< 101 科特隊 >

大怪獣アメフラシンは,紫色の粘液をしたたらせながら九十九里浜に達した。 人々は怪獣を一目見て「アメフラシンだ!」と叫びながら逃げ出した。 怪獣を見た瞬間に名前が判るのは,番組が30分枠のため分析して命名する時間がないからだ。

科学特捜隊に出撃命令が下った。
秘密基地からジェットビートルが発進した。 怪獣の進路を逸らすために,ガドリング銃で攻撃したが,粘膜で覆われた怪獣にはまったく効き目がない。

アラシ隊員が言った。
「無理です。 ウルトラマンを呼びましょう。」
ムラマツ隊長が答えた。
「そんなSFみたいなもの居るわけないだろ。」

ア「じゃあ,科学特捜隊,ビートル機,マルス133の存在はどうなるんですか!」
ム「科特隊は作ればある。 垂直離着陸機は20世紀後半には作られている。 だが,マルス133もダメだ。 あんな宇宙怪獣をやっつけられるようなエネルギー砲を手持ちで扱えるもんか。」

ア「われわれはどうやって怪獣と戦ったらいいんですか。」
ム「ニューナンブを使え。」
ア「た,隊長!」 (ま 5.6.28)
< 102 モビルスーツ・ニャンダム >

秩父運輸のけい子さんは,逃げ惑う人々をニュースで見ていた。
「準備はしておくものね。」
ガンダムに憧れ続けていた けい子さんは,天才太郎博士に依頼して,既にモビルスーツを完成していた。 天才太郎博士は呟いた。「まだ試運転してない。」

モビルスーツの操縦はけい子さんにも無理だったが,けい子さんはニュータイプを発見していた。

夏になって手羽先猫は背中がかゆくなった。 けい子さんが,GPS発信機をガムテで貼り付けておいたからだ。 天カスをご飯にのせて醤油をかけて食べていると,秩父運輸のトラックが止まった。

「けい子さんにゃ?」
「出撃だよ。」

杉林に隠されたモビルスーツに手羽先猫を詰め込むと,ドアを閉めた。 (ま 5.6.28)
< 103 ニャンダム戦う >

びっくりしてドアの内側を猫手でかきむしっていた手羽先猫だったが,操縦席に座ると,スーツと自分が同期するのを感じた。 巨大な力が深く強く唸りを上げて反応する。

「目覚めよ!」

「ニャンダム初号機,行きまーす!」
ロケットエンジンを点火すると,すぐに音速で千葉へ向かった。

手羽先猫の脳に直接情報が流れ込んでくる。 アメフラシンの弱点が判った。 アメフラシンもすぐにニャンダムを認め,紫色の粘液を発射した。

「ファンネル!」
6枚のファンネルが宙を飛び,開口合成アンテナのようにエネルギーを増幅する。

アメフラシンの思念が流れ込んできた。 それは海洋汚染の犠牲者なのだ。 かわいそうだが,危険だ。 太陽のエネルギーをファンネルで集中し,アメフラシンの水分を奪う。 アメフラシンは消えた。

ニャンダムは名栗川で機体を洗うと,杉林の秘密基地へ帰っていった。

「ご苦労さん」
けい子さんの手作りの海老天丼がミツバの味噌汁付きで待っていた。 手羽先猫は渋茶を啜ると,海老天の尻尾から食べ始めた。 (ま 5.6.28)
< 104 真夏日 >

チュンチュン。
朝が来ると太陽の日差しがドカーっと照りつける。
猫神様は丸めてあったスダレを縁側につるした。
「これで涼しいにゃよ。」

子猫たちは暑さのせいか少し元気がないみたい。
猫神様はリヤカーに子猫たちを乗っけて近くの川まで遊びにいくことにした。

流れの緩やかな小さな川を見つけた。
「木陰もあるしここがいいみたいにゃ。」

にゃ〜にゃにゃ〜にゃ!
冷たい水で水浴びしたら気持ちいい!

子猫たち、ちょっとずつ元気になってきた。
猫神様が石をひっくり返すと小さなカニがササササーっと逃げた。
「にゃっ!」

子猫たち面白がって真似して遊びはじめた。
猫神様は川の端っこに石で丸く囲いを作ると神社の畑からもいできたきゅうりとトマトを冷やした。

子猫たちが遊び疲れて戻ってきた。

猫神様、カニ逃げちゃったにゃ〜
「しょっかー、でもほにゃ、これ食べて元気だすにゃっ!」

冷たく冷やしたきゅうりはシャキッとしててとっても美味しかった。喉が渇いていたからトマトもあっという間になくなった。

元気になった子猫たち、帰るときもリヤカーの上でにゃごにゃご歌を歌ってた。
みんな元気になって良かったにゃ〜!

カナカナの鳴く道をゆっくり帰っていく猫神様たちでした。 (あ 5.7.31)
< 105 猫上のおばあちゃん1 >

朝 庭の草むしりをしていた猫神様。

ポストに何か入ってる。
「おてまみにゃ〜!」

アサガオの刷りの入った白いハガキだった。
『拝啓 猫神さん 暑い日が続きますね、お元気にしていますか?
良かったら今度、遊びに来てください。
猫上のおばあちゃんより。』

にゃ〜!猫上さんにゃ!遊びに行くにゃっ!
猫上さんのお家は山をひとつ越えていかないといけない。道幅も狭いからリヤカーは通れない。

「ちょっと遠いけど歩けるかにゃ?」
大丈夫にゃっ!

子猫たちにポシエットをかけると、赤や黄色のセロハンに包まれた甘いラムネをその中に入れてあげた。
「疲れたら口に入れるにゃよ。」
にゃ〜にゃ〜!

猫神様はちょっと大きめのザックにとれたての野菜と麦茶、小さなスモモをつめた。

(もしかしたら…)
ザックの端っこに小さな包みも一つ入れた。
「用意ができたら出発にゃ〜!」

山道をにゃごにゃご元気に歩く猫神様たち。子猫たちは少し疲れてくるとポシエットのラムネを口に入れた。
優しく溶けたラムネを食べるとまた少し元気になった。

大きな木の下で一休みする。猫神様はザックから冷たい麦茶とスモモを出して子猫たちにあげた。

食べ終わるとまたゆっくり歩きはじめる。
暗い谷間にさしかかった所で猫神様が止まった。

「みんなここで待っててにゃ。離れちゃだめにゃよ!」
猫神様は谷間へ降りていった。
(あの犬どうしたかにゃ…)
あたりを見回すけどそれらしい気配も跡も見つけられなかった。
ザックから小さな包みを出すと包んであったおにぎりとうでたまごをそっと置いた。
(きっとどこかで元気にしてるにゃよ。)

子猫たちのところへ戻ってきた。

「猫上さんのお家はもうすぐにゃよ!もうひとがんばりにゃっ!」
藪を一つ抜けると少し開けた場所にでた。

井戸で水を汲んでいるおばあちゃんがいた。
「猫上さんにゃ〜!」 (5.8.9 あ)

< 106 猫上のおばあちゃん 2 >

猫上のおばあちゃんは,山の家にひとりで住んでいる。 子供達からは山を下りるように言われてるけど,おばあちゃんは段々畑で野菜を作って,庭に花を植えて住むのが好きなんだ。

「遠いところをよく来たねぇ」汗を拭きながらおばあちゃんが言った。

おばあちゃんはお昼に冷汁を作ってくれた。
焼いた鯵の身をきれいにほぐすと,大きな当り鉢で味噌と一緒に擂る。 少し酒を入れ,当り鉢の中でのばすと火で炙って香りを出す。 そこに昆布と鰹節の冷た〜い出し汁を入れてのばしてゆく。 氷,胡瓜の薄切り,白胡麻,刻んだ茗荷と大葉を入れると,おおきな当り鉢にたっぷりの冷汁ができた。

麦飯も炊けた。

猫神様も子猫たちも,それぞれ大きなお茶碗に麦飯をよそってもらうと,ざぶざぶ冷汁をかけた。

「いただきまーす!」
鯵がたっぷり入ってて,冷たくてシャキシャキにゃもん。 熱くないし,猫にぴったりのご飯にゃ。

蝉がジーワジーワと鳴く真夏の午後。 垂木の黒くて太い,天井の高い,山の家で食べる冷汁は最高。
デザートは顎が外れる厚さにストンストンと切った西瓜だ。

「この下のちいさな流れがあるよ。」

「こにゃこにゃ! 食後の休憩をするにゃよ。」
我慢仕切れない子猫達はちゃぷんちゃぷん飛び込んでゆく。 水は底まで澄んでいて,小さなお魚も見える。 猫神様もどぶんと飛び込んだ。

これがおばあちゃん家の夏休みなんだ,と猫神様は思った。 世界一の夏休みだ。 (5.8.19 ま)
< 107 リセット >

家の裏をまわって荒川の土手にでる大好きな道をゆっくり歩いた。

日傘さしてたんだけど、暑い。
あまり汗をかかない私でさえ、ハンカチが濡れるくらい汗をかいた。

荒川の河川敷きの田んぼで水抜きをしていた。
田んぼの端っこを少し決壊させてお水をこぼす。
こぼれた水が道に流れて小さな川みたいになってた。

綾猫の足元を小さなタニシがくるくる転がってくる。
「にゃっ!流されちゃう〜」
はしっと小石にしがみつくタニシ。流れに逆らってゆっくりと進む、また流される。綾猫が棒切れで救う、また流される。
「にゃーっ!ばかだにゃばかだにゃ流れに逆らうから逆に流されるのにゃっ!」
流れの先で棒の堤防を作ってタニシを止める。
だけどいつも流れの強い場所で流れに逆らってゆっくり進もうとする。
「田んぼにもどっても、もうお水ないにゃよ。」

何回も流されて、とうとう見失っちゃった。
荒川に流れていっちゃたかな。。。

土手の道を歩いた。こんなに暑いのに草が生い茂っている。すごい生命力。ときどきぶんっとバッタが目の前を飛び去る。

土手の上を歩いていると、草いきれのむんっとした暑い風と涼しい風が交互に吹いてくる。
「川をなでた風なのかな。」

プラム畑の中にいきなりたっているスパゲッティ屋さんに入った。周りに何にもないから知らない人はなかなか見つけられない。
ビールとペペチを頼んだ。
バンガローみたいな店内は広くって明るくて開放的。
土手と目の前の畑のサトイモを見ながらびーる。
「んまーい。」

ほろ酔いで家までてくてく歩く。
家に帰って水を浴びて、乾いたワンピース着て日傘を直した。

雷がごろごろ鳴ってきておとなしく部屋で本読んですごした。 (5.8.15 あ)
< 108 秋祭り >

カラッと晴れた秋晴れの日 猫神様縁側でお昼寝してた。
吹いてくる風が涼しい。秋にゃもん。

猫神様の鼻の頭にアキアカネが止まった。

猫神様動いちゃダメにゃー!
ズボッと虫とり網がかぶさってきた。

にゃ〜!逃げちゃったにゃ。待て待て〜!
トンボを追いかけて境内を走り回る子猫たち。

「秋にゃね〜。」
ムクッと起き上がるとチョロチョロ水で顔を洗ってすっきり。
「そろそろ十五夜祭りの準備をするにゃ!」毎年この時期に猫神神社でお月見の小さなお祭りをしている。
小さいけれど、近所の人たちが集まって賑やかだ。

リッチさんとタカも屋台を出してくれる予定。十五夜特別メニューも思案中だって!楽しみにゃ〜!

お祭りの準備にいろいろな人が手伝いに来てくれた。次郎がおおきな木を組み立ててお囃子の舞台を作ってくれた。子猫たちは白玉粉をこねこねして月見団子の準備だ。

あにゃこさんとまぁちゃんが境内の飾り付けを手伝ってくれた。まぁちゃんがいるから高いところの飾り付けも楽ちんにゃ!

ポワ〜ンとピンクの煙を立ててばにゃにゃ丸が現れた!

にゃ〜ばにゃにゃ丸 元気にゃ〜?
子猫たちが喜んで集まった。
「うん!修行で大分腕が上がったんだよ!」
ばにゃにゃ丸は子供たちの大好きなチョコバナナと金魚釣りの屋台をだしてくれるんだって。うにゃうにゃ!

準備ができていよいよお祭りの日がやってきた。仕事早めに切り上げ けいこさんがトラックを飛ばしてきた。今日のお囃子のためにゃ!

お腹に響く次郎の太鼓に合わせて,けいこさんの笛が鳴り渡る。
祭りのお囃子を聞いて村の人が集まってきた。

隣の山の猫上のおばあちゃんも息子たちと一緒に来てくれた。
「ほらこれ猫神さんと子猫ちゃんたちに。これから寒くなってくるから。サイズが合うといいんだけど」
そう言って手作りの腹巻きをプレゼントしてくれた。

これでお腹こわさなくてすむにゃ!
子猫たち嬉しくて早速腹巻きをした。
それをみてみんな笑ってた。

リッチさんとタカがこの日特別に作った蒸し猫は,あんこの中に大きな栗がまるごと一個入ったお月見蒸し猫だ。早くも大人気で行列ができてる。

ばにゃにゃ丸の屋台も村の子供たちに大人気だ。

ばにゃにゃ丸がばばばばばっと金魚をすくいあげてお手本を見せるとみんなから拍手が湧きあがった。
子猫たちも真似してすくおうとするけどすぐにモナカがふやけて失敗。
にゃ〜にゃ〜!
半泣きになる子猫たち。でも大丈夫。失敗しても3匹おまけしてくれるにゃもん。

いつの間にか猫神様も舞台の上でお囃子に合わせて猫ダンス! 途中で子猫たちや あにゃこさんも加わって大盛り上がりだ。

境内の中央に敷かれた茣蓙に,蒸かしたお団子が並べられるとみんなでお月様を見ながら食べた。

今年のお祭りも大成功にゃ。まんまるいお月様を眺めながら大満足の猫神様だった。 (5.9.27 あ)
< 109 走れネコカミ号 1 >

猫上のおばあちゃんの言葉が耳に残っていた。 「あたしは海で育ったんだ。 でも,もうこの足じゃ,なかなか海には行かれないねぇ。」

糸電話を出すと,ジャン・ルークに電話した。
「猫上のおばあちゃんを海に連れてゆきたいのにゃ。」
「21世紀の初めは ... まだ内燃機関の時代だね。 自動車の免許を取らなければならないな。 わたしの21世紀の知り合いに連絡しておくよ。」

すぐに糸電話が着信した。 薄荷様だ。
「手続きは済ませたから,もうすぐ案内書が届くよ。」

猫神様のちゃぶ台の上に,きらきら光って案内書の封筒が現れた。
かごはら自動車学校 ってなんにゃ〜?

案内書を読むと住民票が2枚必要だ。
秩父市役所に貰いに行くにゃー!

窓口のおじさんは目を白黒させた。
猫神様は名前を言ったけど,猫神神社なんて登録されてないと言う。

「住民票が無いと海に行けないのにゃ!」

役所の入り口に黒い影のようにケントさんが現れると,窓口のおじさんに書類を差し出した。

外交チャンネルからだった。
「この書類を所持するものに必要な協力を与えられることを希望する。 英国首相 トニー・ブレア」 ピカード艦長の何代目かの祖先はシェイクスピア役者だったことを,ケント氏は思い出した。

窓口のおじさんは,青い顔をして猫神様に藁半紙を渡した。

名前・猫神様
住所・秩父市山奥猫神神社1
と猫手で書くとすぐに住民票は出来上がった。 (5.10.6 ま)
< 110 走れネコカミ号 2 >

とうもろこし畑を通り過ぎると かごはら自動車学校があった。
ニコニコが顔に張り付いている営業部長さんがすぐに対応した。「ネコカミ様,授業料は頂戴しております。 すぐに予定表を作らせていただきます。」

なんだか甘い匂いがする。 振り向くと待合室は女の子でいっぱいだった。 へそを出したり,キャミソールを着たり,コパトーンの匂いのするコもいる。 ここはすでに海なのかにゃ?

さっそく練習だ。 まず教官が一周回ってくれる。 次は猫神様の番だ。 アクセルの踏み具合が判らない。 びょんっと飛び出す。 教官が「あぶない!」とブレーキを踏む。 びょんっ,がくん,びょんっ,がくんっ と教習車は走っていった。

S字とクランクを直進して殴られたりしていた猫神様にも,路上教習の日が来た。 教官はすでにびくびくしている。 「そこを左に曲がって」 だーっと右に曲がる猫神様。

そんな猫神様にも卒業の日が来た。 初心者マークももらったにゃもん。 (5.10.6 ま)
< 111 走れネコカミ号 3 >

通いなれたとうもろこし畑を通り,電車に乗って秩父に帰った。

神社の鳥居をくぐると,うしろから小さな銀色のワゴン車がウィーンと走ってきて,猫神様の前で止まった。 ケントさんが降りてきて,猫神様にキーを渡した。

「ありがとう。」

ケントさんの後ろから黒谷が降りてきて,ひとりと犬は風の中を帰っていった。

猫神様がドアを開けると,後ろの席はすでに子猫達が期待しながらみゃーみゃー鳴いていた。

助手席には「海人」のハチマキをしたあにゃこさんが乗り込んでいて「しゅっぱ〜つ!」と号令をかける。 猫神様は逸る猫心を抑えると,エンジンをかけ,静かに走り出した。 (5.10.6 ま)
< 112 海へ 1 >

猫上のおばあちゃんの家までは狭い狭いくねくね道が続く。

子猫たちは窓に張り付いて外の景色に見入っていた。
にゃ〜にゃ〜!車が来たにゃっ!
だんだんネコカミ号の後ろに車が続いてきた。
「つながっちゃったね。よし猫神様、譲ってあげよう。あそこの広いところで左にウィンカーを出して、よってみて!」

「にゃい!」
シュワー!
ウォッシャー液が出てきた。
「あにゃ?」

何回かやってるうちにだいぶ譲るのが上手くなった猫神様。

猫神様うんてん上手にゃ〜!
子猫たちにほめられて「にゃはは!」
調子にのる猫神様。
バシッ☆
あにゃこさんの猫手チョップ!
「慣れたなと 思う心にハンドブレーキ(字あまり)」

猫上さんのお家に着くとおばあちゃんが驚いて出てきた。
「おばあちゃんこれから海にいくにゃっ!」
後ろの座席で子猫たちの真ん中に腰掛けたおばあちゃん。
「なんだかわくわくするねぇ。」
子猫たちも嬉しくておばあちゃんの膝に丸くなったりよじ登ったりしてる。

あにゃこさんがピピピっとナビをセットした。
「3つ目の信号を右にまがるにゃごにゃご」
猫仕様のナビゲーションらしい。

途中トイレ休憩をするたびに方向を間違えてしまうので 車の中は子猫たちの鳴き声とナビゲーションの声で賑やかだ!
「次の信号を左折にゃごにゃご」
「猫神様 させつって何にゃ!」
「あ!また間違えてるそっちは右折だよ!」あにゃこさんの猫手チョップも炸裂している。
「潮の香りがしてきたねぇ」とおばあちゃん。
高い垣根が途切れて目の前に青い海が広がった。
「海にゃ〜!」 (あ 5.10.16)

< 113 海へ 2 >

水平線に島影が見える。 猫上のおばあちゃんは はらはらと涙をこぼした。
「あの小島で育ったんだ。 だけど,もう誰も住んでないんだよ。」

「じゃあ島へ行く船は無いの?」と賢いあにゃこさんが気づいた。

猫ナビがピピッと「海モード」に切り替わると,ネコカミ号は海に突っ込んで行く。
あにゃにゃにゃーーーっ!

小さなタイヤが引っ込むと水中翼が飛び出し,タービンエンジンが海水をジェット噴射し始めた。 水から浮かび上がった(水中翼船)ネコカミ号は,浅瀬に白い筋を残して,一直線に沖の小島へ向かう。

海からシュポン!と飛び出すと,空中でタイヤが出て浜へ着地した。 シートベルトをしてない子猫達はネコカミ号の中であっちへこっちへボールのように弾んでいるけど,軽くて柔らかいから平気だ。

ネコカミ号は,海沿いの坂道をぐんぐん登ってゆく。 潮風にさらされた木造の校舎が見えてきた。 沖の小島小学校と書いてある。 校庭の大きな銀杏の木は,黄色くなりかけていて,海風にざあっと鳴る。

校庭の真ん中でネコカミ号は停まった。

「そのままだわね」
猫上のおばあちゃんは少し足を引き摺りながら,ひとりで校舎に向かい,きしむ木の階段を登っていった。

みんな,おばあちゃんをひとりにしてあげた。 猫上のおばあちゃんは少女だった頃の自分に会えたかもしれない。

少し日が傾いてきた。 ネコカミ号は海を走りながら網を出していたので,獲れたてのお魚がいっぱいだ。 みんなで流木を拾い集めて,大きな焚き火をした。 塩が燃えて炎の色が美しく変化する。 すっきり澄んだ表情のおばちゃんも戻ってきて,みんなで焼いたお魚を食べた。 (ま 5.10.26)

< 114 猫宵草 >

窓の隙間から,一筋の黒いものがすうっと通ってくると,ある加速度でちゃぶ台の表面に叩きつけられた。 黒炭の粒子がセルロース分子半分くらいの深さに打ち込まれたのだ。

昼寝から起きてちゃぶ台を見ると,黒々とした文字でお手紙と地図が書いてあった。

新車一ヶ月点検の時期になりました。
ディーラー「猫宵草」までお越しください。
お客様の車種は「にゃごんにゃ〜る」です。

「外車なんにゃね〜。」と呟く猫神様。 でも,崖の切り通しのあたりにお店なんてあったかしら? 子猫達は遊びに出ているし,行ってみよう。

ネコカミ号がいない。
「ネコカミ号〜!」と呼ぶと,木の陰からウィーンと走ってきた。 どこかで遊んでいたんにゃね。

山の途中の切り通しへ向かう。 なにもない。 通り過ぎてから猫ナビのスイッチを入れると地図にはある。 狭い山道を無理やりUターンしていると,秋の日はつるべ落としだ。

さっき見つからなかったところにぼんやりと緑のランプがぶら下がっている。 その細道を入って行くと突然,眩いばかりに明るい,ディーラー「猫宵草」があった。

ぴかぴかに磨き上げられたガラス張りの店に入ってゆくと,やり手そうな店長が立ち上がり「猫間君,ネコカミさんがいらっしゃったぞ」と声をかけた。
背が高くて色白な猫間君が,にゃあとした感じで出てくると,自分でボンネットを開けた。
「ワープドライブはまだお使いになっていらっしゃらないのですね? いえ,地球上では必要ありませんが。」
どこから取り出したのか,桃色の月見草の花でネコカミ号を撫でると,もうオッケーと言った。

「サラダオイルは交換しなくていいのかにゃ?」
「この車には摩擦を生じる部分はございませんので。 ただ,小さな車体に大出力のエンジンを積んでおりますので,定期的に点検にいらしてください。 お急ぎでしたら,猫宵草はどこにでもあります。」

不思議なことを言うにゃ〜と思って細道を出て振り返ると,緑のランプも眩い店ももう無かった。 (ま 5.11.8)
< 115 ネコカミ号の謎1 >

猫神様は皿洗いのバイトに行った。 ネコカミ号はしばらく境内で大人しくしていたけど,ひとりでつまらないのでうぃ〜んと荒川まで遊びに行った。 ススキの中を静かに走ったりしていたら,午後の日差しを浴びて眠くなってきてお昼寝した。

長髪の若い男が現れた。 「俺の名はアラシ。 イモビライザーの暗号コードを解析したのも俺だ俺に開けられない車なんかない。」 超一流のクラッカーなのに車上荒らしだ。

「見たこと無い車だな。 あれ,キーが付いてるじゃないか。 無用心な持ち主だなぁ。 よし,俺が貰っていってあげよう。」

ネコカミ号に乗り込むとエンジンを回して走り始めた。
「静かな車だなー。 めっけもんかもしれんなー。」
どれくらいスピードが出るか試そうと,花園インターから関越に乗った。 アクセルを軽く踏み込むと同時に140km/hまで出てリミッターがかかった。

シフトレバーを見ると D の 次に NB というポジションがある。NBに入れてみると「にゃ〜ぽっ!」という音がした。
ダウンフォースを増すためにリアウイングが飛び出し 300km/hまで加速してゆく。 走っている車の間をすっ飛んで行く。

真っ青になったアラシは慌ててブレーキをかけるとPAに入った。
「一体なんなんだこの車は,どんなエンジンなんだ!」

ボンネットを開けた。 そこには完全なる闇があった。 いや,よく見ると無限の彼方に渦巻状に輝いているものがある。 ちらちらと回りながら少しずつ少しずつ大きくなってくる。まるで銀河のように見える。

乱暴にボンネットを閉めると,疲れてるんだとアラシは思った。
「帰って赤ワインを飲んで寝よう。」

D に入れようとして 次のポジションに入れてしまった。 そこには小さく 「 warp 」と刻印されていた。

光のトンネルの中では速度も時間の感覚も無く,宇宙空間に飛び出した。 木星だガニメデが見えるそして各辺が1:4:9の比率を持つ直方体真っ黒なモノリスが木星の空を埋め尽くすほど浮いているボーマン船長!数億のモノリスの中のひとつが突然透明になると超新星のように眩く輝いた。

アラシは気が付くと荒川の土手のネコカミ号の中で冬の日差しを浴びて涎をたらしていた。

アラシは,時給\720の学童保育「かぜのこクラブ」のバイトを始め子供達の面倒を見るようになった。 アラシの作るふくらまないホットケーキも子供達は大好きだ。 (ま 5.12.14)
< 116 ネコカミ号の謎2 >

今年の12月は異常に寒い。 バイト先から走って帰ってきた猫神様は,本殿のドアを開けたら,大きくて柔らかくて暖かいものにぶつかった。

ネコカミ号だった。

「こにゃっ! 車は外で寝るにゃよ。」

ちょっと,しゅ〜んとしたみたい。

「かわいそうにゃけど,寝る場所が無いもん。」

ネコカミ号はぶにゃっと音を立てて小さくなった。 長さ30cmくらいになった。 子猫達はあにゃこさんの家に遊びに行ったので,ちょっと淋しかった猫神様は喜んだ。 超小型バイオマス発電装置に近所で貰った廃材を入れて,お風呂をわかした。 楕円形の木の風呂桶にゃもん。

ネコカミ号は水中モーターを付けたみたいにお湯の上を走ったり,ぶくぶく潜ったりして遊んでいた。 ネコカミ号はお風呂から出ても暖かい。

一緒にお布団に入ると湯たんぽみたい。 子猫達はあにゃこさんの屋根裏でにゃごにゃごお話してるかなーと思いながら,すぐにぐーぐー眠ってしまった猫神様だった。 (ま 5.12.20)
< 117 クリスマス >

あにゃこさんが,ちょー寒い中,仕事に出かけようとして自転車を出そうとした時,きゅきゅーっと音がしてネコカミ号が停まって,ゴロゴロと音を立てた。
乗って欲しいらしい。

「でも自転車で行かないと,帰りが困るのよ。」
大丈夫と言っているらしい。
助手席のドアがぱくっと開いた。
あにゃこさんが乗り込むと,広告の紙の裏にヘタクソな文字で「 メリい くリすまス 」と筆ペンで書いて置いてあった。

あにゃこさんの仕事場に着くと,ネコカミ号は ぶにゃぶにゃっと2段階収縮してミニカーの大きさになって あにゃこさんの足元をうぃ〜んと走り回った。
あにゃこさんはそれを拾うとポシェットに入れた。 いつの間にかネコカミ号には真紅のメリークリスマスのリボンがかかっていた。

読者の皆さん,ちょっと遅くなったけどクリスマスおめでとう。 (ま 5.12.25)
< 118 大雪1 >

秩父にも大雪が降った。 猫神神社も雪に埋まってしまったけど,猫神様は「かまくらにゃ〜 あったかいにゃ〜」とほくほくしていた。 雪のお陰で隙間風が吹き込まないし。

隣の山で雪に埋まった猫上のおばあちゃんは,あるだけ服を着こんでお煎餅を齧っていた。 「困ったねぇ。 お米はあるけど,薪も野菜も雪に埋まっちゃって。」

ザックを背負って黄色い長靴を履いて,ほとんど腰まで埋まりながらあにゃこさんが猫神神社にやってきた。

「猫上のおばあちゃん,大丈夫かと思って。」

大変にゃっ! 救出に行くにゃっ!

小さくなったネコカミ号を先頭に,猫神様,子猫達,あにゃこさんが一列になって山道を登って行く。 ネコカミ号は空気を噴射して雪を吹き飛ばしてゆく。 もうもうと吹き上がる粉雪で,みんな雪だるまになって歩く。 子猫達は疲れたらあにゃこさんの肩に乗ってにゃーにゃー歌って休めるから安心だ。

真白な山の中を,猫上のおばあちゃんの家へ向かう1本の道ができていった。 そのとき違う方向から,更に2本の道ができつつあった。 (ま 5.12.29)
< 119 大雪2 >

ネコカミ号の活躍で,夏とあまり変わらない時間で猫上のおばあちゃんの家に着いた。

「猫上のおばあちゃ〜ん!」とみんなで呼ぶ。

「おや,こんな雪の中に誰かねぇ。 お地蔵様でも来たか。」と日本昔話のようなことを言うおばあちゃん。

あにゃこさんはザックから小さなスコップをたくさん出すと,子猫達に手渡した。 子猫達は屋根に登って行く。 猫神様とあにゃこさんは大きなスコップで畑を掘り出し始めた。

子猫達は小さいけど早く動く。 屋根の雪はどんどん落ちてくる。 ネコカミ号が雪を谷へ捨てに行く。 猫神様が野菜を掘り当てた。

あにゃこさんが入口の戸を開けると,猫上のおばあちゃんが眩しそうに出てきた。
「やっぱり外はいいね。」

ずどどどどっ雪の壁を突き破る音がした。 (ま 5.12.29)
< 120 大雪3 >

山のような薪を背負った次郎だ。

道路が埋まっている方向から,スノーモビルに食料を積んだ けい子さんがやって来た。

囲炉裏に薪が燃え上がった。 雪の下から掘り出した,味のぎゅっと詰まった白菜や大根と,けい子さんが持ってきた鮭を入れて味噌仕立ての鍋が煮え始めた。

子猫たちには,猫上のおばあちゃん手作りの山葡萄ジュースが,大人には,山葡萄ジュースを保存しておいたら偶然発酵した,山葡萄酒が振舞われた。

少し早いけど,けい子さん手作りのおせち料理の大きな重箱もある。 子猫たちは甘い きんとんは大好きだけど,酸っぱい なますは苦手らしい。

山葡萄酒は飲み口がさっぱりしているけど強い。 次郎が熊踊りを,けい子さんが秩父音頭を踊りだした。 子猫たちはにゃーにゃーと勝手に歌う。

「賑やかなのもいいねぇ。」と猫上のおばあちゃん。
猫神様はネコカミ号を枕にしてすやすや眠っていた。 (ま 5.12.29)
< 121 流れ星 >

ここのところ真っ青ないいお天気が続いている。
猫神様いつものように縁側でゴロゴロしていた。
「いいお天気にゃね〜。そうにゃ、今夜みんなで星見会をするにゃよ」

神社の裏庭で雪だるまを作って遊んでいた子猫たちのところに行って星見会のことを話した猫神様。
「夜眠くならないように今日はちょっと長めにお昼寝にゃっ!」
だけどさっきまで外で遊んでいた子猫たちはなかなか寝付けない。
猫神様、眠くないにゃ。
「ほいたら目をつむって美味しい食べ物のことを考えてみるにゃよ」
にゃ〜、お芋にゃ!…チョコレートにゃ…おさかなにゃ…Zzzzz

ウィーンと音がしてネコカミ号が帰ってきた。
ぶにゃっとちいさくなると猫神様の周りをくるくる走りまわった。
「今夜は星見会にゃから少しお昼寝しておくにゃよ」
ぶにゃっと音を出してネコカミ号はすこしプルプルした。
なんかあんまり眠くないみたい。
神社の中をくるくる回って遊び始めた。
静かな低いモーターの音が心地よくて猫神様もトロトロ眠り始めた。

夕方になってむくっと起きた猫神様は、男爵に送ってもらった とっておきのアールグレイを棚から出すと、暖かいミルクティーを作って水筒に詰めた。冷めないようにタオルで外側を包んでネコカミ号に入れた。子猫たちも飲めるようにとびっきり甘いミルクティーだ。

辺りが暗くなって空に一番星が出てきた。
子猫たちはまだすぴすぴと眠っていた。
猫神様はそっと子猫たちをネコカミ号に乗せるとふわっとあたたかい毛布を巻いてあげた。

「ほいたらネコカミ号出発にゃ〜!」
真っ暗な山道を行く。昼間ネコカミ号がお散歩してまわっているので雪がこなれていて走りやすい。
ざぁっと視界が開けた。背の低い草木が生い茂ったちょっとした広場があった。
「ここなら眺めがよさそうにゃね」
外に出て空を仰ぐと真っ黒な空に星がいくつも瞬いていた。
「にゃっっ!みんな起きるにゃよ!お星様がいっぱいみえるにゃ〜」

眠たそうに目をこすりながら子猫たちも車から出てきた。
お星様きれいにゃ〜!

猫神様はあったかいミルクティーをふうふうすると子猫たちに飲ませてあげた。
みんな真上を向いていたから首が疲れてきた。
にゃっ猫神様今お星様が動いたにゃよ!
「それはきっと流れ星にゃよ!流れ星に願い事すると叶えてもらえるんにゃよ。」

みんなじーっと次の流れ星を見つけようと空を見つめていた。
にゃっ猫神様またお星様動いたにゃよ!お魚にゃ〜お魚にゃ〜!
子猫たちはけっこう頻繁に流れ星を見つけられた。だけど猫神様は一個も見つけられない。
「なんでにゃ〜!」

子猫たちは寒くなってきたのでネコカミ号の中にもどって毛布に包まった。
猫神様ほんのりあったかい水筒を抱えてまだ上を見ていた。

しばらくして首がいたくなってきた猫神様は側にある大きな石に寄りかかって目を閉じた。

ヒューヒュー
カラカラカラ
キンッ、スースー カサカサカサ

雪をなでる風の音が聞こえた。
じっと耳をこらす。
風の通った道がわかる。
凍った水を滑った音。木の枝の雪が落ちたおと。
新しく生まれる氷の音。
ヒューヒュー
カラカラカラ
キンッ、 カサカサカサ…

目を開けるとすっと閃光が走った。
流れ星だった。
瞬きしても消えない尾を引いて空を飛んでいく。

「みんな元気」
そうつぶやいて猫神様はネコカミ号にもどった。

車の中ですぴすぴ眠る子猫たちを毛布で包むとネコカミ号に言った。
「今の見たにゃ?」

ネコカミ号はゴロゴロといって答えると、山道をスッと走り出した。 (あ 6.1.16)
< 122 猫級建築士 >

猫神神社はこの前の大雪のせいか,風が吹くとギシギシいうようになってきた。

晴れた日,黒い帽子に黒いコート大きな黒い鞄を持った人がやってきた。
「に”ゃっ!」
お医者さんにゃーっ!と走って逃げる猫神様。

ふたつの石を皮ひもで結んだものがヒュルヒュルと飛んでくると,猫神様の足に絡り 猫鼻からべしゃっと転んだ。「こっ,これはガウチョの使うボレアドーラ!」

「よくご存知ですね。」男はもう猫神様の傍に立っていた。
「注射したら泣くのにゃっ。」
「大丈夫です,わたしも医者は嫌いですから。」

男は背広の内ポケットから,手品で使うトランプくらい大きな名刺を取り出した。

猫級建築士 と書いてあった。

じっと名刺を見ると猫神様は聞いた。「けんちくしってなんにゃ?」
猫級の方をつっこんで欲しかった男は,心の動揺を隠しながら言った。
「ケント様から神社の補強を頼まれて参りました。」

本殿に上がると,黒い巨大な鞄をばくっと明け,A1サイズの図面を取り出した。
「改修のための設計図です。」

ひとつの島のようなものが描かれていて,プールの底にはロケットがあり,椰子の並木の向こうに格納庫が隠れている。

「椰子の並木なんかいらないにゃ。」
「並木がなかったら,椰子の木が倒れられないじゃないですか!」
「倒れる木なんかいらないにゃ。」
「倒れないとサンダーバード2号が発進できないじゃないですか!」

発進できなくてもいいと猫神様は思った。「隙間風だけとめてくれればいいにゃよ。」

最初は怖そうに巨大な鞄を見ていた子猫達だったが,だんだん慣れてきて鞄の中に入ったり出たりしてにゃーにゃー遊び始めた。

フタをぱくんと閉めて持ち帰りたい気持ちを抑えながら,男は一匹ずつそっと子猫達を鞄から出すと,残念そうに図面をしまった。

猫神様は凹んだお鍋で湯煎した瓶の牛乳を,男の前に置いた。
「あったかいにゃよ。」

紙の蓋を開けようとして牛乳に指を突っ込んでしまったけど,暖くて美味しかった。
こんな日もあっていい と男は思った。 (ま 6.1.31)
< 123 シンガポールの休日 >

朝晩はミストのような雨がしぶくこともあって涼しいが,お昼に近くなると真白な太陽が真上から照り付ける。 でも,日本の夏のような執念深さはない。

シンガポールのメインストリート・オーチャード通りの歩道の中州に,猫神様たちはキラキラと光って出現した。 信号の向こう側にケントさんが待っている。

南の国の冷房は強烈だと聞いた猫神様は,おニューの風呂敷を首からマントのように結んでいる。 子猫達には,ぐーすか寝ていた あにゃこさんの屋根裏から,洗い晒しの色とりどりのハンカチを借りてきた。 ばきっ。 赤道直下の鮮やかな色の溢れるシンガポールの街でも,猫神様達はみんなの視線を浴びていた。

「では,さっそく参りましょう。」

オーチャードには小さな店が並んだショッピングセンターが沢山ある。 カメラ,電気製品,化粧品,宝石,御土産物,翡翠,チャイナ服,ブランドもの,各国料理となんでもある。

「薄荷様は,チャイナ服を売りつけられてらっしゃいました。 ローズ色がお似合いでしたよ。」ケントさんは冗談を言っているのかどうかよく判らない。

伊勢丹の向い側の Lucky Plaza に入った。 エレベーターを上がって行くと左右からいい匂いがする。 「名物料理があります。」ケントさんは右へ行った。

"Tiger beer, Fish head curry, rice and coconut juice. カレーはココナツミルク多目で。" と,オーダーした。 お店のおばちゃんは,黒い三つ揃いを着たケントさんと色とりどりのマントをつけた子猫達の組み合わせに驚いたけど,プロらしく親指を立てるとオーダーを通した。

固い部分をそぎ落とした椰子の実が,子猫達の前に運ばれてきた。 おばちゃんが,それぞれの実にストローをサクッと差し込んでくれる。 一箇所だけとても薄く削ってあるところが技術なんだ。 子猫達は固い実にストローが刺さってびっくりしてしていたが,飲んでみるとココナッツ独特の香りがして甘過ぎずとてもおいしい。

猫神様とケントさんは "Cheers!" と言って,タイガービールのグラスをカチンとぶつけた。

みんなの前に鮮やかな緑色のバナナの葉が敷かれると,型から抜いたインディカ米が並べられる。 ジャポニカ米とは違う,とても食欲をそそる香りがする。

大きな土鍋で Fish head curry が出てきた。 子猫達のためにココナツミルクが多目になっている。 具は茄子,オクラ,小さいトマト,そして巨きな鯛の頭だ。

スープのようなカレーを口に入れる。 そしてインディカ米を食べる。 う,うみゃい!

「猫だから,お魚の頭しかもらえないのかにゃ。」
「これが一番美味しいところなのですよ。」

オクラのぬるぬる感,トマトの酸味,鯛の味のカレーの絶妙な香辛料のバランス。 それは一編の詩だ。

最後の一匙まで平らげると,もっとお腹がすいた。 おばちゃんにごちそうさまにゃすると,さっきと反対の左側のお店へ行く。

"Fried cat fish, sour soup, スターフルーツも頼みましょう。"
スターフルーツの断面は☆形だ。 子猫達は,不思議な形にまた目をまん丸にしていたけど,猫手に取ってシャクシャク齧りだした。 少しだけ青臭いけど酸味もあって水気たっぷりでおいしい。

そっとケントさんの袖を引っ張って猫神様が聞いた「cat fish って,猫魚ってことなのかにゃ?」
「なまずにヒゲがあるのでそう呼ばれているんです。」

焦茶色に揚がった小さなナマズのフライが2本ずつ出てきた。 さっそく頭からがうっと ... ナマズの頭は固くて歯が立たないのにゃ。 でもシッポから身は,骨まで食べられるくらい柔らかい。 隠元やマメの入った酸っぱいスープと一緒に食べるととても美味しい。 食卓にナンプラーがあるのでお好みでね。

スターフルーツはたくさん切ってもらった。 ☆型の果物を持って,ケントさん,猫神様,子猫達はまた真白な日差しの中へ,公園のような街へ出て行った。 (ま 6.3.8)
< 124 宙へ1 >

「めざめよ。」
その声はぐーぐー眠っている猫神様の無意識に語りかけた。

朝起きた猫神様は,右耳がときどきピクピクするようになった。 何かを感じているらしい。

暖かくなってきた春の日,子猫達はお外に遊びに行ったし,境内のお掃除も終わった猫神様は,すやすやお昼寝していた。

これか!

猫神様はガバッと起き上がると,夕飯を作り始めた。 マルエツのバイトで貰ったキャベツの外側の葉を細切りにし,タダでくれている牛脂をたっぷりフライパンに入れると,塩コショウを強めにしてしっかりと炒める。 昨日賞味期限の切れたのを貰った魚肉ソーセージを炒め,安売りの卵に塩と醤油を少し入れて回しがけると,猫神様特製 魚肉ソーセージの卵とじのできあがり。 ご飯も炊けた。

セブンの前で物欲しそうにポスターを見ていたら,キャンペーン期間が終わったので,いつも猫神様にやさしいおばちゃんがくれたスヌーピーのお弁当箱に,ご飯とおかずをつめる。

残りは大皿に盛って,ちゃぶ台の上に置き,広告の紙の裏に「でかけます ねこみかさま」とサインペンで書いた。

お弁当箱を風呂敷に包んで首から結び,水筒を肩からかけた。
本殿の戸を開けると,ネコカミ号が静かにエンジンをかけて待っていた。 (ま 6.3.13)
< 125 宙へ2 >

ネコカミ号はふわりと浮かび上がると,なめらかに加速し大気圏を離れてワープスピードに達した。

ボイジャー1号が最後に地球に信号を送ったあたり,太陽系からおよそ 65億kmの距離 に 「それ」は亜光速で出現した。 それを追うスターシップは,24世紀からジャンプしてきたパールホワイトに輝く USSエンタープライズNCC-1701-E だ。

「スペースプローブ発射。」
光の尾を引いて発射されたプローブはそれに触れた瞬間に大爆発を起こし,エネルギー波がエンタープライズをぐらぐらと揺さぶった。

ピカード艦長の顔色が変わった。
「反物質か!」
「このままでは,太陽の一部と対消滅して巨大なエネルギーが放出され,太陽系が不安定になります。」

「居住部の切り離しの時間は無い,本艦は不明な物体の軌道上に入る。」
「アイサー」 誰もが状況を理解していた。

「こんな形で歴史に名前が残るとは思わなかったな。」
ピカードが苦い微笑みを浮かべた。

ピカードには,エンタープライズでは それを阻止できないことが,過去の地球が滅びることにより歴史などなくなってしまうことが判っていた。 しかし何もしないわけにもゆくまい。 (ま 6.3.13)
< 126 宙へ3 >

「小さな物体がワープスピードで出現しました!」

エンタープライズ号のコンピューターに直接音声が届いた。
「やっぱりピカード艦長にゃった。」
「ネコカミか!」
「艦長のきれいな船はできるだけ遠くに離れていてください。」

「あの質量では不可能です。」データが言った。
「わたしはネコカミを信じる。 全速反転,この空域を離れる。」

猫神様とネコカミ号は一体となっていた。
「こにゃっ,という合図で猫ぱんちにゃよ。」

ネコカミ号はワープ10で それに突っ込んでゆく。
「こにゃっ!」猫ぱんち☆

超新星クラスの大爆発は起こらなかった。
それ と ネコカミ号は消えた。 深い重力井戸の底へ。
ネコカミ号はホワイトホールを抜けて,どこかの宇宙へ飛び出した。

ノイズだらけの音声が届いた。
「ネコカミ ... 成功 .. だ た ... 重力波の影響を ... ワープフィールドが不安定... 24世紀へ..」
「らじゃ,ピカード艦長。」 (ま 6.3.13)
< 127 宙へ4 >

らじゃ,と言ったけどネコカミ号もダメージが大きく,猫ナビも切れてしまった。 ネコカミ号は慣性飛行に移った,つまり漂流し始めた。

猫神様は風呂敷をほどくと水筒の ぬる茶を飲み,お弁当を食べ始めた。 キャベツ炒めうまいにゃ。

見たことない星座がいっぱいにゃー,お家帰れるのかなと猫神様は思った。 でも,夕飯作ってきたから大丈夫にゃ。

ふいに宇宙空間に薄ぼんやりと緑色のランプが灯ると,草深い細道の奥で猫間君が おいでませしている。 猫宵草はどこにでもあるって言ってたもん。

「猫ナビが動かないにゃよ。」
ヒューズが一本切れていただけだったのですぐ直った。

ネコカミ号はぶにゃっと目を覚ますと全速力で地球へ向かった。

子猫達は,竈の余熱で暖めて夕飯を食べた。 魚肉ソーセージの卵とじおいしかったにゃ。 ちょろちょろ水で歯も磨いた。 でも,猫神様がいないのにゃ!

その時,大きな流れ星が見えた。 流れ星はぐんぐん大きくなって落ちてきた。 ひゅんっとネコカミ号が現れた。 猫神様も ちょろちょろ水で猫顔を洗って,みゃーみゃー騒ぐ子猫達とお布団に入ってぐーすか寝た。 (ま 6.3.13)
< 128 猫っ風邪 >

やっと冷たい空気が緩んできて、猫神様の神社にも春の野の花がぴょこぴょこ顔を出し始めた。
ホトケノザの蜜を舐めてた子猫たちが本殿にあがってきた。
猫神様これ美味しいにゃ〜。
猫手にたくさんのホトケノザ。
あれ?猫神様いないのかにゃ?

しばらくしてから おっきなマスクをした猫神様が出てきた。
「うにゃ〜げほげほ、うにゃ〜げほげほ。うにゃっ」
2・3日前から喉がいがいがしてきて、とうとう咳が止まらなくなってしまった猫神様。目がうるうるしていて熱のせいか ボーっとしている。
「みんなうつっちゃうから離れるのにゃ」
そう言ってフラフラしながら奥のお布団に寝込んでしまった。
猫神様かわいそうにゃ。

その時、リンっとベルを鳴らして自転車が境内に入ってきた。
「おーい!猫神様いるー?」
あにゃこさんだ!
子猫たち、あにゃこさんのジーンズの裾をひっぱって猫神様の所につれてった。
「あっちゃ〜これは風邪だねー。」
「あにゃこさん、うつっちゃうのにゃげほごほげほ」
「平気―。この間風邪ひいたばっかだから。いい病院知ってるから診てもらおう」

「うにゃっつ!お医者さんは駄目なのにゃこばいのにゃ げほごほごほ」
猫泣きの猫神様をあにゃこさんが引きずってネコカミ号に乗せた。
「小さい頃からお世話になっている小さな病院なんだけど、先生優しいから大丈夫だよ!」
子猫たちはお留守番。
ネコカミ号は風邪ひきの猫神様とあにゃこさんをのせてぴゅーっと走った。

病院の前へ着くと、なかなか降りようとしない猫神様を無理やり降ろして病院のドアを開けた。
レンガの小さな出入り口に子供たちの靴が並んでいた。
最近は近くに大きな病院ができたので、ここの病院はあんまり混んでいなかった。あにゃこさんがまだ小さかった頃、よくお世話になった病院だ。今でも近所の子供たちが風邪をひいたりするとやってきている。建物の外も中もあにゃこさんが小さかった頃と変わらない。ちょっと昔の落ち着いた洋風の館と言った感じ。

あにゃこさんが受付で手続きをしているあいだ、猫神様は猫っ鼻をかみながらおとなしく椅子に座って待っていた。
そんなに広くないけれど、白いペンキ塗りの木枠の窓から午後のやさしい日差しが入ってきて,なんだか病院なのに落ち着いた雰囲気。
「この窓、どうやって開けるんだろうって ちっちゃいときいつも思ってたんだ」
錫でできた小さな錠が木の枠についている。たぶん両手で下からずらして開けるんだろう。

受付の人が直接患者さんの名前を呼ぶまでは待合室は静かだった。
「ネコカミさん、診察室へどうぞ」
「うにゃっ、ごほげほ」
あにゃこさんにひきずられて診察室へ入った。
「あのにゃ、注射はいやなのにゃ。げほげほげほ」
先生は笑って言った。
「大丈夫ですよ、これくらいだったら注射はしないから、はい口開けて」

診察が終って待合室で待っているとちっちゃな男の子が猫神様の所に来た。
「みてみて僕の救急車なんだよ」
お薬の袋に小さな救急車のシールが張ってあった。
「うにゃっ!いいにゃ」

「ネコカミさん、お薬が出ています」
受付のひとから受け取ったお薬の袋には猫のシールが張ってあった。男の子がのぞきに来た。
「あ、猫だから猫のシールなんだ、ね!」
ひとなつっこい笑顔で猫神様の方を見た。
「このシールがついていると早く治るんだよ。」
男の子はお母さんと一緒に猫神様に手を振って出て行った。

神社に帰ってきた猫神様の周りに子猫たちが心配そうに集まってきた。
「だいじょうぶにゃ〜げほげほ。お薬もらってきたにゃもん」
さっきの袋を子猫たちに見せた。
「この薬を飲むとすぐに病気が治っちゃうんにゃよ」
にゃ〜にゃ〜。と子猫たちが不思議そうにお薬を見てた。

「はい、今日は早めに寝ようね。」
あにゃこさんがバフっとお布団をかけてくれた。お薬のせいか、トロっとしてきてすぐに眠くなって眠ってしまった。

あにゃこさんはお釜に残っていたごはんと卵でおじやを作ると、猫神様の分と子猫たちの分に分けてくれた。
「さてと、そろそろ帰ろっと。それじゃ猫神様おだいじにね」
自転車に乗ってあにゃこさんはお家へ帰っていった。
お布団に入った猫神様、何だか体がお布団に吸い込まれていくみたい。小さな男の子と一緒に遊んでいる夢を見た。久しぶりに見た楽しい夢だった。 (あ 6.3.19)
< 129 台南の休日 >

猫神様と子猫たちは,台南のパイナップル畑にきらきら光りながら出現した。 ケントさんが黒い車のドアを開けて待っていた。

「小籠包(ショーロンポー)はお好きですか」
「熱くて大変危険にゃ。でも美味しいのにゃっ。」
「鼎泰豊(ディンタイフォン)が世界的に有名ですが,もっと小さくても美味しい店があるんです。」

騒がしい客でごった返す店に入ってゆく。 みんな食べるのに忙しいから,ケントさんと子猫達を見る人はいない。

小皿に,酢,醤油,刻んだ唐辛子の味噌,細切り生姜を入れて準備完了。
中のスープが透けてくすんだ茶色の小籠包の蒸篭(セイロ)が,湯気を立ててすぐにテーブルに運ばれてきた。

ぴょんぴょんする子猫達の鼻面をケントさんが押さえて言った。
「いっぺんに口に入れると危険です。 タレにつけて蓮華(レンゲ)に取り,一箇所穴を空けてから食べてください。」
聞く前に口に放り込んでしまった猫神様は小籠包が口の中で爆発し,ずどどどっと走り出し,猫舌を回転しながら横丁を一周すると戻ってきた。

「危険にゃっ」 だから,そう言ったでしょ。

タレに付けて一箇所穴を開け,少し冷まして食べると,肉汁がおいしぃ〜。

小麦粉を捏ね,棒状にし,飴のように切り,小さな麺棒で伸ばして,小籠包や餃子の皮がどんどん作られて行く。 皮を作ったり餡を詰めたりするのを店頭でやっている。

それを見ていた子猫達の血が騒いだ。 作っているおじさんのところへ行って手元をじーっと見ていると,やってみるかい,と言われた。

子猫達は猫手の魔法で,小籠包のより厚くてふかふかな皮を作ると餡を詰めた。 蒸し猫・台南バージョン! おじさんはびっくりして真似しようとしたが,猫じゃないのでできない。

子猫達は凄い早さでたちまち200個ほどの蒸し猫を作り上げた。
「皆さんに食べていただきましょう。」
ケントさんが店主に頷くと,たちまち蒸篭で蒸し上げられ,今夜のお客様にサービスで供された。 台南の伝説となった蒸し猫,今夜だけしか食べられない蒸し猫。

酢辛湯(サンラータン),海老餃子,青菜のスープ浸しも食べてお腹いっぱい。

それではデザートを。 まだパイナップルの旬には早いが,パパイヤはもう完熟している。 果物専門店へ行くと子猫達より大きなパパイヤがカートに山と積まれている。 パパイヤによじ登ろうとする子猫達を押しとどめながらケントさんが,パパイヤ牛乳とバナナ牛乳をオーダーした。 お姉さんが子猫達のために小さな紙コップを出してくれた。

完熟パパイヤの香りは強くはないが優雅で上品だ。
猫神様は「大人の味にゃね」とパパイヤ牛乳を飲んだ。 子猫達はパパイヤ牛乳も好きだけど,濃厚な台湾バナナで作られたねっとりとしたバナナ牛乳が好き。 みんな猫っ鼻を白くして飲んだ。 (ま 6.3.25)
< 130 市役所の方から >

どんどん春になってくるある日。 作業着を着たふたりの若い男がふらりと現れた。

どなたにゃ〜,と猫神様が顔を出した。
「市役所の方から来ました。 猫上のおばあちゃんはいますか。」
「猫上のおばあちゃんなら,ひとつ山の向こうにゃよ。」

(こいつバカそうだから,こいつでいいや。 山の向こうまで行くの大変だし。)

「住宅の点検に伺っております。」
「それはそれはご苦労さんですにゃ,よろしくお願いします。」と ぬる茶を出す猫神様。
ふたりは懐中電灯を出すと本殿の床下に潜り込んだ。 柱を叩いたりして適当な音を出す。
「あにきぃ。 この建物,木造のように見えますけど木じゃないですぜ。」
確かに数百年もたった木のように見えるものは叩くと聞いたことのない音がする。 まあ,そんなことはどうでもいい。

真剣な顔を作るとふたりは床下から出てきた。 他の建物で撮ってきた写真を出して猫神様に見せる。

「シロアリがひどいですし,鉄筋も錆びてます。」

いますぐ工事しないと大変なことになると聞いて,猫神様はびっくり仰天した。
「市役所の方で簡単にローンが組めますが。」
(市役所の方にある金融業者だけど。 差し当たり,竹炭200kgと床下換気扇10個で300万も取ればいいか。)

「ろーんって何にゃ?」
「市役所の方でお金を用意するんです。」
猫神様が猫手にボールペンを持ったそのとき。 (ま 6.3.25)
< 131 つくしの卵とじ >

黒い旋風がぶっ飛んで来た。
春なのに黒い帽子,黒いコートに巨大な黒いカバンを持った猫級建築士が 3回転−2回転−2回転のコンビネーション・ジャンプを決めた。 そしてイナバウアー。

「でっかい鞄 振り回しやがって危ねーやつだな。」市役所の方から来た男の口調が急に乱暴になった。

メンコのように分厚い名刺を叩きつける猫級建築士。 その名刺を竈の熾火にかざすと "うし" という名前が現れた。
「みかんの汁で書いたんです。」

「ネコカミさんとリフォームの契約をしたんだ。 邪魔しないでくれ。」
「わたくしはケント様から,この神社に補強が必要であればするように依頼されている猫級建築士です。」

ケント? 裏社会にも避けて通った方がいいと言われている名前が幾つかある。 ケントはまずいな。

「わかったよ。 貧乏猫小屋のリフォームなんかやらねーよ。 だけど,こんな薄汚い木造建築は,いつか夜中に燃えるかもしれないぜ。」と男は捨て台詞を言って立ち去ろうとした。

「猫神神社は燃えないにゃよ。山火事があったときも燃えなかったもん。だから,山の動物達がここに避難したことがあるよ。 オリなんとかっていう材料でできているのにゃ。」

「オリハルコン!」本殿の床下を叩いていた男が言った。 「オーパーツ! 神社とはオーパーツの複製されたものだったのか。 その全ての原型がこの神社か。」
「お前は超文明雑誌の読み過ぎだ,帰るぞ。」

ふたりはボスッと黒い壁にぶつかった。 土筆を両手いっぱいに持った次郎だった。 ふたりはぎゃーっと叫ぶと,神社の前の急坂を げれんげれんと転がり落ちていった。

うしさんは,指先を真っ黒にして土筆のハカマを取ってくれた。 ちょろちょろ水できれいに洗って,土筆の卵とじを作って食べた。 春だ。 (ま 6.3.25)
< 132 紫花菜 >

あるいても
はしっても
むらさきはにゃにゃ

(猫神様の足では)歩いても走っても,土手はどこまでも紫花菜だよなあ。 (ま 6.4.20)
< 133 猫が腹摺山 >

猫神様が誘いに来た。 前に谷川岳へ連れて行ってもらったお礼に今度はどこかの山へ連れて行ってくれるらしい。
「どこへ行くの?」
「猫が腹摺山 ねこがはらすりやま」
聞いたことないなあ。

セブンの前で停まると,猫神様と子猫達はあにゃこさんをそっと見た。
「しょーがないなあ。」
しゃけと明太子のおにぎりを買った。

ネコカミ号はすれ違いできない細いうねうね道を登ってゆく。 ここはどこなんだろう。 不安になるくらい山奥へ入ると淋しい駐車場があった。

猫神様はエンタープライズ号から持ってきた汎宇宙ジャイロを取り出すと「こっちにゃ」と歩き出した。 いつものように空のペットボトルをコンビニの袋に入れて首にしばりつけている。

道は明るいけど,明る過ぎて不安な気持ちがする。 でも,みんなでにゃごにゃご歌を歌って行った。 途中のザブザブ沢でペットボトルにつめたい水を入れた。 スミレがたくさん咲いて,つつじも咲き始めていた。

なかなか山は深い。 子猫たちはそっとあにゃこさんのザックに乗っていた。
「今日はペースが上がらないなあ。体が重いよ。猫神様,あとどれくらい?」
猫神様はうしさんに貰ったカカオ99%チョコをあにゃこさんの口に入れてあげた。 チョコをかじったあにゃこさんは「う”にゃーっ!」と叫ぶと,山道を駆け登っていった。

山頂のすぐ下でぜはぜはぜはと言っている あにゃこさんに猫神様が追いついた。

猫の群が山頂を越えて飛んでゆく。
「ねっ,猫が飛んでる!」
「猫の群がここをスレスレに越えてゆくにゃよ。 だから,猫が腹摺山って言うのにゃ。」

子猫達は猫手をぱたぱたすると飛び上がり頂上の周りを飛んでゆく。
「子猫はみんな飛べるんにゃよ。」
そうなのか,とあにゃこさんは思った。

おにぎりが食べたくて下りてきた子猫達と猫神様と,しゃけと明太子のおむすびをわけっこして食べた。 ペットボトルの沢の水もおいしかった。 大きな富士山も見えたよ。 (ま 06.5.4)
< 134 コシアブラの方へ >

お天気のいいようなわるいような週末,プルプルと音がしてダークグリーンのちっちゃい車がやってきて,あにゃこさんが顔を出した。

「子猫号だよ。 ナンバーは 3838(みゃーみゃー)なの。」

にゃっ,いいにゃっ!
「コシアブラを採りに行くにゃよ。」

子猫号には,ネコカミ号に付いているニャーボは無いので,皆で乗るとちょっと辛い。 でも関越の登り道を ぶにゃーっと頑張ってゆく。

関越を下りると今度はくねくねの山道だ。 子猫号はエンジンブレーキをかけると小さな声でみゃーっと鳴く。

今年もコシアブラあるかなあ。 もう,地元の人に採られちゃったかなあ。 低いところにはあまりないけど,高いところには緑に透けたきれいな若葉がたくさんある。 子猫達はみゃーみゃーとコシアブラの木に登ってゆくと若葉を猫手に持って,くるりくるりと宙返りして着地する。

あにゃこさんが持ってきた山菜採りの竹篭を,どうしても自分で付けてみたくて,猫神様は腰に付けさせてもらった。 竹篭は,たちまちコシアブラの若葉で一杯になった。 ウコギ科の植物のとてもいい香り。

あにゃこさんのデイパックには蕎麦と油揚げと天カスが入っている。
「きょうはコシアブラ蕎麦を作るよ。」
あにゃこさんはハッと気づいた。 ソバツユ忘れた! いいか味無しでもー。 味なしで食べるものだって言い張れば。 どうせ猫だし。

火山に近いので,沢の水が鉄分を帯びて赤くなっている。 水の湧き出す池も赤茶色で,血の池と呼ばれている。

すこし登って 血の池まで来た。 「ここの水がもくもく湧いてるとこがすごいんにゃよ」と指差して自慢気にあゃにこさんに教える猫神様。 その時,池の縁が崩れてよろけた猫神様は,コシアブラを血の池に落としてしまった。

「に”ゃーーーっ!」

ゴボゴボと水が沸きかえり,少し赤茶けた態度の女神様が現れた。 首から弁当売りのような箱を提げ,その中に何か入っている。

「...ったく。 血の池なんて名前付けられちゃ,誰も来やしないって... 」

「そこの薄ぼけた猫。 お前の落としたのは,えーと,なんだっけ(もう面倒になっている)... この金のコシアブラか,銀のコシアブラか,それとも緑のコシアブラか?」

「き!」とあにゃこさんが言う前に,猫神様が「緑のコシアブラですっ」と答えた。

「お前は半端な感じの猫だが正直者だ。 お前の落としたコシアブラと,枕崎の鰹節と利尻昆布でダシを取った甘くないソバツユをやろう。」

浅間山のよく見える開けたところに出ると,猫神神社の竈が置いてあったので,さっそく半分は天麩羅に,半分は湯がいて,お蕎麦を茹でた。 ソバツユもいい香り。 湯がいたコシアブラをたっぷり載せて,刻んだお揚げと天カスはお好みで入れようね。

みんなで猫バンザイしていただきますしようとすると,唐松の後ろでカサッと音がした。 血の池の女神が覗いていた。 女神様も呼んでみんなでコシアブラ蕎麦を食べて,食後の休憩をしてから猫ダンスを踊った。 (ま 6.6.1)
< 135 目医者に行く1 >

縁側であにゃこさんとお茶を飲んでいた猫神様,空中に糸くずのようなものが見えて流れてゆく。

「最近,面白いものが見えるんにゃよ。 瞬きすると違う方向へながれてゆくにゃ。」
「それ病気かもしれないよ。 よく知ってる目医者さんがあるから行ってみよう。」

「にゃふ〜」
風邪ひいたときのお医者さんが怖くなかったので,安心している猫神様。

子猫号でテケテケと行く。
「さくら眼科って言うんだ,やさしい先生なんだよ。 あれ?」

さくら眼科は無くなって新しい病院になっていた。 極真眼科。 画数が多いと怖そうな感じがする。

とにかく入ってみようと,猫神様の手を引っぱる あにゃこさん。

それほど大柄ではないが引き締まった体つきの先生が座っていた。

「入門かね入隊かね。」
「にゃ?」
「極真に入門するか,自衛隊に入隊するか聞いとるんだ。」
「目を見てもらいたいんです。」

「近代格闘技においては正拳突きよりもコンビネーションブローが,そして下段回し蹴りが有効だ。」
「目を見てくださいっ!」

猫神様は何がはじまるのか楽しみに猫足をぱたぱたさせながら椅子に座って待っていた。 盧山(ろうやま)先生は立ち上がると掌底をひたりと猫神様の額につけた。

「ふんっ!」 中国拳法の精髄とも言える寸勁(すんけい)であった。 発せられたエネルギーは眼球を素通りして,猫神様の脳をプリンのように揺さぶった。 「 ・・・・・!」猫神様は意識を失った。

「どうせ大騒ぎすると思ってね。 うまい具合に死にかけて瞳孔も開いたな。」
あうあうする あにゃこさんに説明すると,光学装置で眼底の観察をした。
「網膜に変性がある。 レーザー治療した方がいいね。」と 網膜専門外来のある団子坂花丸病院に紹介状を書いてくれた。
「ローキックの盧山からと言ってもらえばすぐ判る。」 (ま 6.6.29)
< 136 目医者に行く2 >

あにゃこさんは気絶から熟睡に移行した猫神様を子猫号に乗せて,団子坂花丸病院へ向かった。

「盧山君か。 膝下にまだ彼のキックの跡が残っているよ。 いい死合いだった。」と中静先生は言った。

まだ寝ている猫神様の猫目をむにゅっと開いて瞳孔が開く目薬をさし,レンズを貼り付ると,猫頭をガムテでぐるぐる巻きに固定した。

ものすごく明るい照明で眼底を観察し始めた。 さすがの猫神様も目を覚ましたが見えるのはものすごく眩しい光だけ。 目をつぶりたくてもレンズがあってつぶれないので,涙がだーっと溢れてくる。「お日様じかに見てるにゃー!」

レーザー照射が始まった。 パルス的に視界が黄緑色に輝く,そして痛い。

「痛い!眩しい!」ぎゃーにゃーと騒ぐ猫神様は涙と鼻水を流しっぱなしだ。

30分で出術は終わった。 「光凝固の効果が出てくるのは2〜3週間あとからです。それまでは激しい運動は避けてください。」 ばりばりとガムテを剥がすと,猫神様の頭はハゲチョロになった。

反物質と正面衝突してブラックホールに落ちたのがいけなかったのかもしれない。

あうえぐひっくと泣いている猫神様に あにゃこさんがガリガリ君のソーダ味を買ってあげようとすると
「あう,えぐ,ハゲダ,げほげほ←泣き過ぎてむせた,ハゲダッツ,にゃぐ。」
手術我慢したんだからしょうがないか。
「ハーゲンダッツのバニラ美味しいにゃ〜。」 地球を救ったりするのは3週間ほどお休みだ。 (ま 6.6.29)
< 137 暴走をとめろ1 >

猫神様は夕飯の買い物にてくてく歩いていた。 ネコカミ号はひとりで遊びに行っていないんだもん。 ぶつぶつにゃごにゃご。

ヴォンヴォンと爆音が近づいてくる。 銀メッキのバイクが蛇行して走る。

「俺は暴走で気分を晴らしている人見知りな男だ!」
対向車線まで使って大きく蛇行するうちに,口をあけて見ていた猫神様を轢いた。

「あ,猫轢いちゃった」とますます蛇行しながら逃げていった。

しばらくして,しっぽの先から猫頭の天辺までタイヤの跡の付いた猫神様はぷるぷるしながら立ち上がった。 「お巡りさんに言いつけるにゃ。」

秩父市山奥の駐在所には定年間際のお巡りさんがいた。 ぼろぼろの猫神様を見ると,雑巾を洗って固く絞り,猫顔をぐりぐり拭いてくれた。

「バイクに轢かれたにゃ。」
「う〜ん。 猫を轢いちゃいけないっていう法律は無いんだよ。 それに本官が支給されてるのは,この自転車だけなんだ。」
「に”ゃーっ! 法律が不足にゃ。」
「よし,こうしよう。 委託しよう。」

引き出しから藁半紙を出すと「暴走取り締まりをネコカミさんに委託する」と書いて適当な判を押して猫神様に渡した。 広告の裏でないちゃんとした紙に自分の名前が書いてあるのを見て,ちょっと嬉しくなった猫神様。 (ま 6.7.26)
< 138 暴走をとめろ2 >

脅かして捕まえるにゃ。 懐中電灯を持つと夜道に立った。

ヴォンヴォンヴォーン!
音が近づくと猫顔を下から懐中電灯でパッと照らした。

「猫の幽霊!」
ズガーッ。 今度は仰向けに轢かれた。
こんなことをしていたら怪我してしまう。 ←もうしているはずだ。

まず,ネコカミ号を捕まえなくては。 (ま 6.7.26)
< 139 暴走をとめろ3 >

ネコカミ号は,遊びに行くときは2段階くらい縮小している。 猫神様は,庭に竹で編んだ籠をつっかい棒をして置き,その下に梅ジャムをぬったソース煎餅を置いた。

縁側で夕涼みしていると,ぶみゃーっと音がしてネコカミ号が罠にかかった。
「遊んでばかりで,こにゃっ!」

林道の脇で待つネコカミ号。

暴走バイクは爆音を立てて,今夜は蛇行せずにすっ飛んで来た。

「いやー暴走って本当にいいなあ。 あれ?」
後ろにぴったりと付いてくるヘッドライトがある,とふっと消えた。
消えた車が真正面から向かってくる。

ネコカミ号がボンネットをぱくっと開けるとバイクはその中にに飛び込んで行った。 男は空中で回転してネコカミ号のルーフにばふっと落ちた。 ネコカミ号は誰もいない林道を 300km/hで疾走った。 ネコカミ号の通ったあとの木々がずざざざーとなびく。
山の頂上まで登ると,街の近くまで空中を飛んだ。

「ごめんなさいもうしません。」男は猫神様に謝ると帰っていった。

猫神様は神社に帰って,夜食のところてんの酢でむせた。 (ま 6.7.26)
< 140 誕生日 >

猫神様は押し入れから缶を取り出すと,うにゃうにゃと嬉しそうに布巾で拭いて またしまった。

ある日,誕生日を聞かれた猫神様は,自分の誕生日を知らないことに気が付いた。
ずーっと昔から猫神神社に住んでいた記憶しかない。 でも誕生日が無いのはつまらないので,大好きな夏のじりじりと暑い日にすることにした。

ちゃんとした誕生日じゃないから恥ずかしいので,一人で祝うことに決めた。 それからは,越後屋でキャベツの外皮を剥いて並べたり,山ノ奥川で水遊びしたりして過ごした。

それはジーワジーワと蝉が鳴き,猫神神社の森をざーっと風が鳴らす夏の日だった。 「今日が誕生日にゃっ。」

竈でご飯を炊いた。さっと茹でた青菜を絞り とんとんと切って鰹節をまぶした。 贅沢。

それから押し入れを開けると,しまってあった缶詰を取り出した。 さば水煮。 賞味期限切れを貰ったんじゃなくて越後屋でちゃんと買ったの。 今日はひとりで一缶食べていいのにゃ。

さば水煮を皿に明け,軽くほぐし,ざしざしと味の素をかけ,にゃーっとお醤油をかける。 贅沢贅沢。

利尻とろろ昆布をお椀に入れてお湯を注ぐ。

炊きたてのご飯を丼によそると,汁ごと醤油ごと ほぐしたさば水煮をのせる。 目を見開いて食べた。 目を瞑って食べた。 青菜と とろろ昆布と,にゃーっと一気に食べた。

お腹ぱんぱんになって,食後のアールグレイを飲みながら猫神様は小さい頃のことを思い出そうとした。 でも,なにも思い出せなかった。

でも猫神神社があるよ。 それに神様にゃもん。 (ま 6.8.30)
< 141 給食を作る >

山ノ下小学校に「給食調理者 募集」の張紙があった。 あにゃこさんの話で給食に憧れていた猫神様は,すぐ面接に行った。

栄養士さんは猫が来たので驚いた。
「君は料理できるのかな。」
「にゃい。」

猫神様はテーブルの上にあった大根を包丁で すとんと切り,テーブルに上がって桂剥きをはじめた。 白い薄い大根がするすると伸び床に届いた。

「合格。 でも猫を雇うのはむずかしいわ。 調理ボランティアということでお願い。」

攻撃的ミッドフィルダーみたいでかっこいいにゃー。
しかも,余った給食は持って帰っていいと言う。

「人手が無いので,さっそくお願いするわ。 今日のメニューは,カレーシチュー,ひじきのサラダ,揚げパンと牛乳よ。」

割烹着を着て,三角巾を着けたけど猫耳が出た。
猫神神社のお風呂くらい大きな鍋に,豚肉,じゃが芋,人参,玉葱を入れて軽く炒める。 水を入れ,業務用の大袋からミルクカレールーを入れると,大きな杓文字でゆっくりとかき混ぜる。

揚げパンはさっくりお砂糖が付いて,大きな木の箱に入ってもう届いていた。

出来上がったカレーを一クラス分の容器に移した。 高学年は給食係が給食室まで取りに来るけど,低学年の教室には猫神様が運んでいった。

「猫がカレー持ってきた。」と女の子がびっくりして言った。 2年1組の子供たちが集まってきて猫神様に触るので,カレーを持ったまま猫神様はうにゃうにゃした。

「まあ,大人気ね。 一緒に給食を食べましょうよ。」と担任の先生が言った。

「ありがとうにゃ。 でも,給食を貰って帰って子猫達と食べるんにゃ。」
「じゃあ,子猫達も呼べばいいわ。」

猫神様は人には聞こえない音のする猫笛を吹いた。
遊んでいた子猫達が集まってきた。 にゃごにゃごと窓から入って来ると,2年1組のお友達と給食を食べた。 子供たちは揚げパンをちぎって子猫達に食べさせてくれた。 揚げパンとカレーシチューはよく合うにゃー。 (ま 6.8.30)
< 142 休日 >

秋の日を浴びて,猫神様が幸せそうに歩いて来た。 (ま 6.9.28)

< 143 シャツを買う >

猫神様は久しぶりに街へ下りてきた。 国道140号沿いには大きなお店がたくさんある。 食料品店は危険にゃっ。 そういう店は見ないようにしたけど,赤とピンクのディスプレーのお店で猫神様は釘付けになった。

たまにはシャツ着てみたいにゃ。 緑色のカエルの絵がついてるのが欲しい!

ファッションセンターしまむら影森店。 その名の通り,店内はファッショナブルなものでいっぱいだと猫神様は思った。 猫神神社の森の中で暮らしていると,洋服の鮮やかな色が眩しい。

ズポンやシャツは \890くらいのものが多くて,ちょっと高い。 でも猫神様の欲しいシャツは \380だった。 ポシェットには大きな五百円玉が入っている。

\500あれば 山田うどんで,たぬきうどんとコロッケ(キャベツ付)を食べておつりが貰える。 たぬきうどんにコロッケをのせて,キャベツにはお醤油をかけてもいい。

背伸びしてシャツを取ると体に当ててみた。 薄ぼけた色の猫神様には,鮮やかな緑色がよく映える。

「蜜柑箱(低過ぎるでしょ)から飛び降りるつもりで買うにゃっ。」
「たぬきうどん。」
「シャツ買うにゃっ。」
「コロッケ。」

心の中で言っているつもりで,声に出してくるくる回っている猫神様を,店員の れい子さんが見ていた。 れい子さんはここだけの秘密だが,秩父運輸の けい子さんの妹なのだ。

あたし猫 好きなんだよね。 ちょっと変わった猫だけど,服を買いに来た猫は初めてだし。

「猫君,そのシャツ買っちゃいなよ。 もうすぐ休み時間だから,うどんはあたしがおごるよ。」

シャツと五百円玉を握り締めて,猫神様がにゃーっとレジに走って来た。

れい子さんは値札を鋏でチョキンと切ると,シャツを猫神様に着せてくれた。 そして「お先失礼しまーす」と言って自転車の後ろに猫神様を乗せると,山田うどんに行った。

緑色のカエルのシャツを着て,たぬきうどんを ずはずは食べ,コロッケをしゃぐしゃぐ食べて,猫神様はとても幸せだった。 れい子さんは大食いだったので カレー丼も食べた。 (ま 6.9.28)
< 144 眼底検査 >

縁側の日溜りでうたうたしている猫神様に郵便が届いた。
ススキの揺れる郵便受けから葉書を取り出す。 なになに?

「目の調子はどうですか。
2ヶ月以内に検査に来なさいと言ったでしょう。 今すぐ来なさい。
団子坂花丸病院 眼科部長 中静3段。」

猫神様は に”ゃーっと叫ぶと,葉書をげしげし踏みつけ,竈にくべて燃やした。
「ふーっ。 危なかった」(それで危険は回避したのか?)と汗を拭うと,また縁側で,前にも増して うたうたし始めた。

黒いジャージの男が現れた。 写真を出すと猫神様と見比べ,黙って猫首を捕まえると布袋に放り込んだ。 さわぐ猫神様を肩に担いで,男は秩父駅へ向かった。

「その声は猫君じゃないの?」
「れいごにゃん!」

黒帯の男も予期しなかった,水面蹴りが飛んだ。 男は足を払われ倒れたが,猫神様がクッションになった。(ひどいにゃ。) しかし,すでに れい子さんはマウント・ポジションでチョーク・スリーパーに入っていた。

「わたしは,団子坂花丸病院の使いの者です。 ネコカミさんを目の検査に連れてゆくところです。」

事情を聞いたれい子さんは,一緒に病院へ行くことにした。
「助けてくれると思ったに”ゃのにー。」
「検査受けなきゃダメよ。」

診察室では中静先生がガムテを持って仁王立ちしていた。 気絶するほど怖い。

...

「安定してますね。」

猫神様は瞳孔が開いて猫頭がハゲチョロになって(主に怖かったので)えぐえぐ泣いていた。 れい子さんが,縁日で買った月光仮面のサングラスをかけてくれた。 れい子さんは猫神様の手を引くと千駄木駅へ向かった。 もう月が出ていた。 乗り換えの上野駅でラーメン食べようね。 (ま 6.11.3)
< 145 休日の音楽 >

糸電話が着信した。 ピカード艦長だった。
「ビバリーの命令で休暇を取らなきゃならんのだ。 遊びに行ってもいいかな?」
境内にきらきらと光の粒が現れピカード艦長になった。

猫神様は,キャベツの一番外の葉っぱと賞味期限切れのソーセージを牛脂で炒めた一皿と,どんぶり飯を用意していた。 合成食料に飽きていたピカードはがつがつ食べた。

食後のアール・グレイを飲みながら,ピカードは巻物をちゃぶ台に広げた。 それは印刷されたピアノの鍵盤のようだった。
「君はピアノが弾けるだろう。」

猫神様はハモニカは吹けるが,ピアノは弾いたことがない。 でも,なんだか弾けるような気がした。

鍵盤に向かうと「キラキラ星変奏曲」を弾き始めた。 素晴らしく強く澄んだ音がする。 スタインウェイのフルコンサートピアノの音だ。

ピカードは思わず立ち上がって拍手した。
「素晴らしいタッチだ。 しかし,この部屋の音響はすごいな。 ま,まさかこれは ... 」

猫神様の部屋は「糸杉の間」を比例縮小して作った。 小さくて響きが足りないので,天井からガラスの響板が吊ってある。 響板の高さを変えて音の広がりを調整することができる。

ピカードは古い箱を開けて,飾り房の付いた銀の縦笛を取り出した。
「一緒に演奏してもいいかな。」

それは懐かしくとても古く心を捉える不思議な旋律だった。 猫神様は和音を付けて合わせてゆく,転調して旋律の展開を促してゆく,ピアノが静まり,笛のカデンツァになる。 小さな笛とは思えない深く豊かな音が悲しみを湛えて溢れる。 猫神様の技巧的なピアノのカデンツァで演奏は終わった。

「ありがとうネコカミ。 これは既に滅びてしまった惑星,わたしが一生を過ごした星の旋律なんだ。」

猫神様は静かに頷いた。 (ま 6.11.3)
< 146 寝過ごす >

お休みだったあにゃこさんは,世界堂でパステルを買って,新宿御苑の温室でオオオニバスの花を見てから,御苑駅の麺つる亭で生ビールを飲み,ねぎとろ丼・小うどん付を食べた。

湘南新宿ラインに乗ったら,池袋でうまく座れて,爆睡。 でもこの電車は高崎行きだよ。 知っているのかあにゃこさん!

猫体内時計が鳴って,あにゃこさんはニャバッと起き上がると電車を下りた。 一駅前だった(涙)。 次の電車が来るまで同じ場所でじっと待つのにゃ。うにゃ。

端の車両に乗ったのでホームの暗いところに下りた。 時間を見ようと,ひよこい色の携帯をパクンと開けると,次の電車まで25分もある。

あにゃこさんは,肩甲骨の下あたりをぱふっと叩かれた。
猫神様だった。

陽だまりの粗大ゴミ置き場の,本棚で寝ていたらそのまま捨てられたらしい。 なんとかヒッチハイクで帰ってきて,あとはポシェットの500円玉で帰るつもりらしい。

猫神様は目をうるうるさせてあにゃこさんを見た。(お腹すいたにゃ。)
しようがないなあ。

あにゃこさんは猫神様の手を引くと,立ち食いソバで,かけうどんと かき揚げうどんを頼んだ。 おばちゃんが かけうどんにはネギをいっぱい入れてくれた。 かき揚げは半分コだからね。
猫神様は冷水機の水をコップに3杯もがぶがぶ飲んだ。 猫ヒッチハイクは大変だったのにゃ。

次の電車が来た。 あにゃこさんと猫神様は並んで座ると,お互いにもたれかかって爆睡した。 その電車はムーンライト越後(新潟行き)だった! (ま 6.11.22)
< 147 車掌さん >

「切符を拝見させていただきます」

爆睡していた2人は うにゃっと目を覚ました。
「どちらまで?」
車掌さんが聞いた。
「…き、北本?」
あにゃこさんは答えながら窓の外を見た。
去っていくホームに『越後湯沢』の看板が見えた。

も、もしかして…
冷や汗をかくあにゃこさん。
猫神様が猫手で目をこすりながら言った。
「秩父にゃよ」

あにゃこさんは慌ててお財布の中を見た。
1000円札が2枚しか入ってない。
猫神様もなんだかわからないけどポシェットの中から500円玉を出した。
「2人合わせても2,500円…」
あにゃこさん大ピンチ!
「うにゃっ! さっき うどんにかき揚げつけちゃったからにゃっ!」(どっちにしろ足りないでしょ!)
あにゃこさんは腹をくくった。
「あのぅ、電車を間違えてしまって、今 お金もこれしか持ってないんです」

車掌さんは2人を見ると頷いた。
「わかりました、ただこの席には切符を買われたお客様が乗車されるかもしれないので…、こちらへ」
車掌さんについていくと、車両と車両の間のちいさな個室のような場所へ案内された。
「この電車は終点についたら私の運転で折り返し運転をするので,ここにいるといいですよ。ちょっと狭いですけど」
「うにゃ! 特別室にゃっ!」
はしゃぐ猫神様にあにゃこさん猫手チョップ!
「いいんですか?」
車掌さんが笑って答えた。
「長くこの仕事をしてきましたから、あなた方が嘘を言っていないことは分かります。そのかわり車内をうろうろしては駄目ですよ、切符チェックされてしまいますから」

折りたたみ式の椅子を倒すと向かい合わせにふかふかのソファーになった。
猫神様は足を伸ばして眠れる。横になると、うみゃ〜っと言って爆睡。
「自分ばっか眠ってずるい」
あにゃこさんは猫神様の猫耳をコチョコチョいじくった。
猫神様ゴロゴロしながらさらに気持ち良さそうに眠っている。
「駄目だこりゃ」
ぼんやり外の景色を見ているうちにあにゃこさんも眠っていた。

トントンと体をたたかれて起きた。
「着きましたよ」
二人は親切な車掌さんにお礼を言って電車を降りた。
「遅くなっちゃったね」
「うにゃ」
「秩父まではちょっと遠いから今日は家に一緒に帰ろう」
「うにゃ〜!」

あにゃこさんのお家では子猫号とま〜ちゃんが待っていた。
「ただいま〜」
「お帰りなさ〜い」
はぁ、やっとお家についた。 (あ 6.11.30)
< 148 お弁当箱 1 >

猫神様はいつもお世話になっている(食べ物を貰っている)あにゃこさんになにかあげたいと思った。 勿論お金は無いので手作りのものがいい。

あにゃこさんの好きな物って何だろう? 山! 山は重たいしにゃ。 ご飯! でもご飯は冷めちゃうし。

猫神様の頭の上に電球が灯いた。 お弁当箱だよー。
いつか戸隠で見た竹細工のお握り入れも格好良かったし,板を曲げて作ったわっぱ弁当箱も渋いよにゃ。

調べ始めた。 諦めた。
竹なんかきっと猫手に刺さっちゃって痛いし,板なんかそないにうまく曲がるわけないのだ。 そしていいことを思いついた。

冬眠明けで野菜不足の次郎へ,大根と「桜材,弁当箱の大きさ オクレ」と書いた紙を入れて宅急便で送った。

タチツボスミレの刷りの入った正直そうな葉書に「ご飯できた」と書いて手羽先猫に送った。 あのしなやかな猫手,絶対に器用だ。 (ま 7.3.13)
< 149 お弁当箱 2 >

次郎は大根をガリガリ齧りながら,裏庭から古い桜材を探し出すと手刀表裏打ち(空手バカ一代 参照)でスパッとお弁当箱サイズに切り落とした。

桜公園に住んでいる手羽先猫は,お日様の匂いのするきれいな猫だ。 でもお腹が空いていた。

郵便屋さんが散り始めた緋寒桜の枝先に,葉書を配達してくれた。
「ごはん。」 手羽先猫は秩父鉄道へ乗り入れるJRの貨物列車を待つと,秩父セメントの空の貨車にすっと乗りこんだ。 (ま 7.3.13)
< 150 お弁当箱 3 >

猫神様は,賞味期限切れ食品の皿鉢料理(とでもいうべきもの)を作って待っていた。
手羽先猫はあむあむ食べた。

熊笹茶を淹れながら猫神様はT字型の木を見せた。
「ここまでは作ったのにゃ。 残りを作って欲しいの。」

広告の紙の裏に描いた「お弁当箱完成予想図」と桜材,山ノ下小学校でお古を貰った彫刻刀セットを手羽先猫に渡した。

あにゃこさんのお弁当箱と聞いて,手羽先猫は静かに燃えた。 それから3日間,キャベツ炒めや若布のお味噌汁や醤油をかけた目玉焼きを食べながら,手羽先猫は彫り続けた。 猫手が痛くなったけど,丁寧に彫り続けた。

桜材の塊から,ついにお弁当箱とフタが彫り出された。 (ま 7.3.13)
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