クリストフ・ジョヴァニネッティ・青柳いづみこデュオ・リサイタル


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[2011年10月31日 記]
 2011年9月27日、浜離宮朝日ホールでクリストフ・ジョヴァニネッティのヴァイオリンと青柳いづみこのピアノでデュオリサイタルを聴いた。
 青柳いづみこについては何回も書いているので説明の要はないであろう。クリストフ・ジョヴァニネッティはかのイザイ弦楽四重奏団を発足させた初代の第一ヴァイオリン奏者という。室内楽団はそれぞれのソリストの名まで認識することはあまりなかったので、これは知らなかった。マルセイユ音楽院で同時期に青柳いづみこと学んだ同窓生で、そのころ彼女とデュオを組んだことがあるそうである。近年本格的にこの二人でデュオを復活したという。青柳いづみこのフランスでの師はピエール・バルビゼであるが、バルビゼはクリスチャン・フェラスとコンビを組んで数々の名演を生み出したので、何か因果を感じさせるコンビではないだろうか。
 今回のプログラムはオールフランスもので、聴く前から非常に期待が持てた。そして、二人から醸しだされた演奏は期待に違わなかった。

曲目:
◇タイユフェール:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ[1973]
◇プーランク:フランス組曲ークロード・シルヴェーズによる[1935](ピアノソロ)
◇プーランク:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ[1949]
◇フォーレ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番イ長調作品13[1877]
◇ラヴェル:演奏会用狂詩曲 ツィガーヌ [1924]

 まず、息が合っていて音楽が暖かく広がってくる演奏だったことを第一に挙げたい。同門で若い頃デュオをやったということがこの「息のあった」演奏に結実しているのは間違いないように思われる。そして青柳いづみこの多様で自然なタッチがそのまま活きている。
 ジョヴァニネッティのヴァイオリンは特徴がある。まず、どの曲も年季の入った十八番という感じなのだ。実際年季の入った曲目ばかりだったのかもしれないが、とにかく短期間で仕上げましたというにおいはまったくせず、体に染みついた音が自然に外に溢れ出て来たような音楽である。もう一つ、音色に特徴がある。アイザック・スターン風とでも言えばいいだろうか。低音部はハイフェッツ風でもある。バルトークなんか合いそうな音だ。そうそう、イザイはピッタリではないだろうか。だから、イツァーク・パールマンのような透徹した音が好きな人には好みが分かれるかもしれない。しかし、とにかく自然である。

 曲目について書くならば、少し打ちのめされたところがある。前半3曲は初めて聴いた曲であった。最初の2曲は曲の存在も知らなかった。最初の曲の作曲者は、名前すら知らなかった。近代フランス音楽が好きとか言っている自分が少々恥ずかしい。それはともかく、最初の曲は比較的最近書かれた曲であるにもかかわらず、わかりやすい、しかし古めかしいわけではない、味のある曲だった。わかりやすい曲想にしばしば不協和音が、そしてところどころとても不協な和音が入る。2曲目3曲目はいかにもプーランクらしい、ウィットに富んだ曲だ。曲の成り立ちはちょっとヤナーチェクのピアノソナタにも似て、政治体制のもとで犠牲になった人物の墓碑銘的なものだそうだ。有名なフルートソナタやクラリネットソナタを少し彷彿とさせるところもある。
 後半の二つは有名曲である。とともに、ヴァイオリンとピアノのための作品中でも傑作中の傑作である。これがまた心から安心して聴ける自然な演奏だった。両方とも友人と昔トライしたことのある曲だ。かくして、プログラムの前半は未知との遭遇の楽しみ、後半は目の前に楽譜が浮かぶほどの曲の予定調和的確認を楽しんだ。

 青柳いづみこはトークを交えたコンサートが得意だが、この日は純粋に音楽だけ紡ぎ出していた。それもまた新鮮だったりした。しかしアンコールでは東北の震災について触れた。ジョヴァニネッティ氏ともども心を痛めたようだ。アンコールは2曲あったが、最初の曲は大変深い、静かな感動に満ちた曲だった。2曲目は、震災から半年が過ぎて復興の芽吹きも始まりそうなこの頃、希望の光を感じさせるものだった。

アンコール曲目:
◇ラヴェル:カディッシュ
◇ベートーヴェン:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第5春「春」より第1楽章

 室内楽ということで、このコンサートから離れオマケ的記述になるが、青柳いづみこの室内楽で大変印象に残っているコンサートがある。やはりヴァイオリンとの二重奏なのだが、実はヴァイオリニストをはっきりとは覚えていない。石井光子だったような気もするが、違うかもしれない。とにかく、これはすばらしかった。何がって、三善晃のヴァイオリンソナタをやったのだ。三善晃の精緻でかつ感動的な、そして知的で完璧な作品を、まったく同じ形容詞群で形容される演奏で空気振動として実現したのだ。このとき併せて演奏された三善晃のピアノソナタも同じくすばらしかった。もっと日本人の作品を聴きたいものである。

[2011年10月31日 記]


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