2000年8月のミステリ

嘘をもうひとつだけ

東野圭吾 2000年 講談社 250ページ
感想
加賀刑事物の短編集
嘘をもうひとつだけ    
熟練工とかベテランとか言うけれど、人間の仕事にはピークの時期ってある。後は衰えていかざるを得ない。いわゆるホワイトカラーの仕事はそれが管理職などという職種に移って行く事で今まではめだたなかった。特に専門職でない場合はそうかな。りっぱな資格職の場合は一生資格で食べていけるけれど。でもスポーツ界とか芸術家とか小説家ではその衰えぶりが残酷にもあからさまにされるのね。
冷たい灼熱  
この作品は次点。作者の怒りと無力さの絶望感が感じられる。   
人生には”魔の刻”ってあるんだ。恐ろしい。
第二の希望  
たとえば子供を超一流のクラシック音楽家に育て上げるには、普通の親、普通の家庭では無理。すべての生活のベクトルを目標に合わせなければならない。その世界には常識というものは通用しない。。。。のではないかと思う。そこまでしても大部分が成功しないのだ。高校時代にピアノをしている友達がいて、両親共にピアノの先生。音大に入るために数々の教師につきお金も使い東奔西走してなんとか音大に入りましたが、やはりピアノの先生になったという話で才能と努力だけでは無理な特殊な世界なんだと感じた。それでもね、身の程知らずとしてもそういう世界で一流を目指す人々はたいしたものだと思う。
狂った計算
 
この作品がベスト。  
ずっと変わらず続く愛情ってあるのかな。ないとしても「この人となら」と思い希望を持つだけでも幸せなのか。
友の助言
 
男と女の間には暗くて深い河があるのか(少なくとも作者はそう思っているのだろう)と思わされる作品。
ごく平凡な日常の中の”狂った時”をつきつける哀しい短編集。題材はそう目新しさは感じない。しかしこの使い古された感にも思える題材に新たに挑戦し、新しさを追求している挑戦的な姿勢が好きだ。実際簡単に出来そうなトリックが多く、考え抜いて難しかった所をさりげなく見せる所が「さすが」です。
おすすめ度:★★★1/2
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ネバーランド NEVERLAND

恩田陸 2000年 集英社 265ページ
あらすじ
ど田舎にある男子進学校の寮「松籟館(しょうらいかん)」は冬休みに入り、訳ありで寮で年を越すのは3人になった。菱川美国は両親が海外赴任中。篠原寛司は両親が離婚争議中でかかわりたくない。そしてもうひとり依田光浩は家庭が複雑そうだ。それぞれくったくなさそうな17才だったが、、、。
感想
すっごくいい・・・・。前半は。
後半腰砕けというか、フツーになっている。そのフツーになっている所は、作者はわかっていながら筆の走るままにまかせた確信犯のようで後からいじらなかったみたいです。確かに作者があとがきに書いているように読み始めた時は「萩尾望都の『トーマの心臓』やん。」と思ったんですけれども。今「トーマの心臓」を再読しました。この年になって読むとかなり青くさい。とは言ってもあっという間に過ぎ去ってしまう「一瞬の時代」を切り取った完成された作品だと思う。(私は『11人いる!』の方が好みですが)。女性向きかな。純粋でひたむきで美しく、男とはいいきれないけれどもまぎれもなく若い男達。少女と違って生臭くない透き通った少年達。10代の少女の頃はこんな人達をじっと見ていたいし、おばはんになったらこんな息子を見ていたいという女の夢じゃなかろか。
おすすめ度:★★★1/2
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狩人の夜 The Night of the Hunter

ディヴィス・グラップ 1953年 シリーズ百年の物語5 トパーズ・プレス 宮脇裕子訳
あらすじ
1930年代後半米国が大不況にあえいでいた時代、ウエスト・ヴァージニア州オハイオ川流域の物語。かつかつの暮らしをしていたベン・ハーパーは幼い二人の子供ジョンとパールのために銀行強盗をして1万ドルを奪うが警察に捕まり、行員ふたりを撃ち殺した罪で絞首台に送られる。話はここで終わらずベンが金の隠し場所を吐かずにあの世に行ってしまったため、同房だった自称福音伝道師のハリー・パウエルは、ベンの未亡人ウェラに近づく。この伝道師は右手に「LOVE」、左手に「HATE」と入れ墨した狂信者で”神が私に遣わした”と未亡人ばかり狙う殺人鬼だった。
感想
さすが「シリーズ百年の物語」に選ばれるだけあって、時代を超えて読み続けられるであろう息詰まるサスペンスの傑作。1930年当時の”川の民”を書き込んだ作品で蒸気船、ショーボート、渡し船、小舟が生活に生きていてね、ここらあたりも米国の風俗、歴史を伝える作品として生き残るんとちゃうかな。

映画「狩人の夜」は原作の雰囲気をまったくそこなっていない。ミステリの原作物の映画化としてはまれな成功例だと思う。特に川に沈んだウェラのシーンなどは原作を越えている。監督はこれが最初で最後の作品のチャールズ・ロートン。ベン・ハーパーは「スパイ大作戦」のピーター・グレイヴス、妻ウェラはシェリー・ウィンタース、幼い兄妹を助けるレイチェル・クーパーにリリアン・ギッシュ、そして伝道師がロバート・ミッチャムという豪華キャスト。1955年製作のモノクロ映画。必見作品です。
おすすめ度:★★★★
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