廃  都   

 そびえ立つ神殿を逆光に浮かび上がらせて、密林に日が落ちる。
 金属に似た色で照り返した葉も徐々に色彩を失い、穏やかな茂みに変わりつつある。
 強い日差しが降らせた雨もあらかた乾き、夕刻の風が心地よい。何処か樹上で吼える声が、響いて届く。ひとしきり頭上を騒がせて、小さな生き物の群が通っていった。闇にあけ渡す時間が来たのだ。
 その夜の間にも、密林は枝を増やしていく。かつて繁栄を極めた種族の建造物も、その下に埋もれ崩れ去るのを待つ。主人を失ったものの悲鳴が、夜の湿りの中に聞こえる。

 ――いつか、同じ物を見た憶えがある。
 そう遠い昔ではない。石を積み重ねた神殿の頂点、捧げ物を据える台に腰を下ろして、同じ光景を眺めていたことがあった。正確無比の暦を持ちそれに約された終末を迎えた、例えばそんな伝説を思い出しながら。
――あれが、神殿だったな…
 目の前で朽ちかけるのは、今は神殿ではない。だが、同じようなものだ。垂直に天を突く、その高さを競いこそすれ均一に重ねないのは、それが合理でないからに他ならない。そしてこれらの主人たちも、自らの暦に告げさせた終焉を乗り越えられはしなかった。
 警告と自戒の数多の言葉が、記憶の中でうごめく。

 あれほどの無謀な害獣に巣くわれながらも、大地は息を吹き返し、大海は新たなる生命の形を送り出し始めた。何より、瞬く間のこの密林。万物の方は予測をはるかに越えて、たくましい。
 ――そうしてまたお前たちは、次を迎えようとするのか?何度繰り返しても同じだと、諦めることもせずに?    いや…
 相手もなく問いながら、口の端で笑う。残る時間は少ない。惑星は既に老境に至っていたし、その軌道を愚行によって外されて進んでいた。どう急いても再演に間に合うはずがない。
 それでも、時はこのまま形を変えずに加速を続けるだろう。それがサイクルなのかもしれない。何らかの意志によるのかもしれない。どちらにしても、消滅し永劫に同化するまでは、凄まじい早さで、ここでの時は進んでいくのだ。迫るものと同等に確実に。
 ――愚かしい、
 灯の無い闇の頂点に、彼は立ち上がった。辺りを制した摩天楼の階上には、幾らの余裕もない。その最上の場所にそびえるオブジェは実は避雷針らしく、今更の失笑を誘う。文明の産物はこの密林の強烈な温湿と熱照の中で錆びることもなく、金星の弱い光を照り返す。
 ――それで、そう言うお前はどうするつもりだ?
 自嘲じみた問いに、写った己の目が正面から答える。
 もう一度、重暗い光景を眺めやってから塔を離れ、彼は静かに上昇した。
◇廃都◇完

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