チェコ音楽博物館


風雅異端帳に戻る ♪  音楽の間に戻る ♪  詠里庵ホームに戻る
 プラハの日本大使館の近くにチェコ音楽博物館というのがある。地球の歩き方2010-2011年版には出ていない。昭文社のことりっぷ(2011年3月初版)の地図には出ていたが、それで行こうと思ったわけではない。どうして知ったかというと、スメタナ博物館の受付の老婦人に勧められて行ったのである。5月の話であるが、時間を見つけては書いているのでアップロードは今日になった。大人100Kc、写真を撮る場合は+40Kc、あわせて約660円。その近くにプラハ芸術アカデミーというのがあるが、その音楽学部(略称HAMU)を中心とし、チェコの音楽に関わる歴史的楽器をずらりと陳列しているのだ。その楽器たるや、なんだこれは、というものから、写真で見たあの楽器はここにあったのかというものまで次から次へとあって、これほど驚きの連続で見た博物館もめずらしい。はたしてどんな音がするのかと誰しも思うところ、当然「Don't touch」なのであるが、主な楽器の録音をヘッドフォンで聴くことができる。

 入口には怪しげなイルミネーションで飾られた真っ白いペトロフのグランドピアノがあったり、ドアを開けて入るとロック調の動きの多い動画映像があったりして、心の準備をさせてくれる。そして最初の展示は、計測器とアップライトピアノを合体させたような古ぼけた機械。作ったのは昔のマッドサイエンティストかと思うようなものだ。これらが前座となってまず登場したのは、「二段ピアノ」としか言いようのない、ギョッとするピアノだ(写真)。二段ピアノといっても、鍵盤は三段ある。二段といったのは、グランドピアノを二つ重ねたような巨大なピアノなのだ。このピアノの写真はルドルフィヌムに展示してあって、私はそこでギョッとしたのだが、本物がここにあったとは。
 これは、オーガスト・フォルスター社製の微分音ピアノである。半音をさらに細かく分ける微分音音楽の創始者の1人であるアロイス・ハーバが作曲した「ファンタジー No.10」作品31が聴ける。どこぞの民族音楽かという感じの不思議な音程だが、音楽の構成は多少バッハのプレリュードやフーガを連想させる西洋音楽である。リズムはそれ以前の音楽と同じであることを除けば音程はゾクゾクする変な感じで、これを聴いたらそのあとどんな12平均律の現代音楽を聴こうとありきたりの音程に聞こえてしまうだろう。その試聴コーナーには他にも微分音音楽があったが、それはクラリネットで、そういう「歌う」楽器の場合は肉声に近く、もともと音程を微妙に揺らすので、あまり違和感はなかった。鍵盤楽器の場合は音程がデジタル的に決まっているので、微分音の効果が顕著なのだろう。

 その隣にはペトロフ社製の「エレキピアノ」とでもいうべきピアノが置いてあった(写真)。外見は普通のグランドピアノだが、蓋が開けてあって、(そうなると私は自動的に中をのぞき込むことになっているのだが)なんとU字型磁石の両極の間を弦が走っている。一本一本にそんなことをしていたら大変なので、いくつかの音の弦が束になってU字型磁石がかぶさっている。試聴録音を聴くと、まさにエレキギターのように、アタックのピアノ音に続けてオルガンのように音が長く伸びる。
 先ほどの二段ピアノを挟んで逆側には「16音平均律オルガン」なるものが置いてあった(写真)。この鍵盤は不思議なことに白鍵二個の間に一個の黒鍵ならぬ色鍵が全く周期的に並んでいる。色分けしないと、どこがドだかわからなくなる。そうすると3の倍数なのでどうして16音にしているのかよくわからなかった。残念ながらこれの試聴音源もなかったので、この楽器についてはナゾが残った。

 あとはいろいろな時代のピアノの前身たち。ジラフピアノはショパンの生家で見たので驚かなかった。興味深かったのはリスト前半生時代のグランドピアノで、黒くなくバイオリンのように木肌にニスを塗ったもの。大きさはまあまああるが、これでリストの大曲を鳴らせるのかという感じだった。しかしヤン・パネンカの録音を聴いたところ、うごめく低音からきらびやかな高音まで結構「リスト」なのである。見た目で判断してはいけないと思った。

 その他にも、ヴィオラ・ダ・ガンバのたぐいは充実している。また金管木管が最高に面白い。ラッパの両端が朝顔状の開口部になっていて、開口部が二つ対称に並んでいる不思議なホルンであるとか(写真)、蛇にようにクネクネうねらせて長さを稼いだ笛(写真)など、管楽器奏者でなくても興味は尽きない。後者は試聴音源ではとてもいい音色だった。あとはストリートオルガンや、大正琴と同じ原理ではないかと思われる不思議な楽器の数々。そして半音階ハープも置いてあった。弦が二群にわかれ、一つおきに斜めに張られているので、パッと見ると二群の弦が交差しているところがはたおり機を連想させる。こちらはドビュッシーがその楽器のために書いた有名な曲があるから、いまでもCDのジャケットでみることができる。

 この博物館は、本館がヴァーツラフ広場を登ったところにある有名な国立博物館の分館の一つである。本館の壮大さはないサイズだが、20世紀前半までの西洋の歴史的楽器の展示と音源からなる大変充実した博物館だ。
 この博物館は楽器に興味がある人ならば、ぜひお薦めしたい。
[2011年7月30日 記]


風雅異端帳・目次に戻る ♪  音楽の間に戻る ♪  詠里庵ホームに戻る