#106 照明操作に挑戦

2000/02/29

<前目次次>


 先週、私の居る劇団の公演が行われた。私は一応役者をやることもあるのだが、劇団の中では、(自分で言うのもなんだが)わりと几帳面で仕事が正確な性格が買われてか、会計や制作の仕事をやることが多い。今回も役者としてではなく、会計・制作スタッフとして、当日のお客様のご案内や金勘定などの仕事をする予定であった。

 ところが公演3週前になって、いつも照明のプランニングをお願いしているところから、どうしても当日の照明のオペレーション(操作)をする人の都合がつかないという事情が出来てしまい、ピンチヒッターとして、私に照明操作をやってくれないかという依頼が降ってきた。

 芝居の中では、芝居をより印象的効果的に見せるために所々で音響や照明を加えたり変化させたりということがつきものである。音響や照明の操作は、ステージ毎に役者の動きや台詞を見ながら変えていく必要があるため、客席後方の「オペ室」という所から芝居を見つつ、適切なタイミングでプラン通りに正確に操作しなくてはならない。もちろん操作するためには機械の使い方や芝居の流れを理解していなくてはならない。そういうわけで、わりと几帳面で仕事が正確な性格が買われてか、代役として適任と判断されたらしく、演出にそう依頼されたのであった。

 劇団員である以上、劇団の公演を成功させることに全力を尽くすことはもちろんではあるけれど、一度もやったことのない照明操作を本番の3週前に依頼されて、果たして自分にその役目が勤まるのかどうか、さすがに不安の色は隠せない。

 照明操作の仕事は、まず事前に練習を見て、実際の芝居の流れを頭に入れておくことから始まる。幸い私は劇団員としてそれまでに何十回となく練習を見てきているので、その点はあまり問題はなかった。

 そしていよいよ小屋入り。装置担当が舞台を作る一方で、照明担当は燈体を天井のパイプに吊り込み、それぞれに色をはめこみ、実際に舞台を照らして一つ一つの燈体の方向を決め、最後にいくつかをグループ化して、全部で33種類の照明を作る。そして演出の注文を受けながら、この33種類からいくつかを組み合せ、場面ごとの「明かり」を決定する。ここまでは照明プランナーの仕事である。照明操作の仕事は、こうして決定された場面毎の明かりを、芝居中の適切なタイミングに適切なスピードで切換えていくことである。

 照明操作は通常「調光卓」と呼ばれる機械で行われる。今回使った調光卓の場合、30種類の照明を操作できるフェーダーが3セットある。つまり、3種類の明かりを前もって作っておくことができるのだ。例えば現在Aの明かりが起動中で、次の場面でBの明かりに切換えるとする。この場合、セットBの30種のフェーダーをあらかじめ調節してBのあかりを準備しておき、タイミングが来たら、切換えフェーダーを使ってAからBに切換えるといった具合だ。もちろん演出の要望で、切換えのスピードも瞬時だったり数秒かけたりまちまちである。

 芝居の展開が早い場合は、BのほかにCの明かりもあらかじめ用意しておき、A→B→Cという具合に連続して変えていく。もっと大変な時は、A→B→C→A'といった具合になり、BやCの起動中にAになっていた明かりをA'に組み替えておかなくてはならない。また、場合によっては起動中の明かりのうち一部の照明のフェーダーを変化させることもある。

 30種の照明のフェーダーは、それぞれの照明に対応しているから、1つ隣と間違えただけでも全く雰囲気が違う照明がついたりすることがある。更に、実際には33種類の照明があるのにフェーダーが30種類しか使えないため、一部の照明は芝居の途中でスイッチを切換えて別の照明にする必要がある。

 こういった一連の作業を一つでも間違えたり忘れたりすると、とんでもない明かりになってしまうこともある。結果的にはお客さんや出演者にさえ気がつかない程度の軽微なミスもあれば、例えば星空のシーンで火事の明かりを出してしまうなどの、致命的なミスもあり得る。ミスが起きる確率は等しいが、程度はまるで違うため、大小さまざまな地雷が埋まっている土地を歩くみたいで、かなりおっかない。

 初めての経験でもあり手探りしながらの挑戦であったが、いろいろやっていくうちに要領がだいぶ分かってきた。コツは、切換えが忙しいところに作業が集中しないよう、前もってできる作業をなるべく暇な時間にやっておくことと、やるべき操作をあらかじめきちんとスケジューリングしておくことのようである。その甲斐と運に恵まれてか、おかげさまで本番ではなんとか大きなミスをやらかすこともなく、無事に任務を終えることができた。やってみると何だか、わりと几帳面で仕事が正確な性格の自分に合っている仕事のような気もしてきている。

 ただ、芝居に詳しい知人の一人は「Haradayさんらしい照明操作だった」と感想を述べていた。確かにタイミングは間違えていないのだが、場面場面における切換えのスピードの加減(特にゆっくり切り替わるところ)があと一息ということのようである。私のようにデジタルな人間には、瞬間的なON/OFFは得意でも、ゆっくりと時間をかけた「味のある」切換えは苦手なようである。まあ初仕事だし時間もなかった中でなので、未熟なところは大目に見て下さい


<前目次次>