謡曲史跡巡り 三輪編

能「三輪」ストーリー
三輪の山の麓に庵を作り過ごす僧、玄賓の元に日ごとに現れる女がいた。
いつも 供物と水をもって来るその女は、その日、玄賓に衣をひとえ賜りたいと願う。
玄賓は衣を授け、女の素性を尋ねる。女は、自分は三輪山の山もと近い所に住んでます。
杉の木が目印です。もし不審に思われるならお訪ね下さいというと、かき消すように消えうせた。

三輪の里にすむ男が、山中のご神木の杉に、僧のものと思しき衣が木の枝に掛かっているのを見つけ
玄賓に知らせる。玄賓がそれを確かめに杉の所へ行くと、確かに衣が掛かっていて、その裾には
なにやら金色の文字で歌が書かれていた。その歌を詠んでいると、木々の向こうから美しい声が聞こえ
やがて女姿の三輪明神が姿をあらわす。そして、三輪に伝わる神代の物語を舞い語るのだった。






駅前は意外と静かな佇まい


三輪といえば、蛇のみーさんです。
駅から暫く歩くと参道に行き当たります。



  清々しい神域
  大和一ノ宮。

三輪山を神体とする大神神社。
大神神社の主祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)
ここは日本最古の神社といわれています。



今回は三輪山に登らせて頂こうと、大神神社から歩いてすぐの狭井神社から入りました。
ここに信仰登山に受付所があるのです。
三輪山は、今日でも、山それ自体が神体と崇められているのです。
一木一草にいたるまで、神宿るものとして、全く斧をいれずにしているとか。
ですから、神様の背に上がらせていただくということですね。
地元の方は、靴を履いては失礼ということで、裸足で登られる方もいます。
今回、初めてお山に入りましたが、初心者は裸足ではさすがに無理ではないかと思いました。
決して高いお山ではないのですが、かなりハードでしたね。
標高467mとか。
かなり急な坂道が続き、はーはーぜーぜーでしたが、不思議とエネルギーを頂きました。
細い山道に、滑り止めの木の階段を延々と山頂まで作った人々はほんとに偉い。
これぞ神業と思いました。
山の中には、注連縄を張られた、巨木や神の石があり、自然と信仰が一体となって
人智を超える存在を感ぜずにはいられませんでした。
お山は撮影禁止でしたが、山頂には磐座があり、巨石が沢山ありました。
古よりの信仰の形を今に伝えています。



  


    
受付で襷を頂き、お祓いで身を清めてから、山に入ります。
お借りした杖は必需品。
丁度、山姥公演の前でしたので、山巡りする気持ちがわかったような。
山の途中からの見晴らしはとてもよかったです。神域につき撮影禁止。
登る途中にも、山頂にも、登拝の途中で祝詞をあげる方達がいて、信仰
の強さを肌で感じました。わかる方には、凄くわかるみたいです。合掌。




山を降りて、今度は山の辺の道を歩きます。
暫くすると、「げんぴんあん」があります。
尊い僧として、登場する「げんぴん」様の庵の跡。
能「三輪」の女が訪ねた道ですね。






現在の門前。

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さてここからさらに暫く歩くと、摂社の元伊勢の桧原神社にたどり着きます。
祭神は天照大神、いざなぎ尊、いざなみ尊 
ここも本殿はなく、三輪山をご神体としてます。

宮中に祭られていた、天照大神は、やがて今日の伊勢に遷されることになるのですが、
その間に、各地を転々とされた。その初めて遷されたのがここということで
元伊勢と呼ばれるそうです。
大神神社と同じ、三の鳥居が有名。







神社上空の雲さえも、神々しかったです。




穏やかな大和の山の景色でした。



能の三輪では、三輪の神様は男ではなく、女性として登場します。
そして、天照大神の岩戸隠れを再現します。
元伊勢が三輪山にあるということがそのつながりですね。
伊勢と三輪の神は一体分身と能台本には描かれます。
神々の伝承を能として、再構成して脚色したのですね。

また、仏教徒である僧に救いを求めたり、能ならではの
脚色がされた作品ですが、いわゆる神能とは、違って
神舞ではなく、神楽を舞い
優美さや品格、神々しさという女姿のよさが現れています。

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げんぴんさんの事
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