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暗転の中、静かな音楽が流れて来る
字幕&ナレーション
2012年7月、最初の患者が現れる。アメリカ カリフォルニア州の小さな町デイビス。
この町に住む、ごく普通の十三歳の少年が、二十一世紀中には解く事が不可能とされていた難解な数式を、
ある日曜の朝、犬の散歩中に突然解いた。少年は一躍時の人となり、将来の活躍を期待された。
が、そのわずか一年後、原因不明の突然死によりこの世を去った。その後間もなく、同じ症状の患者が
世界各国で次々に現れ始めた。彼らは例外無く天才的な頭脳を手に入れ、例外無く一年以内に死んで行った。
ジニアス・シンドローム(天才症候群)と名付けられたこの奇病を、医学界は必死になって解明しようと
したが、全く光が見えぬまま十年が過ぎた。しかし、彼らの価値を貴重と考えた世界医学機構は、
コールドスリープによって未来の医学に託すという計画、『プロジェクト・ホープ』を打ち出した。
字幕 2022年9月10日 午後8時 アメリカ フロリダ州 オーランド
プロジェクト・ホープ・キャンプ 日本ブース
虫の音が聞こえる丘。舞台高台の上に白衣を着た男が一人、天体望遠鏡で星空を見ている。
彼はプロジェクト・ホープの日本チーム医師、瀬名裕樹。そこへ女医の堤智子がやって来る。
堤 「瀬名先生、やっぱりここでしたか。」
瀬名 「堤先生、あれ?パーティーの方は?」
堤 「先生こそ、みんなさがしてましたよ。」
瀬名 「すみません、久しぶりにこんなに晴れたんで、星を見るチャンスかと。」
堤 「いよいよですね。」
瀬名 「ええ、数時間後にはみんな長い眠りに入る」
堤 「愛ちゃん、先生の事…」
瀬名 「ええ。でも彼女も分かってると思います…」
堤 「先生の病状の事は?」
瀬名 「それは(人差し指を口の前へ)」
堤 「でも。」
瀬名 「お願いします。」
堤 「…了解。そうだ、後一つ。トワちゃんの事、何か分かりました?」
瀬名 「いえ。彼女が他の患者と少し違うって事以外は。」
堤 「実の叔父でも?」
瀬名 「ええ。分かっているのは、献身的ないい子だってことくらいです。」
堤 「おっと、噂をすれば。」
上手から、瀬名トワと鷹野愛が話をしながら入って来る。
愛 「トワ〜。そんなに凹むことないよ。」
トワ 「うん…」
愛 「そりゃさ、『私に何かできることありませんか?』が口癖のあんたが、散々苦労して看護士の資格取った矢先に、いきなりコールドスリープじゃさ…。」
トワ 「うん…」
愛 「あたしだって、夢あんのになぁ…。」
トワ 「日本人初の女性F-1レーサー。」
愛 「そう。」
愛、素早く空中の何かをつかむ。
愛 「よっ!(手のひらを見て)せっかくこんなにすごい動体視力を手に入れたのになぁ。」
トワ 「なぁに?」
愛 「コオロギ。」
トワ 「きゃーっ!」
愛 「あ、ごめん、コオロギも駄目か。(コオロギを捨てる)」
トワ 「駄目駄目駄目駄目!虫は絶対駄目!」
愛 「大丈夫、もう逃がした。」
トワ 「もう、ホント勘弁してよ愛ちゃん…」
愛 「子どもの頃は一緒にカブトムシとか採りに行ったのになぁ。」
トワ 「やめてぇ!」
愛 「カブトも駄目か。」
トワ 「カブトだけならだいじょぶ。」
愛 「ムシがつくと…」
トワ 「駄目駄目駄目駄目!」
しばし沈黙
愛 「茶碗蒸し」
トワ 「やめてぇええええっ!」
愛 「重傷だね。」
上手からケイとミーが入って来る
ケイ・ミー 「トワねーちゃんあそぼ!」
愛 「おっ!ケイちゃんもミーちゃんもパーティーにあきたか?」
ケイ 「つまんないから呼びに来たの。一緒にオセロしよう!」
ミー 「マリオやろう!」
ケイ 「ずるい!私が先!」
ミー 「私が先!」
ケイ 「ずるい!」
ミー 「ずるい!」
トワ 「こらこら、喧嘩はだめよ。」
ケイ・ミー 「はーい!」
愛 「やっぱすごいわあんた。私ならこの子達の喧嘩止めるのに一時間かかる。」
トワ 「大げさ。」
ケイ・ミー 「大げさ。」
愛 「あたし思うんだよね。ほら、トワの能力ってまだわかってないじゃない?」
トワ 「うん。」
愛 「きっとこれよ。喧嘩の仲裁。」
トワ 「喧嘩の仲裁?」
愛 「素敵な能力じゃない?」
トワ 「本当にそうだったらね。でもこのまま眠りについて…もし目覚めなかったら…」
愛 「もう、またブルーモード?」
トワ 「だって…正直怖くてたまらない…」
愛 「(ちょっと考えてから)そうだ、とっておきのおまじない教えてあげる。」
トワ 「おまじない?」
愛 「手をこうして、指を絡めて」
トワ、ケイ、ミー、愛の真似をする。
愛 「『絶対負けニャイ!』はい言って。」
トワ 「何それ?」
愛 「一人指切り。」
トワ 「一人指切り?」
愛 「自分と約束するのよ。はい『絶対負けニャイ!』」
ケイ・ミー 「『絶対負けニャイ!』」
トワ 「『絶対負けニャイ!』」
愛 「はい、これでおまじない成立!」
トワ、愛、ケイ、ミー、笑う。
堤 「楽しそうね。」
愛 「堤先生。」
トワ 「裕樹おじさんも。」
瀬名 「よお。」
愛 「そっか、また星見に来てたんだ。」
トワ 「今日はすごく星が多い。」
堤 「ホント。星座もわからないくらいね。」
愛 「わかるよ。あっちのメソメソ泣いてるようなのが『トワ座』。」
トワ 「何それ?」
愛 「こっちの喧嘩してるようなのが『ケイとミー座』。」
ケイ・ミー 「え〜っ!」
愛 「そっちの怒ってるみたいなのが『ツツミ座』。」
堤 「なんですって?」
みんな笑う。
瀬名 「こらこら、勝手に星座を作っちゃ駄目だよ。星座の数はね、1928年に国際天文学連合が88星座を決めてから、勝手に増やしたり減らしたりしちゃいけなくなったんだ。」
愛 「かたいなぁ〜。」
堤 「そうよ。自由でいいじゃないですか。宇宙は広いんですから。」
ケイとミーが歌い出す。
ケイ・ミー 「♪みぃあ〜げてぇごらん〜 夜の〜ほ〜しを〜♪」
瀬名 「おぉ、よくそんな古い歌知ってるねぇ。」
トワ 「小学校で習ったよ。平井堅だっけ?」
瀬名 「元は坂本九。」
堤 「あの子達の、亡くなった母親が好きだった歌なの。」
堤とトワも歌い出す。愛、瀬名に近づく。 瀬名の右手を見つめ、急につかみ上げる。
瀬名 「いててっ!」
愛 「指輪、ちゃんとしてくれたんだ。」
瀬名 「え?あぁ。」
愛 「でもなんで右手の中指?」
瀬名 「いや、こんなのプレゼントされたことないし、ここしかぴったり合わなくて。」
愛 「ま、つけてくれただけでもいっか。(ちょっと考えた後、意を決して)…瀬名先生。」
瀬名 「ん?」
愛 「あ…いや…なんでもない。」
瀬名 「…そう。」
愛 「うん。今度言う。」
瀬名 「今度?」
愛 「うん。今度…起きたら。」
瀬名 「…そうか。」
愛、瀬名も歌に加わる。
ゆっくりと暗転しながら、トワにスポットライトが当たる。
トワ 「おやすみなさい。」
スポットライトが消えてゆき暗転。
オープニング 音楽が大きくなり、プロジェクターでタイトル『トワの宇宙(そら)』。タイトルが消え『2022』が映し出され、『2222』までカウントが上がって行く。舞台中央奥に、光の玉。それを囲む人影が、徐々に光の玉から離れ、広がる。人影は大勢の兵隊。遠くで銃声や爆音、スクリーンには炎も。
やがて音も音楽も消え、暗転して行く。
(作:松本仁也/写真:はらでぃ)