紅  彩


 髪を逆立てて肩怒らせた男達が、高層に休む遙か下を過ぎていく。
 様々に彩るその姿の、どれもが変わらなく見える。一つ前の時代であれば喩えてきつい愛でも歌ったろうか、今も同じ具と熱をかざして、薄い影引く消耗の兵。
 地平の先に、色のない極光が揺らめく。薄らぐ気配もない化合瓦斯がそれに絡み、廃墟の街を気まぐれに押し潰す。崩れ落ちる音の振動が中空を伝わって届く。つい先までの繁栄の様を知るだけに、情景が殊更に乾いて見える。
 静かに、雨が降り始めた。
 闘争に懸けた者達は思念を大地に残し、凍結したはずの大気を繰り返し流動させる。それが限りなく続こうとも、雨は血の色と臭気に満ちていつ薄らぐ気配もない。
 終末が、通り過ぎようとしていた。
 「――うん・・」
 ライデンの頭が揺れて、もたせていた肩を外れた。傷を負った腕で支えてやりながら、上着で二つの身体を覆い雨をしのぐ。触れる肌の温もりが、凍える大気に吸い取られていく。塞がらない傷に貼り付く髪を剥がしてやりたいと思いながらそれをする気力もなく、ただ、陽光に煌めいたふわふわの頭を好きだったのにと考える。
 思惟を持って神と別った者が、それ故に慈しんだ『人』に背を襲われた。奴らなりの至上の命題と無謀な攻撃の真意に及ぼうとする間に、天域にすら侵しなかった魔族の不死がたやすく破られていく。それに腹が立つのか、それでも躊躇する己に苛立つのか判らない。

 烈風が顔を打ち、あわてて上着を押さえる手に力を加える。細めた視界に瞬時に凍結した雨が深紅に煌めいて飛散し、その空域にデーモンが姿を現した。
 「ここにいたのか。」
「ルークとゼノンは?」
「はぐれたが、直に出くわすだろう。ここで少し休んでいくか。」
 言いながら、宙に剥き出す鉄骨の向こうに腰を下ろす。白に金を飾った翼衣を広げてよこすのを受け取ってライデンと自分も覆いながら、それにも乾かない血の色と、重ねて落ちる雨を見る。遠景を眺めるデーモンに戻せば、疲れているようだが呆けても渇いてもいないと思えた。ただ、まっすぐに先を見ている。
 極光が幾重にも続き、白夜のような終末は未だ明けそうもなかった。
◇紅彩◇完

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