山 猫 亭   


          獲物を追って迷い込んだ森に  洒落た洋館が建っていた
          色褪せた看板が風に揺れて 小さな窓の奥に灯が見える
          こんな所にも人を待つ店がある   急に空腹を思い出した
          古い戸を叩くも応える声がない    押せばきしみつつ開く
          奥に《ここに銃を置きなさい》    なるほど武器はいらない
          扉の中には《外套を脱ぎなさい》     代わりに土埃を払う
          次には湯気と温かな服     《風呂に入って着替えなさい》
          それから《髪を整えクリイムを》   甘い香りの化粧具まで
          なにか憶えがある    次は確か《塩》と山猫の舌なめずり
                      足音忍ばせてそれを通り過ぎ 最後の扉の鍵穴をのぞく
          
            談笑する影   追いかけたシルエットが 香の中に有る
            そして手前の席に  伏せられた確かに六つ目のカップ

             例えば砂漠に長い槍構えた女の もう一つ 別の噺      
◇山猫亭◇完


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