トップページ > ページシアター > ダンボールキッチン > 第26回 【公演データ】
下手から疲れきった様子の夢子、キッチンへ。
夢子 …ただいま…俊?…俊…
椅子に座り込み、頭を抱える夢子。
庭のアトム、目を覚ます。キッチンを見て顔をほころばせ、ナルコを揺り起こす。
ナルコ …なによ…
アトム、無言でキッチンの様子を指し示す。気づき、見入るナルコ。
ナルコ …直ったんだ、テレビ…
アトム テレビやないよ
ナルコ …
アトム、立っていき、ガラス戸をコツコツと叩く。
顔を上げてアトムを認めた夢子、不機嫌そうに立って来る。
夢子 なにやってるの、そんなところで…
アトム おかえんなさい
夢子 (ダンボールハウスを見て)きったない…片付けてよ、ちゃんと
アトム へえ
夢子 ナルコ、入りなさい。風邪ひくわ
ナルコ …
夢子 …もう、この寒いのに…
夢子、庭へ下りる。同時に覚、帰ってくる。
声をかけようとするが気を変え、そのまま成り行きを見つめる。
夢子 ねえ、家に入りましょ。あたし寒いの嫌い…
ナルコ …どうして
夢子 え?
ナルコ どうして帰ってきたの
夢子 (戸惑って)どうしてって、どうしてよ?
ナルコ …
夢子 自分の家に帰って来ちゃいけないの?
ナルコ …いないのに?
夢子 (ますます戸惑って)え?
ナルコ …お兄ちゃんもお姉ちゃんもいないのに…
夢子 あなたがいるじゃない
ナルコ …あたし?
夢子 さっきから何言ってるのナルコ。あなたがいるから帰って来たのよ。当たり前でしょ、そんなこと
ナルコ …
夢子 さ…(ナルコの手を取り)ほらこんな冷たくなって…
キッチンに戻りかけた夢子の背中に、ナルコむしゃぶりつく。
夢子 ちょっとナルコ…
ナルコ、声をあげて泣く。赤ん坊のように、全身を使って泣く。
最初のうち夢子、面食らうが、やがてナルコを抱きしめ、不器用に頭を撫で始める。
泣き続けるナルコ。その様子をじっと見詰めていた覚、庭に下りてくる。
ナルコの立っていた場所からキッチンを見つめ。
覚 …ここからはこんな風に見えるのか…
アトム …
覚 …不思議な気持ちがする…まるで自分の家じゃないみたいだ…
アトム …
覚 おい。今日はここで飯を食わんか
夢子 嫌よ、こんな寒いところ…
覚 ナルコは?
ナルコ …
覚 嫌か、やっぱり。…そうか、それじゃあ仕方ない…
覚、部屋に戻りかける。あわてて覚の服の裾を掴むナルコ。
覚、立ち止まり、にっと笑う。
覚 決まりだ
ナルコ、小さく頷く。
覚 アトム、何か作れるか
アトム ちょっと待ってくださいよ…(キッチンへ戻る)
夢子 また倒れたって知らないわよ
覚 熱燗も飲みたいな。冷えるから敷物もいるぞ。よし焚き火を起こそう
夢子 もう…言い出したらきかないんだから…
覚 古新聞どこだ古新聞
はしゃぐ覚。その姿を見つめる夢子の眼差しはいつになく柔らかい。
アトム すんまへん。奥様
夢子 運べばいいのね
覚 あったあった。ナルコ、手伝ってくれ
ナルコ …うん
4人、食材を運んだり、焚き火の用意を始めたり。
ナルコ 青空のした芝生のうえで…か
ナルコ、かすかに微笑む。
ナルコ とんだピクニック…
アトム なんや
ナルコ 別に。…あ…
ナルコ、天を見上げる。ちらちらと、細かい雪が落ちてくる。
夢子、覚も同じように見上げる。
覚 初雪だ…今年は早いな
夢子 ええ…
4人、見上げる空。ナルコそっと呟く。
ナルコ …夢じゃ、ないよね…
アトム …
ナルコ 今度は、夢じゃないよね…
アトム ええ…夢なんかやありまへん…
寄り添う4つの影。
転。
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)