参加。メインの目的は、昨シーズンの都岳連講習会でメニューに入っていなかったワカン歩行と雪洞作りのマスター。
訓練地は鹿島槍ヶ岳の山麓、サンアルピナスキー場の上部にある黒沢尾根。これといった夏道もないルートである。
4日間の主なメニューは以下の通り。
○第1日目  ・座学:雪山入山の基礎知識   ・パッキング
       ・食糧計画の策定と買い出し
○第2日目  ・ワカン歩行          ・雪質観察
       ・弱層テスト          ・読図
○第3日目  ・雪崩ビーコンによる捜索方法  ・ゾンデ棒の扱い方
       ・雪洞作り
○第4日目  ・下降技術
2日目、濃霧の中での読図訓練は大変参考になった。
3日目、7人で2×5m程度の雪洞を作成。天気が良かったため、雪洞のありがたみを痛感!というわけにはいかなかったものの、その雰囲気を堪能。
今回初使用となった羽毛810gの厳冬期用シュラフも活躍し、非常に有意義な講習会であった。加えて、本講習会は3泊4日で、山での食費も入れてたった18,000円。さすが長野県が運営している山岳総合センターの講習会だけあってお得である。

 
 
山 域
安達太良山
年 月
2003年1月18日(土)〜19日(日) 1泊2日
コース
安達太良山(あだたらスキー場→くろがね小屋→山頂→あだたらスキー場)
形 態
山小屋泊、単独
コメント
初級者用の冬山。途中には温泉付の通年営業の山小屋。ハッキリ言ってなめていた。しかし天候が悪い時の冬山がこんなに恐いものだとは思わなかった。
(教訓1:初心者は雪山をなめてはいけない)
初日はスキー場からくろがね小屋まで2時間足らず。トレースもはっきりしており軽いもの。その日は小屋の温泉に2度入浴。あー、極楽極楽。
翌朝、天候悪し。夜半の強風でトレースも消えかける。それでも峰の辻までは赤布が50m間隔でさしてあるとのこと。雪もさして深くない。とりあえず出発。2つ先の赤布が見えるかどうかという視界のなか進む。
峰の辻を過ぎて直進ルートを進むが、そこからは赤布もトレースもない。視界が悪く山頂がどっちかもわからない。一旦峰の辻まで引き返す。次に稜線に出る夏道を辿るがやはり途中からルートがわからない。しばし彷徨し、再度峰の辻まで引き返すことに。
(教訓2:道がわからなくなったら、素直に引き返そう)
峰の辻に戻る途中、15名程の大パーティと出会った。その中に偶々知り合いがいたので、お願いして後ろにつかさせてもらった。
(教訓3:大パーティの後ろは楽チンだがつまらない)
再び、稜線へと出るルートを探すが、天候は相変わらず悪い。リーダー、サブリーダーが集まって、地図とにらめっこをしながらルート探索。結局、大パーティは撤退することに決定。そりゃまぁ、大勢いるからといって、遭難しないとは限らないもんね。
(教訓4:赤信号、皆で渡れど、轢かれるよ)
1人残された私。とりあえず稜線に出てみることにして、磁石で方角を確認しながら直上。5分程で稜線らしき所に出た。風が強い。目印とするため、近場の岩の雪を掻き落としケルンを積む。そこから稜線沿いに南へと向う。強風のため気をつけて歩かないと稜線から外れそうだ。
10分程歩き指導標を発見、ひと安心。エビのシッポが付いていて指導標が見えない。さらに5分で山頂直下到着。東側をトラバースしようやく山頂に到達。御岳に続く2連敗をまぬがれ、思わず安堵。しかし、この油断が失敗だった。
強風から逃れるように、急ぎ帰途へ。来た道を戻るだけと思うが、相変わらず視界が悪く、しかも稜線上は風で雪が固まっており、トレースも残っていない。とりあえず、稜線と思しき所を下るが、今いちどこがルートか判然としない。それでも、方向はあってるはずだと思いひたすら下る。
先ほどの指導標がなかなか出てこない。「おかしい」と思い磁石を出すと、北へ向かっているはずがいつのまにか北西に進んでいる。マズイ!稜線があるはずの右手に目を向けるが、ガスで判然としない。どうも道を間違えたようだ。
確かに右側の方が高そうだ。稜線に戻るべく、進路を右に変え登り始める。が、思うように進まない。なぜか雪にはまり込み、その下の這い松に足をとられる。自分の位置を見失った焦りばかりが先行し、徒らに体力を浪費する。思わず「遭難」の2文字が頭に浮び、妻と子の顔が脳裏をよぎる。
(教訓5:こんな時、間違っても愛人の顔など思い浮かべてはいけない)
しょっちゅう転びながら、ただひたすら、がむしゃらに登り、疲れきった頃に稜線へ出た。間違いない。ここがルートだ。ホッとひと安心。
今度は間違えないように、左手に磁石を握り、方向を確認しながら歩く。磁石は終始北を指している。
(教訓6:磁石ってスゴイ!!)
今度は左からの強風。這い松に付いたエビのシッポの中、ひたすら北を目指す。しばらく行くと、来る時に積んだケルンを発見した。やった!これで無事帰れるはずだ!
(教訓7:備えあればウレシイな)
磁石で方向を確認しながら、峰の辻へ。あとは赤布沿いに戻るだけだ。
今回は反省点も多く、経験不足を露呈した山行だった。