砂漠の風 〜Desert Wind〜


ゲッシア朝ナジュ王国。
10年前、神王教徒によって滅ぼされた砂漠の王国。
ハリードは王族の一員としてここで生まれ、育ってきた。
エル・ヌール・・・・・・・彼の本当の名前である。



「姫、ひーめ。 何処にいるのですか?」

ハリードがオアシスで姫を捜している。

「・・・・まさか・・・・誘拐・・・・」
ハリードの心に不安がつのる。
その時背後から、くすくすと笑い声が聞こえた。

「私はここよ。 エル・ヌール。」
漆黒の長い髪、褐色の肌に金色に光るアクセサリーがよく映える。
悪戯っぽい笑みを浮かべ、ハリードを見つめている。
ナジュ王国の姫君、ファティーマである。



「姫。 ご無事でしたか。」
「姫はやめて。 エル・ヌール。」

ちょっと拗ねたしぐさが可愛い。
ハリードはファティーマ姫を心から愛していた。

ファティーマ姫は寂しげに言った。
「明日にはここを離れるのね・・・・。 また戦なのね。」
「ええ。 リブロフへ・・・・・。」

私にはあなたを止めることは出来ない。
あなたはまるで砂漠を渡ってゆく熱い風のようね・・・・・。

「殿方は戦場のあなたを素晴らしいと褒め称えるわ。 力強く、そして美しい、と・・・・。 
  でも・・・」
ファティーマ姫は逞しいハリードの胸にもたれて甘える。

「でも私は・・・・いつものあなたの優しさも好き。」
「姫・・・・・・」
「姫はやめてと・・・・・・・言ったでしょ・・・・・・・」

オアシスから吹いてくる甘い風が二人を包む。
ふたりの唇がふれあう・・・・まさにその時。

「ファティー・・・・・・・・・マ・・・・・・・・・」



「・・・・・ごめん。 起こしちゃった?」
ユリアンがハリードを覗き込んでいる。
毛布をかけ直していたのだ。

(ファティーマって、誰なんだろう?)
ユリアンは不思議に思ったが、口に出さなかった。

げえっっ、ユリアン! 聞かれてしまったか!!!?
ハリードは焦った。
しかし彼は何事もなかったかのように平静を装った。

まさかまたあの夢を見るなんて・・・・。

ファティーマ・・・・・・・



ハリードが戦に行っていたほんの少しの間にナジュ王国は滅ぼされてしまった。
あれがふたりの最期の会話になるなんて、いったい誰が想像できたであろうか。

最愛の人は行方知らずになってしまった・・・・・。
自分がもしあの時王国に残っていたら・・・・・・。
後悔の念がいつまでもハリードの脳裏に去来する。

風よ。
砂漠の風よ。
出来ればお前に乗ってあの人を探しに行きたい・・・・・・・・・・・・



リブロフのパブに着いたとき、ハリードは一人の男に呼び止められた。
男は小さな声で耳打ちする。

「諸王の都に行きなさい。」
彼の話によると、そこでファティーマ姫が生きているという噂がまことしやかに
囁かれているとのことらしい。

「しかしあそこは確か廃墟のはず。 そんなものはただの噂に過ぎない。」
ハリードは否定した。

しかし・・・・・もし本当なら・・・・・・・。
ハリードの心ははやる。

ハリードの背後からその様子を見ている者がいた。
ユリアンである。

彼は夜遅く、ハリードの部屋のドアを叩いた。

「ハリード。 話がある。」

ハリードは何事かと驚いたが、すぐにユリアンを部屋に招き入れた。



ユリアンは両手を前に組み、自分の口元に持っていく。
そして真剣な目をして言った。
「諸王の都へ行こう。 ハリード。」

(聞いていたのか、ユリアン!! 俺たちの会話を。)
ハリードは声を荒げ、テーブルを叩いた。

「莫迦言うな! 死にたいのか!!?」

俺一人行くのなら構わない。
もう俺には家族も愛する姫もいないのだから、のたれ死んだって構わない。

だがお前達は若い。
帰る場所もある。
お前達を俺の我が儘につき合わせたくない。

諸王の都は・・・・・・諸王の都は・・・・・・。
・・・・・・・・・・・砂漠の中の墓場なんだ・・・・・・・・・。

そんなハリードの心を汲み取ったのか、ユリアンは首の後ろで腕を組み直し、
「・・・・・・死にゃしねぇよ。」
と、ぶっきらぼうに呟いた。

「もし死んでも・・・・・・あんた一人じゃ死なせねぇ。 そんときゃ、オレ達みんな一緒だからな。」
ユリアンはどっかとテーブルの上に足を上げ、イスにもたれかかる。

行儀が悪い・・・・。
いつものハリードならユリアンの足をテーブルから払いのけ、床に激突させるところなんだろうが
今日は違っていた。

一人だと思っていた。
今の今まで。
仲間なんて言葉だけだと思っていた。

「それに自分が正しいと思ったことは自信持ってやれって、うちの親父が・・・・・・・・・」

「ユリアン・・・・・・・・・・・・・・・」
「えっ!?」

次の瞬間、ユリアンはハリードに羽交い締めにされ、頭をげんこつでぐりぐりされた。
「子供がナマ言ってんじゃねえよぉ〜。 でも・・・・・ありがとな。」
「いてててて。」

ハリードの目尻に少しだけ光るものが見えた・・・・・ような気がした。

一緒に行こう、ハリード。
諸王の都へ・・・・・・・・・。



翌日はからりと晴れた。

「行こうぜ。」 とハリード。

「おう!!」 とユリアン。

ハリードは青く澄んだ空を仰ぎ見る。
一陣の風がハリード達の脇を吹き抜けた。

砂漠の風よ、聞いてくれ
願わくば俺の愛する者達を・・・・・・・あらゆる厄災より護りたまえ・・・・・・・
砂漠の風よ・・・・・・・・・・

ハリードとユリアン達は駆け抜けてゆく。
砂漠の風の中を。



砂漠の風はハリードの友。
そして今ユリアン達もハリードの真の友になりつつある。

「・・・・・・・・エル・ヌール・・・・・・・」

ファティーマ姫の声が遠くで聞こえたような気がした。

「いつの日か会えるさ・・・・・・きっと・・・・」
ハリードは青い空に向かって、そう呟いた。



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