外惑星聯合 第一回例会 顛末 |
甲紀20年10月25日
アナンケ山寺攻略従軍徽章
前後方トロヤ連合軍総司令官
村田<従五位下治部少輔>健治
秋風吹く、山形の街へ降り立った私は、足早に外聯代表部ビルの門をくぐった。 衛兵の鋭い誰何の声に、黙って書類を差し出した。 入念なボディーチェックを終え、二時間後、 私は少し肌寒い無機質な部屋へと案内された。 デスクの向こうにいた人物が顔をあげた。連絡士官の阿部氏だった。 外惑星聯合は反乱組織だが、実質的には人外協のML上の支部のようなものだった。 連絡士官は本部からMLの管理を任されていて、 事実上は肩書きより遥かに強い権限をもっていた。 私は黙ったまま阿部氏に視線をすえた。 外交用の穏やかな眼だったが、その奥にはかすかな苛立ちを隠していた。 デスクをまわってきた阿部氏は、如才なく私にソファを指し示した。 握手をしようという気はないらしい。 もっとも手をさしだされても、私はそれに応じるつもりはなかった。 外聯代表部ビルに入ってからの対応に、不信を感じていたからだ。 どうも外惑星聯合というのは、何を考えているのかよくわからない。 阿部氏と向かいあって腰をおろしながら、私はそんなことを考えていた。 阿部氏は、じっと私の顔をみつめながらいった。 「用件をうかがおう」 私は怪訝な思いを隠せなかった。 いわれたことの意味が、とっさにはつかめなかったのだ。 「どういう意味だ?それは」 意識したわけではないが、声に凄味がでていた。 しかし阿部氏は、動揺した様子もなく言葉をつづけた。 「だから私をたずねてきた理由を、うかがうといっているのだ。どんな用件かな」 私はわずかに視線をそらした。 不快そうな感情が、相手につたわるのをおそれたのだ。 私は乾いた声でいった。 「同盟の締結にきているのに、どんな用件かはないだろう。 それともトロヤ軍と同盟を結ぶ気はないというのか」 「そうではない。だが、事実関係をいわせてもらえば、 トロヤ軍から参戦の表明はあったが、同盟の申し入れは受けていない。 トロヤ軍は独自の道を進むと思ったのだ。他意はない」 事務的な口調でいった。 私は、じろりと連絡士官をにらみつけた。 外交用のやわらかな物腰など、とっくに消えていた。 だが阿部氏は、そんな私の変化を無視したように言葉をついだ。 「念のためにいっておくが、外惑星聯合はトロヤ軍など戦力として考えていない。 外惑星聯合の一員として活動したいなら、今後は私の指示にしたがってもらう。 それが守れないようであれば、聯合への参加を認めない可能性もある。 それから……緊急の用件があるとき以外は、連絡もしなくていい。 新しい作戦があれば、こちらから連絡する」 私は言葉を失った。こんな高飛車ないい方をされるとは、思ってもいなかった。 呆気にとられて、腹をたてることも忘れていた。 これではまるで、喧嘩を売っているのとかわらない。 時間がたつにつれて、腹の奥からどす黒い怒りがこみ上げてきた。 私は初めて罠にはめられたことを知った、 事前交渉での外聯主席からの強い要請により、かすかな不安を感じながらも、 山形入りを前に参戦を宣言してしまっていたのだ。 トロヤ軍に単独で戦闘をおこなう能力はない。 ソファに腰を降ろしたまま、私達はにらみあう格好になった。空気が凍りついた。 沈黙を破ったのは、中谷女史だった。 ノックの音とともに飛び込んできた中谷女史は、阿部氏を確認するなりいった。 「失礼、山寺の防衛隊からです。山寺が攻撃された模様です」 私はおどろいて中谷女史をみた。阿部氏も混乱をかくせないでいた。 中谷女史はみじかくいった。 「私はこれから山寺にむかいますが、かまいませんね」 阿部氏は立ち上がりたずねた。 「被害の状態はどうなんだ。仮装巡洋艦は?」 中谷女史は首をふっていった。 「それほど深刻な被害ではないようです。仮装巡洋艦についてはわかりません」 さらに言葉を続けようとする阿部氏に、敬礼をして中谷女史はいった。 「申し訳ありませんが、私はこれで失礼します。 状況をみて対策をたてる必要がありますので。 山寺の様子は、あとでお知らせします」 「待ってくれ。私もいっしょにいく。 山寺には我が軍の仮装巡洋艦が回航しているはずだ」 反射的に言葉が口をついていた。それから私は、阿部氏にむかっていった。 「さきほどの話は、了解しました。 とにかく、同盟については政府首脳とも協議した上で決めたいと思います。 協議の結果は、あとで連絡するということで」 そういってから、返事もまたずにオフィスを飛び出した。 すでに中谷女史は通廊を先に立って歩いていた。 追いついた私は、肩をならべるようにして歩きながら声をかけようとした。 だがそれよりも先に、中谷女史がいった。 「最初にいっておきますけど、山寺は被害など受けていませんよ。 せいぜい、天蓋の塗装が剥げただけです」 そういって微笑んでみせた。それから、怪訝な顔で振り向いた私にいった。 「ああでもいわなければ、司令はオフィスから出られませんでしたよ。 曖昧な返事では満足しませんからね、阿部士官は」 私は、かすかに笑いを返した。 「ご親切にありがとう。だが、どうしてそんなことをしたんです? ただの親切とは思えないが」 「小惑星諸国を引き入れてもらいたいんですよ、トロヤ政府には。 あんな強引な外交をしていたら、中立諸国まで敵にまわすかも知れない。 それが連絡士官にはわかっていないんです……。 場合によっては、中立諸国が全て敵になる可能性もあるというのに」 「連絡士官には、そのことはいったんですか?」 「口を酸っぱくしてね。でも、とりあってくれませんでした。 とにかく連絡士官は強気ですよ。小惑星諸国をまったく恐れていない。 あんな外交は考えものなんですが……」 そこまでいうと、中谷女史は表情をやわらげ前方を指さした。 「それより、あれが我が軍の誇る仮装巡洋艦日本一です」 気がつくと私達は基地の出入口にたどりついていた。 中谷女史は、『これより先は修行の場所につき立ち入りを禁じる』 といった警告文にちらりと眼をやると、 境界をこえて立入禁止区域に入りこみ、 ドッキングユニットへと足をはやめた。 ユニットの周囲には、雑多な設備が配置されている。 人員用の気閘や、重量物を搬入するための大型ハッチも確認できた。 そして、ドッキングユニットの向こうには、 岩塊をつみかさねたような外部の地形と、 地表に穿たれたドックのなかにそびえ立つ、 外惑星連合軍の仮装巡洋艦の威容があった。 その艦は、原形を芋煮鍋にとっているのが、一目でわかった。 艦体上部の特徴あるフォルムは、 芋煮鍋に初めて搭載された牽引用持ち手のものと同じだった。 もちろん、外見は似ていても、 初期のころとはくらべものにならないパフォーマンスを持っている。 さらに、その艦の尾部ではかなり大がかりな艤装工事が行われていた。 艦の尾部をとりまくように、外壁にいくつかの作業台船がドッキングされ、 おびただしい数の作業員が工事用のライトに照らされ、 カラフルな原色の識別用作業服がただよいながら艦体にまつわりつくさまが、 見てとれた。 「一体、何の工事だ」 私はその情けないほど原始的な構造の、 しかし何故だか魅了してやまない無骨なその姿に 思わずつぶやいていた。 「核融合パルス推進システムを艤装しているんです。 この旧式な輸送艦が、 おどろくべき推進力をもった巡洋艦へと生まれ変わろうとしているんです」 誇らし気な笑みを浮かべ、そういった中谷女史は、 私に真剣なまなざしを向けて一語一語かみしめるように言葉をつむぎだした。 「この外惑星聯合軍の最高機密である日本一を見た以上、 もうあともどりはできませんよ」 私は内心で苦笑した。中谷女史のやり方だって十分に強引だが、 はめられたという思いはまるでなかった。むしろ壮快な気分だった。 |