鳥  葬   

 背に、気配を感じた。
 振り返った胸を狙う銃口に、底の無い闇が見える。相手の、狂気に痴れた形相は凄まじい。その目で何万、これまで人を殺してきたのか。
 ――馬鹿が…そんな物が役に立つかっ!
 傍らの屍の山からはみ出す武器を取り振り上げ、一撃のもとに相手の頭蓋を砕く。鮮血がその後部から飛散し、男は目に殺気をみなぎらせたまま、倒れた。
 ――そんなもので、威を借りてようやくの欲望なんぞで、勝てると思うな。
 荒立つ息を肩でつきながら、ザインソウドは、一つひとつ刻印するようにゆっくり進む時間の中に、立ち尽くす。
 古い猟銃。磨き込まれた銃身が鈍く光って、血糊をはじき、たぎる血を鎮める。
 ――こんな事のために、丹精したわけも無かろうに。
 例えば若い頃の山との駆け引きを思いながら、次の猟期に心はやらせながら、あるいは週末に老人の話を懐かしみながら、手入れされたのに違いない。しかし、今となっては、どの屍にそれを返すべきかも判らなかった。
 台座の、半ば剥がれ落ちた飾りの血を指の腹で拭ってやって、肩に担ぎ歩き出す。
 屍はさほど形を崩さずに、進路の両脇に寄せられている。未だ人間が、あるいは人を率いていることは確かだ。
 その戦隊もはるかに遠く、ザインソウドの超常の視界域をもっても姿が見えない。その進む様を見たいと思った。測りようもないとしながら、指揮者の顔を確かめたいのか、敵か味方か知れぬ死体を手で重ねていく兵を、彼らの感情が薄らぐ前に目に納めて安堵したいのか。
 新しい血の臭いを嗅ぎつけて、瓦礫の山の向こうから屍より生臭い一団が現れた。彼の前を塞ぐ。この顔を憶えている、持っていけばいい金になるぞ、口々に勝手なことを言う。
 「いい金になるとは、また…」
 呑気に苦笑しながら、そんなものかもしれないとも考える。今更、自分が欠けたところで事態に変化はない。
 上空で、鳥の声がする。見上げると、不意をついて肩を掴まれた。舞い降りる気配すら与えぬほどの、強者か。爪の先が、ぎりぎりの視界にはいる。――味方だ。

 「…いや、まだ鳥が生きてたかと、思ってな。」
「これだよ、まったく!何処ぞの遺跡でぼーっと慕情に浸ってるのと、変わんないんだから世話がやける。」
「同じようなものだ。」
「何処がっ?」
「何処も。…かしこも。」
 これが始まったらもうダメだ、あからさまにそんな顔をした旧友は前方に意識を戻し、更に上昇した。その片腕に、一応は最高位の軍人をぶら下げたままで。
◇鳥葬◇完

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