2024年7月のミステリ 戻る

にわか名探偵 ワトソン力 
光文社 2024年 大山誠一郎著 252頁
あらすじ
「屍人たちへの挽歌」   『ある詩人への挽歌』『屍人荘の殺人』
「ニッポンカチコミの謎」 『ニッポン樫鳥の謎』
「リタイア鈍行西へ」   『シベリア急行西へ』
「ニの奇劇」       『ニの悲劇』
「電影パズル」      『孤島パズル』
「服のない男」      『顔のない男』
「五人の推理する研究員」 『六人の熱狂する日本人』『六人の嘘つきな大学生』
の7作品
感想
「アリバイ崩し承ります」の作者の「ワトソン力(りょく)」シリーズ2冊目とか(2冊目から読んでしまった)
警視庁捜査一課 第二強行犯捜査第三係勤めの和戸宋志(わとそうじ)は、「アリバイ崩し承ります」と同じく他力本願刑事であるが、
彼には特殊能力があった。それは非番の時に事件に遭遇する能力と、事件時に発動し一定範囲内にいる人間の推理力を飛躍的に向上させる能力。
(残念ながら自分の推理力は向上しない)
それを和戸はワトソン力と読んでいた。(だってきっとワトソンにもそういう能力があったんじゃないかと思うんだもん。)ヘイスティング力ではなかった。
クローズドサークル物なので、居合わせた人たちの中に犯人がいる! 地取り、鑑取りの地道な捜査は必要ない。そこで始まる推理合戦。
推理している人は目の前の人を遠慮会釈なく「あなたが犯人!」って名指すの。そこには親分子分も親子もない非情さ。
危険やん。現場には非力な警察官がひとりしかいないのに。しかも非番中の。危機管理能力を凌駕する推理力が爆走する。
犯人側も頭をフル回転させて別人を犯人に仕立て上げようと防衛する。といったとぼけた話でおかしい。
 
同じような話が続くので、一日一話づつ読んで楽しんだ。
「屍人たちへの挽歌」と「ニッポンカチコミの謎」、そして「ニの奇劇」がいいな。
「ニの奇劇」は「ニ」と名付けたのもいいと思う。孤島がふたつあるという、なかなかのアイデア。ありえんけど小学生みたいで笑った。
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死と奇術師 DEATH AND THE CONJUROR
ハヤカワポケットミステリ 2022年 トム・ミード著 中山宥訳 239頁
あらすじ
1936年のロンドン。リーズ博士が自宅で殺される。関係者の話によると現場の書斎は密室だった。
感想
現代人の著者による古典的ミステリ。
今の人が書いているのでレトロ風味ながら、色々工夫があり四苦八苦しなくてもサクサク読める。
たとえば博士の患者をA、B、Cにしてわかりやすいし、探偵役がひとを惑わす奇術師。捜査の合間にマジックを披露してあきさせない。
 
ネタバレかな。
密室化は当初から頭を絞って計画されたものでは、なかったというのが面白かった。
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P分署捜査班:集結 I BASTARDI DI PIZZOFALCONE ピッツォファルコーネのろくでなし
創元推理文庫 2013年 マウリツィオ・ジョバンニ著 直良和美訳 327頁
あらすじ
イタリアのナポリにあるピッツォファルコーネ署。所属の刑事全員(4人)の不祥事で刑事は一掃され分署は悪名が轟き存亡の危機にたたされる。
貧困層、ホワイトカラーの中間層、アッパーミドルの実業家、そして貴族と4階層の住民が三キロ四方にひしめいている地区。お世辞にも治安がいいとはいえない。
新たに集められた4人の刑事は、もちろん精鋭がそろうはずもなく他の四分署の問題児、もてあまし者ばかり。
マフィアに情報もらした疑いありのロヤコーノ警部を筆頭に、銃フェチの女、獰猛な右手をもてあましている男、そしてどこかの市長の甥とやらのスピード狂の若造の4人。
火中の栗を拾いに来たキャリアの新署長ひとりはりきっている。
感想
イタリアの警察ミステリ「P分署シリーズ」第一作目とか。本の名前が「P分署」なのは「特捜部Q」シリーズの向こうを張っているんやろか。(出版社のドヤ顔が目に浮かぶ)
ロヤコーノ警部にほの字の検事補ラウラ・ピアースが「モーセの紅海をわける」みたいな仕事ぶりでちょっと出来過ぎやけど、面白かった。
訳者は英米文学の翻訳家らしい。英語訳の日本語訳なのかな。「1セント貰っていたら」という表現がある。まあそんなことはどうでもよくて、読みやすい。
小説は日本人が持ってるであろうイタリア人のイメージ「コイバナ」好き、恋はもちろん好き(自分のも他人のも)、そして愛がなければ生きていけない
が、そこここに満ちている。加えて女は顔だけやなく、胸もでかくなくっちゃ、うんぬん。ハートマークがいっぱい。
読み終わって一番謎なのは、キャリアの新署長。この人はほんまにえーひとなんやろか、それとも今後化けるのか。
そして最後の「ガスにしよう」は、爆弾投げられたわ。いつか炸裂するの?
と興味は尽きない。
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郊外の探偵たち SUBURBAN DICKS
ハヤカワポケットミステリ 2021年 ファビン・ニシーザ著 田村義進訳 430頁
あらすじ
ニューヨークへの通勤が電車で75分のニュージャージー州郊外の小さな町。昔は農地だったが戦後開発され郊外住宅地となり今や白人のみならず中国人、インド人がコミュニティを作っている。その町のコンビニでインド系店員が射殺される事件が起こる。
感想
探偵役ふたりが変わっている。
ひとりはFBIのプロファイラー。やったけど、気が付くと郊外の専業主婦になってた33歳のアンドレア。計画があったのかなかったのか9歳を頭に4人の子供がいて5人目はスイカの様なお腹の中。人種はユダヤ系。
背は低く、容貌は本人曰く「もさもさの草が頭に生えたカバ」。身重の体の動きはスライムの様にゆっくりもったり。ついでに言うとできちゃった婚の夫とはうまくいっていない。夫の送り迎えをし、子供の世話を焼きママ友としゃべるだけの毎日。
ふたりめは中国系アメリカ人新聞記者のケネス・リー。若い頃スクープでピューリッツア賞を受賞したが、その後あせっちゃってでっちあげ記事を書きどん底に堕ちる。今も記者を続けているが鳴かず飛ばず。
という「こんなはずじゃなかったのに」のふたり。
しかし、ふたりとも能力は高かった。小さな違和感から頭脳はアンドレア、手足はケネス、そしてママ友たちの助けを借りて封印されていた悪事を暴く。
 
解説に「オフビートの痛快ミステリ」って書かれてる。痛快というより軽く書かれていてオフビートと言うしかない話の運び。うまいこと言いはるわ。
めちゃめちゃひどい話やもんな。こういう風に書くのは正解と思う。訳もさすがと思う。
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水車小屋のネネ 
毎日新聞出版 2023年 津村記久子著 482頁
あらすじ
1981年、18歳の理佐と8歳の律の姉妹は、荷物を持って山間の町に向かう。理佐がその町のお蕎麦屋さんに勤めるからだ。
お蕎麦屋さんの求人には「鳥の世話じゃっかん」が付記されていた。
感想
「水車小屋のネネ」というから、姉妹に親切にする水車小屋のネネばあさんの話かと思って読み始めたら、違っていた。
ネネは鳥、ヨウム。
このヨウムは、初めて会った姉妹の前でプロコム・ハルムの<青い影>(知っているように書いていますがユーチューブを聞いて、ああこの曲かとわかった)を歌い上げる。しかも仕事も持っている。
 
1981年から始まる10年ごとの30年の物語。
大人になった主人公のひとり律は誰かの何かの役に立ちたいと感じている。そやったら勉強も出来た律は、国家公務員か地方公務員の行政職になって大きなことをしようと思っているのか? でも違った。なんでかな。
なんでかはわからへんけど、この地、山、川、田んぼ、畑、空もこの本の主人公のひとりで律は離れがたいからかもしれない。
その時代時代の音楽や映画も話題に上がる。音楽の方はさっぱりやけど、映画の方はそれなりに。ジョン・カサヴェテス監督の<グロリア>が出てくるのが面白い。作者は音楽や映画を使って様々な気持ちを語らせている。最後の映画の話題は<ハングオーバー!>の続編やった。
 
年取ってぼーっとしている事が多くなったネネは仕事を引退するが、後継者のタイマーをよく思っていなくて音が鳴ると飛んでいってつついて攻撃する
ってのに笑った。
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