「前にも、こんな事があった気がする…」
独り言のように呟くと、高みから、花が散る。並び立ちながら、顔を向けてデーモンが答える。
「それは、あったろうな、ながい付き合いだから。」
「いや…」
言いかけて目を伏せ、うすく笑い、それから言葉をつないだ。
「そうだな。ずいぶんと、永くなったもんだ。」
高台から、辺りが一望にできる。
みごとに花盛りの―――
何がきっかけだったのだろう。いつの頃からか街が急速に整備され始め、中高層の建物だけが果てしなく並んだ。小さな屋根を列ねていた町並みも、緩やかにも激しくも流れた河も、かつて地表に在った物は何も見えなくなった。
代わりに、積み上げた住居の上を交差するように路が走り、土が敷かれ水がひかれ、覆い尽くすように花や木が植えられて茂った。
それが、あたりまえの地表に見える。
今立つ丘も、景色からして、それに合わせて盛り上げているのだろう。本来の山ほどの高さはあるはずだ。木々を背の山肌に押しやるようにして、これも植えられた老成の桜が、今を盛りと咲いている。以前には随分と賑わったものだろうが、往年の姿はそのままに、今は散策する影一つない。
―――人は忘れたのか、仰ぐだけの物としたのか。
それとも、何もかも知っているのか?
眺めおろす街は、桜の淡い霞に包まれている。とりどりの色のあらゆる花が実際には咲いているのだが、梢総てにいちどきに開花する桜にはかなわない。処どころに覗いて、色合いを引き締めて見せるばかりだ。
「これが散ったら、とたんに寂しくなるだろうな。」
デーモンが静かに言う。
「若葉の季節も来ないのだろうし…」
続けるのに答えず、歩き出す。どこまで歩いても景色は変わらない、それは解っている。街に降りても、その先の街まで行っても、どこも同じ花盛り。それを見てきた。北からずっと確かめて、ここに着いたのだから。
「前の時は、雪が降っていなかったか?」
思い出したように問われて、振り返る。穏やかな風に花のひらが舞う。
「いや、その前かもしれない。二名だけで歩くというのも珍しいんだが、憶えていないもんだな。」
「…そうだったかもしれない。」
言いながら、何か、光景を思い出す気がする。
―――何かが風に舞っていた。あれは、雪だったか、灰ではなかったか?
ぞっとするほどに白い…
…それも、今の情感にまかせての空想でしかないのかもしれないが…
「また、あるといいな。」
「え?」
顔を向けると、デーモンが、真顔に笑みを広げるところだった。それを見つけられて照れたような感じで、ふいと横を向いてしまう。
「いや、また、そんな事があるのもいいと思って。」
「ああ… あるといい、あるだろうな、何しろ永い付き合いだから。」
デーモンがまた顔を戻して笑い、それから、先の街を顎で指してそれに加えた。
「あいつらとも、」
「懲りない奴だ。」
エースも、答えて笑う。
花が、またひとしきり散り舞う。
―――そうだ、また遭えるといい。
前に多分別れたように、忘れて、また、遭えるといい。
―――同じ繰り返しでも別のでもいい、また、ここうしてデーモンを見て、
共にいとおしんだ生き物を見送って…
それを… また、こんなふうに不思議に思えれば、それでもいい。
花が散れば、街は静かに崩れ落ちる。あるいは新しい別の生き物に舞台を明け渡す。そのいくつもの最期の時を思い出し始めていた。そして、自身の終焉も。
『地に還るものを選んだ者もまた地に還る、それも定めであろうと…』
―――あの嘆声は、デーモンも聴いたろうか、前に、果てた時に。
そういえば、あの時も、こんな色をした雪だったな…
「さて、もう少し行ってみるか。」
デーモンは、今度もまだ歩くつもりらしい。
「…懲りない奴だ。」
呟いて、それに従う事にした。
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