風  の  街


 風が吹き抜ける。
 この地に巣くった者達の、繁栄の形骸が、闇に影を連ねる。その主達は、今や夜に潜み、争い食らう生き物になりつつあった。遠く火の手が上がり、尖塔とその先の飾りを、小さく浮かび上がらせて消える。また一つ、彼らの証だった物が、彼らの手に掛かって失せた。
 「あ…」
 這って、細く、悲鳴が届いた。皆が同様に、闇の向こうを見やり耳を澄まし、続くかもしれない音を待った。やがて、エースが低く言う。
 「風だ。」
 肩先をすり抜け、その風がいく。手のひらを額にかざして闇を払いながら、ライデンはまだ先を見透かそうとした。
 「人の、声みたいだったのにな。」
「きっと、風の方が嘆いているんだろう。」
 それに答えるルークの言葉も、次の風にさらわれる。エースがゆっくりと視線を外して、吐いた。
 「風が嘆く? ずいぶんと俗されたものだな。」
 真っ先に振り返って、ルークは向けられた目をきつく見返す。傍らで、ライデンが何か言いかけた。
 「…それも、なかなかに楽しかっただろうが。」
 デーモンが軽い口調でいさめ、ゼノンが続きを引き取った。
 「そして未だに、その、人間の姿に似ているんだよね、俺達って。」
 ライデンが大きく頷き、ルークは視線を和らげる。また風がいき、今度は本当に悲鳴らしく聞こえた。
 「…だから、風が嘆くんだろう?」
 エースが呟くように問う。同胞に向けられた顔は、闇を背に浮き感情をのせず、いにしえの彼にも似、そして人の形をしている。
 「風にはね、始まりがあっても終わりはないんだ。生まれて広がって、どこかに届いて、また生まれるんだよね。形のない物には、終わることもないんだ。」

 予言された『時』が迫る。
 闇が息づき始めている。再びそのひだに、この時代を覆い隠し崩していく。総てを無に帰し、空白を紡ぎ凝縮を重ね、やがて後に光となる。
 新たなるものの目覚めを迎えるために、それが動き始めたことを、風が告げてすぎていく。
◇風の街◇完
             
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