2023年1月のミステリ 戻る

線は、僕を描く 
講談社文庫 2019年 砥上裕將とがみひろたか著 388頁
第59回メフィスト賞
感想
メフィスト賞を受賞し昨年映画化された本作は、事故で両親を亡くし抜け殻になった大学生がひょんなことから水墨画の大家と知り合い才能を見出され水墨画の世界にいざなわれるというお話。作者も水墨画家だそうです。
水墨画は、『墨の濃淡、潤滑じゅんかつ肥痩ひそう、階調でもって森羅万象しんらばんしょうを描き出そうとする試み』のこと とか。
うーん、墨の濃淡、潤滑、肥痩、階調(グラデーション)は書と変わらないような。対象とするものが違い、書は字ということかな。階調というよりかすれかな。
画題は四君子(しくんし)と言って「春蘭、竹、梅、菊」と四つありこれが基本。
書は仕事や生活に必要な技術であり、長い間日本では芸術と認められなかったらしい。
篆刻ときたら、絵や書の隅っこに押す「印」を刻る作業ですからその立場も隅っこらしい。取り組んでいるひとも少ない。
水墨画は更にマイナーで絶滅危惧種とか。
本を読んでわかってんけどなにしろ、とてつもなく難しいねん
これはなかなか上達しませんわ。水つぎに墨を含ませた筆の穂先に、最後ミリ単位で濃い墨を含ませる・・・だけで10年くらいかかりそう。
そして下書きもなにもない紙の上に一気に書き上げる。ごまかせそうな色がない。洋画、日本画、篆刻と違って先生が作品に手を加えることもできない。
書もそうやねんけど、作品の筆や墨や線が変わったのは見る人が見ればわかるものらしい。
(この間書道で習ったことには、墨の線を交差させると先に書いた線が浮かび上がって見えるらしい。線を重ねて書くとどう見えるかという計算も欠かせないってことよね)
 
この小説は、ズブの素人が一年後には腕を上げ、物心ついたころから筆を持っていた弟子と肩を並べるという(信じらんない)ファンタジーでありジーニアスのお話で、一年でここまで来てこの大学生はこれからどこへ行くんやろう。これから60年、更なる高みへ高みへと? 
更に気になるのは どんな筆で書いてるの。どういう風に洗うの。手入れするの。
『弘法筆を選ばず』って、あれ嘘です。実家の真言宗高野山派のお寺さんも言われてました。研究し尽くした果ての言葉とか。
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はだかの太陽 The Naked Sun 新訳版
早川書房 1957年 アイザック・アシモフ著 小尾芙佐訳 408頁
感想
65年前に書かれたSF小説の古典がミステリだったとは。知りませんでした。
「鋼鉄都市」「はだかの太陽」「夜明けのロボット」「ロボットと帝国」の4部作の2作目。
今頃なぜこの小説を読んだかと言うと「バイオスフィア不動産」という本の書評を読んでいたら、「アイザック・アシモフの『はだかの太陽』を彷彿とさせる設定」と書かれていたから興味をひかれて。
本作の殺人事件の舞台となるのは、宇宙国家のひとつ「ソラリア」。人口2万人、ロボットは人ひとりにつき1万体存在するという星。
ロボットが働き、ロボットにかしずかれ人と人が接することはほぼなく、コロナ禍で今では家庭での日常ともなった趣のリモートで会話を行う。
この星では人と交わらないゆえに殺人事件など起こったことがない。警察もない。それで事件解決のため地球の刑事が派遣されることになった。
 
ロボット三原則「ロボットは人間に危害を与えてはならない。ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ロボットは前掲第1条及び第2条に反する恐れがない限り、自己を守らなければならない。」
に縛られた世界で事件は起こる。しかも人と人が接するのは決められた結婚相手とだけ。とーぜんロボットはこの事件にどう関与しているのか?
と思うやん。その謎に挑戦したミステリ
例えば、ゴッホのひまわりの絵とか、モネの睡蓮の絵を買ってから美術館を建てる みたいな、この殺人ありきでこの奇妙な文明の星が設定されているようで面白い。
西洋ではフランケンシュタインのせいなのか人間に似て非なるロボットに畏怖を覚えるらしい。たぶん日本人は鉄腕アトムの影響かロボットは友達みたいな感覚があるような気がする。
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時の子供たち CHILDREN OF TIME
2016年 アーサー・C・クラーク賞
竹書房文庫 2015年 エイドリアン・チャイコフスキー著 内田昌之訳 上下
あらすじ
環境悪化と絶え間ない争いにより地球は衰退し滅亡へと落ちていく。
宇宙へ活路を見出そうとする人々はテラフォーミングを進めている惑星に類人猿の種をまく計画を企てる。
プロジェクトのリーダ、アヴラーナ・カーンは地球から二十光年離れた緑の惑星に、類人猿と進化を促進させるナノウィルスを地上に投下するが、反対派に阻止され類人猿は燃え尽き、ナノウィルスのみ地上に辿りつく。結果、早い進化を遂げたのは猿ではなかった。
感想
動物学と心理学を学んだという作者の頭の中にあるイメージが英語で書かれ日本語に訳され、それを読みなんとかイメージを作るためにあがくという伝言板ゲームのような読書体験。
 
蜘蛛になったことがないのでその物の見え方、思考、文化がわからない。ただ、雌は雄よりも力を持ち、共食い、配偶者喰いのサガ(習性)があるらしい。
     フェイビアン(雄)には計画がある。やっと人生の糸をのぼり始めたのだ
 
蜘蛛は二千五百年の間すばやく進化を続け、糸の結び目や糸をはじく波長、匂い、踊りで意思疎通し合議制で物事が決まる。
(糸の結び目と言えば、昔インドの弁当配達の人たちはベテランが紡ぐ糸の結び目を読み配達先を特定し昼までに配ってはった)
人類は火力、電力、鉱物、化学で科学文明を作って行ったが、蜘蛛は糸、生物、化学で発展していく。蟻群を使った演算装置や3D画像が面白い。
滅亡する地球から最後の人類を載せて脱出した避難船ギルガメシュ、計画が妨害された後脱出船の中でコールドスリープに入り緑の惑星を周回し見守るいわば緑の星の創造主カーン、進化し続ける地上の蜘蛛の三者の視点で話が繰り広げられる。人類はコールドスリープを繰り返し二千五百年生き続け進化しないが、蜘蛛は世代交代をしている。
緑の惑星を我が物にしようとする避難船ギルガメシュに対し、防衛する蜘蛛軍のアナログ攻撃が良く出来ている。
 
余談ですが、人類にも生物を活かそうとする試みも多数あるようで、ドラマ「エレメンタリー ホームズ & ワトソン in NY」の中に蜘蛛の話があった。(シーズン6 エピソード17「生物連鎖の理」)
銃の弾をもはじく夢のような強靭な蜘蛛の糸があるが、そのスーパースパイダーは気性が荒く互いに喰っちゃうのでひとつのゲージに一匹しか飼えない。糸を量産するには途方もない広さの設備がいるという内容やった。
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