櫻 宵 闇


 星のない空に淡いもやを幾重にも連ねた、満開の櫻が花のひらを降らし敷く。
 靴先に煽られて舞いあがる色が、散り敷いたわずかな音が、進むごとに不安をつのらせる。
 「・・・何だか、底なしの沢を歩いてる気がしない?」
 打ち消せない言葉を胸に育むより、口に出す懸命さをルークが撰んだ。
 「ロマンティックでも何でもないよなぁ、これぇ。」
 ライデンの頭が、薄明るい中に大きく揺れる。
 「このまんま行き倒れて死んだら、ただの無様だよん。」
「でも、けっこう浪漫的じゃない?花に埋もれて・・・ 」
「それで?」
 一歩先のエースが振り返って冷ややかに反論する。
 「微睡む君の麗しきかんばせの上を、気付かずに他の奴が踏みつけて歩くわけだ。」
「ひっでーっ!アンタなら、知ってて喜んで踏みにじって下さるでしょうねっ!」
「おや?愛しのルークと判ったならば、引き返して念を入れて差し上げましょうとも。」
 嬉しそうに答える口元の、八重歯がキュート。それからエースは顔を変えて、積み重なる花びらの上に更にのたうつ、老木の根の辺りを顎で指した。
 「桜の木の下に、死体が埋まっていると言うよな?洗ったように白い頭蓋に幾重にも根が絡んで、さも愛おしむようだ、とか。」
「わーっ!やめっやめっー!」
 ライデンのじたばたも無視して、先が続く。
 「血の色帯びた十三夜月。桜の森の満開の下、まだ温かい死体が、その根に抱かれて眠りに墜ちる・・・」
「やめろって、エース・・・」
 しがみつかんばかりにライデンにくっつかれては、止める役しか残らない。しかし興ののったエースの語りを遮る術も余裕も、ルークにはなかった。
 「それを想って見上げる目にも、桜は変わらず宵にうかんで美しい。つぼみの色の名残を惜しみ、昨夜食らった肉の上にも、花は静かに舞い降りる・・・ 」
 風が吹き抜け、足元をすくうように桜の散りひらを舞いあげた。そのほの白い狂乱の中、エースの目だけが異様に光って見える。

 「で?」
 さも不機嫌そうに、デーモンがルークに先を促す。
 「えーと・・・ それで、こうなっちゃった。」
「デーさん、しょうがないじゃない?オイラも悪かったけどさ、エースの話の巧すぎるのだって悪いよぉ。ホント、凄かったんだから。」
「判っている。」
 いよいよデーモンの顔が厳しい。
 「しかし、だ。何で居合わせても居ない我輩まで巻き込まれなきゃならんのだ?」
「そりゃ、我々を捜していたからでしょう。」
 エースがしゃあしゃあと答えてデーモンを乗せようとけしかけるが、今度ばかりは毎度の手も効かず、小言がモノローグーへと突入してしまった。
 「全く、行方不明で立ち往生している身も忘れて・・・ 」
「エース、エース! 怖い噺、はやくったら!」

 絶叫とともに次元を転移させてしまった先で、ルークは最大の原因でもある能力を発揮すべく、ルークに協力を求め詰め寄った。
 辺り一面では地も天もなく、白く細く淡い手が、無機質においでおいでを繰り返している。
◇櫻宵闇◇完

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