#028 漢字がいっぱい

1998/11/03

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 日本人の名字は約10万種類あると言われている。中には先祖が貴族や武士で、江戸時代以前から使われてきた由緒のある名字もあるが、大方の名字は明治維新の際に平民にも名字をつけるように義務付けられた時に発生した。あまりに短期間に好き勝手に名字が作られた事もあって、日本の名字の歴史は意外に浅く、しかし幅広いものである。

 そうは言ってもだいたい一般的な名字は、たいてい良く使われる漢字をもとに作られている。日本人の名字の場合、山・川・木・林・森・沢・谷・原・池・田・村などなど、地形や土地に関連した漢字を使った名字が圧倒的に多く、これらの漢字はもちろんこうして表示しているとおり、コンピュータでも表示可能である。

 パソコンが現在標準的に扱える漢字はJIS規格によって定められており、その数は第1水準と呼ばれる基本的なもので約3000字、第2水準と呼ばれるやや複雑な漢字で約3400字ある。合わせて約6400字あるので、これだけあれば日常困る事はほとんどないと思われる。実際第2水準の漢字を眺めていると、一体何と読むのかもわからないような、恐らく一生使う事などないような漢字も並んでいたりする。

 だが日本の名字を侮ってはならない。なにせこちらは10万種類もある。中には「こんな漢字あるのか」という漢字だって存在する。

 先日劇団のメンバーの結婚式の披露宴の司会を頼まれた者がいたのだが、来席者の名字でどうしてもパソコンで出てこない文字がいくつかあると言う。そのうちの一つで比較的知られた例では「高」の旧字体がそうだ。上の「口」の部分が梯子のようになっているあれである。調べたところ、実は旧字体の方はJIS第2水準にも登録されていない。ただし、NECだかIBMだかが、コード表の余った部分に勝手に入れている拡張漢字というコード領域にはあるらしく、一部のWindowsでは表示可能らしい。従ってWindowsで入力して印刷する事は可能かも知れない。もっともこれはJIS規格外の文字なので、環境によっては表示不可能な場合が多いから、メールなどネットワークで流通する文章に含めるべきではない。

 同じ披露宴来席者の名字では、ほかにも「宮」の字の中の、二つの「口」の間にある「ノ」がない漢字もあったらしい。恐らく旧字体というよりは、一種の変形文字であろう。読みは「宮」と同じく「みや」「ぐう」でいいらしいが、さすがにこちらは拡張漢字にもないようだ。

 まあこれらは、本人さえ納得すれば新字体の方で代用するということも可能であろう。しかし、単なる新旧の字体の違いによらない、全く見た事もない字もある。聞いた話だが、私の属する学会の会員名簿の中には、JIS規格に含まれない漢字を名字に使っているケースが5件あったという。それらはまあ、先の例の用に旧字体だったり、横棒や点が入ったり入らなかったりというようなちょっとした変形文字だったりするのだが、中にはJIS規格の中にもなければ代用する漢字もない字もある。その一つに、「木」へんに「青」という、広げて書くと「木青」という漢字があった。これに漢字の「木」がついて「あべき」と読むのだそうだ。日本人の名字には本当にいろんな漢字が使われているものである。

 MS-DOSが全盛だった時代は、JIS規格にない文字や特殊な記号などは、一太郎などのワープロでドットマトリックスを使って、しこしこと「外字」なるものを作っていたものだが、WindowsなどのGUI環境では、フォントの大きさに依存しないアウトラインフォントが使われるので、外字を作る事も簡単ではなく、そういう発想自体がなくなってしまった。

 最近では、これらJIS規格により定められたコードの他に、Unicodeという、世界中の文字を一つのコードにしてしまおうというプロジェクトがあるらしい。こちらの方には20000字以上の漢字が登録されており、調べてみたら、先の「宮」の変形字は、Unicodeのu5babに存在した。

 さらに、このUnicodeや「諸橋大漢和辞典」の50000字の漢字など、山ほどある漢字をすべて網羅して、漢字フォントを独自に作り無料公開しようというプロジェクトもある。それが京都大学人文科学研究所で行われているe漢字プロジェクトである。プロジェクトの主旨なども含め、百聞は一見にしかず、是非一度ご覧いただきたい。日本や中国にはこんなにも漢字があるのか、と、思わずうなってしまう。

 幾万の漢字を持っているということもすごいが、それらを電子化してしまうという努力にも恐れ入る。こういう一見相反する文化を共存させてしまうところが日本という文化の底力なのかも知れない。


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