2022年9月のミステリ 戻る

血を分けた子ども 
河出書房新社 オクテイヴィア・E・バトラー著 藤井光訳 264頁
感想
『血を分けた子ども Bloodchild』 1984年ネビュラ賞 1985年ローカス賞、ヒューゴ賞
『夕方と、朝と、夜と』 1988年
『話す音』1984年
『恩赦』
『マーサ記』
のSF短編5作
『近親者』
『交差点』1971年
ウィリアム・アイリッシュの様な短編2作
加えて『前向きな強迫観念』と作家のための『書くと言う激情』のふたつのエッセイからなる短編集。格調高い文章にも関わらず読みやすい訳と思う。
 
すべて手を変え品を変え降りかかる抑圧と運命さだめ、その中で生き残るため関係の構築という内容と思う。
『近親者』はふたりの会話から成る話でとてもスリリング。
エッセイ『書くと言う激情』の「他人の意見を何度も聞き何度も書き直す、粘る」という言葉が実感できる作品。
『恩赦』は異星人とのコンタクトと共生の話なんやけど異色のSF。その生きるための知識と技術は北朝鮮に拉致された人々みたいに感じ生々しく苦しい話だった。
 
『血を分けた子ども』は人身御供みたいな内容なんやけど、それしか仕様のない中で最善になりたい風で。
身も蓋もない言い方をすれば、政略結婚やけど良好な関係と温かい家庭を築く みたいな。これはさすがの作品で読まれた方がいいと思う。
考えたら『近親者』にも通じる内容やった。
 
女性で黒人のオクテイヴィア・E・バトラー(1947-2006)は、アメリカ・カリフォルニア州パサデナ生まれのSF作家だそうです。
★★★1/2戻る

徴産制 
新潮社 田中兆子著 2018年 250頁
あらすじ
西暦2087年、「美少女コンテスト」会場から女性にのみ発症する悪性新型インフルエンザが拡散する。日本は鎖国状態となりパンデミックは防がれるが、その発生した地から名付けられた「スミダインフルエンザ」は3年間猛威をふるいワクチンが効果を発するまでに日本国の女性219万人が亡くなる。10代、20代の女性は85%が死亡した。
少子化どころやない日本国存亡の危機に福音か悪魔の所業か、
ワッカイナイ大学再生医科学研究所が「可逆的に性別を変えることができる画期的性転換技術」の開発に成功する。男→女→男と転換できるのだ。
その技術に乗っかり、若い男性という当事者だけではない全国民投票により【徴産制】が可決される。日本国籍を有する満十八歳以上、三十一歳に満たない男子すべてに最長二十四カ月の【徴産制】が課せられる。
七人にひとりの男に赤紙かピンク紙が送られてくる事態となった。「男たるもの」のアイデンティティの危機。
感想
この五編からなる連作短編集に名のある若い女性は四作目にしか登場しない。
少子化が社会問題になっている今、何ゆえ結婚しない産まない若い女性ばかりが責められるの。あんたらもいっぺん当事者になってみー
なのか、
少子化問題解決とやらに、おじいさん、おじさん、たまーにおばさん連中だけで議論しているのは変ちゃう?
そのおじいさんたちは、おそらくほとんどが孫持ち。あんたらに何がわかるの。
なのか。
お話はLGBTQ、環境問題、移民、内にこもり外に無関心な世の中、にも広がってゆき散漫に終わる。まあそんな単純に答えなんかないわな。
LGBTQって細かく分けなあかんの? 異性が好き、それ以外でえーんちゃう。それもとっぱらちゃってなんでもありグラデーションでいいやん。
とも読める。
まあ”社会の安定のため”とかで「男女の夫婦とその子供」の「家庭」とやらに固執している限り、いくらお金をばらまいても少子化は止まらないやろね。子ども庁は子ども家庭庁になるし。あきませんわ。
 
徴産制で性転換しても、人工授精してさっさと赤ん坊を産んでお役ごめんになるわけではなく、男に見初められてパートナー契約(パ契)する。
人工授精は最後の手段。パートナーを探すという厄介ごとは残っている。「男女の夫婦」関係にこだわる。
 
エマニュエル・ドットさんが言われるように、人口が増えることによる生産力と旺盛な消費力が続かないと経済の成長はないのかな。
若い人口が減っても経済成長するモデルはないのか。地球で養える人口は40億人くらいみたいなのになあ。
まあ、(女性に苦役を強いれば)簡単に生産でき20年もしたら働くようになり、70歳までの50年間生産能力がある。
そんな機械を作ることを思えば人間の方が費用対効果が高いのかもしれない。
★★★1/2戻る

クライ・マッチョ CRY MACHO
扶桑社ミステリー N.リチャード・ナッシュ著 古賀紅美(こがくみ)訳 1975年 492頁
あらすじ
ロデオのスターだったマイク・マイロは、自分をクビにした元雇用主ハワードから持ちかけられた話に乗りテキサスからメキシコに向かう。
金で釣られてすることは拉致。ハワードには5年前に別れた妻と息子ラファエルがメキシコにいるとか。
今11才になる息子をアメリカに連れ帰れば金を払うと言う。
感想
クリント・イーストウッドが監督、主演で映画化(未見です) 
映画化されたので日本語訳され晴れて出版となったそうです。ありがとうクリント。
不運が続き黄昏ている主人公のマイクは38才。91才のC.イーストウッドがどう演じているのか興味はつきませんが、小説のマイクは脳内ではあれこれ考えているが外面は寡黙、感情を表に出さないわかりにくい男。声を荒げることも少ない。暴力も自らしかけることはない。
しかし内に秘めた魂と実力があった。
 
めちゃめちゃかっこいい。
 
男同士マイクとラフォは反発しあいながらも、すこしづつ歩み寄り相棒となっていく。
マイクは英語しか話せない、メキシコも知らない、その上やっていることは犯罪なので警察はさけなければならないという四面楚歌。
”グリンゴ”とマイクを警戒し侮る11才のラフォを頼りにするしかない。協力して幾度も勝負を賭ける。
ラフォが弟の様に大切にする雄鶏の”マッチョ”もいる。こやつも誇りを持った雄なのだ。そうゆう二人と一羽の道行き。
あやうくともすれば荒ぶる心は、それゆえに温かい平安を求めていた。
火事を起こし女の人を醜くすることでここらあたりもうまく描けている。
世の中にはこういう気持ちを受け入れられる女と受け入れられない女がいるんやろなあ。
★★★★1/2戻る