2021年9月のミステリ 戻る

牧神の影 Panic
ちくま文庫 1944年 ヘレン・マクロイ著 渕上痩平訳 342頁
感想
日本軍の真珠湾攻撃によりアメリカが参戦した不安な時代を背景に
「暗号」というヒトの高度な知的産物と、暗闇、孤独、妄想の魔物といったヒトの原始的、根源的恐怖
並列に描かれている。
その上、障がいのあるものがふたつ書かれ、ひとつは障がいゆえに別の能力がたかまり、もうひとつは神話にたとえられている。
そのギリシャ神話の登場人物が題名になっているという凝りよう。すごい。
 
でも、むつかしいねん。ついていけない。
125頁で表れる暗号の作成方法がわからない。15世紀後半に考えられた「ヴィジュネル暗号」と言うらしい。
本を眺めていても、さっぱり理解できないので方眼紙を使って、「インデックス」(鍵0)と「スライド」(鍵1)を作ってみる。
サン・シール定規というらしい。
なるほど。
というほどわかったわけやないけど、「ヴィジュネル暗号」(多表換字法)は、訳者あとがきによると
 
  三文字ずらしてA→D、B→Eに変換する(ユリウス・カエサルがもちいたのでカエサル暗号というらしい)
  変換表(アルファベットを不規則な文字や記号、数字に置き換える)を使って変換する
 
という「単一字換字法」を組み合わせて
 
(鍵0)を使って変換表(鍵1)のずらす文字(数)を一文字ずつ変える。
そしてずらした変換表(鍵1)により元の文字を暗号化するらしい。
(鍵0)を挟むことにより、同じAでも違う文字に変換される。
・・・もうここでいっぱいいっぱい。
 
が、著者はここからますます奥地に入っていく。
(鍵0)が短かったり、(鍵1)がABCのアルファベット順だと、「出現頻度の高い文字連接の出現周期」から暗号が解かれてしまうらしい。
かといって、”戦地用暗号”では長い鍵は使えない。(覚えられない)、(鍵1)はアルファベット26文字でなければいけない。
エニグマのような暗号機を使った暗号は暗号機が必要やから前線では不向き、紙と鉛筆で暗号化、復号化できないと
という縛りがこの小説の
 
ここで、戦中の日本の暗号はどうやったんかな、という疑問が。
「アイウエオ」の他に、日本には「いろはにほへと」があるから、戦時中の暗号にはこれを使ったのかと検索してみたところ
機械式で日本語をローマ字に変換したabcを暗号化していたみたいです。
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黒牢城 こくろうじょう
角川書店 2021年 米澤穂信著 443頁
あらすじ
時は天正六年(1578年)十月、石山合戦(浄土真宗本願寺顕如と織田信長との戦い)の最中、荒木摂津守村重は織田信長に謀叛し有岡城(旧伊丹城)に籠城する。村重は毛利方についた。
羽柴筑前守秀吉は小寺官兵衛(黒田官兵衛)を使者として有岡城に遣わす。
感想
なれぬ文体ゆえ、てこずりもうした。
(読むのに三週間もかかった)
 
籠城中、有岡城で理にかなわぬ人死が起こる。
広大な有岡城とはいえ信長の兵に囲まれ、風聞がささやかれはじめ閉塞感にさいなまれ疑心暗鬼に陥るという「孤島もの」。
二話目の夜襲と大将の兜首がよかった。大岡裁きみたい。
慎重というか村重の猜疑心がすごい。あんたはスターリンか毛沢東かプーチンか習近平かという感じ。トップの孤独も描かれている。
が、ふた言目には「武士とは、武士とは」というわりには、落城後親族女子供は殺されるけど、名のある武士は生き残ったひとも多かったみたい。
 
丹波に遊びに行ったとき、丹波城は明智光秀に攻められ落城したと知った。この時の話やってんね。
 
読み始めた時、「伊丹の地で摂津守なんか」と思ったんやけど、(摂津市あたりが「摂津」と思い込んでいた)
この間新聞に「大阪市のナンバー」について書かれてあって、南港自動車検査場の設置に伴い、
「大阪」「泉(現在の和泉)」に次ぐ、大阪市内のナンバーの候補として
「(検査場のある沿岸部から)西大阪、住之江、南港、(旧国名、古い地名から)摂津、御堂、なにわ」があったらしい。
1983年「なにわ」に決まる。
 
それぞれ不採用の理由は、
 西大阪 東部を含む大阪市全域で使うため
 住之江 (大阪市には住之江区があり)他の区から反感を買う可能性がある
 南港  呼称としてまぎらわしい
 御堂  なじみが少ない
やったとか。
そして「摂津」が不採用になったのは、「大阪市に隣接して摂津市があり不適当」と共に、
「摂津国は兵庫県の一部も含む。大阪市を示すにはふさわしくないとの判断もあったのでは」という話もあるらしい。
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インビジブル invisible
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
文芸春秋 2020年 坂上泉著 347頁
あらすじ
昭和29年5月、大阪に「大阪市警視庁」があった時代。
旧造兵廠跡地(大阪城の北東)、北は寝屋川、南は平野川(第二寝屋川)、東を国鉄城東線(環状線)に囲まれた三角地帯(現在のOBP:大阪ビジネスパーク)の少し南、通称「三十八度線」(大阪城ホール、太陽の広場あたり)で遺体が見つかる。
刑事になったばかりの新城は初めての事件とはりきったが、災難が降りかかる。
その災難とは、死体は代議士秘書でテロもありうるということから国警大阪府本部警備部も協力要請となり国警の守屋警部補と組まされたこと。
新城は中卒、守屋警部補は東京帝大出。高等文官試験に受かった通称「高文」組だ。いわゆるキャリア官僚。水と油。
感想
ご当地小説。面白かった。
当時の大阪言葉がとても心地いい。
東京から落下傘で降りてきたカチカチ頭の唐変木官僚と大阪の地で育ち現実に押しつぶされそうになりながらも、新しい民主警察として自分が出来ることはやろうという気概の残っている新米刑事の相棒物語。かみ合わないふたりの前半が面白い。
 
作者は滅びゆく「大阪市警視庁」の残照の時代を描きたかったと思われる。
それゆえ、悪もんは性根変わらず、戦後篤志家になっているなどというややこしい事はなく、そこもよかった。
指川は笹川良一かな(日本船舶振興会「世界一家 人類兄弟」と言ってTVに出てはると父が戦犯とゆーてた)。黒井は読売新聞の記者やった黒田清さんかな。
「インビジブル」(目に見えないさま)って題はどういうことなんかな。
犯人を示しているのか。とるに足らない一般ピープル(パンピー)、平民のことなのか。
それか「どこに現われてもただ厄介者扱いされるが、逆に言えばそれ以上誰もかかわろうとしない」浮浪者ルンペン。「ブラウン神父」物なんかな。
 
大阪市警視庁の本部は大阪城本丸にある旧陸軍第四師団司令部庁舎だったそうです。(↑の写真)
その後その建物は昭和35年から平成13年(2001)まで大阪市立博物館でした。大阪城前に埋められているタイムカプセルの展示とかがされていました。
現在の名は「ミライザ大阪城」だそうです。
 
塩梅良く新聞に『「大阪市警視庁」 戦後5年間あった』が載っていました。
1949年から1954年まで存在し、
GHQ(連合国軍総司令部)による「戦争推進に加担した国家警察を解体し自治体の権限を強める」警察改革だったそうです。
比較的大きな自治体が自前の警察「自治体警察」を持ち(大阪市や堺市)、それ以外を管轄する「国家地方警察」が併存していたとか。
その大阪市の自治体警察が「大阪市警視庁」。
「オイコラ警察」から脱却のため、自転車や徒歩でのパトロールを重点的に行う英米式の制度を全国に先駆けて始めた。が、
1954年に突如、自治体警察と国家地方警察の2本立て体制を都道府県警に統一する「警察法施行」で「大阪府警本部」になったそうです。(大阪城落城)
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