木  蓮


  あふれるほど花をつけた木蓮の、純白な香気が辺りを圧倒する。
 「壮絶だな。」
 小さな庭に、いかにも不釣り合いな華やかさを評してエースが呟く。
 デーモンが近隣の庭木の冬寒さを見やりながら、感慨深げに言う。
 「この時節のためだけの庭か・・・。」
「何それ?何でわかるの?」
 ルークの問いに、デーモンが顔を戻す。
 「他の季節に、これが木蓮とわかるか?それに、この狭さに大木では他の植え込みがやられる。」
「・・・ああ、そうか。・・・これも、自分の家の、夢だったんだろうな。」
「犬と木と、フェンスに絡まる紅いバラ、ってやつか。」
 あくまでも、エースの口調は意地良くは聞こえない。
 「そういえば、裏に犬小屋もあったな。」
 その中に何があるのか、幾度も見ていた。思い出して不快になったのをなぞられて、ルークはエースの顔をにらみ、嘲るような笑いを返されて更に滅入った。
 「・・・だけど、追いたてる一つになったのは確かだ・・・ 」
「え?ルーク、いま何か言ったか?」
 デーモンが振り返る。首を振って適当に否定しながら、下手な笑顔が答えてしまっているだろう事も苦く思う。エースの視線が自分から外されてないだろう事も。
 「さて、のんびり花見に興じてもいられんな。」
 内心はどうなのか、デーモンが先に立って歩き出した。二つほど先の叉路に、フィルムでも掲げたように次元が揺らいでいる。その先にも、幾つもの光景が続く、ここに出たのと同様に。その何処かに、はぐれたライデン達が居て、何らかの手立てもあるはずだった。

 人の去った静かな町並み。背を襲わぬよう、繋がれたままで絶えただろう命。手を下す必要もなく残された庭が季節を追う様を想い描くと、先のエースの言葉が本当は切ないものに感じられた。
◇木蓮◇完

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