2024年5月のミステリ 戻る

テラ・アルタの増悪 
英国推理作家協会最優秀翻訳小説賞
早川ポケットミステリ 2018年 ハビエル・セルカス著 白川貴子訳 360頁
感想
スペインのミステリ小説は初めて読む(様な気がする)。
感想はひとが熱いです。濃いです。フラメンコの国です。スペインの闇と光を感じさせる翻訳もすばらしいと思う。
 
舞台となるカタルーニャはスペインの北東部に位置し州都はバルセロナ。
カタルーニャはスペイン内戦(1936年−1939年)で最後まで激しく戦い、今も独立機運が高い。とか
フランコに負けた共和国人民戦線(左派・赤色)はピレネーを超えてフランスに逃げる(『日曜日には鼠を殺せ』)。
が、フランスでも歓迎されたわけではなかった(『ジュゼップ 戦場の画家』)
 
という80年も昔の話はさて置き、
主人公メルチュールの生い立ち、警官になるまでの道程とテラ・アルタで富豪夫婦が惨殺された事件を追う現在が交互に描かれる。
メルチュールは10代で刑務所に入りそこで小説「レ・ミゼラブル」に出会う。そしてジャン・バルジャンを執拗に追う警察官ジャベールに限りなくシンパシーを覚える。
ってジャベールって、敵役ですよ。めっちゃ嫌な野郎ですよ(驚)。
 
刑務所のフランス人は言う
 「小説の半分は著者が書いているが、残りの半分は読み手が埋めるんだ」
なるほど。
 
恋人のオルガが言う
「(映画は)大好き。でも読み終わった小説の映画は観たくないの」 
「もう自分の映画ができ上がっているようなものなのに、また見る意味がないじゃない」
なるほど。
 
メルチュールが言う
「詩人ってのは、怠け者の小説家のように思えるんだ」
オルガが言う
「そうかもしれない。でもわたしには、小説家って饒舌な詩人みたいに思えてしまう」
なるほど。
と、そこはかとなく文学的な作品でもある。
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木挽町のあだ討ち 
直木三十五賞 第36回山本周五郎賞
新潮社 2023年 永井紗耶子著 
あらすじ
ある雪の夜、菊之助は敵の首を取る! その首をかかげ菊之助は走り去った。
二年後、語り草になっているその衝撃的な事件の生き証人を尋ね歩くお武家がいた。
感想
菊之助が身を寄せていた芝居小屋森田屋の呼び込み、立師(殺陣師)、衣装係、無口な小道具係の饒舌なおかみ、筋書(作家)が自分の身の上とともに仇討の成行を語る。
前職は幇間(たいこもち)やったり、武士やったりの人たちがセーフティネットのない時代に、糊口をしのぐのはそらたいへん。
小さい頃から鍛えられ手に職がないと(太鼓持ちはなんて言うんだろう。口に職か。作家は頭に職か)生きていけない。
しかし、たとえ社会保障制度がなくとも、貧乏人同士分け合い、助け合いはある。
 
有吉佐和子さんの『悪女について』の様にそれぞれが全く違う印象を持っていた・・・というような多面的な人物像ではなく、菊之助は誰の口からも清く正しくおまけに美少年。 そんな少年は父の敵討ちに悩み一歩も進めないでいた。が、国元には母が待っている。
気を揉む周りの人々は華やかなお芝居の土台を支える裏方たちで、それぞれの仕事が面白い。
 
若い頃、飲み会で「結婚相手はどんなひとがいい?」と聞かれて「手に職のある人!」と即答し、ロマンのかけらもない即物さにみんなを呆れさせたけど、やっぱり手に職のあるひとはいいな(私にはないけど)
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