環 り 谷 の 噺   

 禁忌の森を抜けてきた子供は、迷って道が解らないと言い張る。夕刻に放り出せる距離でもなくルークも哀しそうな顔をするしで、デーモンの館に連れ帰ることにした。
 案の定冷たくあしらうエースには酒を預けておいて、主を待つ。自分のことには口を閉ざす子供も、ライデンと転げ遊ぶのに夢中になって疲れ、晩餐の前に寝床に放り込まれた。夜半にようやく戻ったデーモンが、ルークとエースの言を半々になだめ親探しを約束する。
 それからの数日、子供は館に暮らした。
 素直に甘えられればエースも面倒見は悪くなく、デーモンは相変わらず親父臭いが、ライデンやルークは子分扱いであちこち連れ回る。子供も、結構楽しそうにしている。
 手配した伝書が戻りだした頃、子供は神妙な顔で帰ると言いだした。
 親も家族もない、村から来た爺も死んでしまったから一人だけど、『石』が淋しがって泣いているかもしれない。離れてはいけないと言われていたのを出てきたから…
 よく朝、道を探り当てたらしいデーモンが、送っていくことになった。ともかくも励ますライデン、手を振るエース。また、ルークが哀しそうな顔をする。
 角に触っていいかと尋ねるのにかがんで頭を差し出してやりながら、またおいでよと答えた。そうだ、俺たちはもう十万年近く生きているから、まだしばらくはここに居る、いつでも会いに来ればいい。口々に言われて、子供はなぜだかやるせないような顔をして笑っていた。その時はまた送ってってやる、少し厳しい顔のデーモンが最後を引き受ける。
 二人を乗せた空馬は草地の向こうの禁忌の森を越えて、じきに見えなくなった。

 夕刻遅くに疲れた顔で戻ったデーモンが、遠い地の『環り谷』の話をする。かの村に住まうものは、栄え山河を荒らしては、いにしえの装束に環るのだという。歳月経て祀られた石が人温もりを憶え離れることを許さず、天空操る力かざして時を戻すのだと。さすらい着いた長命の『神』が、今はその『石』を守るらしい。
 子供じゃないかとエースの言、ライデンの困ったような顔。ああ、そうだ。つい声を立てて皆の目を集め、デーモンの催促で思い出す話をする。
 ずうっと昔、あの草地で森を抜けてきた老人に、頭とまだ小さかった角をなでられたことがある。なんだかとても懐かしそうで不思議だった。あの子と同じ、金色の目をしていた。
 何だかわからないけど、逢えたんなら良かったよねとライデン。椅子の背に顎を載せたルーク、エースが空いた器に酒を注ぐ音が響く。『石』は今頃ほっとしているだろうか、二度と放すまいと誓ってでもいるのか。別れ際の子供の笑う顔をやるせなさそうだと思ったことが、気に掛かった。
◇環り谷の噺◇完


このページの初めにもどる     『懸軍万里』の扉へもどる
TOP
「伽眺風月」へもどる