たーぼうと神社

著作:岡村祐聡


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目次

その一

その二

その三

その四

その五


その一

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 昔々あるところに、たーぼうという男の子がおったそうな。たーぼうのおっかあはそれはそれは働き者で、毎日朝暗いうちから夜遅くまで、畑仕事に、わらじ作りに、機織りにと、一生懸命働いておったそうな。たーぼうのおとうはたーぼうがまだ小さいうちに亡くなってしもうて、たーぼうはおとうの顔は覚えておらんかった。しかしおっかあはいつもたーぼうに、

「おまえのおとうは、それはりっぱなおとうじゃったよ。」

と話して聞かせておった。そんなわけでたーぼうは、会ったこともないおとうを自慢に思っておった。

 育ち盛りのたーぼうは、それはたくさんおまんまを食べよったが、びんぼうな暮らしのために食べるものが足りんこともようあった。そんな時おっかあは自分は食べずにみーんなたーぼうに食べさせておった。

「おっかあ・・めし食わんのか?はらへらねーか?」

 するとおっかあはニコニコしながらこう言いよった。

「おらぁだいじょうぶだ。たーぼうは、はらいっぱい食ってけれ。そしておとうみたいなりっぱなおとなになるんじゃ。ええなぁ。」

「もちろんじゃ。おら、おとうみたいなりっぱなおとなになる。おっかあ、おかわり!」

「あー。たーんと食え。」

 こうしてたーぼうはすくすく育っていったそうな。

 村にはわんぱくぼうずが何人かおって、庄屋の息子のごんたがガキ大将じゃった。ごんたはいつも子分を二〜三人連れておって、なんでも自分の思ったとおりにしようとするのじゃった。

 ある日のこと、

「おい、たーぼう。今日からぬしゃぁおらの家来になれ。ええなぁ。おらの言うことはなぁーんでもきくんじゃ。」

「わしゃいやじゃ。なんでおらがおめーさんの家来にならにゃあかんのじゃ。おらそんなのいやじゃ。」

「おらんちのおっとうは庄屋だぞ。おらんちにはたぁーんとお金がある。おめーっちはびんぼうじゃろが。びんぼうにんはお金持ちの言うことをきくもんじゃ。」

「なしてびんぼうにんはお金持ちの言うことをきかにゃいけんのか?おしえてけろ。」

「おっとうがいつも言いよるけ。『世の中お金があればどうにでもなりよる。お金が一番大切じゃ。えらくなるにはお金がたぁーんとなけりゃいかん。』ってのう。そやからびんぼうにんよりお金持ちの方がえらいんじゃ。」

「そーかぁ・・・えらくなるにはお金がたーんとなけりゃいかんのかぁ・・・。」

 たーぼうは、畑をたがやしているおっかあのところまで走って行くと、

「なぁおっかあ。おとうはお金持ちやったんか?おとうはりっぱなひとやったんやろ?そしたらお金いっぱい持っとったかぁ?」

と、おっかあにきいてみよった。

「なに言い出すかと思ったら・・・・たーぼうだって知っとるじゃろが。うちにはお金なんかあらへん。」

「そやかておとうはりっぱな人やったんやろ?庄屋んとこのごんたが『えらくなるにはお金持ちでなけりゃぁいかん』言うとった。」

 おっかあはそれを聞くといつものようにニコニコしながら、たーぼうを畑のわきの切り株のところへ連れていった。

「たーぼう。そこへすわりん。えーかぁ、たーぼう。庄屋どんのおうちは、そりゃお金持ちや。うちは、たーぼうも知ってのとおり、びんぼうじゃ。しかしなぁ、たーぼう。びんぼうでもこないして一生懸命働くことができて、おてんとさまに手を合わせることができる。それだけでもありがたいことやないか?どうや、たーぼう。」

「うん。」

「わしら人間はなぁ。いや人間ばかりではあらへん。すべての生き物はなぁ、神様から生かしていただいているんじゃ。ということは、そのお礼は誰にせにゃあかん?」

「そりゃぁ神様にきまっとる。」

「そーじゃ。たーぼうはえらいなぁ。そのとおりじゃ。そしてなぁ、たーぼう。神様はどんな人間をほめてくださるかのぉ。」

「そりゃぁ心がきれいで、人様のことを思いやれる人じゃがね。何も神様じゃのうても、そういう人はみんなによろこばれる。」

「そーじゃ、そーじゃ、たーぼう。それでいいんじゃ。じゃあ聞くがのぉ、たーぼう。お金がないと人様によろこばれる人にはなれんのか?」

「でも、お金があって、それを人様のために使った方が、ないよりよろこばれるのとちがうか?」

「そりゃそうじゃ。おっかあは何も、お金があっちゃいかんなんて言っとらん。お金のあるなしでえらいかどうかが決まるんじゃないと言うとるんじゃ。そりゃぁお金がのうてもえらい人が、お金をぎょうさん持っていて、それを人のために使うたら、もっとえらくなれるがな。そうじゃろ?」

「そうかぁ。それじゃ、おっかあ。おらもお金がのうても、えらい人間になれるのじゃな?」

「そうじゃ、そうじゃ。たーぼうはえらいなぁ。そのとおりじゃ。」

 


その二

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 その日の晩のこと。たーぼうが眠りにつくと、夢の中におとうが出てきよった。

「おい、たーぼう。元気にしとるか?」

「おとう!本当におとうか?会いたかったぁ!」

「おとうはなぁ。今、天国におる。今日は大事な話をするために来たんじゃ。」

「なんじゃぁ?大事な話って?」

「わしがこっちの世界に来てから、ぼちぼち十年になろうとしておる。その間おっかあがほんに一生懸命働いてくれたおかげで、わしも天国での修行に打ち込むことができた。」

「おとうは天国で何の修行をしているんじゃ?」

「もっと、もっと立派になるための修行じゃよ。えーか、たーぼう。よーく聞け。わしはもうすぐ修行があけて、神様におつかえすることができるようになる。地上に生きる皆の衆の願い事を、神様に取り次ぐのがわしの役目じゃ。そこでなぁ、たーぼう。おまえに頼みがあるんじゃが、聞いてくれるか?」

「頼みって、なんじゃぁ?わしでできることなら何でもするぞ!」

「それはなぁ、たーぼう。わしの仕事場を作ってほしいんじゃ。」

「おとうの仕事場か?」

「そうじゃ。わしの仕事場じゃ。明日の朝まだ暗いうちに起きて、うちの前で日の出を待つんじゃ。おてんとさまは三つある裏山のうち、どれか一つのちょうどてっぺんからのぼって来よる。そのお山のてっぺんに、小さくても良いからほこらを建ててくれ。そこでわしが皆の衆の願い事を、神様にお取り次ぎするのじゃ。心のきれいな人の願い事は、何でもかなえてくださるぞ。」

「おてんとさまがのぼったお山のてっぺんじゃな。」

「そうじゃ。それからもう一つ。ほこらが建ったら村の衆を集めて盛大に祭りをやってくれ。そうするとほこらまで登ってくる参道のわきに泉がわきだすはずじゃ。これで今までのように、遠くの川まで水くみにいかんでもようなる。畑の作物もよう育つようになる。」

「うんわかった!でもおとう。どうしたらほこらが建てられるんじゃ?おらっちにそんなお金はないぞ。」

「それはなぁ、たーぼう。自分でくふうするんじゃ。ええなあ。」

「くふうするって言うても、どないするんや、おとう。なぁ、おとう!」

 たーぼうがいくら呼びかけても、おとうはもうなにも言わずにただニコニコしながらたっているだけやった。そして、やがてきえてしまいよった。

 


その三

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 翌朝、たーぼうは夢でおとうに言われたとおり、まだ暗いうちに起きると、家の前で日の出を待った。

「どの山じゃろう・・・。」

 やがておてんとさまは、三つある裏山のうち、たーぼうのうちに一番近くて一番低い山のちょうどてっぺんからのぼって来よった。

「この山がそうか!」

 たーぼうはいちもくさんにかけだすと、山のてっぺんにのぼりよった。そこはちょうどほこらを建てるのに良いくらいの空き地になっておった。たーぼうはその場に腰を下ろすと、はたと考え込んでしまった。

「さて、ここにほこらを建てるにはどうしたらええかなぁ。庄屋どんのうちと違っておらっちにはそんな金はねえ。だが、待てよ・・・。庄屋どんは最初っから金持ちやったんやろか?前に庄屋どんが子供のころは、おらっちと同じ百姓やったって聞いたことがあった気がしよる。だとすると、庄屋どんはおらっちと同じ百姓から、今のような大金持ちになったということや。庄屋どんが百姓からお金持ちになれたのなら、おらもがんばればお金持ちになれるのと違うやろか?そしたら小さなほこらやのうて、このお山いっぱいに大きな神社を建てればええやないか。よし!庄屋どんにどないしたら金持ちになれるのか、聞いてこよ!」

 たーぼうはうちへ飛んで帰ると、朝ごはんもそこそこに庄屋どんのところへ出かけて行った。

「庄屋どん!庄屋どん!お頼みもうす。」

「おや、たーぼうじゃないか。ごんただったら、今日はとなり村までお使いに行かせてるすしてるよ。わるかったなぁ。」

「そうじゃない。今日は庄屋どんにお願いがあるんじゃ。」

「おや、私にかい?それなら中に入りなさい。」

 

 部屋へ通されたたーぼうは、夕べの夢から一部始終を庄屋どんに話すと、

「なあ庄屋どん。どうしたらおらもお金持ちになれるのか教えてくれろ。おら、お金持ちになって、おっかあに楽させてやりてえ。りっぱな神社を建ててみてえ。泉も湧けば村のみんなも助かるし、どんな願い事も神様が聞いてくださるそうやから、村のみんなにもきっと良いことがいっぱいおきるにちがいねえ。なあ庄屋どんおしえてくれろ。」

 


その四

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 庄屋どんはたーぼうの話を聞きながら腕組みをすると、やがて目をつぶってじーっと動かなくなってしもうた。たーぼうが話をやめてもしばらく、庄屋どんはそのまま動かんかった。たーぼうが何も言わない庄屋どんにしびれを切らして、声をかけようとしたちょうどその時・・・、

「よし!決めた!」

 庄屋どんは突然大きな声を張り上げて、こう叫びよった。

「なんじゃぁ、庄屋どん。びっくりするなぁ・・。」

「たーぼう。おまえはほんにりっぱな子だね。おまえの話を聞いていて、私も若いころにおまえとおんなじように考えていたことを思い出した。たしかにおまえに言うとおり、私の子供のころは、びんぼうな百姓だった。おとうやおっかあに楽させてやりたくてなぁ、それはそれは一生懸命働いたもんだ。おかげで今では、こうしてお役人様から庄屋を仰せつかるようにまでなれたし、おとうもおっかあも死ぬまで幸せに暮らしてくれた。それが何よりうれしかったわ。だが私も長いぜいたく暮らしで、たーぼうのような素直な心を忘れていたような気がする。お金がすべてだと、思い違いをするようになっていたわ。なぁ、たーぼう。その神社、私に建てさせてくれんか?今までの幸せにさせてもろうたのも、すべて神様のおかげや。そのくらいのことはさせてもらいたい。それからなぁ、たーぼう。おまえならきっとお金持ちになれるぞ。一生懸命働けば必ずお金持ちになれる。」

「ほんとうか!おら一生懸命働く。でも、どうしたらええんじゃ?」

「どうしたらお金持ちになれるか知りたいか?それはなぁ、自分で考えることだ。」

「なんじゃ、教えてくれんのか?」

「ちがうちがう。自分で頭を使って考えることが、お金持ちになる方法なんだよ。いいか、たーぼう。人と同じこと、人に教わったことをして、どんなに一生懸命働いたとしても、人と同じくらいしかなれない。そう思わないか。」

「なるほど。そりゃぁそうじゃ。」

「しかし、、どうしたらより良くなれるか自分で考え、人のしないこと、人がまだ気が付かないことをすれば、その分だけ人より良い結果がでるようになる。そうだな。」

「そうかぁ・・・。」

「そうやって努力を積み重ねていけば、必ずお金持ちになれるんだよ。私もそうしてきた。ただ一つだけ、忘れてはならないことがある。」

「何じゃそれは?おしえてけろ!」

「人様のためを思う気持ちと、感謝の気持ちを忘れないことだよ。たーぼう、いいか。自分が豊かになることで、他の人も喜んでくれるようなら、自分はどんなに豊かになっても人は何にも言わない。いやむしろ、協力してくれるだろう。その逆に自分が豊かになることによって、他の誰かが損をしたと思うようなら、必ず邪魔をされる。これでは、絶対に成功しない。だから、自分が豊かになろうとするときに、必ずその結果まわりの人も喜んでもらえるように、人様のことをいつも考えていることだ。そしてどんなに小さなことでも感謝の心を持つことだ。私もたーぼうに感謝しているよ。」

「お、おらにかぁ?どうしてだぁ?」

「たーぼうのおかげで、私自身忘れかけていた大切なことを思い出すことができたからだよ。それに、神社を寄進できれば、神様にも少しは恩返しができるというものだ。そうすれば村の衆のためにもなる。ありがたいことじゃないか。たーぼう、お礼を言いますよ。ありがとう。」

 


その五

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 それから庄屋どんは、お役人様のお許しをもらうと、それはそれはりっぱな神社を、たーぼうの家の裏山に建てよった。そして村中の人たちが集まってお祭りをしていると、庄屋どんが作ったりっぱな参道のわきから、こんこんと泉が湧き始めた。その泉はやがて小さな小川となって、村の中を横切り、向こうの川まで流れ込むようになった。おかげで村の衆は、遠くの川まで毎日水くみに行く必要がなくなり、畑の作物もよう育つようになった。そして、これまで水を引くことができなくて作れなかった、お米を作ることまでできるようになった。また、村の衆がこの神社に願い事をすると、何でもかなうということで評判となり、遠くからはるばるお参りに来る人も増えて、村もたいそう賑わうようになってきた。

 さて、たーぼうの家は、この神社に一番近かったので、遠くからはるばるお参りに来た人たちに、軒先を貸して一休みしてもらったりしていたが、やがて参拝客がひきも切らないようになると、しだいしだいにお客の方から請われて食事などを出すようになり、食事処に、茶屋に、みやげものに、旅館までかねた、あたりで一番大きな商家になっておった。また、裏の泉の水がたいそうおいしいので、お酒を造って神社に奉納するようにしたところ、これがまた参拝客の間でおいしいと評判になり、飛ぶように売れたということじゃ。そして、たーぼうは、目の廻るような忙しさをものともせずに一生懸命働き、常に感謝の心を持ってどんなお客さんも大切にしたので、お客さんからもたいそう喜ばれ、ますます繁盛するようになっていった。もちろん、おっかあも幸せに暮らしたということじゃ。

          お し ま い。


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