AENEA FAT TAIL





カミュはとても不機嫌だった。ついさっきミロが帰って来てからだ。
「着替えぐらい30分もあればできるだろう?女じゃあるまいし」
学会があるのは知っていた。その後のことは知らなかった。
「分かっていたなら、どうして電話ぐらいしないんだ」
「そんなことで怒るなよ」
「・・・こっちだって色々あるんだ」
「それとも俺に着せてもらいたくて、ぐずってるのか?」
ニヤッとしながら「1時間じゃ終わらないけどな」と付け加える。
カミュは呆れた顔でリビングを出て行った。

カミュは正装すると自室を出た。ミロの部屋を通って階段を降りる。だが今日は違っていた。いつも閉まっているミロの部屋のドアが開いていたのだ。普段なら、そんなことには端にも気に留めない。カミュはミロを精一杯焦らせたい思いから、中に入った。
「驚いた」
中へ入ると、あのミロから想像できないほど綺麗に片付けられて、清潔感が溢れていた。
「つまらない・・・いや、汚し甲斐があるってことか」
カミュは何気なく部屋を歩き回っていたが、急に思い立ったように鏡の前で足を止めた。
「今日は、・・・何か足りない」
格好だって完璧なのに、一体何が足りないのだろう。
「そうだ、香りだ」
カミュは香水を探した。こういうのはお手のもので、すぐに見つけてしまう。彼は、ガラス張りの棚から香水の瓶を発見した。その中から、雰囲気のよさそうなものを手に取ってみた。
「これがいいな」
あまり減っていないその香水は、今日の装いには十分すぎるほどムーディーな香りだった。
「たまにはいいか」


「遅い!!」
エントランスで待っていたミロは、カミュを見るなりそう言い放った。
「待たせて悪かった」
カミュは微笑みながら、ミロの横に立った。彼の身体から風に乗って、どこからともなく香りがやって来る。
「?」
一瞬、ミロの顔が疑問を抱いた。
「ま、いっか。さ、行こう」
ミロの顔からは、先ほどまでの剣幕が消えて、穏やかになっていた。従来ならここで言い争いの一つや二つは軽くやっていた。カミュはあまりに呆気無くミロが引き下がったので、驚いた。

あの香水のせいかな?
車に乗ったカミュは外を見ながら、そう考えていた。そう言えば、さっきからミロと目が良く合う。ちらちらこちらを見ている。
信号待ち。
ミロの腕がスッと伸びた。顎を掴まれ、唇を奪われた。
息もできないほど激しいキス。苦しくなり、カミュはミロを押し退けた。
「いきなり何するんだ!」
肩で息をするカミュに、ミロは答える。
「気をつけろ」
「・・・え?」
カミュは意味が飲み込めず、聞き返した。
「俺じゃない、他の男にだ」
ミロはそれだけ言うと、口を噤んでしまった。
信号が変わると、また車は動きだした。 カミュはミロを見つめていた。



小説TOPへ | 2へ

2000.10.13
月下