トップページ > ページシアター > ニンフ(再演)(再演) > 本景2:part6|初演版 【公演データ】
そこへ、買い物袋を抱えた「ふゆか」が戻ってくる。
「ふゆか」 「ただいま」
4人、険悪な雰囲気。
ふゆか、意に介さず。
伸介 「…おかえり」
「ふゆか」 「誰も出ていってないの」
久 「御覧のとおりだ」
「ふゆか」 「そう」
「ふゆか」楽しそうに袋の中身をあける。
大量のカレーのルーが出てくる。
幹夫 「すげえ…」
「ふゆか」 「難波さん、これだけあればいいかな」
アトム 「じゅじゅじゅ十分です」
アトム、選別にかかる。
久 「(呆れ顔で)よくこれだけ買ったもんだ」
「ふゆか」 「え〜とね、西友と東急、ダイエー、京王…あ、それから紀ノ国屋にも行った」
幹夫 「歩くのだって大変だろう」
「ふゆか」 「飛んでったから」
久/幹夫 「は?」
「ふゆか」 「(にっこり微笑み)飛んでったから、だいじょうぶ」
顔を見合わせる久と幹夫。
伸介 「冗談ですよ、冗談。さっきもこの人、私に会うなり言ったんです。“空を飛んで、ここまで来た。だってあたしは人間じゃない”」
久 「人間じゃない?」
伸介「ふゆか」 「ニンフ(再演)だから!」
幹夫 「妊婦、だろう」
伸介 「そう。フじゃない。プ。妊婦だって言ってんのに…」
「ふゆか」 「だってほんとうにニンフ(再演)なんだもん」
伸介 「だからそれは…」
アトム 「よ、よし、ここまで絞ったぞ」
アトムの前には厳選されたルーが数個。
幹夫 「どうやって識別したんだ?」
アトム 「に、匂いで」
伸介 「わかるんですか」
アトム 「え、ええ、大体のところは。で、でででも、ここからは、味わってみないと…」
言うなりアトム、ルーをチョコのように丸かじり。
幹夫 「げっ!」
久 「よく食えるな…」
アトム 「(次々に試食しながら)う、う〜ん、これはちょっと酸味が足りないな…こっちは化学調味料を入れ過ぎているし…駄目だ駄目だ雑味がありすぎる!…おっ!!」
念入りに咀嚼して。
アトム 「まったりとしていながら、まるで一陣の風のように喉を吹きすぎてゆく甘やかな香り…これだ!これにしましょう!」
ルーを割り入れる。
伸介 「食いかけのをそのまま?!」
幹夫 「きったね〜!!」
アトム 「だ、だってしょしょうがないでしょ」
久 「お前、変な病気とか持ってないだろうな」
幹夫 「嫌だぞ、このカレーで感染したら」
「ふゆか」 「平気だよ。もし難波さんが変な病気持ってたら、まずあたしを通してみんなにうつってるから」
幹夫 「それもそうだな」
久 「全くだ」
大笑いする5人。
幹夫 「…俺一人だと思っていたのに…(泣く)」
久 「…悲しい現実を思い出してしまったな」
「ふゆか」 「どうしたの?」
伸介 「去年のクリスマスイヴ。…覚えてますか」
「ふゆか」 「もちろん」
伸介 「あなた、同じ日にこの4人と会ったって。しかも…」
「ふゆか」 「しかも?」
久 「…4人の男と、寝た」
「ふゆか」 「(晴れやかに)うん」
幹夫 「お前、俺たちを弄んでいたのか!」
「ふゆか」 「イヴは1日しか、ないじゃない」
幹夫 「…」
「ふゆか」 「その1日のうちに、どうしても会いたい人が4人いる…それだけのことよ」
久 「誰か一人と、とは考えないのか」
「ふゆか」 「どうしてそんなことしなくちゃならないの?だってあたしは4人とも、大好きなのに」
伸介 「…4人とも、大好き…」
「ふゆか」 「(頷いて)みんなと出会えて、本当に良かった」
「ふゆか」隣室へ去る。
沈黙。鍋の煮立つ音だけが響く。
アトム 「(元気づけるように)あああ、あとは、煮込めばいいだけですから…」
沈黙。
アトム 「と、とろ火で、ゆっくりと…」
沈黙。
アトム 「…ききききっと、美味しい、カリーに、なりますよ…」
沈黙。鍋の煮立つ音だけが響く。
その沈黙を破るように。
幹夫 「…あの日、あいつ、少し風邪気味だったんだよな」
久 「おい」
幹夫 「たぶん俺がトップバッターだったんだ。午前9時に会ったからな。…あいつ、熱っぽい潤んだ眼をしていて、それがまた妙に色っぽかった」
久 「おいってば」
幹夫 「休ませてやれば良かったんだけど、久しぶりに会えたもんで嬉しくってな〜。あっちのデパート、こっちのレストラン…最後はフラフラしてたよ、あいつ」
久 「よせよ、もう…」
アトム 「ななななるほど、そそそれで僕と会ったとたん、ばったり倒れたんですね」
幹夫 「倒れたか、やっぱり!」
アトム 「いいいいきなりですよ“ごめんね難波さん、遅れて…”(倒れる)」
幹夫 「(受け止めて)吃驚したろう」
アトム 「そ、そりゃあもう。あわてて薬買って飲ませて…」
幹夫 「え!?俺も飲ませたぞ」
アトム 「な何を?」
幹夫 「葛根湯。そっちは?」
アトム 「カコナール。あなたは?」
久 「パブロン。最後は?」
伸介 「…点滴。あの人は…」
アトム 「よ、よく不満も言わずにみんなと付き合いましたよねえ」
伸介 「不満どころか、すっごい楽しそうでしたよ。久しぶりに会えて、嬉しい、嬉しいって何度も…」
アトム 「そ、そうそう。それでニコーッて笑うんですよね。こっちまでつい微笑んじゃうような、幸せそうな顔でニコーッ」
伸介 「ニコーッ」
久 「そんな阿呆づらじゃない!もっと、こう…そうだ、春に咲く満開の花のように、ニコーッ」
幹夫 「違うね、秋の暖かい日ざしのようにニコーッ」
久 「やめろ、その下品な笑い方!」
久、幹夫の顔をつまみ上げる。
幹夫 「あだだだだ!お前こそ、いやらしいぞ!」
幹夫も負けじとつまみ上げる。
つまみ上げがエスカレートしていく。
伸介 「やめてくださいよ!いい大人が…」
アトム 「ちょ、ちょっと!」
隣室から「ふゆか」の楽し気な唄声が聴こえてくる。
気付いた男たち、動きを止める。
アトム 「…なにか、聞こえませんか?」
久 「唄だよ…唄、うたってるんだ、あいつ…」
幹夫 「好きなんだよな、あいつ、この唄」
久 「(得意げに)ま、買ってやったけどね、イヴに、俺が」
アトム 「僕も、買いました」
幹夫 「俺だって」
伸介 「私も、欲しいってねだられて、1枚…」
顔を見合わせる4人。
幹夫 「なんだよ…」
アトム 「しょうがないなあ…」
久 「しょうがねえ…」
笑う4人。
伸介 「アーア」
4人 「アーア!」
唄、大きく入る。
「あんまりあなたがすきなので」。
転。
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)