#338 地図から見える林檎の危うさ

2012/09/24

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 iPhone5が先日発売された。発売前の噂の通り、Android端末に比べて弱点とされた画面の大きさが4インチと縦方向に拡大し、更に薄く軽くなったことで、文字通りよりスマートなスマートフォンとしてリニューアルされた。ネットでは、画面が大きく縦にのびたことで、このままいけばiPhone20とかiPhone30だと近接武器として使えるのではないかと揶揄されたりもしていたが、そういったことも含めて、このスマートフォンがいかに広く受け入れられ、愛されているかを示すものであろう。

 イベントによる華々しい製品紹介と世界各国での予約開始、そして発売日には入手を待ちきれないコアなファンによるApple Store前の行列などもお馴染のものになった。また、iPhone5の発売と同時に、iPhone5に搭載されたiOS6もリリースされ、既存のiPhoneやiPad(初代除く)のユーザーも、新たな機能が盛り込まれたOSへのアップグレードが可能となった。

 iOS6の目玉の一つとされたのが、Apple独自の地図機能(マップ)で、これまで標準装備されていたGoogleMapに替わるものとして「より美しく生まれ変わったマップは、あなたの世界の見方も変えてしまうかもしれません」などとAppleのサイトで謳われている。が、蓋を開けてみると、これが以前のGoogleMapと比肩しうるどころか、GoogleMapに比べ大幅に劣化したと各方面から怨嗟の報告が上がっている。

 例えば主要鉄道ターミナルについては、低縮尺の地図では線路も建物の形状も表示されず、空き地のような場所に名前が表示されるだけで、出入口についての詳細も分からない。大型施設の名称が、その施設内にある1飲食店の名前で置きかえられたりする。コンビニやファーストフード店は、そのチェーン独自のアイコンで示されていたものが、すべて同じカゴのマークやフォークとナイフのマークにされてしまっている。

 それだけならまだしも、首相官邸の傍の緑地に日比谷高校が現れたりゆりかもめの駅が海の上にあったり、「パチンコガンダム」という駅が現れたり、すでにない渋谷の電力館が表示されたり、あるべきものがあるべきところになく、ないはずのものがあったりするなど、およそ地図として使えないレベルのものになっている。

 iPhoneは所詮アメリカの製品だから、日本の場合はローカライズがおいついていないだけで、他の国については特にそういった問題はないのかも知れない。と思いきや、アイルランドの首都近くの農場を空港と表示したりして大臣から懸念が表明されるなど、似たような事例は世界中で起きているようである。更に日本の場合は、地名がところどころハングルで表示されたり、尖閣諸島などは2つ表示されたりするなど、右寄りな人の感情を逆撫でするようなことをやってくれたりしている。なるほど、確かに「世界の見方を変えてしまう」地図である。

 Appleが、これまで採用していたGoogleMapではなく独自のマップを採用したのは、AppleのGoogle依存からの脱却という経営上の戦略があってのことであると言われている。とは言え、完成度という点で既存のものに劣るどころか、そもそも地図として最低限の条件をクリアしていないものを「これが替わりのものだ」と押しつけられては、ユーザーはたまったものではないだろう。新しいマップにはFlyoverという「主要な大都市をリアルな画像で再現したインタラクティブ3Dビュー」機能が搭載されているらしいが、そんな機能よりもまともな地図を返せというユーザーは多いのではないだろうか。

 iPhone5の場合は仕方が無いが、従来機種の利用者であれば、そういうことならiOS6にアップグレードしないというのも選択肢の一つである。しかしながら、使っているとOSのアップグレードの要求がしつこく表示され、それにも屈せず、鉄の意志でアップグレードを拒否していても、PCにバックアップしたデータを復元するとOSの方も勝手にバージョンアップしてしまうという。しかも、一度バージョンアップされたOSをダウングレードする手段はないという。

 こういう「これが最良なんだから黙って使えばいいんだ」みたいな態度で、他の選択肢を許さないところが、私がAppleに感じるいけすかなさの元である。ソフトウェアも承認を受けたものしか利用を許さず、管理された環境の中での決められた使い方しか許さない。それが利用者にとって便利で使いやすいものであるうちはいいのだが、今回のように、それまで便利に使えていた機能を会社の都合でひっぺがすようなことをやっていては、スマートフォンの代名詞のように言われたiPhoneも、その人気を急速に失っていくことになるのではないか。


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