#099 パソコンを使いこなせない人

2000/01/12

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 今回は妻の話である。あらかじめ言っておくが、何も妻が表題のような人だというわけではない。

 妻は私と結婚する前、短期間であったが経理のアルバイトをやっていた。外国からやってくる商品の仕入や販売の経理事務をパソコンで行うと言うのが主な仕事である。小さな会社なので、その仕事をほとんど一人でやっていたのだが、結婚を機に辞めることになったので、後任者にその仕事を引き継ぐことになった。

 後任者は年配の女性の方であり、経理の経験もお持ちのであるということなので、仕事の引き継ぎも楽なのではないかと思われた。だが、いざ後任者に仕事を引き継ごうとすると、それがかなり大変な作業であることが徐々にわかってきた。というのもその後任者は、パソコンがほとんど使いこなせなかったのである。

 WindowsなどのGUIのOSの最大の特徴は、それぞれのアプリケーションを別々の仮想的な「窓」として扱い、複数の「窓」を切り換えたりしながら複数の作業を平行して行うことができる、ということにある。その仕事の場合も、表計算とデータベースのソフトを平行して使い、しかもどちらもかなり表示幅を大きく取って作業をする必要があるため、使っていない方は適宜裏に回したり窓を最小化したりしながら仕事をする必要があった。Windows95/98の場合だと、窓の右上隅にそれぞれ最小化、最大化/標準化の切り換え、終了の3つのアイコンがあるのだが、どれがどの機能で、それを行うとどういう状態になるのかということを、教えても教えてもなかなかその人は理解してくれない

 これらのアイコンがわかりやすいものかどうかは別にして、この「窓」だの「最小化」だのという概念は、WindowsなどのGUIのOSに馴染みがない人には確かに分かりにくい概念かも知れない。実際Windows3.1の時代は、最小化した窓はアイコンの形でデスクトップに並んでいたため、デスクトップの状態によっては、そのアイコンが表に出ている窓に隠れてしまって、いつの間にか終了したものと思い込むケースが多かった、との報告もある。そのためWindows95/98では、最小化した窓の在りかが分かりやすいように、常に手前に表示されるタスクバーが用意されている。

 その後任者は、入力モードや文字の変換についてもいまいちよく分かっていないらしい。漢字やカナなど日本語の2バイト文字を入力する際にはIMEを使う必要があるのだが、例えばカタカナの長い固有名詞を入力する時でも、カナ変換を使わずに何でもかんでも漢字変換をしようとするため、変な漢字に変換されてしまい、そのたびに入力しなおす、ということをやってしまう。そう言えばあるテレビ番組で、パソコンを使ったことがないタレントがカタカナを入力しようとした時にも同じところで躓いていたのを見たことがある。現在のWindowsで使われているIMEでは、未変換文字をすべてカタカナにする変換キーは通常F7だと思うが、そんなことは確かに教えられなければわからないし、なかなか憶えにくい事柄かも知れない。

 そんな調子だから、アルファベットの入力についても、1バイト文字と2バイト文字を平気で混在させて入力してしまう。1バイトだろうが2バイトだろうが同じ文字だから混ざっていても構わないという見方もあるだろうが、フォントの関係で印刷結果などが不揃いな感じになったりすることもあるから、少なくとも同じ単語や項目の中では統一した方がいいと思う。しかしそれを理解させるのもきっと大変なのだろう。

 また文字を修正するときも、BackSpaceとDeleteの区別がついていないらしく、意図しない文字を消してしまったりすることもしばしばだとのこと。ともかく万事がそんな調子だから引き継ぎの間は通常の仕事もままならなかったという。私は妻のこれらの話を笑いながら聞いていたが、よく聞くと、パソコンやWindowsに馴染みのない人がどういうところで躓くかということが分かってなかなか興味深い。また逆に、そういうポイントが分かりやすくなれば、パソコンももっと使いやすいものになるのだろう。

 コンピュータが普及して、それらが使いこなせるかどうかが仕事ができる/できないの評価基準とされるようになると、その能力差(同じ量の仕事をこなすのに要する時間差)というものは、もしかすると数百倍から数千倍にもなっているかも知れない。だがそれを純粋に能力給として評価したりしたら、できない人の方はほとんど報酬をもらえなくなってしまう。実際に企業内での仕事がコンピュータ化されて、それについていけない中高年の人がリストラによる馘首の危機に晒されているということも現実として起きている。もちろん本人の基本的な学習能力や意欲の差もあるだろうが、それよりもWindowsがこんなに使いにくいものでなければ、ここまで能力差が大きくなることはないのだろうとも思っている。いずれにしても、厳しい世の中になったものである。


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