いつかめぐりあう君へ

第一章 遺跡の棺で目覚めた少年

少年は暗い闇の中で目覚めた。

「・・・・・・・・・ッ・・・・・・・。」

ここはどこだろう。
なんで僕はここにいるんだろう・・・・・・・・・・・。
これは・・・・・・・棺・・・・・・・?

僕は・・・・・・・・・僕は誰なんだろう?

思い出そうとするたび、頭の奥の方がずきっと痛む。

行かなくちゃ・・・・・・・・。

どこへ・・・・・・・。

わからない、でも・・・・・・・・。

光の方へ・・・・・・・・。

・・・・・・・・・。


「・・・・・・眩しい・・・・・・・。」

少年の髪は、ほぼ白髪に近い銀の髪だった。
陽光に反射して、まばゆく輝く。

年の頃なら12才ぐらいといったところだろうか。

右手には「アーク・エッジ」と呼ばれる巨大な斧のような武器を持っている。
その優しい面差しや、小さな身体には似つかわしくない武器だった。

そして額には・・・・・・・・蒼く輝く宝石が埋め込まれていた。

少年は帽子を目深にかぶった。
太陽の光が眩しかったのだろうか。
それとも額の宝石を無意識のうちに隠していたのだろうか・・・・・。

少年は、行くあてもなく彷徨った。
自分が何者で、どこから来たのか、どこへ行くのか。
知りたかった。
誰かに教えて欲しかった。
だが答えはなかった・・・・・・・・・・・。

ひとりでいると気も狂わんばかりの負の感情に押しつぶされそうになる。

それでも、とりあえず歩くことにした。

あてもなく歩いていると、とある山道にさしかかった。
少年は、こともあろうに、道を間違え、そのまま森に迷い込んでしまった。
そしてそろそろ夜の帳が降りてくる時間にさしかかった。

「ここ・・・・・・・・どこだろう・・・・・・・。」

不安と寒さと空腹で、少年は倒れる寸前だった、
そうしているうちに、雪がちらちらと舞い降りてきた。

山の天気は変わりやすい。
あっと言う間に吹雪となり、少年の視界は遮られた。
少年の膝下の高さまで、雪は降り積もった。

少年は力尽き・・・・・・・・雪の上に突っ伏してしまった。
そして・・・・・・・・意識が途絶えた・・・・・・・・・。

第二章 クレア

家畜小屋の方が騒がしい。
どうしたのかしら?

この家の主・・・・・・・クレアは不思議な胸騒ぎを感じて、外に出た。

雪の上に、なにやら大きな物が転がっている。
初めは動物の死骸かと思われたのだが、あれは、人間ではないか。

「・・・・・・・・・?! ちょっと、あなた! しっかりしなさい!! しっかり・・・・・・・・・」
言葉は吹雪にかき消される。

その女性は、あたたかい家の中に少年を運び入れ、ベッドに寝かせた。


ぱちぱちと音を立てて燃える暖炉の炎。

(あったかい・・・・・・なぁ・・・・・・・・・・)

少年は長い眠りからさめると、きょろきょろと辺りを見回した。
(ここ・・・・・・・どこだろう・・・・・・・・)

そして、ベッドの端っこに俯せて眠っている女性を見つけた。

「・・・・・・・・・・!???」
少年はあわててベッドから飛び起き、その振動で、その女性は目覚めた。

「あら、気がついたのね!」
彼女は輝く笑顔を少年に向ける。
その笑顔が眩しくて、少年は思わず目を伏せてしまった。


「ねぇ、あなたはだれ? どこからきたの?」

少年は、相変わらず無言だった。
少し怯えたような目で、女性を見ている。

少年は、彼女の問いに答えたくても、答えられなかった。
そう、彼には、記憶のひとかけらさえも残っていなかったのだから・・・・・。

ぐう・・・・・・・・きゅるきゅる・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」

2人の間の空気が一瞬止まった。
そして次の瞬間、それは大きな笑い声に変わった。

「ごめんごめん。 おなかがすいてたのね。 待っててね。 今スープを入れてくるから。」


目の前に出されたスープはとてもおいしく、身体の奥から少年を暖めてくれた。

「おいしい・・・・・・。」
少年はぽつりと言った。

「ふふ。 六角鹿の肉で作ったスープなの。 おかわり、どんどんしてね。」

こじんまりとして綺麗に片づけられた部屋の中。
この人は、ひとりきりで、ここに住んでいるのだろうか?
こんな山奥で・・・・・・・。
寂しくないのだろうか・・・・・・・・・・。
とりあえず落ち着いたので、少年はまず自分の身に起こったことを一から話した。

自分がどこかの遺跡の冷たい棺の中で目覚めたこと。
そして、名前も、遺跡の中で目覚めるまでの記憶、総てが思い出せないことを。

だけど、たったひとつだけ、秘密にしていることがあった。
それは、モンスターに変身できること・・・・・・・。

彼の変身を偶然見た人々は異口同音に、彼に向かってこう言った。
「化け物」・・・・・・・・・・・・・・・と。


「それであなたは、これからどこに行くつもりなの?」

少年は困惑した表情を浮かべる。
「分からない・・・・・・。 どこに行けばいいのか・・・・・・・・・分からないんです。」

「じゃ、良かったらここに住む? わたし1人だから、遠慮はいらないわ。 え・・・・・と・・・・・・でも、名前が・・・・・・・・・・・。」
その女性は嬉しそうに言った。

突然、少年が口を開く。
「ルゥ・・・・・・・ルゥです・・・・・・・。」

「名前、思い出したの!?」
「不思議だな・・・・・・・・今までなにも思い出せなかったのに・・・・・・・・・・。」
「良かったわね。 わたしはクレアよ。 ルゥ。 これからよろしくね。」

2人は握手を交わした。
それがふたりの共同生活の始まりだった。


翌日からルゥはクレアのため、力仕事を手伝った。
山を走り、獲物を捕らえる。
木を切り出し、薪割りをする。
家畜のために野草を採る。
時々はふたり一緒に町まで降りて行き、獲物の毛皮や肉を売って金にする。

武器であるはずのアーク・エッジは、日曜大工の道具へと変身した。

クレアは、そんなルゥのために部屋をあてがい、実の弟のように彼を可愛がった。

ルゥは実によく働いた。
この幼い子供のどこに大きな力が秘められているのか・・・・・・・クレアは不思議に思った。

そして額に輝く蒼い宝石・・・・・・・・。
クレアは少しだけ知りたいような気がした。

だけど聞けなかった。
聞いてはいけないような・・・・・そんな気がした。

それより何より、そばにルゥがいてくれる、その安堵感が嬉しかった。
その安堵感を失いたくなかった。

ルゥも同じ事を考えていた。
どうしてひとりきりで、こんな山の奥に住んでいるんだろう。

・・・・・・・・好きな人はいるのかな。

思春期の少年なら、誰でもが思うことを、ルゥもまた同じように考えていた。

だけど聞けなかった。
聞いてはいけないような・・・・・そんな気がした。
聞いたら最後、ここにいられなくなるような気がした。

失いたくなかった。
やっと手に入れた安らぎを。
そして・・・・・・・・クレアを・・・・・・・。

今はただ忘れていたかった。
自分が何者で、どこから来たのか、どこへ行くのかなどということは。
クレアと一緒にいるだけで、総てを忘れられる。
それだけで、いい。


ある日、家畜小屋を襲撃しに来た狼を追い払うとき、ルゥはあやまって変身してしまった。

「ルゥ・・・・・・・・あなた・・・・・・・・・・。」
驚くクレア。

しまった!とルゥは思った。

見られてしまった。

・・・・・・・・見られてしまった!

ああ、クレアはなんと思うだろう。

もうここにはいられない・・・・・・。

せっかく掴んだ幸せな日々だったのに・・・・・・・・・。
クレアとずっと一緒にいたかったのに・・・・・・。

ルゥはうつむいた。
クレアの言葉が・・・・・・・・・怖かった。

(クレアは怖がるだろうな。
 「化け物」と罵るかも知れない・・・・・・・・・。)

だが、クレアは震えるルゥに向かって、優しく言った。

「ごめんなさい。 少し驚いただけなの・・・・・・・・。 心配しなくてもいいのよ。 誰にも言わない。
 それに・・・・・・・・怖くなんかないわ。 変身したって、ルゥはルゥなんだもの。」

意外なクレアの言葉に、ルゥは驚いた。
今まで、この変身を見た人はみんな、気味悪がってルゥに近づこうとはしなかったのに。

だが、クレアは違う。
ルゥのすべてを知っても、ただ優しくほほえんでくれる。

「こっちにいらっしゃい。」
肩をふるわせ、今にも泣き出しそうなルゥの顔を見て、クレアが言った。
両手を大きく広げている。

「辛かったでしょう。 泣いていいのよ。 思い切り、泣いていいのよ・・・・・・・・・・。」

「クレア・・・・・・・・・・・・・・・。」
ルゥの頬を、次から次へと、あたたかい涙が伝う。
張りつめていたルウの心が解き放たれる。
ルゥはクレアの胸にもたれかかった。

クレアは何も言わず、ルゥを胸に抱いて、やさしく髪をなでた。
ルゥが泣きやむその時まで。
まるで彼の本当のお母さんのように・・・・・・・・・・。

ルゥはその柔らかであたたかな胸に、しずかにしずかに抱かれていた。

第三章 死の右腕

「どう? 雪はもうやんだかしら?」
「うん。 さっきまであんなに吹雪いていたのに、今は星がすごく綺麗だった。
 でも・・・なんだか怖いよ。」

「どうして? 星が綺麗ってことは、明日はいいお天気っていう証拠よ。」
クレアはキッチンで料理を作りながら言った。

「もしかしたら森の水飲み場に六角鹿の群が来ているかもしれない。
 僕、明日捕まえてくるよ・・・・・・・・・・だから・・・・・・・・。」

ちょっと上目遣いでルゥがクレアを見る。
クレアはそんなルゥがとても可愛いと思った。

「わかってるわよ。 六角鹿を捕まえたら、スープを作ってくれ、でしょ? まかせておいて。 
 ふふ・・・・・・・・。 ルゥったら本当にあのお料理が大好きなのね。」

くすくすと笑うクレア。
そんなクレアを見るのが、ルゥの一番の幸せだった。
キッチンの湯気の向こうにクレアのやさしい笑顔が見える。
それだけでルゥは幸せな気分になるのだった。

窓の外には雪がつもり、ふたりは静かな晩餐をとっていた。

ルゥはふと自分を見つめているクレアに気付き、食事の手を止めた。
「クレア? 早く食べないと冷めてしまうよ?」

クレアが感慨深げに言う。
「ねえ、思い出さない? ルゥが初めてこの家に来た時も、こんな雪の晩だったわね・・・・・・・・。」
 早いものね。 あれからもう二年もたつのね。」

「・・・・・? ・・・・・どうしたのクレア?」
「ううん・・・・なんでもないの。 ルゥ、気にしないで。」

今にして思えば、このときクレアは別れを無意識のうちに感じ取っていたのかも知れない。

と、その時、隣の家畜小屋から騒々しい音が聞こえてきた。

「なんだろう・・・・・・・また狼でも出たのかな。 僕、ちょっと見てくるよ。」
「気をつけてね、ルゥ。」
「大丈夫。 狼ぐらい僕が追い払うよ。」

少年らしい快活な返事をして、ルゥは家の外に出た。

ところが外に出たものの、辺りに獣の気配がまったく感じられない。

「おかしいな・・・・・。 なにがあったんだろう。」
ルゥは家畜小屋を覗いてみた。
家畜達は何かにおびえたかのように、小屋の隅に集まり、小さくなって固まっていた。

その直後、ルゥは背後にぞっとするような殺気を感じ、咄嗟に身を翻した。

「・・・・・・・・・!? おまえは・・・・・・・・・・?!」

ルゥと同じように、逆立った銀色の髪。
額にも、ルゥと同じような、宝石のような物が埋め込まれている。
ただし男のそれは、ルゥの宝石のように蒼く輝いてはいなかった。

男は魔性を秘めた金色の瞳でルゥを見つめている。
その瞳にはとてつもない邪気が溢れていた。
そしてその右腕には・・・・・・・・金属で出来た大きな漆黒の爪がうねうねと動いている。

「・・・・・・・探したぞ。 ルゥ。」

男は金色の瞳を輝かせ、そう言った。


「おまえは誰だ! 僕はおまえなんか知らない!!」
「おまえは知らなくても、私は知っている。 ルゥ。 私と一緒に来い。」

男がルゥに掴みかかったその時、ルゥのアーク・エッジが振り下ろされ、男に斬りかかった。
そのままふたりは乱闘状態になった。

男の爪とルゥのアーク・エッジが火花を散らせる。
高い金属音が耳をつんざく。

男がルゥを地面にたたきつけたその時。

「る・・・・・・・ルゥから離れなさい!!」
男の背後に、クレアが立っていた。
震える手で農具を握りしめている。

「いけない! クレア、逃げて!!」

「ええい! 邪魔するなッ!!」

男の右腕がクレアを捉え、そして・・・・・・・・・・・・・。

クレアは無惨にも雪原に叩きつけられた。
真っ白な雪が一瞬にして、真っ赤な鮮血に染まってゆく。

「クレア! クレア!! クレアっっ!!!」
ルゥはクレアのそばに駆け寄り、半狂乱状態で叫ぶ。

クレアの身体から血の色が失せてゆく。
薔薇色の頬は、雪の白さと同化してゆく。
あたたかい身体は、徐々に雪の冷たさに同化してゆく・・・・・・・・・・・。

「うっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あああああああああああああッッッ!!!」

ルゥの身体からまばゆいばかりの閃光がほとばしり、銀の髪が逆立つ。

「ゆ・・・・・・・・・・るさない。 おまえだけは・・・・・・・・・・・絶対にッッ!!」
今までとはケタ違いのパワーで、男に斬りかかるルゥ。

「真の力に目覚めたか! ルゥ!!」
男が叫んだ。

キィィィィィィィィィィ・・・・・・・・・ン。
何度目かの激しい金属音とともに、男の身体が宙を飛んだ。

「ちッ・・・・・・・・ひとまず退くとするか・・・・・・・・・・。」
男は身を翻し、夜の闇へと消えていった。

静寂。

ルゥはその静寂を破り、クレアに話しかける。

「クレア・・・・・・クレア・・・・・・・・・・。 ねぇ。 目を開けてよ。 笑ってよ。 僕の名を呼んで。 
いつもみたいに・・・・・・・・・抱きしめて・・・・・・・・。」
クレアの真っ白な顔に、ルゥのあたたかい涙がはらはらとこぼれ落ちる。

だが、返事はなかった。

その時、クレアの身体から、ぽぉっ・・・・・・と蒼い光が飛び出してきた。
光はルゥの額にある蒼い宝石に、すぅっ、と、吸い込まれていった。
ルゥは思わず目を閉じる。

「クレア。 これは君なの? 君の魂なの・・・・・・・・・・?」


この世界には「エイオン」が遺した「遺産」というものが点在しているらしい。

「エイオン」は最たる魔力を持つ魔導士。
そして「遺産」は「エイオン」が作った、究極至高の「魔宝」と言い伝えられている。
その「魔宝」を求めて、世界のあちこちから「トレジャーハンター」という者たちが集まってくるらしい。

「デュープリズム」もその「魔宝」のひとつだ。
「エイオン」の中でも最高の魔力を持つ魔導士、ヴァレンによって作られた究極の魔法。
手に入れた者は、なんでも願いが叶えられるという・・・・・・・。

それなら・・・・・・・・「デュープリズム」ならば、クレアを助けられるかも知れない・・・・・・。
ルゥの目の前に光が射し込む。

「待っていてくれ。 クレア。 僕は絶対デュープリズムを手に入れて、君を甦らせてみせる。」

固い決意を胸に、ルゥはクレアとふたり過ごした家を後にした。

「デュープリズム」を探すために。
クレアをもう一度生き返らせるために・・・・・・・・・・・。

第四章 湖畔にて

「で、ルゥは遺産を手に入れたら、どうするつもりなの?」
ミントがルゥに聞いた。

「僕は・・・・・・。」
「あ、いーの、いーの。 あたしが当ててみせるから。 えーと、あんたは・・・・・ずばり! 
故郷に帰る!! でしょ!」

「ああ。 そうするつもりだ。」

故郷に帰る。
クレアを連れて・・・・・・いつの日か、必ず・・・・・。
そしてふたりでひっそりと暮らすんだ・・・・・・。

「地味ね〜、地味すぎよ! 故郷であんたを待ってる人でもいるの? あっ、もしかしてカノジョとか?」
ミントがするどく探りを入れてくる。

「わ〜、そうなんですか〜?」
ミントに続いてエレナまでが、突っ込んでくる。

「そんなんじゃないよ! その・・・・彼女は姉さんみたいな人なんだ。」
ルゥはとりあえず無難にかわす。

「ふーん。 みたいな・・・ってとこがあやしいのよね〜。」

おそらく自分は彼女を愛してるんだと思う。
だけど、そんなことは、心の奥にひっそりとしまっておくものだ。
人に聞かれて答えるものじゃない。

ルゥは黙って目を伏せた。


ルゥの目の前には夢にまで見た遺跡が横たわっている。
クレアを失ってから、既に三年の月日が経っていた。

ルゥはひとり、湖面を見ながら呟いた。

「クレア・・・・・。 また君に会えたら僕は・・・・・・・・・・。」

もうすぐ・・・・・もうすぐ君をこっちに呼び戻してみせる。
必ず呼び戻してみせる。
だからもう少し待っていてくれ。

いつか・・・・いつかめぐりあう君。

そうしてルゥは、ひとりきり、遺跡に向かって、歩く。
クレアを助けたいという、その一心だけがルゥを突き動かす。


人が人を想う純粋な心は、誰にも打ち砕くことは出来ない。

という訳で、ルゥ君は最愛の女性、クレアさんを助けるべく、遺跡に向かうのでありました。
今回はいつもと反対に「プロローグ」をやってみました。
「エピローグ」もやってみたいし、「ミント」もなかなか楽しそう。

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