#089 お金の支払い方

1999/11/05

<前目次次>


 引っ越してから行くようになったスーパーのレジスターには、支払皿の横のケースに1円硬貨が盛られており、そこにはこう書いてある。

「細かいお金の持ち合せがないときにご利用下さい。私たちのほんの気持ちでございます。」

 つまりこういうことだろう。例えば681円の買物をした時に、手持ちの小銭の中に1円硬貨が1枚もなくて、そのまま払うと釣り銭で1円硬貨を4枚も貰ってしまう。この様な時に、この1円硬貨を使うことによって釣り銭の硬貨の数を減らすことができる、というわけである。

 買物に際してこのような支払い方をするのは日本人だけだ、という話を聞いたことがある。面倒なので通貨単位は便宜上「円」のまま話をするが、外国の場合、例えば681円の買物に対して1031円支払う、といったことをやろうとすると、怪訝な顔をされるという。681円の買物であれば、1000円支払えば充分であり、余計な31円はどういう意味だ、と思われるのだ。釣り銭にしても彼らは、1000円-681円=319円、という計算をするのではなく、681円分の品物に対して、まず9円を足して690円とし、次に10円を足して700円とし、更に300円を足して1000円となって目出度く帳尻が合い、結果として319円というお釣を返す、ということになるのである。私も実際に外国でそのような計算をしているのにお目にかかったことがある。

 そもそも日本人は細かい計算が得意なせいかどうか知らないけど、通貨の最小単位の1円まできっちり計算して支払うようにする。それどころか、消費税のおかげで1円硬貨の登場する場面はますます増えている。外国へ行くと、その辺の細かい計算は結構アバウトにされ、1や5と言った端数の部分は丸められてしまう。従って最小単位の硬貨は実際にはほとんど市場に流通しておらず、滅多にお目にかからない。私は外国へ行く度に、その国の硬貨を集める趣味があるのだが、最小単位の硬貨がなかなか手に入らずいつも苦労する。

 日本はその点、きっちり端数まで計算するための性能のいいレジスターが普及しており、お客の払った金額を入力するだけで、釣り銭を自動的に吐き出してくれるものまで存在する。また、レジスターの助けがなくとも、681円に対して1031円払えば、お客が350円の釣り銭を要求しているのだということは、ちょっと気の効いた人なら理解してくれる。

 日本の通貨体系は、1,5,10,50,100,500,1000,5000,10000という具合に、前の通貨の5倍と2倍を繰り返している。このような場合、釣り銭の数を最も少なくする解はただ一通りに決まり、しかも桁数毎に計算をすれば良いので、暗算でも容易にその解を見つけることができる。私も小銭をなるべく最少にしたいといつも考えているので、支払の際は必ずこの計算をやってややこしい支払い方をしてしまう。とは言え、681円に対して1231円払って550円(500円硬貨と50円硬貨)のお釣、なんてのはちょっとややこし過ぎて理解されないこともあるけれども。

 この美しい通貨体系に、何を血迷ったか西暦2000年を記念して2000円札なんてものを紛れ込まそうと企む首相もいる。こんなことをされては、先に述べた美しい通貨体系が崩れてしまうではないか。銀行のATMや自動販売機だって余計な改修をしなくてはならないし、その割に新たな経済効果もあまり期待できないと来たら、税金と労力の無駄使い以外の何物でもない。こういうしょうもないことを思いつきでやるのはやめてもらいたいものである。

 むしろ問題なのは500円硬貨の方であろう。最近、お隣韓国の500ウォン硬貨を変造したニセ500円硬貨を使って、自動販売機から金品を騙し取るケースが急増しているという。500ウォン硬貨は500円硬貨とサイズがほとんど同じで若干重いので、表面を削ったり窪み穴を開けたりすると、人間の目は騙せなくても自動販売機なら騙すことができるのである。もちろん自動販売機メーカーの方も、チェックを厳しくするなどの対策を取ってきたが、あまりチェックが厳しいと、今度は本物の500円硬貨が使えなくなってしまうらしい。そのため、結局500円硬貨そのものを使用禁止にした自動販売機が増えており、結果500円硬貨は、一気に使えないお金に変わってしまったのである。こっちの方がよっぽど問題なのだが、これについては今の所根本的な対策は施されないということらしい。

 ちなみに、冒頭のスーパーの1円硬貨サービスは今も継続しているが、次の文句が付け加えられるようになった。

「次のお買物の際にお返しいただければ幸いです」

 よっぽど使われっぱなしで減って行くばかりなので、こういうお願いをするようになったのだろう。さらにしばらくすると、次の文句が加わった。

「一回のご利用は4円までとさせていただきます」

 釣り銭を最少にするという観点から言えば、最大4円使えば充分なはずなのだが、恐らく一度に10円20円と使う図々しい人がいたのに相違ない。そういう人に対してこんな文句で効果があるのかは知らないけど、こんなことまでいちいち言わなくてはならないというのも何だか世知辛い世の中である。


<前目次次>