< 151 お弁当箱 4 >

猫神様の作ったT字型の木を入れるとぴったり納まった。 取り外しできるおかずの仕切りは大変便利にゃっ。

木目のきれいな,いい香りの,とても軽いお弁当箱だ。

「桜の花がつけられたらいいのに。」
手羽先猫は,桜公園から大風で折れた桜の枝を持って来ていた。

猫神様はお弁当箱と桜の枝を持つと,走って行って細道をきゅっと曲がった。 そこには薄ぼんやりと緑のランプが点いていて,草深い道を入って行くと眩いばかりに明るい猫宵草があった。 やり手そうな店長がすぐに立ち上がって猫間君を呼んだ。

「フタにこの花つけて。」
さすがに にゃあとした猫間君もびっくりしたけど 了解した。
「水分を抜いて,色素を固定して,天然樹脂で保護しましょう。」

細道をきゅっと曲がって猫神神社へ戻った。 お弁当箱のフタに,淡い色の桜の花が付けられていた。 手羽先猫は半回転して喜んだ。

お弁当箱を猫模様の包み紙に包んで,屋根裏の窓から入って行って,あにゃこさんに手渡した。 あにゃこさんは はは~ん猫ダンスを踊って喜んだ。 手羽先猫は久しぶりにイルカのまぁちゃんとあにゃこさんと夕飯を食べて一緒のお布団をかけて眠った。 ちょっと狭かった。

猫神神社に帰った猫神様は,ぬる茶を飲んで春の匂いを感じた。 (ま 7.3.13)
< 152 そうにゃ >

猫は自由にゃ。
どこにだっていけるのにゃ。
それで日向が好きなのにゃ。

(あ 7.2.8)
< 153 桜くるくる >

手羽先猫の住んでいる桜公園は、川辺の少し高くなったところにある。
背の低い桜の木が何本か植わっているだけの、小さな公園だ。

昼間の賑やかな花見の人たちが帰ると、夕方の公園はひっそりと静まり返った。
白い街灯がポツンポツンと灯り始める。

「みんなお家に帰ったのかにゃ?」
水飲み場の裏にある山茶花の垣根の隙間から、手羽先猫はてててっと出てきた。

「特等席にゃ」
一本の桜の木の下で、手羽先猫はくるくる回って桜を見上げた。
「綺麗だにゃぁ」
公園の桜は満開だった。手羽先猫は誰かにこの桜を見せてあげたいと思った。

暖かい風がふっとながれると、ピンク色の花びらがくるくる回った。
くるくるくる…
手羽先猫も、風に舞う花びらを追いかけた。

「あれ?」
白い街灯に混じって、緑の街灯が一本立っていた。
「こんなの今までなかったのに」
ふわっと舞った桜の花びらが、その街灯のまわりでふっと消えた。
花びらに誘われて、手羽先猫もその光の中に入っていった。

猫神様は一番星を眺めて、縁側でボーっとしていた。
「あれ、何か緑色に光っている」
猫宵草の光と同じにゃ、と思っていたら光の中から手羽先猫が現れた。
「うにゃ!」

「猫神様、こっちにおいでよ」
手羽先猫が猫手をくいっとして猫まねきした。

猫宵草の光をくぐって桜公園にくると、猫神様は薄ピンクに染まった桜を見て 猫ため息をついた。
「綺麗にゃ~」

猫神様が水筒に詰めてきたあったかいお茶を飲みながら、2匹はのんびりと夜の桜を眺めた。 (あ 7.4.5)
< 154 寒のもどり >

春が近づいてきたのに、ここのところなんだか朝晩が冷える。
今日もいい天気だったけど、日が落ちると急に寒くなってきた。

「風邪ひいちゃうにゃ」
チョッキを着て、境内にある小さなお風呂に薪をくべた。
ネコカミ号がぶにゃっと側によって、少しプルプルした。
「にゃ~、ネコカミ号はお風呂には入れないにゃよ」
ぶにゃぶにゃっと音をたててぴゅーっと走ると、木の脇にお尻を向けて止まった。
「にゃっ! わかったにゃよ」

猫神様はお風呂のお湯を少しバケツに取って、暖かいタオルを作ってネコカミ号をクリクリ拭いてあげた。それから2段階に小さくなったネコカミ号を木の桶に入れて、湯船に浮かべて一緒にお風呂に入った。
「あったまるにゃ~」桶の中で、ネコカミ号もご機嫌でくるくる回っている。
湯気の向こうにはおぼろ月。
「まんまるにゃね~」

ポカポカにあったまってお布団に入った。
ん、お尻が痛いにゃ。 お布団をめくったらネコカミ号が寝てた。
「にゃ~! いつの間に」
今日は特別にゃ。
小さなタイヤの跡がついたお布団に入って、猫神様もまんまるくなってぐっすり眠った。

みんな風邪には気をつけるんにゃよ。
うにゃうにゃzzzz (あ 7.4.5)
< 155 カエル人 >

みゃーみゃーみゃー。
甲高い子猫の声で目が覚めた猫神様は,外へ飛び出した。

子猫を腕に抱えた,手足が長くて目の大きいカエル人が立っていた。
「なにするんにゃっ!」

カエル人はまぶたを下から上に動かすと,子猫をそっと下ろした。

みゃーみゃー。
子猫は,ちょろちょろ水の下で遊んでいるうちに,沢に落ちたのだ。

猫神様は,ちょっと怖かったけど,カエル人を本殿に招き入れた。
そろそろ夕飯の時間だったので,豆腐の味噌汁を作った。

ちゃぶ台の前に静かに座っているカエル人は温かいものは苦手のようだった。 茹でたキャベツに鰹節を まふっとかけると,カエル人の瞳が動いた。 「食べていいんにゃよ。」

カエル人は空を見るのが好きなようだった。 大きな目に青い空と白い雲が映っていた。

カエル人は何日も,風が吹いて涼しい廊下に座って過ごした。

猫神様は,越後屋へバイト出かける時にカエル人に言った。「ちょろちょろ水にプリンが冷やしてあるにゃよ。」

新しいキャベツの外側の葉っぱを貰った猫神様は,急いで神社へ帰った。 プリンはそのままだった。 カエル人は居なかった。 ちゃぶ台の上に水色のハンカチが置いてあった。

「梅雨になったら,また来んにゃよ。」
猫神様はキャベツの葉っぱをギュッとにぎりしめた。 (ま 7.4.15)
< 156 両神山 >

あにゃこさんに連れられて,猫神様は久しぶりにハイキングにやって来た。 子猫号は,細く曲がりくねった定峰峠をぶみゃーっと攻める。

「イニシャルD だかんね。」と峠好きのあにゃこさんは言った。
「すごいにゃ。」と意味は判らなかったけどおにぎりは欲しい猫神様は答えた。

駐車場に子猫号を置くと歩き始めた。 最初は段々畑の中を入って行く。 たんぽぽでいっぱいだ。 スミレも咲いている。

ふたりとも軽いので,どんどん登ってゆく。 途中の沢で,木の皮の樋から冷たい水を飲んだ。 少しじめっとした場所にある清滝小屋のおじさんに挨拶して,更にどんどん登ると,たちまち両神神社に着いた。

鳥居の下に,なんだかプロポーションの変な狛犬が居た。 犬に似た宇宙生物の像かもしれないと前からあにゃこさんは思っていた。

「 ... ね ... か・み ... 」幽かな声がした。 猫神様は猫耳をぴくっとした。 すぐそばだ。 猫神様が宇宙狛犬に猫手で触れると,真白な光に包まれた。

「ネコカミ,ひさしぶりだ。」
お前なんか知らないと猫神様は思った。
「わたしたちは眠っている。 わずかな部分だけが目覚めている。 記憶が無くても仕方ない。」
起きてるもん。
「わたしが知で,お前が力だ。 宇宙に危機が訪れることがあれば,お前とわたしは目覚めるだろう。 ネコカミよ,両神山の名の意味を知れ。 犬神と猫神のふたつの神の名だ ... 」

狛犬に猫手をついていた猫神様は,ハッと我に返った。 会話は一瞬の間に為されたらしい。 あにゃこさんは何も気付かず,るるるーと先を歩いて行く。

青い空が広がり雲が流れてゆく。 山頂は狭いが,平日で誰もいない。 あにゃこさんがカレーパンをムリッと引きちぎって半分くれた。 サーモスの紅茶も注いでくれた。 こんなに幸せだもん,眠っているならそれでもいいと猫神様は思った。 (ま 7.5.9)
< 157 カエル人帰る >

朝起きると,猫神様の心にその姿が浮かんだ。 それがやって来ることがわかった。

昆布をきれいに洗い,湯を沸騰させないようにして 引き出し昆布の技法で出しをとると,真白な海老しんじょを入れた。 お鍋ごとちょろちょろ水で冷やして,つめたい澄まし汁ができた。

梅雨になって,とても湿っぽい。 雨が降らなくても猫神様の猫毛の先に水滴がつくくらいだ。

お椀に澄まし汁を入れた。 縁側にカエル人が,山のミツバを持って立っていた。 猫神様はもうひとつお椀を出した。

境内の水たまりをぱちゃぱちゃ走って来る音がした。
「猫神様~!」

あにゃこさんは本殿に飛び込んでくると,カエル人を見て静止した。
「かえるにん・・・?」
そう発音するのかと猫神様は思った。

それから3人は,灰色の空や,湿った風に揺れる庭のヒメジョオンを見ながら,ミツバを入れた澄まし汁を飲んだ。
(もうすぐ雨が降ってくるね。)

カエル人は,立ち上がると森へ帰って行った。

カエル人は喋るのかどうか知らないけど,カエル人の大きな目には色んなものが映っていた。 あにゃこさんも映っていた。 あにゃこさんはカエル人とたくさんお話したような気持になっていた。 (ま 7.6.21)
< 158 肩をぽふっと1 >

猫神様は,後ろからあにゃこさんの肩を叩いてみたいと思うのだけど,肩甲骨までしか届かない。

山ノ下小学校へ給食のバイトに行った猫神様は,体育館の隅で古い踏切り板を見つけた。 先生に聞いたらもう捨てると言うので,貰って来た。 踏切り板は猫神様には大きい。 猫頭に乗せて猫神神社に向かうと,雨が降ってきたけどちょうど傘代わりになった。 はーはーぜーぜー。 やっと境内に運び込んだ。

あにゃこさんが来たら,今度こそ肩をぽふっと叩くのにゃっ,と踏み切って跳ぶ練習をする猫神様だった。

「猫神様~!」梅雨の晴れ間,境内の紫陽花の道を,あにゃこさんが走ってきた。 あにゃこさんを追うように助走をつけると,踏み切り板に飛んだ。

パキッ。 壊れた踏切り板で空中のバランスを崩した猫神様は,ぽふっと叩くはずだった右猫手をそのままに,猫頭から あにゃこさんの後頭部に突っ込んだ。 空中で一瞬意識が途切れた。

ざっ。 ざっ?
あにゃこさんと猫神様は砂漠に下り立った。 遠くにオレンジ色の植物が生えているのが見える。 (ま 7.7.14)
< 159 肩をぽふっと2 >

「ここはどこ?」
「ニャコラン星にゃよ。 ピカード艦長に焼芋を売ったところにゃ。」
あにゃこさんの知らないところだった。

ヴヴヴッと空間が鳴った。 巨大な陽炎のように空気が揺らめいた。 USSエンタープライズ号が現れ,ブレーキが効かないかのように砂漠に突っ込んでくる。

猫神様はエンタープライズ号に向かって走りだしていた。
船は何ヶ所も穴が開いて黒い煙を噴きだしている。 高層ビルのように巨大な船が砂塵を巻き上げて滑って来る。

猫神様は両猫手でエンタープライズ号を受け止めた。

きらきらと光の粒が現れ,ピカード艦長とデータの姿になった。
「ネコカミ,また助けてもらった。」
「艦長,わたしはこの超生物が運動エネルギーを吸収した方法が理解できません。」
「猫手さ。」とピカード艦長は言った。 (ま 7.7.14)
< 160 肩をぽふっと3 >

ガンマ宇宙域辺縁を通過中のエンタープライズ号に,ナノテクノロジーで作られた種が打ち込まれた。 それは物理的なウィルスでもあった。 船の外壁から,全ての金属が侵食され始めた。 ピカードとデータ以外のクルーは船を脱出し,ピカードは感染した船を無人のニャコラン星までワープさせた。

外壁を侵食したウィルスは速度を上げて,エンタープライズ号をさらさらの粉に変えてゆく。 見る間に船は消えた。 するとウィルスの次のプログラムが起動した。 エンタープライズ号の金属粒子から何かがもくもくと作られ始めた。 巨大な手足が生えゴジラのような怪獣の姿になった。

あにゃこさんはあっさり気絶したので,データがおんぶした。

ピカード艦長は感じた。 これはボーグだ。 ピカードが絶滅させたボーグが,その最期にナノテク・ウィルスのトラップを宇宙空間に仕掛けていたのだ。 ピカードに復讐するために。

怪獣はズシンズシンと地響きを立てて,ピカード艦長に迫ってくる。

「一度はボーグに同化された私には判る。 あの擬似生物の特異点は肩にある。 ネコカミたのんだぞ。」

ピカードは砂に足を取られながらも砂漠を走り出した。 金属の怪獣が復讐の叫び声を上げながらその後を追う。

「地球から転送しておきました。」
データが地面に踏切り板を置いた。 踏切り板は折れたベニヤ板が直されていただけでなく,超弾性バネが内蔵されていた。 思いっきり助走をつけると,猫神様は踏み切った。 空中を泳ぐように跳ぶと,怪獣の肩の高さに達した。 猫手に力をこめて ...

ぽふっ。

悪夢が崩れ落ちるように,ナノテクの怪獣は金属の粒子となってサラサラと崩れ落ちた。 (ま 7.7.14)
< 161 肩をぽふっと4 >

はーはーぜーぜーしながらピカード艦長が戻って来た。
僚艦のUSSエクセルシオが,ワープして空に現れた。

目を覚ましかけたあにゃこさんを,データが砂の上に座らせた。
その肩を猫神様が,今度はやさしくぽふっと叩いた。 あにゃこさんは目を覚ますと,お腹空いたにゃと言った。

ついに猫神様は,あにゃこさんの肩を簡単にぽふっとする方法を見つけた。 座ってもらえばいいのだ。 そうすれば危険な踏切り板を使わずにすむ。

「あなたのことはネコカミから聞いている。」
ピカード艦長はあにゃこさんの手を取って言うと,USSエクセルシオに昼食を送るように指示した。

砂の上に日本風の赤い毛氈を敷いて,ロサンジーン星の白身魚のフライと生ビールだ。
「ふわっかりっいい香りのお魚。 甘みと酸味と渋みのある不思議なビールうま~い!」とあにゃこさんも大満足だ。

別れの時が来た。
「ネコカミ,そしてあにゃこさん,惑星連邦を代表して今回の協力に心から感謝する。」ピカード艦長,データ,そしてずらりと並んだ USSエクセルシオのクルーが敬礼した。
あにゃこさんも敬礼を返した。 猫神様はへんな角度の敬礼をしたけど,猫手だから仕方ない。

「これでボーグは宇宙から消滅した。 本当にありがとう。」
ピカード以下惑星連邦の皆は宇宙へ,猫神様とあにゃこさんは秩父へ帰った。 (ま 7.7.14)
< 162 テスト >

仕事先のテストのため、あにゃこさんは帰ってくるとお部屋で「にゃー」とお勉強していた。 頭には猫神様からもらった手書きの「必勝(猫手マーク)」手ぬぐいを巻きつけて、気合が入っている。

机の片隅には、裏が白い広告が積んであって、それを一枚ずつとってはボールペンでシャカシャカと書き込んでいく。 暗記物を頭に叩き込んでいるらしい。 イルカのまぁちゃんは、何かお手伝いしたいけど、残念ながらできることはなさそうなので、静かにロフトの上でお布団にくるまりながら見守っていた。

「に“ゃーっつ!」
いきなりバシッとノートを床に叩きつけるあにゃこさん。 うとうとしかけていたまぁちゃんもびっくっと飛び上がった。 あにゃこさんは黙って椅子から立つと、投げたノートを拾ってまたぶつぶつ言いながら机に向かった。(大変危険にゃ)

夜の猫北本は、窓からカエルの鳴き声以外は聞こえない。 まぁちゃんも再びこっくりこっくりし始めた。

ゴトっと音がして、またまたびっくりしたまぁちゃんが覗いてみると、あにゃこさんが床に転がって眠っていた。(あにゃこさんの得意技その一:いつでもどこでも即寝)
「か、風邪ひいちゃう」まぁちゃんは必死で起こそうとするけれど、一度目をつぶったらそう簡単には あにゃこさんは起きない。 ロフトの上から毛布を取って、あにゃこさんの上にふわっとかけると、あにゃこさんのお腹が冷えないように、まぁちゃんもいっしょに毛布にはいって眠った。(まぁちゃんはやさしいのにゃ)

試験当日、寝不足でフラフラしながらあにゃこさんは電車に乗ってテスト会場へ向かった。 頭には手ぬぐいをつけたままだ。気づいてないのか、あにゃこさん!

「あにゃこさんがんばれ!」まぁちゃんは心の中でエールを送った。 まぁちゃんもなんだかんだ寝不足気味だ。お部屋にもどってちょびっとお昼寝。

今日は仕事じゃないから子猫号もお家にいる。 あにゃこさん家の車庫には花のなる木が植わっているので、子猫号の上にはオレンジ色のお花がたくさん乗っかっていた。 お花だけならかわいいけれど、小鳥のフンもたくさんあって、ちょっぴりかわいそう。

そうだ!まぁちゃんは思いついた。前にあにゃこさんが洗っていたのを思い出して、子猫号を洗ってあげることにした。 蛇口にホースをつけて、冷たいシャワーをかけると、子猫号は喜んで、みゃーみゃーはしゃいだ。 はねっかえりでまぁちゃんもびちょびちょだ。 シャンプーをつけてスポンジでくるくる体を洗ってあげていると、突然子猫号がぴゅーっと走り出した。

「こ、子猫号ー!どこいくのー!」
まぁちゃんが慌てて後を追いかけていくと、くるっとユーターンして子猫号が戻ってきた。 そして後ろのドアを開けてまぁちゃんを乗せてあげた。
「あにゃこさんがどうかしたの?」
 まぁちゃんが聞くと、おしりに泡をつけたまま、「み“ゃー」と走り出した。

テスト会場へ向かっている途中のあにゃこさん、眠いのをこらえて最後のチェック。電車の中で、ノートと睨めっこ。
と、その時、
「ガコンッ」
いきなり電車が止まった。
「…ご乗車中のお客様に申し上げます。ただ今、下り方面の電車にて、車両故障が発生いたしました…」
ガーン!あにゃこさん大ピンチ!電車は次の駅でしばらく止まるらしい。せっかく詰め込んだ頭が真っ白。
「テストに間に合わない!」車内で青くなるあにゃこさん。パニックしてくるくる回り始めた。あぁ、どうしよう。

駅に着き、ベンチに座って電車が動くのを待っていると、線路の向こう側に緑色の小さな車がみゃーっと走ってきた。 子猫号だ!
子猫号にはネコカミ号のような猫ナビ機能がないので、あっちこっち道に迷ってしまったけれど、猫感でここまでたどりついた。ホームにいるあにゃこさんを見つけると、みゃーっと鳴いた。

あにゃこさん思わずホームで猫ダンス。(あにゃこさんの得意技その二:いつでもどこでも猫ダンス)だけどすぐに我に返ると急いで子猫号に乗り込んだ。

無事にテストも終わり、近くの土手で3人で仲良くおにぎりを食べて帰ることにした。
「子猫号、おしり汚れてるよ」
みゃーっとなくと、子猫号はおしりをぷるぷる動かした。

爆睡するあにゃこさんを乗せて子猫号はお家に帰ってきた。さて、もう一回洗わなくちゃね! たっぷり眠ってスッキリしたまぁちゃんとあにゃこさんで、子猫号をピカピカに磨いてあげた。 たくさん走った子猫号は、頭に新しいお花を1つ乗っけてすやすや寝息を立て始めた。 (あ 7.7.14)
< 163 渓流1 >

山の奥の川には,お魚がたくさんいることを,あにゃこさんも猫神様も知っていた。 あにゃこさんは,いまスイミングスクールでがぼがぼ練習してるけど,まだ泳げない。 猫神様では流されてしまう。

あにゃこさんの賢い頭が閃いた。 長い竹を切ってくると猫神様を連れて川へ行った。

「にゃ?」
見上げる猫神様に子供用のゴーグルを着けてあげると,竹の棒の先にセロテープでぐるぐる巻きにして,川に突っ込んだ。

ごほごぼごぼー。
つめたい水は,澄んで泡立ってサイダーみたい。

竹の棒を川から上げると,水をざぶざぶ滴らせて猫神様が言った。 「お魚いっぱいるにゃ! でも大きい石の下にはもっといる。」

「大きな石の下だね!」とあにゃこさんは,猫神様をもう一度川に突っ込んだ。 大きな石の下には斑点のある大きなお魚がいた。 でも,大きな石の隣には水面からは見えない石がもうひとつあり,猫神様はその間に挟まってしまった。

あにゃこさんが竹を上げようとすると,濡れたセロテープがぷつっと切れた。
「にゃ~!」

猫神様の息も切れた。
「がぼっごぼごぼごぼっ。」

水面に立つ泡を見て,よかった元気に潜水してる,とあにゃこさんは思った。

「がぼごぼごぼげぼっ。」
「ごぽごぽっ。」
「こぽっ... 。」
「。。。。」

石に挟まって,流れに弄ばれるように,猫神様の体がゆらゆらと揺れていた。 (ま 7.8.15)
< 164 渓流2 >

ハッと,猫神様は呼吸できることに気が付いた。 猫第二肺は,水中でも酸素を取り入れることができるらしい。

体をひねって石の間から抜け出すと,斑点のある魚を水中高速猫パンチで捕まえた。 あにゃこさんが持たせてくれたタマネギの赤い網袋にお魚を入れる。 5匹捕まえた。

流れに逆らいながら,猫爪を出して石に齧りつきながら少しずつ岸へと向かった。 川からザバザバと上がって見ると,あにゃこさんは木陰で「家庭菜園入門」を読みかけて,寝ていた。

「あにゃこさん,ひどいにゃ。」と言おうとしたが,肺の中が水でいっぱいだったので,鼻と口からどーどーと水を噴き出した。

「ま,マーライオン!」とあにゃこさんは目を丸くした。

猫神様は自分でも可笑しくなったので,文句を言うのは止めて,あにゃこさんに赤い網袋を見せた。

あにゃこさんは尊敬と予想外を顔に表わしながら,焚き火を起こした。
それからふたりは真夏の白い木漏れ陽の散る木陰で,つめたい渓流の音を聞きながら,美味しいヤマメの塩焼きを齧りました。 (ま 7.8.15)
< 165 猫豆の木 1 >

最近あにゃこさんは小さな畑を借りて,家庭菜園に全精力を注ぎ込んでいた。 今日も,ふーふーにゃーにゃー言いながら,畑の端に穴を掘り,雑木林の腐葉土を鋤き込んで土壌改良に励んでいた。 でも半日もそんなことをしていたらクタクタになったので,お家へ帰って昼寝だ。

涼しい風が立ち始めた頃,コスモスの咲く畦道を,にゃあとした顔をして猫神様がやってきた。 あにゃこさんの大事な畑の真ん中にしゃごむと,猫爪を一本だして,くりくりと掘り,新聞紙の袋から大事そうに何かを取り出した。

それはひよこい色をした大きめの豆のようだったが,猫耳のような突起がふたつついていた。

猫神様はそれを穴に埋めると,空き缶に汲んできた荒川の水をかけ,土をかけると猫手でひらたくした。 そして嬉しそうに帰って行った。 (ま 7.9.21)
< 166 猫豆の木 2 >

翌朝,あにゃこさんは畑を見てびっくりした。 巨大な蔓が天に向かって伸び,先はどこまであるのか見えない。 一本の巨大な植物には既に特殊な生態系が存在しているらしく,鳥のような声,猿のような声が雲の上から微かに聞こえてくる。

いつの間にか,熱帯でもないのにリビングストンのような探検服を着て,ヘルメットを被った猫神様が立っていた。

図書館で「ジャックとまめのき」を読んだ猫神様は,一攫千金を夢見ていた。 あにゃこさんは逃げようとした。

「脂の乗ったしゃけを焼いたんにゃよ。」
「骨を取ってきれいにほぐして,炊きたてのご飯に混ぜて握って,海苔を巻いたのがこれにゃ。」と猫神様は,竹で編んだ籠にいっぱいに詰めたおにぎりを見せた。 小茄子の浅漬けもラップに包んで入っていた。 ペットボトルにちょろちょろ水もつめられていた。

あにゃこさんの心は決まった。 おにぎりを食べたら帰ろう。

巨大な蔓には適当な足掛かりになる葉が生えていた。 ふたりはゆっくりと登り始めた。 (ま 7.9.21)
< 167 猫豆の木 3 >

1,000mほど登ると,蔓から生えた葉が横に拡がり大きな広場のようになっていた。

「鬼を退治して育ての親のかぐや姫のお婆さんに大きな金の桃をあげるのにゃ。」と,猫神様の記憶は既に混濁していた。

小茄子の浅漬けを取り合いながら,ふたりは しゃけのおにぎりを食べ,ちょろちょろ水を飲んだ。元気が出たら鬼退治だ。

猫神様は葉っぱでできた大きな広場を隅々まで探し回ったが,小鳥が鳴いているだけで,誰もいなかったし,お城も無かった。

葉の間には既に豆が成っていた。 あにゃこさんは大きな鞘を見つけるとぱりぱりと割ってみた。 中にはソフトボールくらいの大きさの猫豆がひとつだけ入っていた。 あにゃこさんはそれをポケットに入れた。

薄い大きな鞘を見て,あにゃこさんの賢い猫頭がひらめいた。 鞘の両端に豆の巻きひげをしばりつけると,パラグライダーを作った。 風にふわりと乗ると緑の広場から飛び出した。

猫神様は「あにゃこさん,ずるいにゃ」と,ジャンプして鞘パラグライダーにつかまろうとして失敗した。 ヒューッと悲しい音を立てて落ちて行き,しばらくして遥か下でドシャッと音がして,町内は震度1弱で揺れた。 (ま 7.9.21)
< 168 猫豆の木 4 >

豆の鞘パラグライダーは翼面積が小さかったので降下速度は速く,あにゃこさんは5点着地で衝撃を受け止めると,畑に下り立った。 畑には隕石が落ちたかのような深い穴が空いていた。

あにゃこさんは,畑の隣のお家にお願いしてホースを借りると,穴の中にドードーと水を注ぎ始めた。 30分もすると穴は縁まで水でいっぱいになり,ちょっと潰れた猫神様が浮き上がってきた。 またも,自分の賢さに驚き呆れるあにゃこさんだった。

あにゃこさんは濡れ猫の猫神様を雑巾のように絞ると,おんぶしてお家に連れて行って,大蒜たっぷりの餃子を作ってあげて,焼いて食べた。

猫豆の木はわずか一晩で枯れて,猫神様の空けた大きな深い穴に崩れ落ちた。 あにゃこさんの畑は,ふかふかの腐葉土でいっぱいになることだろう。

しかし,猫豆があにゃこさんのポケットから転がり落ちて,あにゃこさんの家の庭に落ちたことには誰も気付かなかった。 猫神様が植えた時よりも10倍も大きなその猫豆のことは ... (ま 7.9.21)
< 169 猫博士1 >

あにゃこさんは一日の畑仕事を終えると,穴だらけの小松菜を持って猫神神社に寄った。 揚げ物のいいにおいがする。 夕飯に混ぜてもらおうっと。

「猫神さ ... あれ?」

ちゃぶ台の大皿には,フライと青菜のサラダが山盛りになっていた。 半分に切ったフライは真白な断面が見えていた。 ハンペンかしら。 フライもサラダも食べかけなのに,猫神様も子猫達も寝ている。

ご飯食べながら寝ちゃって,息もしないほどよく寝てる。

縁側で音がしたので振り向くと,背の高い痩せた老人が立っていた。
「わしは猫博士じゃ。 もう100年も猫を研究しておる。 これはいかん。 すぐに夕食の材料を調べてみなさい。」

あにゃこさんは,かまどの隣に置いてあったザルを調べた。 真白でツボのあるキノコとニリンソウに似て紫の花のついた草があった。

「ドクツルタケとトリカブト!」

猫博士はジャックウルフスキンのデイパックから「万能解毒剤・粉末」と書かれた大きな袋を取り出すと,あにゃこさんに言った。

「すぐに薬を準備するから,貴女は猫達を追いなさい。」 (ま 7.9.27)
< 170 猫博士2 >

子猫たちが山で真白な茸と,ニリンソウを採ってきた。 茸はハンペンみたいに白かったのでフライにした。ニリンソウは少し固いけど,猫神様の歯は丈夫だから食べられる。

ご飯を食べ始めた。

猫神様と子猫達は,広い広い草原のようなところへ来ていた。 一本の道が通っている。 この前遊びに行った 池の平 に似ている。 濃いガスが出ていて遠くは見えない。 ガスを通して柔らかな光を感じた。

道の両側には,たくさんのマツムシソウが風に揺れていた。

「ご飯を食べてる時はもう暗かったし,秋が深くなって,もうマツムシソウは枯れてしまったはずにゃ。」

一本道の先には川が流れているようだった。 サラサラと水が流れる音がした。 なんだかそちらへ向かって,歩いて行かなければいけない気がした。

マツムシソウの切れたところに,少しくすんだ色の木苺があった。 子猫達はたちまち みゃーみゃーと木苺を食べはじめた。

「だめにゃよ。 早く行かなくちゃ。」と言った猫神様もひとつ食べてみると,それは薔薇の香りのするラズベリーだったので,子猫達と一緒にしゃごんで食べはじめた。 (ま 7.9.27)
< 171 猫博士3 >

あにゃこさんは意を決してドクツルタケのフライを齧ると,ばったり倒れた。

猫神様はやっと子猫達を促して立ち上がった。 はやく川へ行かないと。

「おーい!」遠くから走ってくる音がした。
「おおぉ---い!」あにゃこさんの声だ。

ぜーぜーにゃーにゃーぜひぜひ。 あにゃこさんはやっと追いついたけど息が切れて言葉が出ない。

あにゃこさんは猫神様の猫首をつかむと,川と反対方向へずるずると引きずっていった。 子猫達も心配そうに着いてくる。

猫博士はバケツにちょろちょろ水を汲むと「万能解毒剤・粉末」を入れてかき回した。 水は灰赤紫色に変わりぶくぶくと泡を吹き出した。 万能解毒剤は使用期限が切れていた。 この子達くらい身体が丈夫なら,多少期限の切れた薬でもオッケーだと猫博士は考えていた。

ひしゃくで解毒剤を汲むと,猫神様達の顔にざばざばとかけはじめた。 (ま 7.9.27)
< 172 猫博士 4 >

「うにゃっ。」
「みゃーみゃー。」

とみんなが意識を取り戻した。

猫博士は 重要な頁に付箋の付いた,茸と山菜の図鑑を猫神様に渡して「なんでも食べちゃだめじゃ。」と言った。 更にデイパックから賞味期限切れのスキムミルク,鯖の味噌煮の缶詰を出して手渡した。

「あにゃこさんの勇気と友情が君を救ったのですぞ。」

猫神様は半泣きになって,あにゃこさんにしがみついてありがとうを言った。 あにゃこさんはよしよしと猫頭を撫でた。

猫博士にお礼を言おうとするとすでにその姿は無かった。 遠く鳥居の辺りで足音が去って行くのが聞こえた。

子猫達にはお湯で溶いたスキムミルクをあげて,猫神様は鯖の味噌煮を食べた。 そして,あにゃこさんに図鑑の見方を教えてもらった。

猫博士は,猫が困ったときにはきっとまた来てくれるだろうと思った。 (ま 7.9.27)
< 173 キミドリ >

かえるぴょんは,かごはら自動車学校の近くのとうもろこし畑の側溝で生まれた。 物心ついた頃に,かえるぴょんは南への憧れを感じた。

雨の夜を選んで道路を渡って,南へ向かった。 北本に着くまでに2年かかった。

かえるぴょんは無花果の木が好きだ。 いい香りがするし,葉っぱがザラザラで登りやすい。 それに茂った葉の下にいれば鳥にも見つからない。

かえるぴょんは,小さな畑に小さな無花果の木を見つけた。 ここにしばらくいよう。

お昼に,小さな畑に女のコがやってきて,無花果に水撒きをした。 かえるぴょんは,ぴょんと飛んだ。

女のコは自分を指差すと「あにゃこ」と言い,かえるぴょんを指差して「キミドリ」と言った。

それからキミドリは,無花果の木に住んでいる。 (ま 7.11.20)
< 174 柴刈り1 >

12月に入って,秩父は寒くなってきた。 猫神様は(もちろん拾った)きれいな石油ストーブを持っているが,石油がない。

バイト先の越後屋は食料品の値上がりで,売上が落ち込んでいる。 猫神様の給料は五百円玉ではなく,牛脂,揚げ玉,おから,キャベツ(外の葉)になった。

おからは「肥料用」というブランドで,ちょっと色が濃いがコクがあっておいしい。

五百円玉が無いので,セルフのスタンドで石油が買えない。 おからと交換してくれればいいのに。

そうだ,山があるじゃないか。
猫神様は大きな籠を背負って,出かけようとした。 (ま 7.12.2)
< 175 柴刈り2 >

最近,ワックス掛けの才能があるため「ワックス王」と呼ばれている あにゃこさんが猫鼻歌を歌いながらやって来た。

「猫神様,そんな大きな籠持って泥棒?」(ひどいー。)
「山に柴刈りに行くの。」
「え,芝刈り機持ってんの?」

猫神様は両猫手を口に当てると,にゃぷぷと笑った。
「あにゃこさんは無知にゃね。」

しば【柴】山野に生える小さい雑木。また、それを折って薪や垣にするもの。そだ。しばき。ふし。(広辞苑第5版より引用。)

ぶぎゅ。 (ワックス王に猫頭を踏まれた音。)

「猫の手も借りたいくらいだから,あにゃこさんも手伝って。」

尊敬されてないような気もするが,猫神様のポシェットが最近軽いことを知っているあにゃこさんは,もう一つ籠を担いで 手伝ってあげることにした。 (ま 7.12.2)
< 176 芝刈り3 >

「この山の木は国有林だよ。」
「コクユーリン科 コクユーリン属の木?」
ぶぎゃ。(再び踏まれた音。)

あにゃこさんは,ひよこい色の携帯をパクンと開けると営林署に電話した。 柴刈りしていいか聞くと,危険だから止めて欲しいと言う。 だめかー。
電話に出たくてぴょんぴょんしている猫神様に携帯を渡した。

「石油が買えないんにゃ。」
「君は猫か? 猫なら構わないよ,倒木につぶされても,役所の責任にはならないからね。」

許可を得たので,ふたりはどんどん山を登って行った。 山は昨日の雨で少し滑る。

あにゃこさんは手に鉈を持ち「悪いコはいねがぁー」と叫びながら歩いていて,意味が判らないうえに大変怖い。 (ま 7.12.2)
< 177 芝刈り 4 >

細い短い枝しか落ちていない。 鉛筆みたいなのぼっかりだ。 こんなんだと燃やしてもすぐ無くなる。

見晴台に出たので一休みした。
猫神様は籠の底から,アルミ鍋に入れたおからの煮物を取り出した。
「コクがあるね猫神様,これ熟成したチーズを加えたんだね。 ワックス王にはお見通しにゃよ。」

もう少し登って行くと枯葉がたくさん積もっていた。 枯葉大好きあにゃこさんは,猫神様にも手伝わせて,ばふばふと枯葉を籠に詰めた。 これで猫畑を更に土壌改良できる。

でも柴は無いね,倒木でもあればいいのに。

湿った枯葉でいっぱいの籠を背負って立ち上がったあにゃこさんは,よろけて猫神様にぶつかった。 ふたりはもつれるように坂を転がり落ちて行った。 (ま 7.12.2)
< 178 芝刈り5 >

あにゃこさんは,ばさばさと枯葉を撒き散らしながら転げて行く。 手から離れた鉈が空中を飛んで行く。

猫神様は高速で転げて,木の根元にズガンとぶつかった。 木と猫神様が倒れ .. 滞空時間の長い放物線を描いた鉈が,幹にサクッと刺さり .. 着地の衝撃が ..

どどーん,どーん,どーん。(やまびこ。)

しばらく経って積もった落ち葉の山から,あにゃこさんと猫神様が這い出した。

「猫神様,倒木があるよ!」(いま倒したんだって。)
その木は枯れていたのだ。

あにゃさんは枯葉をかき集めて再び籠に入れ,猫神様は倒木を担ぐと,ふたりは猫神神社へ帰って行った。 これで年内の暖房は十分だ。 (ま 7.12.2)
< 179 猫上モモのお話1 >

猫上のおばあちゃんの名前はモモだ。 生まれた家に桃の木があったのだ。

モモは,働けるくらい大きくなるとすぐに製糸工場で働き始め,働きづめに働いてわずかなお金をため,行商を始めた。 その頃の秩父は,本当に山奥だった。 そんな山の奥深いところまでやって来るモモの行商は,痩せた土地を耕す人たちに,頼りにされ可愛がられた。

行商で少しお金をためたモモは,おじいちゃんから受け継いだ,山の中の小さな土地に家を建てた。 山羊を飼い,畑を開墾して行った。 秩父の四季は美しく,沢の水はきれいで,雪はそんなに降らず,モモはたまに街へ下りて お魚を買うくらいで,ほとんど自給自足の生活を始めた。 (ま 8.6.12)
< 180 猫上モモのお話2 >

猫上のおばあちゃんは「子供たちに山を下りて一緒に暮らそうと言われているけど,山のほうが好きだ」といつも言っているけど,それは嘘だ。

モモの婚約した人は,南方で亡くなった。 モモは今でも,とても若いその人の写真をお仏壇に置いていて,話しかけることもある。 兄弟も戦争や病気で亡くなったらしい。 いまは,誰からも音信はない。

それでもモモは体は丈夫だし,山の小さな土地で,とても幸せに暮らしている。 畑仕事は大好きだし,味噌も作れるし,うどんを打つのも上手だ。

それにこの頃,間違って配達された葉書のお陰で,猫神様たちが遊びに来てくれるようになった。 (ま 8.6.12)
< 181 猫上モモのお話3 >

モモは,だんだん体が動かなくなってきているのを感じていた。
「そろそろ畑を,お山へお返しする時期かねぇ。」

モモは,畑に野菜の種を蒔くのを止め,自然と出てくるものだけを収穫するようになった。 畑の真ん中に,大好きなズミの木を植えた。

モモの家へ上がってくる坂道の途中に,山の中で特に選んだ楓を植え,丸太の椅子を置いた。 そこはきれいに日が差す場所で,秋になったら透き通った紅葉が見られるだろう。通りかかった誰かが,この椅子に座って見てくれたらいい。

モモは大好きだったお魚を買うことも少なくなった。 街へ下りて行くのが面倒になったし,正直に言えば,お金ももうそんなになかったのだ。 それでも,お米はモモひとりで食べるのなら2年分はあったし,季節の菜っ葉の味噌汁があれば十分だった。 (ま 8.6.12)
< 182 猫上モモのお話4 >

猫神様は,猫上のおばあちゃん家でお昼をご馳走になろうと決めて,傘を差して裏山を登り始めた。 おばあちゃん家に近づく頃には雨が止んで,坂道の途中の緑の楓の葉が,そよ風に波立っている。

おばあちゃん家に着いた時には,まるで秋晴れのようにからりとした天気になった。

玄関の戸のところで猫神様は声をかけた。
「猫上のおばあちゃん!」
返事がない。

猫神様は,人のいない家に入ったりしない。
「猫上のおばあちゃん!」と,今度は畑に向かって呼んだ。

畑の真ん中のズミが咲いている。 真っ赤で硬いつぼみ,咲き始めた桃色と白のつぼみ,真っ白な花。 大きなズミの木全体が花を咲かせている。
「猫上のおばあちゃん,どこへ行ったのかにゃあ?」 (ま 8.6.12)
< 183 猫上モモのお話5 >

その時,家の中でチリンと鈴の音がした。 おばあちゃんが小さなお財布に付けていた鈴だ。 そのお財布から大きな五百円玉を出して,猫神様にくれたこともあった。

「おば ... 」
不思議なことに鈴の音は玄関の格子戸を通り抜け,猫神様を通り抜けて,畑の真ん中のズミの木の辺りで消えた。

何かを察した猫神様は,おばあちゃんの土地の四隅に立つと,それぞれの点でぽむぽむと猫手を打った。 結界を張ったのだ。 これで,もう猫上のおばあちゃんの土地は,人には見えない。 これからもずっと,野菜や雑草やズミの木の花が咲き続けるだろう。

「猫上のおばあちゃん,また来るにゃ!」
と大猫声で言うと,山を下り始めた。

坂道の楓の木は結界の外だ,秋になったら通る人たちはここに座って,美しい山を眺めるだろう。 それから,猫神様とあにゃこさんは,猫上のおばあちゃん家の畑のズミの木の下にしゃごんで,ご飯を作って食べるだろう。 (ま 8.6.12)
< 184 イギリスへ 1 >

昔住んでいたパリの夢を見ていた。
「 ... 男爵」ほっぺたを柔らかいモノで押されていた。 肉球だった。
「おや,ひさしぶりだ。」気持ちのよい木陰の午睡から覚めた。

猫神様は,ピカード艦長に貰った巻物のピアノを広げて,ドビュッシーを弾いていた。

「ロンド イ短調を弾けるかい。」
「哀しい主題が美し過ぎるにゃ。」
K.510という遅い番号。 モーツァルトは音楽の頂点に立ち続けた。
「バックハウスの演奏が好きだったんだが,君のもいいな。」

「男爵もポロネーズ弾く?」
「いや,君が弾いてくれ,君も好きな6番を。」
暗く激しいショパンを聴くうちに,男爵の頬に赤みが差してきた。 (ま 8.8.11)
< 185 イギリスへ 2 >

猫神様は演奏が終わると,猫首に結んでいた紫色の風呂敷を広げた。(風呂敷を背負ったまま演奏していたらしい。)

「しおむすび にゃ。」

猫神様は,子猫たちと農薬を使わない田んぼの草取りをして,農家から収穫したお米を少しだけ貰っているのだ。

「初めてだけど,懐かしい味がする。」
「あら,ご飯の匂いがする」と男爵夫人が,銀の盆にティーセットを載せて現れた。 ミルクティーを注いでくれながら,しおむすびを3つ食べた。 大変早い。

寄せ書きも持ってきた。 猫神様は色紙のつもりの藁半紙を男爵に手渡した。 そこには墨で,小さな肉球が かすれたり,ずれたり,飛んだりしながらたくさん押されていた。 子猫たちが書いたんだ。

「おやおやこれは。」
男爵は,子猫たちのみゃーみゃーする姿を想い出して,愉快な気分になってるのに気が付いた。 (ま 8.8.11)
< 186 大阪へ行く 1 >

ある朝,猫神様はあにゃこさんの部屋の天窓から逆さまにぶら下がって,にゃばっと顔を出した。 あにゃこさんは居ないけど,デイパックがきっちり準備してあって,お弁当がちゃぶ台に置いてある。

猫神様は猫のように回転して,しゅたっとフローリングのゴザの上に下りると,きちんと両猫手を合わせた。 「いただきにゃ~す。」 あにゃこさんの作った野菜はやっぱり美味しい,卵焼きも絶妙っ。

ごちそうさまをすると,お弁当箱を猫頭に載せてデイパックに潜り込んだ。 (ま 8.8.11)
< 187 大阪へ行く 2 >

「あー遅れちゃう」にゃたばたと階段を上がってくるあにゃこさん。 「あれ,お弁当はもう入れたんだっけ,あ入ってる。」 妙に重いような気がするデイパックを背負うと駅へ急いだ。

東京駅で新幹線に乗り換える。 平日の午後だったので席は空いていた。 新幹線と言えばお弁当だ。

デイパックが呼吸している。 まさか! お弁当は空だった。 猫神様が眠っていた。 猫ほっぺたをペチペチ叩くが起きない。 仕方無いので,席の前の網に突っ込んだけど,そのまま寝ている。

車内販売が来たので,猫の鈴弁当を買った。 あにゃこ弁当も自信あるけど,幕の内弁当はおかずがいっぱいで楽しいにゃ。 割り箸で猫神様をつつくと,網の中でちょっと寝返りを打ったりする。 (ま 8.8.11)
< 188 大阪へ行く 3 >

猫神様はぼろぼろになっていた。 あにゃこさんの訪ねたお友達の家には,小さな男の子がふたり居たからだ。 あにゃこさんも絵本の読み過ぎで声がかすれていた。

関東も暑いけど大阪はもっと暑い。 駅まで急ぐあにゃこさんはすっかりはーはーしてしまった。

「あのね,あにゃこさん,これ ... 」
「気が利くね,猫神様!」
「... 食パン。塩付けて食べると美味しいにゃよ。」
ぶたれたので,悲しくひとりで食パンを食べるが,あがあがして窒息する猫神様。

それでも新大阪駅で,サイダーを買ってもらって元気になった。 帰りももちろん,デイパックに入って行ったんだよ。 (ま 8.8.11)
< 189 湯麺1 >

中華鍋にラードを落とし,煙りが立ち上ったらニンニクを放り込む,香りが立ったところで,豚バラ肉薄切りを入れ,すぐにキャベツ,人参,もやし,戻したキクラゲを入れてガコガコと炒め,塩・こしょうで味を調える。

丼に鶏ガラスープを注ぎ,茹で上がったちぢれ細麺を入れ,炒めた野菜をのせる。

うみゃい,とてもおいしい。 でも ... でも,あの店の湯麺はもっと美味しかった。 (ま 8.12.29)
< 190 湯麺2 >

猫神様は薄荷様に糸電話した。

山の下小学校の裏にあった「杏花村」という店は,看板に湯麺と大書されてあった。 昔は,猫神様も食べに行ったが,閉店してしまった。 あのわずかに白濁した深い味のスープ,あれはどうやって作るのか。

「店主は存命だが,店を越谷に移して今は息子夫婦がやっている。 位置情報はネコカミ号に転送しておいた。」

狭い道だったので,ネコカミ号を空中に停めて飛び降りると,猫神様は店の引き戸をガラッと開けた。 かつての店主はもう相当な年になっていたが,愛想の良い小太りの姿はそのままで,店の隅で新聞を読んでいた。

「おお,君は!」 (ま 8.12.29)
< 191 湯麺3 >

「いつも閉店間際に来ては,具はキャベツだけでいいから 50円で湯麺を食わせろと言った猫じゃないか。」

「あの湯麺のスープの秘密を教えてください。」(いきなり。)

「何か理由があるようだな。 よろしい。 最近は 湯麺は人気が無くて,うちもメニューを塩ラーメンに変えたばかりだ。」

オヤジさんはカウンターの下の甕から,白濁したタレを瓶に注ぐと,カウンターの上にドンと置いた。 「わしが50年間,注ぎ足し注ぎ足しして作って来たものだ。 持って行きなさい。」

今朝,息子さんに,埼玉中華食堂協会を通して薄荷様から連絡があり,湯麺を作り続けるようにという要望と,百万円の振り込みがあった。

「また,この店で湯麺が作れるようになった。 これはわしが杏花村をやっていた時に着ていたものだ,これを使いなさい。」

白い上っ張り,白い帽子,白い長靴だった。 それを,傷だけらけのアルミ合金の岡持ちに入れて猫神様に手渡してくれた。
「ありがとうございますにゃ。 このご恩は覚えている間は忘れません!」と正直な猫神様は言うと,店を飛び出した。 (ま 8.12.29)

< 192 湯麺4 >

上っ張りは薄汚れて見えたがきれいに洗濯してあった。 白い上っ張り,白い帽子,白い長靴を身に着けたら,職人の仕事をしなくてはならない。

いつものように豚肉と野菜を炒め,縮れ細麺を茹でる。 杏花村のタレを鶏ガラスープで伸ばして麺を入れ,野菜をのせればできあがりだ。

猫一口食べてみる。 わずかに白濁したスープはおいしい,コクがある,滋味深い。 なつかしいあの味だ。 「豚肉ももやしも入っているから美味しいにゃっ。」猫神様は,キャベツだけのしか 食べたことがなかったからね。

ごま油,唐辛子,にんにくで特製ラー油も作った。

二人前の湯麺とラー油を岡持ちに入れると,NCC-1701Eのコンピューターに命令した。
「エナジャイズ!」 猫神様は岡持ちと一緒にきらきらと光の粒になって消えた。 (ま 8.12.29)
< 193 湯麺5 >

夫人の問いに,暖炉の前で男爵は答えた「動かないせいか,そんなにお腹が空かないんだ。」

猫神様が岡持ちを持って現れた。
アルミ合金の蓋を真上に引いてあけると,湯気の立つ湯麺の丼をふたつ取り出した。

「野菜スープかね?」猫神様が 箸とレンゲを渡した。「ヌードルか。」
ラー油を,ぽたぽたと振りかけた。
「素晴らしく上品なにんにくの香りだ。 赤い色が美しい。」

薄塩味のスープは,やさしいがコクのある味だ。 お腹の空いていないはずだった男爵はどんどん食べた。 男爵夫人はとっくに食べ終わっていて,なぜ餃子と半ライスも持って来なかったのかと猫神様に言った。

「男爵,湖を散歩したりして,ご飯も食べなくちゃだめにゃよ。 また来るにゃー。」
猫神様と岡持ちは,きらきらと光って消えた。 (ま 8.12.29)
< 194 ハナちゃんとお友達1 >

猫神様がハナちゃんに初めて会ったのは,雪のぱさぱさ降る一月だった。

ハナちゃんは,利根川沿いの廃屋に間違えられそうな小さな古い家に住んでいた。 家の前には廃タイヤが4本積んであり,壊れた自転車も置いてあった。

猫神様が雪の上を さぽさぽ(猫足が雪を踏むと,そんな音がしがちだ)と歩いてゆくと,廃タイヤの上でハナちゃんが丸くなって,その上に雪が積もっていた。
「おにゃっ。 寒くないのかにゃ?」

なんで,わざわざ雪の降る外にいるんだろう。 猫神様は,ハナちゃんに積もった雪を払ってあげた。 そしたら,ハナちゃんは三毛猫だった。 ハナちゃんは,利根川の上の東の空を,黙って見ていた。

その時,猫神様の足下をオレンジ色の影が走り,家の土台のブロックに空いた穴に何かが飛び込んで,まん丸な目で猫神様を見つめた。 子猫が少し大きくなったくらいのオレンジ猫だった。 オレンジ猫は,ハナちゃんを心配しているようだった。 猫神様はオレンジ猫を「お友達」と呼ぶことにした。

猫神様はお友達にバイバイすると,また利根川に沿った雪道をさぽさぽと歩いていった。 土台がブロックの家って大丈夫なんだろうか。 (ま 9.6.21)
< 195 ハナちゃんとお友達2 >

猫神様がハナちゃんと二度目に会ったのは,2月の晴れた寒い日だった。 ハナちゃんは,壊れた自転車のサドルの上に座って丸くなっていた。 「寒くないのにゃ?」と声をかけたけど,ハナちゃんは,利根川の上の東の空を,じっと見ていた。

会話はできそうになかったので,ハナちゃんに手を振って歩き始めると,河原の草むらから,引き止めるような「みゃ〜」という声がした。 1ヶ月分だけ大きくなった お友達が,いつでも逃げられるような姿勢でそこにいた。 お友達にもバイバイすると猫神様は歩いていった。 (ま 9.6.21)
< 196 ハナちゃんとお友達3 >

4月半ばを過ぎた頃,猫神様はまた上牧駅に近い利根川沿いを歩いた。 ここには古い桜がたくさんあるのだ。 冬の間は気づかなかったが,ハナちゃん家の前にも巨きな桜の木があり,満開の桜がかすかに散り始めていた。

でも,廃タイヤの上にはハナちゃんはいなかったし,オレンジ猫の影も見えなかった。

家には人影は無かったが,お皿のキャットフードは新しくなっていた。
ハナちゃんが家の前で思索する時間は決まってはいないのだろう。 お土産に持ってきたハムマヨパンを食べながら,猫神様はそう思った。 (ま 9.6.21)
< 197 ハナちゃんとお友達4 >

6月になった。 猫神様は上牧駅から利根川の方へ歩き始めると,空き地で真っ赤なスグリを見つけた。 草深い空き地で誰も入らないのか,洗面器一杯分くらい実っている。 猫手と猫っ鼻を赤くしながら しゃぐしゃぐ食べると,両猫手に持って,ハナちゃんの家へ向かった。 たまには,果物も食べた方がいいにゃよ。

ハナちゃんとお友達は,居なかった。

猫神様は思った。 ハナちゃんとお友達は旅に出たのではないかと。 思索するだけのハナちゃんを,きっと今はすっかり大きくなったお友達が世話しているに違いない。 利根川に沿って2匹は歩いているのかも知れない。

猫神様は明るい気持ちになって,上牧駅の水飲み場で,赤すぐり色にべとべとになった猫手を洗うと,川沿いを歩き始めた。 (ま 9.6.21)
< 198 ひき肉のそぼろ 1 >

天かすにお醤油をかけたものが ひき肉ではないことに,子猫たちが気付き始めたことを,猫神様は気づき始めた。

猫神様には現金収入が無くなっていた。 お賽銭箱の底を覗いてみたら,小さいキノコがひとつ生えていた。

越後屋のバイトは,不況のせいで現金ではなく,牛脂,天かす,おから,キャベツの外皮 がバイト料になってしまった。

山ノ下小学校の給食の調理は, 父兄の一人から猫に給食を作らせるなんて不潔だという電話がかかってきた。 カッとなった栄養士の栄養子(さかえようこ)先生が「お宅のお子さんの顔よりよほど清潔です」と言ってしまったため却って騒ぎが大きくなり,辞めさせられた。 だから,揚げパンもカレーシチューも持って帰れない。

猫神様の調理技術と一所懸命な仕事ぶりに感服していた 栄養子先生は,涙を浮かべて猫神様に謝ると,業務用カレー粉の大袋をひとつくれた。

「先生は悪くないにゃよ」と猫神様は言うと,カレー粉を貰って帰った。それを使って,とても美味しい キャベツ・おから・天かす カレーを作ることができた。 でも,もうない。

あ。 秘密の現金をしまっておいたのを思い出した。 (ま 10.1.2)
< 199 ひき肉のそぼろ 2 >

一昨年から,猫神様と子猫たちは,お米の有機栽培をしている 玄一郎さんの田んぼの草取りをしている。

夏になると,子猫たちが田んぼに飛び込んで,猫手で雑草を抜くのだ。 その田んぼからは,夏の間中 みゃーみゃー声がするので,近所からは,みゃーみゃー田んぼ と呼ばれていた。

その日の雑草取りが終わると,猫神様は泥だらけの子猫たちを ちょろちょろ水に連れて行き,たわしでゴシゴシこすってきれいにしてやった。

秋の収穫の後で,猫神様は約束のお米一俵を貰いに行った。

「軽トラで運んでやるべえ」と玄一郎さんは言った。
「それとな。 子猫たちは本当に一所懸命 草取りをやってくれた。 米一俵じゃ申し訳ねえ,これだけ取ってくれ。」

ビニール袋に 5百円玉を10個入れて,猫神様に手渡した。 猫神様にとって,最高の貨幣単位は 5百円だと言うことに玄一郎さんは気付いていたのだ。

猫神様は狂喜猫舞し,猫眼を金色にしてくるくる回った。 玄一郎さんは少し怖くなって手近の玄翁で,猫神様の後ろ頭をすばやく叩いた。
猫神様は3秒ほど気絶していたが,起き上がると丁寧にお礼を言って,一緒に軽トラに乗り込んだ。

お金は,昔貰ったクッキーの空き箱(空き箱を貰った)にしまった。 (ま 10.1.2)
< 200 ひき肉のそぼろ 3 >

5百円玉をビニール袋ごとポシェットにしまい,しっかり小脇にかかえると,猫神様は越後屋へ向かった。

「あれ,今日は休みだろ。」と,ちょうど店長がいた。
「賞味期限切れの鶏のひき肉を売って欲しいのにゃ。」と猫神様は言った。
「滅多なことを言うもんじゃない。 賞味期限に近いのは安くして売っているよ。 よし,いま品出ししたばかりの地鶏のひき肉を 100g ¥50 にしてあげよう。」

猫神様は大きな 5百円玉を2枚出すと,鶏のひき肉を 2kg 買った。

猫神神社に帰ると,大きな羽釜でご飯を炊いた。
大きな中華鍋を火にかけて,ひき肉をドサリと入れると,酒と砂糖を入れ,両猫手に割り箸をたくさん持って,ひき肉をバラバラにほぐしてゆく,火の通ってきたところで,みりんと薄口醤油を入れ,ひき肉がほとんど一粒ずつになるくらい炒って水分を飛ばす。

アルマイトの洗面器にご飯をよそうと,鶏そぼろを満遍なく敷き詰める。 その上を熊笹の葉で覆い,木の蓋をしてひもで縛って,背中にしょった。 大根を梅酢に漬けた 漬け物と,スプーンをたくさん用意してコンビニ袋に入れた。 (ま 10.1.2)
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