△ 「ニンフ」終景


トップページ > ページシアター > ニンフ > 終景再演版 【公演データ

<前一覧次>

茫然と、床に座り込む伸介。
まず、アトムが、そして久が、最後に幹夫が起き上がる。

幹夫 「あれ…俺、なんでこんなところで寝てるんだ」舞台写真
「…「はるか」が…ワインに、なにか…」
幹夫 「そうだ!「あきか」の腹の子の、父親の話だったんだ!」
アトム 「ど、どどならないでください」
「まだ眼がまわるぜ、くそったれ…」

久、伸介に気付く。

「おい、「はるか」はどうした」
伸介 「…」
「「はるか」だよ、どこにいるんだ。おい…」

伸介の眼から、静かに涙がこぼれ落ちる。

「「はるか」に何かあったのか!?」
伸介 「行っちゃった…」
「行った?何処に!?」
伸介 「故郷へ…風に…風に乗って…」
アトム 「だだだだいじょうぶですか」
幹夫 「ショックで頭にきたんじゃねえのか?」
伸介 「本当なんだ!大きなトランクを持って、…この窓から…」

窓に駆け付ける3人。

「ここ、8階だぜ。こんなところから出られるわけが…」
伸介 「だから飛んで行ったんだよ!…本当だ…信じてくれよ…」

久にしがみつき、泣き崩れる伸介。
顔を見合わせる3人。

幹夫 「…隣の部屋を、見てくる」
アトム 「じゃ、ぼ僕はトイレと風呂場と…」
「俺はベランダに行く」

3人、名前を呼びながら捜しまわる。

「どうだった!?」
アトム 「い、いません。そ、それよりも…」
「それよりも?それよりもなんだ!?」
幹夫 「…痕跡が、ないんだ。ここで女が一人生活していたっていう痕跡が、全くといっていいほど」
「なんだって…」
幹夫 「家具はおろか、カーテンも、明かりも…。ゴミひとつ、落ちてないときやがる」
「トイレも?風呂場もか!?」舞台写真

アトム、夢中で頷く。

アトム 「ふ、風呂場の蛇口をひねってみたんです。そ、そしたら真っ赤に錆びた水が…」
「(呻くように)…なんてこった…」

間。
一陣の風が、4人の間を吹き抜けていく。

アトム 「あ、会えないんでしょうか、もう…」
幹夫 「…さあ、な…」
伸介 「会えますよ」

3人、伸介を見つめる。

「…会える、かな」
伸介 「(頷いて)その時は、違う名前で呼ばなくちゃ…」

間。
と、突然、部屋の隅に置いてあるCDラジカセから、音楽が流れ始める。
吃驚する4人。

幹夫 「なんだなんだ!」
「タイマーだよ、あいつがセットしたんだろう」
伸介 「…この唄…」
幹夫 「ああ…」
「…最後まで、ひとを馬鹿にしやがって…」

唄は、そう。はるかが大好きだったあの唄。
間。

アトム 「かか、カリー」
伸介 「え?」
アトム 「食べちゃいませんか」
伸介 「…でも…」
幹夫 「そうだな、食おう!」
伸介 「…滝口さん…」

幹夫、伸介の肩に手を置いて。

幹夫 「食おうぜ。みんなでせっかく…「あいつ」のために作ったんだ」
伸介 「…はい」

テーブルに着く4人。

「さすがに冷えちまったな」
伸介 「冷えてもうまいです」
アトム 「あっ!だだだ誰ですか、ニンジンを丸ごと1本入れたのは!?」

皆の視線が幹夫に集中する。

幹夫 「…すみません」
アトム 「こ、こ、これじゃ固くてとても…」
幹夫 「わかったよ、責任とって俺が食うよ」舞台写真
「しかし、ホントに旨いカレーだな」
伸介 「おかわり、しましょうか」
「すまん」

賑やかに、晴れやかに、食事は進んでいく。
底に、寂しさをたたえつつも。
やがて唄が男たちの話声を圧するようにどんどん大きくなってゆき、
同時に明かりが静かに静かに細くなり---------

----------ここに、幕は閉じる。

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

<前一覧次>


トップページ > ページシアター > ニンフ > 終景再演版 【公演データ